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2009年10月29日 (木)

イノベーションのあり方

 イノベーションを論じると、留まるところはない。いずれ連載したいと思っている。ここでは、初期的な試みをしてみたい。「技術革新」と訳されている。が、これは誤りだという説が多くなってきている。

 間違いではないと思うのだが、イノベーションの一部しか言い当てていない。ボケ爺の表現では、イノベーションとは「クリエイティブが起こす変化」と訳せば良いのではないだろうか?本件はリチャード・フロリダが叫ぶ「クリエイティブ・クラスの世紀」に触発されている。堺屋太一の言う「知価価値」にも通ずる。

 今回の経済危機での原因の、「グローバル化社会の進展」「国際金融の自由化」の見直しから市場機構は大きく変わるだろう。企業の存続性も変わるだろう。工業化社会では、幸福は財を持つ事であった。「働き、貯金をして、ものを買う」、と言う工程である。すでに、アメリカでは、クリエイティブ世紀の入り口に差し掛かっていて、「使って楽しみ、その後に働き返済する」となり始めていた。

 企業は、垂直分業の、規格品多量生産から、水平分業化で、適材適所で分業、クリエイティブ・クラスはそのアーキテクチャーを考えていればよくなった。ユニクロの一人勝ち、任天堂の一人勝ち、を見れば一目瞭然である。アメリカでも、グーグル、アマゾンドットコム、アップル、IBMなど良く理解できる。つまり、「イノベーションとは、モノづくりの技術力ではない、商品を取り巻く総合のアレンジ(アーキテクチャー)である。」

旧自動車産業(あえてこの表現を使う)のモノつくりが苦しんでいる。すでにクリエイティブな人たちによる新自動車産業が芽生えている。業界は様変わりするだろう。グローバル、水平分業がもたらす現象である。これがイノベーションである、とボケ爺は確信する。毎日がイノベーションで、戦国時代である。日本的モノつくり論は、イノベーションに合わない、と断言する。

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