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2010年7月16日 (金)

確信犯と思っていたが

 民主党が政権を持って、8ヶ月ほどの国会運営をしてきたが、改革はほとんど進まなかった。マニフェストがことごとく崩れてしまった。自民党の後の政権であったので、自民が隠していたことは沢山あったろうし、思っていたことと状況は変化している事だってあるだろう。が崩れてはいけない。

 マニフェストを修正するのは止むを得ない、とボケ爺は思う。マニフェストを作った時の前提条件があったはずだから、その前提を説明して、前提を修正すれば、誰だって、納得をするだろう。ところが前提条件など、一切考えることなく、子供の作文のように、「良い事」だけの感想文を書いていただけであった。全くロジカルではなかったのだ。民主党のマニフェストは、前提を隠した、確信犯をやるのだと、ボケ爺は、期待した。

 普天間問題についても、国民に広く理解を求めるために議論を呼びかけて、アメリカにけん制をしているものと、高く評価をしたのだが、確信犯の答えを持たず、本当に右往左往としていたのには呆れてしまった。予算にしても、自民等時代と変わらず、積み上げてみたらこんなになってしまった、と、確信(隠し技)を持たず、国民と一緒に混迷しているのであれば、リーダー無き政府、有象無象のバカ集団と言うことだった。

 ねじれ国会、大いに結構。周りに神経を使って気配りの経験をする事から、リーダー力が育つのだ。そんな苦しみを味わうべきだ。企業と同じ事だ。会社が持続するために、個人能力に最大限の気配りをする。会社が存続するために、予算が成り立たなければならない。赤字が出るなら、給与を中心に経費を削減するのは当たり前である。議員は、閣僚は、それだけの覚悟をして、給与カットなど当たり前で、率先してやるべきだ。

<読書>

「酔って候」司馬遼太郎 文春文庫

幕末の山内容堂、島津久光、伊達宗城、鍋島閑婁の名君をつづっている。藩主ゆえに、苦悩するのだが、歴史の風当たりは、名君の藩主といえどもどうしようもない。歴史は自分のコントロールできないところからほころびて、違った変化が、崩壊が起きていた。痛烈な喜劇であった。若者のエントロピーの増大が明治を作ったのだ。

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