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2010年8月30日 (月)

残暑が猛暑

 先週の週末までは、猛暑は仕方ない?と諦めもしていたが、この週末までも、となると、「9月末だよ!」と言いたくなる。残暑お見舞いが、猛暑お見舞い、となってしまう。休みは、一週間の疲れを癒すために自宅に篭っていたいのだが、一日中クーラーが放せない。

 我が家のブドウは一粒の残さず、誰かが食べてしまった。夏の花のひまわりも、百日紅も水不足で干上がって元気が無い。雷でも来て一雨欲しいが、山奥で降り過ぎ、疲れて来てくれない。この一週間、打ち水もしていない。蚊は死んでくれているだろうと庭に出ると、蚊だけはしっかりと元気で、一斉にボケ爺を追っかけてくる。

 老人になると厠が近くなると言うが、ボケ爺、痛風にかかってから水を良く飲むので、真夜中に起こされる。28~9℃はあるだろうに、秋の虫が鳴いている。ヒグラシ、ツクツクボウシを追いやって、クマゼミ、アブラゼミが再び呼び起こされている。昆虫の季節感はどうなっているのだろうか?78年周期でこのような猛暑がやってくる。

<読書>

「一字一話」船曳建夫 角川Oneテーマ21新書

漢字一字に思うことをエッセイで綴っている。「はじめに」のところのコラムに、「考える事は人間にとって、究極の快楽である。」と。ボケ爺なら、「快楽」ではなく「道楽」となる。読書して心地よく感じることは無い。苦痛でもないが。時間つぶしに近いだろう。

 考えるから存在するのか、存在するから考えるのか。「言葉」を持っているから、何所でも何時でも、何か考えている。言葉と言う道具は、タダである。其の上、奇声を発しなければ、周りに迷惑は掛からない。我が老犬チャーリーだって考えていただろう、「このボケ爺、何を考えているのか?」と。吾輩の名も無い猫は人間以上に考えていた。「言葉」の持つ意味、語学はそれ故大切だ。

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2010年8月26日 (木)

余生、或いは隠居は二度目の人生

 ビールコップ半分の晩酌でほろ酔いになって、夏目漱石の「吾輩は猫である」をパラパラ頁をめくっていた時、突然にひらめいた。ボケ爺は夏目漱石の作品が好きだ、と何度も口外してきたが、「ビジネスマンが読む漱石研究」「ビジネスに役立つ漱石思想」「人生に大切な漱石言葉」「現代から読み解く漱石」などなど、お題は決まっているのだが、研究はまだ進められていない。何事も三日坊主である。

今回は「ひらめいた」のだ。「吾輩は猫である。名前はまだない。・・・」から始まる漱石の名作「吾輩は猫である」の、「名のない猫の眼」とは、余生を生きる人、ご隠居さんからの眼ではなかったのか?と言うことだ。名もない猫の眼は、第二の人生から見た、世間の評論集ではなかったのか?

「人間は二度生まれると、ルソーは言っている。定年退職して精神に大いなる自由を得た。企業に使えているときは奴隷同然の精神状態のままだ。脱皮せぬ蛇は死んでしまうと、ニーチェは言う。」と。企業奴隷時代(生活費を稼ぐ)が一度目の人生で、二度目は退職後の自由人である、と、ひらめきを受けた。

これが、ボケ爺の「ひらめきの言葉」である。そうだ、ボケ爺、もっと早く隠居でもなく、脱皮した自由人として、余生を生きて行く悟りが必要だ。無欲の「漱石流の猫の眼」をわが身に育てる事を考えてみよう。

<読書>

「吾輩は猫である」殺人事件」奥泉光 新潮社

名の無いまま、ビールの酔いに足をとられ水甕の底で溺死したはずの「猫」は実は生き返り、上海に居た。飼い主であった母国での珍野苦沙弥先生が殺害された。その殺人者を探す事になる。英国から迷ってやって来たシャーロック・フォームズ探偵猫とワトソン博士猫が加わって、伯爵、将軍猫など、謎解きが行われる。古典的、探偵物語、推理小説である。語り口は漱石流である。シャーロック・フォームズ探偵と江戸川乱歩とをミックスしたような筋書きとなっている。500ページもの大作であるが、愉快痛快であった。

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2010年8月23日 (月)

哲学入門

 ボケ爺、恥ずかし性格を沢山持っているのだが、その中でも、弱い言葉の「哲学」に憧れてしまうのだ。劣等感の塊に、「熟慮」が出来ない、がある。簡単に言えば、「おっちょこちょい」なのだ。それを解消すために、哲学何とかの本は買いあさった。岩波書店から発行させる哲学全集ものは先ず揃えた。が自慢ではないがほとんど一巻目しか読んでいない。理解できないからだ。

 「週間東洋経済 第6278号」「実践的「哲学」入門」特集が発行された。ボケ爺、当然すぐに手に入れた。タイトルが「ビジネスパーソンのための「政治哲学」の解明」、となっている。ビジネスと哲学。政治と経済に哲学が必須である、と言う。イデオロギーではないと言う。政治も経済も哲学を持たなければ、世界の現象が読み取れないと言う。ところが日本の多くはそれが無視されているから、政党が変わっても、節操のない方針、ねじれ現象、紆余曲折し、朝令暮改になってしまう、と言う。信念が無いだけではない、哲学(思想)を持ち合わせていない、と断言されている。

 現在を紐解くには、リバタリアリズム、リベラリズム、コンサバティズム、コミュニタリアニズムの4象限に分離できる、らしい。自分の思想が何所に位置しているかを先ず自覚しなければならないと。各党のマニフェストが何所に位置しているかも理解しなければ、政治も経済も語れないとも言う。民主党内でも、だからか、マニフェストの内容が思想から出来上がっていない。だから人が変われば、ダッチロールする。

 混迷の思想は、日本だけではなさそうだ。だが、アメリカはその危機に敏感である。マイケル・サンデル教授の「これからの「正義」の話をしよう」が国民を啓蒙している。ティナ・シーリング氏の「20歳で知っておきたい現代を生き抜く実践哲学」も話題である。日本では、「哲学カフェ」なるサロンが開かれて暑い議論が進んでいるらしい。ボケ爺も参加したいのだが。

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2010年8月21日 (土)

ブドウの実

 我が家にはブドウの木が二階のベランダまで張り出して、実を付ける。連れ添いの父が、新築祝いのつもりか、1mほどの苗を持ってきてくれた。ベランダまで達したのは5年ほど掛かったと思っている。それ以後毎年、実をつけて、それなりに食べては、亡き義父を思い出しながら、ブドウをもてあましていた。合掌!

 今年も、色づいてもうそろそろ食べごろと思って、剪定バサミを持ってベランダに出てみると、ほとんど実がなくなっている。床には実の皮が散乱している。連れ添いが食べてしまったのかと思いきや、野鳥がやってきたらしい。鳴き声も立てず、こっそりと盗んで行ったようだ。こんなことは初めてだ。美味しくも無いのに、この暑さで、鳥も焦っていて喉が渇いて、思わず失敬していったのではないかと思う。これも猛暑のもたらす異変なのか?それにしても、ほとんど実はなくなってしまった。

 太陽が西に傾いたので、散歩に出かけた。実篤公園は涼しいかと思って入場(無料だが)。季節はずれだろう純白の鉄砲ユリが、ボケ爺の目の前に二輪、か細く清涼感一杯に、寂しく咲いていた。其のお先は菖蒲園があるが、その近くに、小さいが湧き水の洞窟がある。そこには、ヒカリ藻が黄色くはびこっていて、神秘な世界をかもし出している。「東京都でも自然に生息しているのは貴重で珍しく」「これ以上先には入らないで下さい」と貼り出されている。

 日暮,ツクツク帽子は、夏ばてか、力なく義務で鳴いているようだ。夕暮れの風は、さすがに涼しさを伴うようになってきた。時候には、太陽光も逆らえないようだ。ボケ爺の今日のようだ。

<読書>

「日本語は七通りの虹の色」井上ひさし 集英社文庫

こんな意味深いエッセイが、古本で、100円で買えるのだから、古本屋めぐりはやめられない。だから結果として本が増えてしまう。言葉の意味を熟慮し、豊かさを大切に使うことは簡単ではない。さらにそこにユーモアがあると、たまらない。豊かになった気になる本である

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2010年8月17日 (火)

コブが頭に二つ

 寝ようと頭を枕に乗せると、痛みが走る。手を当ててみると、中央からやや左側に、耳を挟んで、上と下に二つものコブがある。上の方が、痛みが激しいが。何故コブができたのか?普段は痛くない。何時からコブができたのか?不安である。気が付いたのは、寝る前である。

コブではなくて、虫刺されか?それにしてはかゆみがない。髪の毛は薄くなってきたが十分にある。肉体内面からの病床で、動脈瘤か、静脈瘤か?だが頭蓋骨と皮膚の間に出来るとは聞いたことがない。触らない限りは痛くない。

考えられる事は次の3点ぐらいだろう。1)熱中症で、どこかで倒れて、頭を撃ったのだろうか?記憶に残っていないだけである。2)誰かと喧嘩をして叩かれた?痴呆症で覚えていないのかもしれない。3)寝ている間に、妻に叩かれたのか?これはありうる。しかし、寝室には鍵を掛けている。(そんなことを予想して)朝起きた時は、鍵は掛かっていたはずだ。だから外部からの侵入者でもない。

いよいよ、ボケ爺はぼけてきた。コブの出来た原因の推理が出来ない。コブがあるという現象がある。現象があれば原因があるはずだ。原因が見つかれば其の本質が見つけ出せるはずだ。本質が見つかれば対策が打てる。

この同定が、武谷理論であって、ボケ爺はこの理論で技術家として生きてこられた。だが、今回は無理なようだ。さてこれからは?不安である。

<読書>

「ヴィヨンの妻」太宰治 新潮文庫

太宰の作品は、学生の頃チョッとかじったのだが、正直面白いとは思わなかった。朗読で聞くと、随分大人びた事を言っているな、いつかは読み返そうとは思っていたが。この短編集は、人生のアウトローとして生きているようであるが、身の回りには、いつも死が漂っていて、そればそれで、分かるような気がする。この作品群は、しかし、生きるための生活費を稼ぐ目的のような欺瞞が潜んでいる。

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2010年8月15日 (日)

母の新盆

 母とは不思議な存在である。考える人間なのか、本能の動物なのか?と不謹慎な事を考えるボケ爺は、異常者なのか。母から観て、子供とはどんな存在に見えていたのだろうか?そんな母の新盆だ。帰郷出来ないので、母の遺骨の小片を前にして、御経を謳い冥福を祈った。合掌!

 母は子供に、食事を与え、生と愛情の基本を教えてきた。ボケ爺の盲目の愛情力、涙を流す心情、人を思いやる機微は、母からの贈り物である。母との日常会話から自然に身に付いた。其の会話は理屈が成り立つ物ではない。一方的で、断定的にまくし立てた。それに反抗するには、行動でしかないのである。

 「お前は、私の腹から出てきたのだ」との絶対信頼があるらしい。この絶対信頼の不思議な出来事はいくつも経験した。理不尽な事を言われても、反論は出来ない。プイと母の前から消えるしかない。それでも、ボケ爺は母のスカートか、モンペを掴んで、しがみ付いて、母の後を追っかけていた子供時代の姿を思い出す。

 母は本能で生きていた。泥だらけになって子供を抱いていた。「生きる」「働かざる者食うべからず」「勉強せざる者は働け」「愛情の心なきはくたばれ」「労働は惜しむな」などの基本は、母から学んだ。嫌われ者のボケ爺が、田舎を捨て東京に出向くと決まってから、機会あるごとに、涙を流していた姿が忘れられない。ボケ爺が歳をとってからも同じであった。母については語りつくせない。合掌!

<読書>

「母」カン サンジュン 集英社

母の新盆までに読んでしまいたいと買い求めた。著者の「カン サンジュン」氏は「マックス・ウェーバーと近代」「ニッポンサバイバル」以来、ボケ爺の好きな学者でもあったからだ。「悩む力 集英社新書」はベストセラーになったことは、よく知られている。他に何冊か読んでいる。

 在日韓国人として、辛酸の苦労を舐めてきた「母」について、是非知りたかった。基本的には、我が母の苦労の一生と同じようであった。苦労のドンドコをはいずって生きてこられた母に畏敬の言葉があふれている。改めて母は偉大である。

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2010年8月11日 (水)

下から目線

 猛暑も一息、恵みの雨が降り、打ち水が必要でなくなった。木々も一息ついている。やぶ蚊も人を襲う修正まで一息ついている様だ。と思いきや台風の襲来である。今回の台風は、現代病のように、性急せっかちで、疾走すれば、急に進路を変えるようだ。それも直角に。

 上から目線、下から目線、と言う言葉が気になっている。相手の立場よりも、高い位置で見ることと、低い立場で見ることで、見方が変わる、と言うことだろう。ボケ爺の考えるには、そもそも、二分する事が、初めから上から目線になっているのではなかろうか?要は差別化を生み出す言葉である。

 「対等に」とよく言うが、これとて、上から目線で、現代風な考えの逆説が基本となっている。現代風とは、「勝ち組」「負け組」と二分して、分析して煽り立てる言動である。「上流」「下流」も其の一つである。日本は、士農工商があり、土佐藩のように、下士、上士の区別も然り、いたるところで、上下の差別を作りたがる民族であるらしい。

 現代は哲学、イデオロギーが芽生えない社会にあるようだ。ボケ爺は、割りけれなく、曖昧でり、穏やかな目線(哲学)を持ちたい。

<読書>

「下から目線で読む「孫子」」山田史生 ちくま新書

孫子といえば、「兵法」として、戦略家には欠かせない、必読書である。ボケ爺もよく読んだのだが?「勝つ」ことは出来なかった。孫子は「勝つための策」を指南している、と一般に思われている。著者は、下から目線で読むと、一種の人生論だという。「負けるが勝ち」を教えていると言う。巧く負けるための方法論であると。この世は、所詮一人では生きていけない。複数の人々が絡み合っている。この世は人間行動経済学的関係が成立していると、近年の社会、経済学の研究テーマである。マーケティング論にまで行動学論が取り入れられている。其の行動の関係論で、行動を読み解く為に書かれたのではないか?とまで言及している。言わば心理学の極意である。ボケ爺もそんな目で呼んで見ると、目からうろこの部分が多い。人生哲学書である。

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2010年8月 8日 (日)

打ち水

 猛暑が続く。10年に一度の当たり年だ、と前回のブログに書いた。打ち水で少しは温度が下がることまでニュースになる平和な時代である。ボケ爺も、猫の額ほどの庭に、水をまく。木々が萎れてくるからだが。打ち水をする時に思い出すことがある。

 18歳までの田舎での生活である。エアコンは勿論無い。川か、海にいって、泳ぐか、庭先で水浴びをするしか無かった。親父が、黙々と庭に打ち水を夕刻にやっていた後姿を思い出す。風の力で、室内に冷気を呼び込むしか無かったからだ。親父のやることに何から何まで反対していたボケ爺は、このことだけは内々認めたが、自分の手伝いとして買っては出なかった。

 そんなボケ爺が、可笑しくも、今は、エアコンがありながら、打ち水をしている。そこに老いを感じて悲しみが湧く。我が庭に打ち水をしても、風が通らないほど近所と接近している。やぶ蚊の生殖を助けているだけだ。打ち水の間、5~6箇所は刺されている。

 5年も日本を離れて今年が久しぶりにゆっくりと日本の夏季を過ごすのである。我が家の近くにはセミの鳴き声が少なくなったような気がする。実篤公園では、何時もと変わらないようだが、何かが変化している。立秋が過ぎると、ツクツクボウシや、ヒグラシの鳴き声で秋の冷気を感じたものだった。すると森のテラス付近から哀愁のヒグラシの鳴き声が響いてきた。昆虫類は、しっかりと四季を感じているのだと、人間と違う不思議な感性の世界をのぞいて人の傲慢さを反省する。

 又、下らぬ事を考える。忙しく働いているのだが、成果はおぼつかない、世に影響を及ぼす事もできない。我の器が小さいからで、これが限界だ。性急に結論を出さないように、年寄りらしくゆっくりと考えねば、と思うのだが、勢い込んで下り坂を駆け下りているボケ爺の姿が醜い。

<読書>

「其の一日」諸田玲子 講談社

長い一日を経験する事がある。一生の出来事が凝縮されている。往々にして、歳を取るにつれ、一日で、過去を振り返ってしまう事がある。若い作家の彼女が、こんな見事な人生論が描ける才能が羨ましい。

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2010年8月 4日 (水)

重い本

 猛暑が続いている。フィリッピン東沖の海水温度が高い、偏西風が何時もと違ったルートである、チベット高気圧が太平洋高気圧の上空で重なっている、と言う3条件が重なった10年に1度ほどの周期で起きる異常気象となるようだ。異常気象といってはいけないのだろう。周期的に襲ってくるのだから。

 先日、そんな猛暑の昼過ぎに、重いダンボール郵便が届いた。金の延べ棒が入っているのかと思ったが、開けて観ると、部品一覧のカタログであった。重い本である。表題の「重い本」とは、重量の重さではなく、本の中身がボケ爺にとって重い課題が含まれていることを言うのだ。

 「露の玉垣」乙川優三郎 新潮文庫の内容が、ボケ爺にとって重い。思わず続けて読み直した。ボケ爺として珍しい。特に「晩秋」の短編は心に沁みた。

1)    退職をしたが、マズマズの地位であったし、働きもそれなりに成果を残した。重荷からの安堵感と、もっと大役を果たせたのではないか、の悔いが入り乱れている。

2)    同僚、先輩で隠居生活をしている者に、何か、借り貸しがあったのではないかと、詮索をしてしまう不安な毎日を過ごす。

3)    まだまだこれからだ、何かを学習しても、大成出来るのではないか、の、思い上がりから抜け出せない。老いには勝てないのに儚い夢を見てしまう。

4)    老いは必ずやって来ているのだが、頭がそれを理解できなく、チョッカイを出して嫌われる。

こんな「隠居人の人生のもがき」が実に味わい深く描かれている。

 その他は、極限の貧乏暮らしをしながら、人と人のつながりの温かさ、と大切さ。親兄弟、親戚付き合いの難しさと、大切なこと。この小説の中では、「要領良く人生を渡る人」たちを極度に嫌って描かれている。人生とは実直でなくてはならず、正面からぶつかる事の大切さを謳っている。

 藤沢周平と野間宏の作風を混ぜたように思えて、ボケ爺の好きな作家の一人に加わっている。

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