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2010年6月29日 (火)

身体が悲鳴を吐く

 最近からだの調子が可笑しいようだ。昨夜は9時半頃に電車を降りて、帰路に向かったのだが。めまいがする。気が遠くなり、頭が真っ白になってくる。ここ1ヶ月ほど、頭から血が引いたように、フラットなる事が時々あった。横になって、暫く休んだのだが、徐々にひどくなる。周期的にやってくる。

 ボケ爺、元々、弁膜症で、血の巡りが悪い。頭に血が良く廻っていない。だから、頭が悪い。特に記憶力はひどいものだ。多分死ぬなら、心臓病だと覚悟を決めている。案外ぽっくり死ねるので、後世のためになると喜んでいるのだが。

 どうやら、自分の頭の悪さを夢に見ていたらしい。何時もの時間に目覚めたのだが、まだふらついている。散歩は取りやめにした。それから一眠りすると、幾分良くなったので、出かけることにした。

 さらに、同時に、痛風が始まった。貧血とどちらが早かったかは分からないが。痛風は治ったと自信を持っていたが、再発だ。先週の金曜日、韓国からの友人のお供をして、居酒屋に行った。彼は珍しくビールしか飲まない。ピッチを半分にしたが、それでも、中ジョッキで6杯は飲んだ。焼酎か、ウイスキーにしていればよかったと、今にして想うのだが、そのビールがいけなかったようだ。

 薬は韓国を引き払う時に、全て捨ててきたので無い。昨夜は、ふらふらしながら、水を兎に角、飲めるだけ飲んだ。お酒ではない、唯の水である。苦しかったが、兎に角飲んだ。夜中に3回ほど厠に通ったが、この痛風は、遠慮してくれたらしい。回復に向かったのだ。

 貧血の症状は、あるいは熱中症だったのか?朝の散歩で、汗をかき、その後、30分ほど風呂に入って、さらに汗を出して、体から水分を搾り出していたのだろう。補給が間に合っていなかったのだ。今日の朝から、2リットルの水を飲んでいるが、いまだに減らない。夏の散歩は、土曜、日曜日だけにしよう。

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2010年6月28日 (月)

ユリの季節

 蒸し暑い、梅雨空が続く。そんな中で、アジサイの花は少し時が過ぎてきた。花ショウブも同じ時期だろうか?実篤公園の花ショウブは、全く元気が無い。水不足なのだろうか?

 森のテラスの両隣の、鬼ユリの競演は見事である。毎年、どんな世話をしているのだろうか?森のテラスの持ち主は、秋田出身者らしい。秋田の手記の中から掘り出した大根とか、即売をしている。秋田陶芸作家の古典も開いていた。音楽ばかりではないようだ。この地域の庭には、ユ入りの花は珍しい。町内の角にニッコウキスゲが植わっている。今が盛りである。

前に、絵描きさんのことを書いたブログのバラの家の玄関横には、見事な黄色のユリの花が咲いている。が、絵描きさんは見過ごしているだろう。その近くの畑では、ジャガイモのシーズンが終わって、その後に小芋を植えつけている。きゅうり、ナス、そら豆、など、朝早くから世話をし、取り入れているのは、大地主の斉藤家の夫婦である。

 ダリア、ひまわりは真夏の花である。いずれも、咲き始めている。何時ものアヒルの休憩所の近くの、ボケ爺の背丈の倍ほどのひまわりはようやく花が咲き始めていた。見上げるのに首が痛くなるほどだ。

 我が家の梅の実はボトボト落ちてくる。黄色くなる前に落ちてしまっては、活用する方法が無い。来週には、青くても収穫して、梅酒か、梅ジュースする事を考えてみよう。

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2010年6月24日 (木)

疲れやすい日本人

 日本人論を論じ合っているTV番組を聴いていた。その中で、「近藤和彦」東大教授(西洋史)の論説を鮮明に覚えている。「日本人は体格的に、小さい。そして弱い。」と断定されていた。今日の無差別殺人が横行するにつれて、考えなければならない点だ。以下はボケ爺の推論だ。

 日本人は、体質的にも、精神的にも「疲れやすい」人種である、とも言う。だから世界一、過労死が多い。毎年、3万人と言うから、ピーク時の交通事故死の3倍にも当たる。疲れる原因に、「日本人は他人に対して、自分勝手である」事が考えられる、という。はしかの輸出国だといわれている。日本人が生きて行くための社会ルールとして、「調和」を求められる。自分勝手な日本人は、自己を殺さなくてはならない。初めから「ストレス」が存在する。ボケ爺の経験から、海外に行くと、日本人は、日本人を見つけると避ける行動を取る。韓国人の行動を観察すると、彼らは、すぐに近づき話し合い、自己紹介をしている。

 日本人は「我儘である」と言う。自己防衛をする。「自分は努力したから仕方が無い」「奴の努力が足りないので、こちらが被害をこうむる」と、よく曲解する、と言う。心の中に溜め込む。ここにもストレスを溜める日本人の特性がある。欧米人の自己弁護は、「神との契約」に対して行う、らしい。

 日本人は「嫉妬深い」「妬が大きい」と言う。他人の成功に、陰湿に嫉妬し、妬み、正直に認めたがらない。だから、「出る杭は打つ」のである。他の国では、彼が成功したのだから、俺だって出来る、頑張るぞ!」と、発想する。彼の成功をつぶすことが出来ないか、と日本人は発想する。

 これらの性格は、どうにも直りそうにない。宗教から来ているのかもしれない。日本の宗教は、相対的である。「絶対の神」との契約など出来ない。だから意味の無い(むしゃくしゃする)、無差別殺人と過労死は減らない、もっと増えそうだ。どうすれば良いのだろうか。

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イライラ病

 また、不幸な無差別殺人事件が起きてしまった。秋葉原事件を思い出す。「くむしゃくしゃする」だけで、犯行に及ぶ。現代の社会環境が生み出すのだろう。毎日の通勤電車の中でも一発触発の「イライラ」の小競り合いがある。どこかで必ず、大声が発せられている。若者の周りに対する配慮の無さは「自己中心」的振る舞いから起こる。年寄りは、頑として融通を利かさず自己主張をする。いずれも自分を守るために「イライラ」している。ボケ爺も、毎日、小競り合いを演じている。

 技術の発達から、便利なグッズが出来て、苦役から解放されているが、何事にも余裕がなくなっている。先ず、時間に追われている。待ち時間が無くなってきた。苦役から解放はされたが、労働時間が減ったわけではない。その分、仕事の速度が要求されている。つまり、仕事量(行動量、思考)量が増えている。無意味な行動も増えている。毎日のネットサーフィンで、寝る時間が削られている。

 有名な哲学者は「豊かさはほどほどにして、その余裕を哲学する(熟慮)時間に費やさなければ、人間は自滅する」と言う主旨を述べていた。だが、人間は「便利さ」の誘惑には勝てない。iPadで精神的な苦しみが増えることになる。現代病の「イライラ」は減る事は無い。携帯電話が物語っている。

 NHKの大河ドラマ「龍馬伝」のように、肉体の行動と思考の時間と比べたときに、思考の時間の方が、はるかに余裕がある。神戸と京都を簡単に往復しているようだが、徒歩である。15分~30分の今日ではない。2日~3日は要する。その間に考えをまとめればよい。社会の変化がそれだけゆったりしていたのだ。それに大半が同じような貧しい生活レベルであった。

 今日は、肉体を使った行動の時間周期よりも、思考の方の周期の速さを求められている。何時の間に逆転してしまったのか?だから、「善悪(思考)の判断」と「行動の判断」が同期できなく、犯行(行動が先)が先行してしまうのだろう。

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2010年6月22日 (火)

生物多様性

 休みの雨の合間に、庭の手入れをした。と言っても猫の額ほどの庭だからたいしたことでもないのだが。久しぶりである。雑草とりでは、今年はドクダミ草(正しい名前かどうか判らない)が、例年の雑草を押し出して、威張っている。近所の庭をこっそり覗いて見ると、やはり同様で、ドクダミでいっぱいだ。我が家のことだけではない。

 親父が郷里から持ってきたアオキが、幹が30cmの大木になって田舎の思い出に存在観を示していたが、4年ほど前から、青々した分厚い葉が病気に罹った。わが家だけかと思いきや、近所、少なくともわが散歩道(3km園内)は、一斉に、葉枯れ病に罹っていた。帰国前に、枯れてしまったようだ。

 10年ほど前から、このシーズンに、山茶花、椿の葉っぱに毛虫が、一度に発生して、あっという間に、葉っぱを食い荒らしてしまう。これとて、近所も同じ被害にあっている。わが庭で一箇所で起こるミクロのことではない。地域全体で、マクロで異変が起きている。これが生物多様性だろう。なんとも不思議なバランス、秩序である。その媒体も、生物なのだろう。種子の拡散であり、ウイルスの拡散である。小鳥が媒体となるのか、風が媒体なのか?またまた、犬や、猫なのか。

余談だが、この毛虫は面白い性格を持っている。一匹では行動できないようである。イワシ、アジの群れのように、群れて一斉に行動する。毛と毛が接触した距離を守って、何十匹が集まって行列をする。この毛虫は、脱皮をして蝶などになるのだろうか?一生毛虫のままなのではないだろうか?(箒で、山茶花の葉っぱから、その毛虫を叩き落しておいた。しばらくして様子を見に行くと、コンクリートの上を集団でゾロゾロ、次の獲物を目指して行進している恐ろしくも、おぞましい光景を眺めることになった。)かように生物とは複雑である。

<読書>

「雲ながれゆく」池波正太郎 文春文庫

久しぶりの池波である。女の主人公の物語である。何篇か,女の主人公にした作品はあった。特にこの作品は愉快だ。こんな女に支配されたいと夢を見られる作品だ。しかし、池波の描く女は、男勝りで、男と対等の働きをする。否、男以上だろう。それが現在風ではあるだろうが?周平の描く女は、男の影で、淑やかに、涙しながら力強く生きていく女を謳う。どちらが好いのかは、人それぞれだが。

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2010年6月21日 (月)

ゾロ目の誕生日

 今日は夏至である。ボケ爺のゾロ目の誕生日である。退職してから、半年、誰もが言う「時の過ぎるのは年々早くなる」を実感する。思ったことが出来ていないことであせりもある。「残り15年を計画して見ると、結構急がし内容になってしまう。」など、考えながら、梅雨空の中、今日も早朝の散歩である。

 野川に住み着いた一羽のアヒルが、今日もいつものねぐらに居る。雑草が刈り取られたので、その上に座り込んでいる。よくよく見ると、結構な歳である、と思える顔つきだ。くたびれ方がボケ爺と競うようだ。伴侶も得られない孤独と人生に、憂いた顔つきだ。きっと、ボケ爺と同じこれからどう生きるのか、の心境なのだろう。そのそばには、一羽の、北に帰れなかった年寄りのマガモがちょっかいを出している。世は見捨てた者ではない、似た者同士が戯れる。

 その場所から、500mほど北には、マガモの夫婦が住み着いている。やはり帰還できないほどの歳なのだろう。そのそばの土手の畑には、ひまわりがボケ爺の2倍ほどの背丈になって、花を付けている。小さな種一粒から、3が月ほどで、見事な成長ぶりだ。川面に群生する雑草も、2種類ほどは(一種は、葦、だと分かっているが)ボケ爺の背丈にも成長している。このエネルギー(光合成)はすさまじい。バイオマスに、これらの活用が出来ないか、誰かが研究し手くれると、未来が明るくなるのだが。

 いつもと同じ考えが繰り返し押し寄せては引いていく。この「波長の逆数が年の経過の時間」となる、とボケ爺は定義をしている。時間がたつのが早いと思う人は「寄せては引く」波長が短くなってきているのだ。つまり堂々巡りの周期が短い、寿命が短くなっている、と言うことか。

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2010年6月16日 (水)

感動の朝

 「はやぶさ」のカプセルが、「予定」の着地点のウーメラ砂漠に着地していることが確認できた、と言うことである。カプセルの中に、砂だか、ゴミだかが入っていることが望ましいが、それ以上に、制御と通信技術の格闘に、感動を覚える。

 ボケ爺は、学生のころ、人工衛星のドッキングの方程式を解いていた。二体問題なのだが、これが厄介である。なかなか思ったようにドッキングしてくれない。微分方程式の数値解析、ルンゲ・クッタの方式で、デジタル計算機で解を見つける、正確には、シュミレーションするのだが、あのころのコンピュータでは6時間も10時間もかかっていた。(今なら、PCでも数秒)

 7年間、故障に対し、格闘に格闘を繰り返し、わずかな可能性を信じて、復活(?)させて、正確には、冗長なシステムを組み合わせ、組みなおして、帰還にたどり着いたのだ。(3年間もの間、故障を治療していたことになる。)しかも、オーストリアの砂漠に、何時何分ごろに、と到着まで言い当てる。制御できた事は驚きである。(7年と言う時間からすると、「ごろ」とは、0.00?%の精度である。)人間のドラマで言えば、筋萎縮症の難病と闘っているようなものだ。次々と、神経や、センサー(感覚)を失っていったようなものだったろう。

 「はやぶさ」は7年、60億km、「いとかわ」惑星は地球から、3億km離れている。NECが開発を主導していた、と言う「イオンエンジン」が使われていたことも感動である。宇宙での推力には、プラズマイオン化エンジン(キセノン希薄ガスをマイクロ波で励振させる。)だろうと、ボケ爺の時代から言われていたが。実現していたのだ。量子物理学の実用化である。手塚治虫のアトム君である。

 一つのプロジェクトに数々の技術、それぞれが成果を挙げたことになる。こんな夢物語に、技術家の端くれのボケ爺は、涙が出るほど無茶苦茶感動する単純動物なのだ。

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2010年6月13日 (日)

断腸の思いで、お別れ

 うるさく書籍の整理をしなさい、と言われている。安普請の家の床がぬける、と煩い。それに、ボケ爺は、2箇所(元の職場)に、そちらの寛大な処置で、預かってもらっている。が引き取らねばならない。今のままでは、到底引き取ることはできない。プレハブの倉庫を作ることも考えていたのだが。

 大宅壮一記念館には15千冊があると言う。50年で読んだとすれば、110冊の勘定になる。ボケ爺は、月に10冊として、年に120冊、40年で、約5千冊となる。凡人の代表である。「書籍に埋もれる」と言う本の虫も沢山おいでになる。学者、作家などの書斎を紹介する本も出ている。そんな人が羨ましい。

 ボケ爺は、この21日で、ゾロ目も歳になった。平均年齢まで生きるとすると、15年しか生きられない。その間で読み返せる本の数は、つき10冊で、年120冊、1800冊となる。よって、65%ほど、売りに出すことにした。

 もうすぐ、ブックオフが引き取りに来る。思い出深い本が数々含まれている。こんなのを読んでいたのかと、懐かしくなる。読んだことを忘れてしまっている本も多い。断腸の思いで、分かれることにする。こんなに後ろ髪を引かれるとは思っても見なかった。

 読書の歴史は、「ボケ爺の人生の歩み」「思考の歴史」でもある。だから、死ぬまでは手元において置きたかった。寂しい死を迎えるときに、せめて、蔵書でもあれば、思考の歴史を顧みて人生を肯定することも出来るのだが。これで、ボケ爺を肯定できるものを失ってしまったようだ。

 そうだ、今日からは、ゼロからの再出発になる。読み返すことで、もう一度、ボケ爺の人生を顧みることにする。出来るならば、肯定できる何かを探して生きたい。そればかりではなく、その歴史を基礎に、新たな知恵の歴史を築けるように勤めたい。前向きに考えよう。

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2010年6月12日 (土)

土地と家族

 ひまわりの背丈はすでにボケ爺を越えてしまっている。いつ咲き始めるのか、楽しみである。川べりは雑草刈りが終わって、犬の散歩に便利になってきた。ボケ爺が住む東京の田舎の町は、ここ20年では、70%は変わっていない。20%は立て直して二世帯に、10%の住人が代わってしまっていたりしている。子供たちは成長して、出て行った方が多いと言うことか、どちらかと言えば、老人の町になった、と言うことだ。子供の成長は早いが、ボケ爺は歳をとっていないと、勘違いしている。

 早朝の散歩で分かってきたことがある。わが町は、京王線のつつじヶ丘駅を拠点としている。その南は、農耕地が残っていて恵まれたところだろう。南出口から見て、左は「清水家一族」その奥が、「新井家一族」左が、「遠藤家一族」「元木家一族」「斉藤家一族」で、ほとんどが占められている。あえて、一族と言ったのは、戦後の農地解放では、こんなに大きな土地は所有できなかったはずからだ。子沢山で、兄弟、いとこが多かったのだろう。一族が繁栄していたことになる。一族が分散して広い土地を分割したのだろうと想像できる。

 清水家一族は、清水墓地がある。新井家は、はるかに大きな一族の墓地を所有している。この人達は、いまだに、広大な屋敷に住んで、土地を守っている。土地を切り売りして、住宅用に分譲し、いくつものアパートを所有していることが分かる。つまり、「土地成金」を満喫しているのだろう。多くの畑も、農耕地ということで固定資産税は安いことだろう。市議会にも多くの人を送り込んでいる。

 いまだに、土地が、売りに出ないところを見ると、これらの一族には、今日の分散化家族と、少子化とは違う世界が存在しているようだ。子沢山が賞賛され、実行できているらしい。

<読書>

「アメリカ素描」司馬遼太郎 新潮文庫

司馬の作品はあまり好きではない。英雄を賞賛し、誇張する作風が。この作品を読んで驚いた。平成元年初版である。初めてアメリカを旅して、ずばり、日本とアメリカの差異を、民族の違いを、アメリカ気質を 部張り言い当てるには、驚きである。下手な日本人論よりは、はるかに的を射ているように思う。その裏付けは、豊富な歴史を知識に蓄えられているかrで、さらに、アメリカ旅行のために、事前に、数々の人も論説を調べているし、資料を読み終えている。著者は学者と言われても異論は無いだろう。ボケ爺の勉強不足に愕然とする。

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2010年6月 6日 (日)

老犬チャーリーを思い出す朝

 野川を散歩していると、カメラを構えた定年を過ぎた老人が十数人、集まっている。高級なカメラは三脚に固定されているし、小型機は手持ちで何かを捕らえよう、と構えている。人より高い雑草と川辺のアングルだが、何を狙っているのか分からない。すずめが飛んできた。それには、たぶん素人のカメラマンが反応していた。そこにツバメが飛んできた。一斉にシャッタ音が響く。優雅な朝である。「玄鳥至」の季節だ。

 アヒルが一羽、川辺の砂利のところに、いつも同じところに休んでいる。隣には、かもが寄り添っている。しばらくいくと、五井鷺が湖面を睨んでいる。これもいつもの場所で、大きく変わらない。

 そこを過ぎると橋がある。そのふもとに、大きな亀が岩の上に登り甲羅干しをしている。朝日を背に、首を高く伸ばして、西の空に残る月影を睨んで、哀愁を抱いているようである。何に思いを馳せているのだろうか?78年前に、老犬チャーリーが野川の浅瀬の泥の中で動いている亀を見つけて、ほえながら追っかけていた情景を思いだした。甲羅の大きさは、30cm以上は十分にあって、始めて見た大きさであった。今日、甲羅干しの亀も、きっとその時の主であろう。老犬チャーリーに見せてやりたかったが。合掌。

 野川の水は以前よりもかなりきれいになった。大きな鯉が悠々と泳いでいる。時には水遊びの、跳ねた声が聞こえる。その鯉たちも縄張り争いで、住処はそんなに大きく変わっていないのであろう。生物は、それぞれ、終の住処を持っているのだろう。しかし、ここにはもう、老犬チャーリーは居ない。又,又、合掌!

<読書>

「武田双雲の墨書七十二候」武田双雲 朝日新書

自然と付き合う。日本は春夏秋冬がはっきりしている珍しい気候に恵まれている。その為に、いろんな「暦」が考えられてきた。昔の人は、どんな指揮を楽しんでいたのか、理解ができた。

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2010年6月 3日 (木)

漆の旅

 漆に興味を持ったボケ爺は、やっとの事で、会津若松に出かけた。漆の談話会のためである。ボケ爺が「漆に興味があると、雑談仲間の某氏に話をしたら、その部下に、首都大学東京で、MBAを学んでいる時、高橋准教授のケーススタディーの「伝統芸能のイノベーション」において、会津若松に「坂本乙造商店」の坂本社長が、伝統工芸から、脱皮をして工業化への展開に成功した、との実例を学んだ、と聞いて、早々に、高橋先生から、坂本社長を紹介いただいて、先生と共に、今後の「漆の可能性」について、談話会を開く段取りを作っていただいたからである。

 良い天気に恵まれたが、さすが、盆地で気温は28℃ほどになっていた。新緑の盆地の風景は山に囲まれ、気持ちの良いところであることは言うまでも無い。「ギャラリー坂本」は会津若松駅からそう遠くはなく、店構えに度肝を抜かれた。館がすばらしい。江戸末期の家を、現在風に改造されているが、使われている基本建材は、昔の屋敷そのままである。外装、内装は本漆喰で白壁一色、床は無垢材、部屋の間取りの改造に工夫があり、近代的な間取りにデザインされている。その段階で、気おくれをしてしまった。

 ボケ爺はいろいろ考えて、「ボケ爺の漆に掛ける思い(夢)」を一杯書き込んだ資料を持っていったのであるが、先ずは一笑されてしまった。ボケ爺の考えている事は、全てやってみた。代替品的発想では、現実に売上を挙げる事は簡単ではない。日本の企業の求める結果は、「安いこと」が第一条件である、その事から挫折する。漆のクオリアが付加価値と認めてくれることは無かった。数を限定した工芸品としてなら価値は認めてもらえる。するとビジネスとしての規模は小さい。ボケ爺の提案には、「真のイノベーションが無い」と。

 これからの漆は、「工業仕様(数値化できない)にできない「感性」の世界でしか生きられないのだろう」と、坂本社長の話に納得してしまった。

<読書>

「文車日記>田辺聖子 新潮文庫

古典の宝庫である。ここまで勉強しなければ、良い文人にはなれない。名文家になれない。分かっているようで解かっていない。血のにじむ努力である。日本文化の理解が豊かに書き添えられている。

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2010年6月 2日 (水)

「漆」に見る夢

 ボケ爺は、なぜか、いつの間にか、「漆」に興味を持つようになった。陶器、陶芸には大変に興味があって、定年後、陶芸をやろうと思っていたが、気が乗らなくなった。その理由は、あまりにも趣味にする人が多すぎること、高温の熱源が必要で、エコに反している事、からである。

 漆は、色彩としてもすばらしい質感(クオリア)がある。つまり塗装材料である。さらには、天然(有機)の強力な接着力である。280℃まで耐ええる耐熱材でもある。石油材では作る事が難しい。あらゆる薬品にも強い。金が溶ける「王水」にも犯されない。そんな事から、医療の分野にも安全性がある、と言う。

 漆は、釉薬を使う陶器よりもはるかに古い歴史を持っている。どうして、こんな技術が、日本で育っていたのだろうか、と不思議でもあり、日本人の知恵のすばらしさに感心している。漆のような日本独自の技術を、もっと探す事をもしていきたい。和紙の力もしかり。染料技術の然り。漆喰も然り。

 漆は、科学的に解明が進んできており、工業材料に使えるのではないかとの予感を持てるようになってきた。ボケ爺の仕事としてやってきたプリンター技術を組み合わせて、印刷材として育てて生きたい。最近は、有機材料から、プラスティックが作れるようになってきた。そのプラスティックと、この漆の化学成分と反応させると、無限の高機能の材料が考えられる。

 漆は、そんな材料だけでなく、ナノカーボンなどとのコラボにより、最先端の材料も生まれるかもしれない。代替品ではない新材料である。燃料電池や、自動車の機能を追及するモーター材料などにも応用できるはずだ。ボケ爺は、漆の可能性の伝統工芸の応用と、新素材の開発に、暫く興味を注ぐ事にしてみよう、と思う、今日この頃である。

<読書>

陰翳礼賛」谷崎潤一郎 中公文庫

驚いた、下手な日本文化論、或いは、日本人論よりもはるかに的確な、且つ、具体的な論説に。日本文化論の基本はここにありと思う。当然この中にも漆論が展開されている。日本人論を、男女論から紐解いて、日本人のこれからのあり方に警告もされている。これを読まずして日本文化論は語れない、と確信する。目から鱗とはこのことだ。

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