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2010年6月22日 (火)

生物多様性

 休みの雨の合間に、庭の手入れをした。と言っても猫の額ほどの庭だからたいしたことでもないのだが。久しぶりである。雑草とりでは、今年はドクダミ草(正しい名前かどうか判らない)が、例年の雑草を押し出して、威張っている。近所の庭をこっそり覗いて見ると、やはり同様で、ドクダミでいっぱいだ。我が家のことだけではない。

 親父が郷里から持ってきたアオキが、幹が30cmの大木になって田舎の思い出に存在観を示していたが、4年ほど前から、青々した分厚い葉が病気に罹った。わが家だけかと思いきや、近所、少なくともわが散歩道(3km園内)は、一斉に、葉枯れ病に罹っていた。帰国前に、枯れてしまったようだ。

 10年ほど前から、このシーズンに、山茶花、椿の葉っぱに毛虫が、一度に発生して、あっという間に、葉っぱを食い荒らしてしまう。これとて、近所も同じ被害にあっている。わが庭で一箇所で起こるミクロのことではない。地域全体で、マクロで異変が起きている。これが生物多様性だろう。なんとも不思議なバランス、秩序である。その媒体も、生物なのだろう。種子の拡散であり、ウイルスの拡散である。小鳥が媒体となるのか、風が媒体なのか?またまた、犬や、猫なのか。

余談だが、この毛虫は面白い性格を持っている。一匹では行動できないようである。イワシ、アジの群れのように、群れて一斉に行動する。毛と毛が接触した距離を守って、何十匹が集まって行列をする。この毛虫は、脱皮をして蝶などになるのだろうか?一生毛虫のままなのではないだろうか?(箒で、山茶花の葉っぱから、その毛虫を叩き落しておいた。しばらくして様子を見に行くと、コンクリートの上を集団でゾロゾロ、次の獲物を目指して行進している恐ろしくも、おぞましい光景を眺めることになった。)かように生物とは複雑である。

<読書>

「雲ながれゆく」池波正太郎 文春文庫

久しぶりの池波である。女の主人公の物語である。何篇か,女の主人公にした作品はあった。特にこの作品は愉快だ。こんな女に支配されたいと夢を見られる作品だ。しかし、池波の描く女は、男勝りで、男と対等の働きをする。否、男以上だろう。それが現在風ではあるだろうが?周平の描く女は、男の影で、淑やかに、涙しながら力強く生きていく女を謳う。どちらが好いのかは、人それぞれだが。

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