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2010年4月24日 (土)

フィアデルフィアにて(その3)

 アメリカも悩んでいる。TVでは、オバマ大統領の経済政策に批判的である。オバマがウォール街に出かけての状況把握も実を結ばないとか、ティーパーティーの主張も虚しい結果になるのでは、など、辛らつな解説が好まれているようだ。

 貧困の差はいうまでもない。サブウェイでは、朝食セットが$2.5である。マクドナルドの半分以下である。それでも人は少ない、高い方なのだろう。ヒルトン、マリオットホテルの合間に、マーケットと言う巨大な市場がある。何でも揃うが、$2以下で朝食が食べられるところがある。貧しい人の朝食の場であろう。結構賑わっている。

 純血アングロサクソン(ワスプ)と流れ者(それ以外の国からの移民族)と、奴隷の生き様には、日本では考えられない生きることへの苦難の道のりがあったのだろうが、未だ解決しているとはいいがたい。益々悪化しているのだろう。だから、「自立(自律)の自己責任で自由を勝ち取れ」と言うオバマ大統領に、国民は如何に思っているのだろうか?

 だからなのか解らないが、今回の集まりでも、「伝統と創造の戦い」の象徴のような現象が見事に展開されている。ワスプのように、伝統を堅守るために、改善をしい続ける企業の人々の誇りが強く伝わってくる。一方、流れ者は、その傘の下で、ニッチな市場の創造に向けて、チャレンジしているエネルギーに満ち溢れている熱気がある。また、それを利用して、のし上がろうとするベンチャーの一刻千金の魂も伝わってくる。

 これらの悩みがアメリカの強さだと思う。ボケ爺は、決してアメリカ贔屓ではないが、アメリカから強く刺激を受けてきた。今後も悩み続けるアメリカから学ぶ事が多いことだろう。

<読書>

「わかりやすいはわかりにくい?」鷲田清一 ちくま新書

臨床哲学講座の副題が示すように、ボケ爺が毎日身近に悩む臨床事象が、「そうだったのか」と納得できる内容が多い。今になってようやく、「悩み」が、何所から来ているのか解り始めた。100冊読んで、1冊に出会うかどうかの良書である。なんとなく読んでしまったが、一点一点吟味しながら読み返したい。特に、「問いについて問う?」「時は流れない?」「待つことなく待つ?」「所有できない?」「すれ違いが大事?」などなど。一読を進める。

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