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2010年7月31日 (土)

感度が鈍る

 7月の最終日である。今日も30度を越える猛暑である。ボケ爺、痛風の発症の恐れから、この1ヶ月は散歩を止めている。汗が出すぎると、尿酸値が上昇する。水の補給が間に合わない。元々、腎臓が与太っているからだ。

 久しぶりに、散歩に出る事にした。森のテラスでは、賑やかにパーティーが開かれていた。風も無く、湿度も高く、汗を拭いながら、楽しそうな笑い声が飛び交っている。何時もの散歩のコースだけれど、周りの風景が新鮮に見えるから不思議である。散歩は五感を養ってくれていたのだ。この家に、こんなに美しい真っ白の百日紅の花が咲き誇っていたのか?真夏に小さなピンクの花をつける常緑樹があったとは、など。

 そんな風景と共に、いろんな事を思い出すし、いろんな事を考えている。メモ帳が無ければ到底、その夢は思い出せない。ここの所、良い発想が出ないのは、散歩をサボっているからだろう。ボケ爺の鈍った感覚は、益々感度が鈍ってしまっているのだ。

 この猛暑の中で、猫たちが、愉快だ。よくもこんなところに、と思える場所で寝ている。涼しさを求めているのだろう。細い塀の上。車のボンネットの上、道路に直に。垣根と垣根との狭い隙間、日陰のベンチの上、木の上の枝、などなど。その寝方も可愛い。

 早く涼しくなって、再び散歩が出来るようなりたい。感度を磨くため?

<読書>

「猫背の目線」横尾忠則 日経プレミアム新書

ボケ爺も、ヒョッとすると猫背になっているのでは?と思って衝動買いである。「嫌いな事をせず、好きな事だけをする」と宣言してからのエッセイ集である。著者は46種の持病を持っているようだが、見事に克服している。それが隠居宣言である、と言う。ボケ爺も半分隠居しているが、未だ、覚悟が揺れ動いている。

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2010年7月25日 (日)

本読みはリバレッジになるのか?

 本田直之氏がリバレッジの本を出すまで、恥ずかしい話しだが、レバレッジなる言葉も意味を知らなかった。「読書をすれば、金儲けのレバリッジになる」と言う、本が出た事は覚えているが、言葉が分からず、本は買わなかった。

 ボケ爺は、金儲けのために、本を読んだ事は無い。どちらかと言えば、「ナルシスト的」に、本を読んでいる。仕事上のハウツー本は、読んだ事はあるが。全く役に立った覚えはない。使える状況に出会った事もない。常に状況、事象は違っていた。最近は、全く読まなくなってしまった。誇大広告は禁止されているのだが、本の題名は制限が無いようだ。「誰でも」「必ず」「すぐに」「100%」「100倍、千倍」と、「成功」「金儲けが」「頭が良くなる」「痩せる」「習慣」「法則」などなど、檄文が多い。

 本読みが金持ちになったり、成功間違いなかったりすれば、ボケ爺などすでに、億万長者になっていたろう。今頃、メタボで老人ホームのベッドに横たわっているか、あの世に逝っていたかも。読みに読んだが、幸い理解力が悪く、効率が10%程度で、脳に蓄積されなかった。実用本はさらに効率が悪く、0%の記憶力であった。記憶力が悪い事が幸いしたのだ。そのおかげで、「成功」「金持ち」から程遠い人生となって、未だにあくせくしている。きっと、親に感謝しなければならないのだろう。盆が近づいた、感謝のお参りをしたい。合掌!

 ボケ爺の結論は、本を読んでもレバリッジにはならない。勉強しただけで、成功はおぼつかないと思っている。「志」「気概」が大切で、汗をかいて、苦難を経験して、自分で解決する事であって、目標の成功が「金持ち」では、仕事は理解できない。成功もおぼつか無い。ボケ爺は「体で仕事をして来た」ので貧乏に甘んじて、楽しんでいる。だから、本は読み続ける。

<読書>

「ビジネス書大バカ事典 勢古浩爾 三五館

世にはびこる、ハウツーものビジネス本を一丁両断して、愉快だ。「もどき」ものが何故ベストセラーになるのか?読者にも責任がある、とぼけ爺は思う。

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2010年7月23日 (金)

京都に出張

 京都に出張となった。訪問の大学(研究会)へは、1時に行けばよかったので、11時に、元部下(リタイヤーして、違う仕事をしている)を引っ張り出して会うことになった。CMC(新素材)の可能性に付き、議論をして、面白いテーマを見つけることが出来そうで、気分が良くなった。

 訪問先、大学の研究の打ち合わせは、延々5時間にもおよび、京都駅からの新幹線に乗れたのが、6時40分頃であった。幸い、N700系であり、E席が空いていた。先ほどまで続いていた激論を省みていた。トンネルを過ぎると、

大津市

である。東レの懐かしい工場が見えると、すぐに石山寺の大津マラソンコースである。

 丁度、琵琶湖の対岸にある京都の東山の山並の上に太陽が沈みかけている。新幹線は、てっきり東に疾走していると思っているのだが、どうやら、北東、まるで北に向かっているような錯覚に陥るほど、沈み行く太陽は車窓の西に位置している。大津平野は、さえぎる小山が無い。何時までも、何時までも、沈む太陽を眺めていた。

 雲ひとつ無い山々、少々霞んでいるのだが、太陽は適当に赤色に変色して、東山山麗を染め、大津平野おも巻き込み、灼熱の一日を終えようとしていた。秋に見る美しい夕陽ではなく、なんとなく、だるさを伴った夏の夕日であった。ボケ爺の終焉のだるさに、全く瓜二つの風景に、思わず、溜息と、忸怩たる思いと、自分を許せる安堵感が押し寄せてきた。今ひとつ割り切れない人生の結末を考え直すよう押し付ける暮れ行く風景でもあった。

<読書>

「生命を捉えなおす」清水博 中公新書

ソニー元社長の出井伸之氏の推薦でもある。副題に、「生きている状態とは何か」となっている。生命について考えさせられる多くを学んだ。重い、重い一冊である。生命とは何かを追求していくと、分子科学的手法で捉えると分かりやすい事があるが、果たしてそれだけか?即ち「分ける」と、「分かる」のだろうか?全体として捕らえようとすると、とてつもない、多様性に戸惑いを隠せなくなる。「命とは」複雑である。奥深い本に出会った。

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2010年7月19日 (月)

勉強家は多い

 勉強家は多いと感心する。六本木の森ビルに、アカデミーなる会員制の学習室がある。朝7時半頃から、夜中まで開いている。1万円/月ほどで、会員になれるようだ。何度か覗いたが、いつも、ほぼ満員であった。

 先日、東京理科大のMOT大学院の夜のコースの公開講座を受けさせてもらった。臨時に開くのかと思って出席したが、通常の授業を聴講する形だった。なんと、80人以上の学生が学んでいる。ほとんどが社会人だそうだ。(費用は、ザーッと150万円/年は掛かるはずだ)それも、6時半から9時半まで、理科大は、もっともっと大きくする、と言う。

 新丸の内ビルの10階にも、朝大学がある。早朝から何が行われているのか知らないが、潰れるどころか、繁栄している様だ。多分探せば、これに似た物は沢山あるだろう。ボケ爺も、Web、新聞などでの「無料」講演会の案内には目を通し、応募しているのだが、たまに、生意気にも「外れました」なる知らせが来る。ボケ爺と同じような事を考えている人が多いと言う事だ。

 それ以外に、いかがわしい講演会も繁盛しているようだ。「成功」「法則」「習慣」「ルール」「ステップ」「ラクに」「すぐ」「10倍に」との呼び寄せ「もどき」講演が、数万円から数十万円で行われている、と言う。講演会サービス業は儲かる、と言う。

 こんなにまじめに、勉強し学習している人が居ると言うのに、日本の明日は一向に明るくなってこない。これは一体どういうことか?勉強しても生かせる場が無いのだろう、と思うより他はない。あるいは、閉塞感から、欲求不満を、勉強に当て、それだけとなってしまっているのかもしれない。勉強した分、実現に向けての自己主張が出来ないのか?もしそうなら、残念で厄介な社会だ。

<読書>

「脇役 慶次郎覚書」北原亜以子 新潮文庫

NHKドラマ「慶次郎縁側日記」の原作だから、皆さんもよく知っておられる事だろう。隠居の慶次郎と、それを取り巻く人間模様の機微が複雑に描かれている。作家が女性と言うことからか、女の気持ちの複雑さは、ボケ爺理解できないところが多かった。

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2010年7月18日 (日)

梅雨明けだ!

 ゲリラ豪雨で、多くの被害を出して、梅雨は明けたのだ。我が家の紫陽花も萎れて元気が無い。それに代わって、百日紅の花が、今年は、早く咲いてきた。ゲリラ豪雨も、百日紅の早咲きも、温暖化のせいだろうか?CO2温暖化仮説が賑やかである。

 ボケ爺は、以前から自説を展開しているが、世界的には、寒冷化に向かっている、と言う説に賛同している。CO2説の温暖化は非常に少ないと思っている。ゲリラ豪雨は、寒冷団のいたずらであると思っている。これが異常気象の基となっていると思っている。ガイヤ説からすれば、CO2の保持率は、大陸が25%、海が75%で、海によってCO2を保有してくれている。太陽の黒点にも関係する。今は黒点の休止期に入っている。これが寒冷化になる。海水の温暖化は、原子力発電の残骸の高温排水が原因だと思っている。

 近年の都市部の平均温度の引き上げは、明らかに、ヒートアイランド化現象だ。コンクリート保温から起きている。エアコンなどの廃熱も加担している。都心のゲリラ豪雨はその原因だ、と断定できる。当然自動車の廃棄熱も加わっている。CO2を削減しなければ、温暖化で明日にも人類は滅亡するように騒ぎ立てているのは、全く可笑しい。その説に漬け込み、産業技術の研究開発の方向を捻じ曲げてしまっている、と思っている。一種の詐欺行為である。政府も、産業界も。

 「二酸化炭素温暖化説の崩壊」広瀬隆 集英社新書が発売されて、すぐに手に取った。日ごろ、ボケ爺が思っていた内容とそっくりであったので、自説に自信が持てた。が、これが本当に理解される事があるのだろうか?理解されなければ、消費税(税金)の引き上げは、高額になってしまう。本当に理解されるならば、危険な原子力発電は、もう必要は無い。その補助金の5000億円も要らない。風力発電もいらない。オール電化など、騙しも騙しだ。自動車のエネルギーの開発の方向も変わってくる。電力公社の設備投資分は、値上げして良いという保護の仕組みまで変えられる。この本を読んで真剣に考えて欲しい。日本には、トータルシステム家が居ないから、間違った戦略しか組めないのだ。

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2010年7月16日 (金)

確信犯と思っていたが

 民主党が政権を持って、8ヶ月ほどの国会運営をしてきたが、改革はほとんど進まなかった。マニフェストがことごとく崩れてしまった。自民党の後の政権であったので、自民が隠していたことは沢山あったろうし、思っていたことと状況は変化している事だってあるだろう。が崩れてはいけない。

 マニフェストを修正するのは止むを得ない、とボケ爺は思う。マニフェストを作った時の前提条件があったはずだから、その前提を説明して、前提を修正すれば、誰だって、納得をするだろう。ところが前提条件など、一切考えることなく、子供の作文のように、「良い事」だけの感想文を書いていただけであった。全くロジカルではなかったのだ。民主党のマニフェストは、前提を隠した、確信犯をやるのだと、ボケ爺は、期待した。

 普天間問題についても、国民に広く理解を求めるために議論を呼びかけて、アメリカにけん制をしているものと、高く評価をしたのだが、確信犯の答えを持たず、本当に右往左往としていたのには呆れてしまった。予算にしても、自民等時代と変わらず、積み上げてみたらこんなになってしまった、と、確信(隠し技)を持たず、国民と一緒に混迷しているのであれば、リーダー無き政府、有象無象のバカ集団と言うことだった。

 ねじれ国会、大いに結構。周りに神経を使って気配りの経験をする事から、リーダー力が育つのだ。そんな苦しみを味わうべきだ。企業と同じ事だ。会社が持続するために、個人能力に最大限の気配りをする。会社が存続するために、予算が成り立たなければならない。赤字が出るなら、給与を中心に経費を削減するのは当たり前である。議員は、閣僚は、それだけの覚悟をして、給与カットなど当たり前で、率先してやるべきだ。

<読書>

「酔って候」司馬遼太郎 文春文庫

幕末の山内容堂、島津久光、伊達宗城、鍋島閑婁の名君をつづっている。藩主ゆえに、苦悩するのだが、歴史の風当たりは、名君の藩主といえどもどうしようもない。歴史は自分のコントロールできないところからほころびて、違った変化が、崩壊が起きていた。痛烈な喜劇であった。若者のエントロピーの増大が明治を作ったのだ。

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2010年7月15日 (木)

ゲリラ豪雨

 梅雨の様相が、様変わりである。ボケ爺の若かりし頃は、シトシトと長雨が続いていた。そんな梅雨も、なんとも不愉快ではあったが、割り切れば、菖蒲や、紫陽花が雨に濡れるのはそれなりにオツな季節だと思っていたが、室内での遊びの発想が出来て、、結構楽しかったのだが。

 ここ10年ぐらいだろうか、全国のどこかで洪水の被害が出ないと、梅雨は明けなくなってしまった。何だか、神の仕業のようでもある。それにしても、ゲリラ豪雨に会われたところは気の毒である。水に浸かった家、山崩れで、土砂に埋まった家。大変な事だけれど、見事に立ち直れるエネルギーは何所に存在しているのだろうか?生きると言う人間の執念であろう。

参議院選挙での民主党の大敗の嵐の様である。このために、つむじ風が舞い上がっている。これも、エントロピーの増大の法則にのっとっているのだろう。しかし、年寄りだけが、分裂して小集団を作っても、そのエネルギーは何所で償却されるのだろうか?ボケ老人同士の小競り合いであり、満員電車の中の意地の張り合いに代わっているのだろう。歳寄りはそれで発散できても、将来はない。今日の政治はあまりにも幼稚な行動、言動で、苦言を申し立てる気力もなくしている。若者のエントロピーが増大して欲しいものである。ゲリラ豪雨に会っても立ち上がる(日本を良くすると言う、気概や執念)が見受けられない。

 梅雨のゲリラ豪雨のように、いたるところで、危害が出るほどの、言論の豪雨が欲しいのであるのだが。どこかで被害が出て、やっと議論が終わるほどの、激しい気力がない。これからの日本は無くなるような気がしてきた。

<読書>

「青空の街」池波正太郎 集英社文庫

正太郎にしては珍しい、現代ものである。現代を生き抜こうとする情熱と、恋。多彩で複雑な人間関係、恋の哀しみと喜び、明日への夢の物語である。

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2010年7月10日 (土)

悲しみの一週間

 今週は忙しかった。ドイツからの友人と会談。技術の紹介で、二社と議論で、月曜はくたびれた。火曜日は定期講義で、駒ヶ根市に。駒ヶ根市へは、京王高速バスが最も早く、3時間40分ほど掛かってしまう。道々は、黄色い花から、キョウチクトウの時期が訪れようとしている。終えてから、2時間半ほどの高速バスで名古屋に出た。名古屋で一泊。早朝から、岐阜大学へ、すぐに、三柿野駅近くの岐阜県が開拓したテクノプラザ(住所地名までテクノプラザとなっている)へ。カーボンコイルの開発の依頼で議論。10年も経つと言うのに、モダンで、立派な大きな建物だった。事務棟、設備棟、実験棟と分かれている。驚きである。

 その足で、新大阪駅へ、約一時間、新治療技術に取り組んでいる人と、会談し、急いで、豊中市にある大阪大学の機械研究棟へ。ナノカーボンの可能性について議論。先生と、チョッと一杯と言うことになった。ゲリラ豪雨に会い、バスは床氏まで浸かる。帰りは小降りとなっていた。先生の、RX8(マツダスポーツカー)に載せていただいた。

 終電車で、帰宅。翌日は、訪ねて来てくれたお客と、5時間の激論で、打ち上げのワインが美味しかった。昨日は、商社の古い友人たちとの懇親会。いろんな話しが飛び出して、新たな仕事への刺激を受けた。

 こんなことで、一週間が過ぎたのだが、悲しみが紛れたわけではない。月曜の11時ごろ、携帯には9時半頃から伝言があったのだが、韓国生活での、元の部下が心臓麻痺で、寝室で静に亡くなっていた、と言う知らせである。アメリカ人で、52歳だから、ボケ爺よりも一回り以上の年齢差である。激論もし、ホームパーティーで盛り上がり、親睦会では、陽気に、にこやかに振舞っていた顔を思い浮かべる。Xeroxから来た純粋の技術家であった。無事葬式を終えて、昨日、奥様から電話を貰って、奥様が「遺骨を抱えて帰国する、と言うことだった。電話の向こう側では声にならない悲しみの声が響いていた。合掌!子供二人は、亡くなる前に夏休みを利用してアメリカに帰国してしまって、葬儀には出ていない。奥様一人であった、と言う、悲しい一週間でもあった。

<読書>

「五弁の椿」山本周五郎 新潮文庫

「弁」本来難しい感じであるが、変換には無い。学生時代に読んだらしい。ボケ爺の本棚から引っ張り出した古本である。周五郎にしては珍しい、ミステリー風物語である。親の敵をとる構造である。文章はやはり美しい。

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2010年7月 1日 (木)

痛風が治った

 ビールの飲みすぎと、汗の掻きすぎで、3年ぶりに痛風にかかったことは、先日のブログで、ぼやいたのだが。潜伏期間は、3日から5日と思える。月曜日の昼頃から、右足の親指辺りが、歩くと痛みが走る。靴下を脱ぎ眺めると、赤く腫れてきている。初期を通り過ぎたようだ。

 どうしよう、病院の予約をしようか?面倒だ、このまま寝ているか、と思いながら、仕事を整理して自宅に帰ると、例のめまいと、貧血のような頭が真っ白になってきた。痛風が起きたのだから、きっと、「汗を掻きすぎたので熱中症であるかも」と、飲めるだけの水を飲んで、10時ごろに寝た。

 すると、痛風の方は、幾分治まっていた。痛みは少なくなっていた。だが、体のほうは重く、相変わらずだ。打ち合わせの予定があったので、出勤と相成り申した。会議もこなし、2リッターの水を飲まなければいけないのだが、1リッターしか飲めなかった。(ビールなら、2リッターは簡単に飲めるのだが)翌日は、身体の悲鳴は収まらないので、一日寝て暮らそうと、また、飲めるだけの水を飲んで、一日中、ウトウトして休養に当てた。

 今日(71)、痛風は、完治していた。痛風の治療には薬がいらない事が分かった。結果として、薬よりも、早く治った(3日で)事になる。痛風の治療には、ひたすら、水を飲むことだ。12リッターが目安と言うことになるだろうか。

予防も大切だ。プリン体の多いビールは避けること。レバーのようなモツ類は食しない。汗をかいたら、水の補給を忘れない事が、3か条となる。

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