« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »

2009年12月31日 (木)

大晦日に思う、日本は島国か?

 何度も繰り返して、申し訳ないのだが、このままの日本で良いのだろうか?ジャパンアズナンバーワンといわれた時代を知るボケ爺には、その頃の日本人の生き生きした顔、自信を取り戻したい。大晦日の今考えている。

 日本は、島国根性の偏屈な国民なのだろうか?織田信長は武将として、日本国統一を試みていたのだろうか?中国と対等な「皇帝国家」を作り上げようとしていたのではないだろうか?ボケ爺は、織田信長の壮大な「夢」が好きである。

 「日本辺境論」内田樹 新潮新書がベストセラーらしい。「日本人とは何ものか? 鍵は「辺境」にあり!」と言う。辺境とは、中心から最も離れた周辺地域、と言うことである。中央が、中心が存在していなければ、「辺境」と言わない。日本人は所詮、辺境人と潜在的に思っていたらしい。(これが、世に言う島国根性に繋がるのか?)

「日本人は辺境人」とは多くの人が語っていたようだ。1)丸山眞男の「辺境人の性格論」、2)沢庵禅師の「辺境人の時間論」3)養老孟司の「辺境人の言語論」他、日本人論を「俯瞰した」分かりやすい著書となっている。

 辺境日本人の宿命は、1)キョロキョロ、2)他人との比較で云々、3)空気で理解、4)被害者意識、5)物まね得意、などであろうか?著者は、日本は絶対に、中心思想は作りえないと、結論する。こうなったらとことん辺境人で行こう、とも提案している。

 ボケ爺も思う、これだけ長く日本国を形成してきているのだから何か良い物を持っていると思う。決して「強国(普通の国)」になろうとせず、継続して生き続けられる国として存在できる「何か」を見つけよう。日本気質の一つ、「出るくいは打つ、撃たれる」を大切に、世界の変調に併せて、「敵」を作らず、と言うところだろうか?産業界も、独自技術と言わず、「物まね」を復活させ、「辺境の改善」をする事がいいのかもしれない。

しかしながら、平成鎖国はもう限界だ。グローバルと言う黒船に目を覚まそう。辺境は辺境らしく、世界をキョロキョロ見渡すことが肝要だ。そこが先ず第一歩だ。

 これが2009年の結論だ。2010年の大きな課題が見つかったような気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月30日 (水)

今、大物リーダが居ないのか?

 民主党政権に交代して、政策は後退したのか?連日、メディアは鳩山内閣を叩いている。多くは揚げ足取り、と思えるのだが。そのためか、支持率は下がる。アメリカも同じである、オバマ大統領の生き詰まり政策に、嫌気をさしたのか、支持率の低下がある。ボケ爺の思うには、いずれも大きく変わった。以前より、課題がオープンで、いろんな意見を議論している事がわかっただけ、民主化が進んだ事と言えるのではないでしょうか。多くの考えを議論している姿が、指導力がない、ということではないと思う。国民は大きな度量を持とう。

 「人間の器量」福田和也 新潮新書 には、新進評論家の福田氏の論説を期待した。日本人の器は人物評価の器に比例する(度量)、と言う。「何故、今日、かくも日本人は小粒になったのか?」の、一つの応えである。貧困と餓死の不安が無くなったし、戦死の不安が無くなった。国民全体に「小さな不安」しかなくなった事に関係する、と言う。海外企業での経験からボケ爺も思う、「日本は平和ボケ」している。経済危機においても、日本の産業界は又甦る、と、本当に思っている。決して、甦らない、と断定する。

 日本の産業を弱くしたのは、以前にも言ったように、1)トヨタの「KAIZEN」思想、2)TQCに始まる「田口メソッド」、である。この「呪縛」から脱しない事には、決して、復活はありえない。ジリ貧のままである。そのことに気がついている人はゴク限られているし、傾聴されない。いずれも、自動車産業であり、半導体産業である。今こそ、武谷三男の三段階論法を勉強しなおさなければならない。

 これから期待される福田氏の終章「今の時代、なぜ器量が必要か」は、結論が無く、ひどい。これでは、大物器量は現れない。所詮、著者も小粒と言うことだ。(何度かお目にかかっている福田和也先生に、今回の失望は流すとして、今後に期待する)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

仕事納め?

多くの企業は、正月休みに入っているようだ。中小企業、否、起業家には休みはない。東京の街に夜景は、いたるところで、イルミネーションで美しい?しかし、ボケ爺には、世相を反映した「寒い」青色には、来年も厳しい年になる予兆を感じる。LEDランプで、省エネである事は時代を反映しているが。昔のフィラメントランプを懐かしく思うのはボケ爺だけでは無いだろう?

 海外からの友人からは、クリスマスと新年の挨拶が飛び込んでくる。いずれも、「来年こそ良い年に」となっており、「イノベーションに期待」の言葉が多い。資金不足から、新技術の開発費が削られている企業が多いようだ。既存の商品で、どのように頑張るか、だろうが、難しい。そんな中、来年の予算も経済成長期待は組み込まれていない。長期的な投資を惜しんでは未来がないと思うのだが。

 アイデアを出すには、お金は要らない。こんな時だから、知恵の発揮の期待が高まる。知恵は、お金を使って生まれるのもではない。そんな形のイノベーションを考えよう、とぼけ爺、考えている。

イノベーションの企画力を育成するには、「現場感覚」がもっとも大切だと思っている。今まで出来なかった現場歩きを甦らせようと思っている。現場にこそ、アイデア(イノベーション)の源泉がある、と信じている。それにしても交通費がかさむ。1万円のパスカードが、すぐになくなる。靴底も減りが早い。

<読書>

「理科系の企画力」宮永博史 祥伝社新書

ヒット商品は「現場感覚」から、となっている。1)現場での体験、2)こだわりを無くす、3)究極の我儘こそ、4)始めにコンセプトあり、5)感激を生む、6)二兎を追う、7)異文化の結集、8)分かりやすい翻訳が、9)ロングセラーを前提に、と言うことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月28日 (月)

漆工芸(ジャパン?)

 帰国した当時は寒波が押し寄せてどうなる事かと思っていた。田舎のお袋が、入院しているので、見舞いに行った。以前のような危機的状況は脱したようだ。その時の新幹線からの車窓は、富士山が、その寒波のおかげで美しく観えていた。

 

平塚市

近くの平野からの富士山は、東の崩れも雪が積もって、雪の白さの陰影に、思わず感激の声を出しそうになった。富士宮駅を過ぎてからの富士山は、完全に全景が見える。やはり美しい。日本は富士山を誇りとして、富士山を日本人は、日本の故郷と思うことに、異存を挟む人は少ないと思う。ボケ爺も海外生活で、富士山を意識するようになった。

 日本の誇る工芸品に、「漆」をあげる事に異存を挟む人も少ないと思う。漆は又の名を「ジャパン」、とも言われると言う。タイミングよく、「漆の文化史」四柳嘉章 岩波新書が発売になった。ボケ爺はITと日本工芸(美術)とを結びつける新しい美術に挑戦しようと思っていることは、すでにこのブログで告白している。その中から、漆に大変に興味を持っている。自然な有機接着剤でも在り、塗装剤でもある。縄文時代からの工芸である。

 そんなことを風潮していたら、首都大学東京、社会科学研究所の方から、「伝統産業におけるイノベーション:株式会社阪本乙造商店の事例」と言う論文を送ってきてくれた。阪本乙造商店は漆工芸を産業化、工業化に挑戦している姿が、鮮明に述べられていた。美の付加価値と、環境課題の解決から、この漆が工業化でイノベーションの中心になること、ボケ爺、請け合いである。更なるチャレンジに心強い味方を得て、楽しみが増えてきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月27日 (日)

師走

 昨日は、遅れていた海外生活で使っていた生活用品の荷物がやっと着いたので、その片付けで忙殺してしまった。片付けるといっても、すでにボケ爺の居場所はなくなってしまっている。場所確保が大変なのだが、本は古本屋行き、を覚悟しなければならない。残念だが。

 久しぶりに、暇な日曜日である。帰国してから、3Kgもメタボになってしまっている体を、少しでも取り戻したく、天気もいいので、近くを散歩する事にした。実篤公園は、すでに山茶花の世界である。しかし、気になることに、小鳥のさえずりが少ない。朝日の昇るときも少ない状況に、気になっていたが。小鳥は気候変化を先取りしているのだろうか?

 新しいマンション、一軒家などで、風景が一変してしまっているところも目立つが、変わらない所が多いように思う。仙川の安藤忠雄街づくり通りの店舗スペースは、全て空き室となってしまっている。経済が厳しい事を思い知る現象である。夜、帰宅を仙川駅から、と降りてみると、数店の居酒屋チェーン店の、大声の呼び込みが、目立つ。そんなに喉を痛めても満足な客入りは見込めないのだろう。不景気な師走、と言う感がする。

<読書>

「太宰治の女たち」山川健一 幻冬舎新書

面白い構想である。男女の事なら太宰に聞け、と帯に書かれている。主に5人の女性を分類して、その特長を分析している。21歳で、最初に心中を試みるのだが、相手が、元彼の名を叫んだ事で、太宰は心中を止める、から始まって、39歳で、心中が成立した最後の女性とは、不倫であり、山崎富栄は秀作を書かせる天才であった。女性は太宰のような男を好むのだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月23日 (水)

TVニュース

 ボケ爺の職探しも、簡単ではなく、出かける時間も遅く、不規則な毎日が続いている。そんな中、気になってしかたがないことがある。TVは当然ながら、コマーシャルが入ることは仕方がない。民報は当然としても、NHKまで自分の放映のコマーシャルにいそしんでいる。兎に角賑やかで、はっきり言えばうるさいのだ。こんなTVを観なくても、架かっているだけで、落ち着かないし、思考回路が切れてしまう。

 朝ズバから始まって、9時、10時までニュース番組、11時が過ぎれば又どこかでニュース、3時ごろから、何処でのニュースが流れている。それらは、コミック番組だとして気にならないようにすればいいのだ。多くは聞き流せばいいのだが、政治課題の報道には、困る事が多い。

 誰が、何を言った、それが、誰と意見が違うので、可笑しいとか、マニフェストと違うのはおかしい。中国寄りだから、アメリカのしっぺ返しがある、とか、小沢に牛耳られている、とか、鳩山はリーダーの資格がないとか、政府内で、いろんな意見があるのはけしからん、中国で喜んで握手して喜んでいるのは、可笑しいとか、兎に角、本論と全く誓う揚げ足議論ばかりである。コメンテーターもアルバイト費を稼ぎたいのか、アナウンサーも番組から下ろされないようにか、媚を売っている。

 そんなことより、もっと日本の将来の本論を真剣に議論して欲しい。知能低下の教育問題、日本経済の衰退対策(雇用問題はその中に含まれる)自動車だけに頼った経済成長はすでに破綻している。ITはすでに、三流国になっている。残るは、環境改善機構技術の革新、食自給化施策、医療技術システムに絞られる。つまりグリーン革命に絞れる。何とかしたい物だ。

<読書>

「グリーン資本主義」佐和隆光 岩波新書

グローバルな世界に危機が潜んでいる。その危機を克服する事と、日本経済施策とは全て一致しているわけではないが、共通する点が多い。経済成長のパラダイムはすでにシフトしている。日本は地球温暖化対策技術で頑張る必要がある。CO2削減は経済成長に逆流する事はない。このような本の内容について議論して欲しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月13日 (日)

日本は元気だろうか?

 日本の起業家と、海外起業家との懇親会に出席してみた。なんだか小さい世界での交流会のようがして、これで本当に大きなビジネスに発展するのだろうかと思った。交換した名刺は全て捨ててしまった。こんな事でいいのだろうか?

 Googleのセミナーが開かれる、と言うことで、無料申し込みに応募して、当選したので出席した。約1000人の出席で、若い人たちが多い。

基調講演では、ドン・シュルツ(日本では、統合マーケッティングで有名)のマーケッティング理論は、チョッと古いか? 講演はうまい。パトリック・ピシェット副社長の話は、Googleはもっと進化するという。スーザン・ウォイッキ副社長、Google発祥のガレージを提供した人らしい。具体的なGoogleの新製品の紹介であった。

世界はもっと先を読んでいるのだ、と、ボケ爺では想像できない世界の話が多かった。その世界を、Googleが作っていくというシナリオであった。それはそうだろうと思うのだが、ボケ爺の驚きは別のところにあった。昼食は立食であるが立派なブッフェである。飲み物は、ソフトドリンクはいつでも飲み放題。夕刻の懇親会のさらに豪華なブッフェ、お酒も飲み放題。今まで、マイクロソフト、アドビなど、急成長した企業のセミナーに出席した事はあるが、こんなにお金を使ったセミナーは経験したことがない。それだけ、Googleは儲けているのだろう。そう言えば、ウェブマーケッティングのROIが主な課題であった。

こんなグローバルな未来ビジネスのビジョンを知ってしまうと、日本の起業家の未来の想定は、近未来的で小粒と思えてならない。

<読書>

「理系の企画力!」祥伝社新書

本当の企画力とは、こんなに、搾り出すような手順方法が必要なのだろうか?一品を生み出す小粒には、これでもいいのかもしれないが、世界を変えるマイクロソフト、アドビ、アップルの商品や、Googleなどは、「天才的ひらめき」が必要なのだろう。それは何所から来るのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月12日 (土)

久しぶりの日本生活

 帰国してから、約10日が立つ。毎日それなりに再就職で、世間で言う就活をしている。この歳ではなかなか無いことは分かっている。起業家を目指している人たちの為になれば思っているが。

 毎日、電車に乗っていて、5年前と比べて、女性の姿が変わった事に気がついた。

1)     髪の毛が黒くなっている。染める人が少なくなっている。染めても、少し、と言うことだろう。

2)     一層の重ね着が増えてきたように思う。特に、重ね着のスカートが、進化してきている。

3)     眉毛から、まつげのおしゃれに移行しているように思える。付けまつげ、に目の周りのアイシャドウが第二世代のガングロウに、と言うわけだろう。

4)     電車内でのメークはそんなに変わっていない、と思う。

5)     電車内での飲食は相変わらずで、少し増えたように思える。

6)     大きな鞄が多くなったように思う。沢山の書類が入っているようだ。

 一方、ドトール、など、その類の、格安コーヒーショップが、どの時間帯でも一杯である。PCを開いている人、本を読んでいる人、新聞を読んでいる人、タバコを吸いながら瞑想している人、中でも、睡眠をむさぼっている人も多い。それだけ、外回りの仕事が多いのだろうか、あるいは、ボケ爺と同じように職探しをしているのだろうか?

 しかしながら、居酒屋は、それなりに混んでいる。日本の景気はどうなっているのだろう。それを知るまでには、もう暫く掛かるだろう。

<読書>

「理由」宮部みゆき 朝日文庫

実に複雑な事件の解明である。単純明快な事件ではない。独立事象が、一対一でそれなりに絡んでいて、最終的には、犯人と、被害者が分かるわけだけれど、「風が吹けば桶屋がもうかる」的な展開である。また、ドキュメンタリー風で、フィクションかノンフィクションか?文章は読みやすい。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

退職日

 昨日で、5年間勤めた外国企業、韓国での生活であった。最後の日、多くの人たちから、別れの挨拶を受けた。日本企業とは全く違って、人情味が深く、本当に多くの人々からのお別れの言葉を頂いた。その多くが、「年寄りなのだからこれからは健康に留意してのんびりして下さい」である。韓国企業の定年規定からすれば、10年も多く働いている事になるから当然であろう。しかも、お世話になっていた企業では、ボケ爺は特別の高齢者であった。

昨夜は役員達の宴会である。呑んだ、呑んだ。皆が呑んだ。皆はお酒に本当に強い。どうしてこんなに強いのだろうか?お酒が強いだけではない。スポーツ、学力、体力、忍耐力、それに、韓国企業の強さである。手を打つことが皆当たる。洞察力、決断力、実行力、など、日本とは違うのだ。

ボケ爺、この日韓の比較人類学をこれから研究していきたい。同じ東洋人、近くで同じような人類、と思っているが、遠い存在である。儒教の影響か?深い人情も並ではない。不思議な国、韓国。さようなら。

このBlogは、本来、12月1日に掲載されていなければならなかったが、ボケ爺、うっかり操作を間違えたようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

« 2009年11月 | トップページ | 2010年1月 »