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2009年6月13日 (土)

技術家の美はどちら?

 有名な物理学者の有馬朗人氏が、日本経済新聞に、「美か実証か」のコラムを載せておられた。数学的美を追い求めて、物理学者は研究を続けている。しかし、それでは実証できず、近似値計算で、実験から得られたパラメータの実験式で我慢しなければならない現象も沢山ある。

 ボケ爺の思い出にも、悩めることが沢山あった。全てが線形であればいいのだけれど、世の中そうは簡単ではない。特に、ボケ爺は技術家である。流体力学と、電磁場でのポテンシャル場の方程式は美しい。そこからトポロジーへと導かれると、エレガントだ。技術家として大切な、フーリエ変換、さらにラプラス変換と繋がり、解が求まると、全ての現象に、ビーナスを眺めるようにうっとりとため息が出たものだ。

 しかし、製品開発は、そう容易い物ばかりではない。非線形がほとんどだ。すると近似値計算と実証に悪戦苦闘が続く。それでも、定数が定まれば、苦労が報われて、ビールが美味しく、心地よく酔えるのだが。懐かしくも、このような世界に憧れていた時代があったことを思い出させてもらった。

 現実は、数学的美ばかりでない、実験と言う、手を汚し、汗をかき、実証することもある。技術家の仕上げたヒット製品は、どちらの美に影響されているのだろうか。

 こんな夢のような話はどうでもいい。没頭できる美の創造をしたい。

<読書>

「十二年目の映像」 ははぎ木蓬生 新潮文庫

東大安田講堂闘争の時の、ドキュメンタリー風の人生論物語である。ボケ爺もこの時、学生運動をしていた。大学民主化を謳って、ゲバ棒を振っていた。特別の思い出読んでみた。学生闘争そのものではなく、闘争後の学生の心、性格の変化をうまく表現できている。美しく、壮大な構成である。

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