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2010年9月27日 (月)

組織と個人

 村木元局長無罪判決の判決文や、その後の結末で、検察庁で行われている他の捜査は正しかったのか?と思えてくる。昨日のNHKAZでの元特捜班のゲストの発言は、組織を守ろうとする発言である。「元」であっても、こんな深刻な課題が突きつけられても、組織保全の発言で、個人任せ、個人資質のみに起因すると言う。組織が個人を作るところまで考えが及ばない。ここが組織の最もの弱点である。現役の内部捜査、事件の解明などありえない。第三者が中に入るべきである。

 那覇地検の中国漁船の拿捕もデッチ上げかもしれないと、疑問が湧く。中国側もためしに、ぶつかってみろと隠密漁船だったかもしれない。組織として取り組む中国と、日本の政府は地検の個人の判断で政府は知らない、と日本国組織を放棄する無責任な政府である。

 組織とは厄介な物である。ボケ爺の経験からもよく分かる。最初の企業でのことである。10年目で、プロジェクトが出来て、元の職場(事業部)を離れ隣の職場(事業部)に移籍した。約15年その事業部で働く事になったのだけれど、最後まで、「君は、この事業部では、外様だよ」と、「外様」と呼び続けられた。同じ企業の、同じグループの中であっても、組織は内と外を区別してくる。その間、組織の嫉妬の渦の中で、陥れの闇の動きが続く。個人として責任ある仕事が出来ればそれで由としなければならない、と割り切った。その分、仕事においては、存分な待遇を受けたし、働けた。

 結果は26年目で、次の会社に移ったが、外様と割り切っていたので、中央には近づかなかった。アウトローで居たおかげで、仕事に専念出来たし、個人の責任で、仕事の上では企業に貢献できた、と思っている。それでも、当然ながら最後は追い出される破目になる。組織は責任ある個人を必要としないのだ

 ボケ爺の経験から、組織の中に入れば、ある意味、楽なところがある。「アン・ウン」で、きめ細かさは省かれる。責任は上司が取るものだ、と無責任が成長する。だが個人の責任ともなると、仔細に理由を提案しなければならないこととなる。絶えず上司とは緊張関係になっている。それにしても組織は闇の世界の怪物で、厄介だ。

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