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2009年6月28日 (日)

精神力を鍛える

 梅雨に入ったと言うが、ここスウォン市(ソウルの近く)は雨が降らない。晴天までとはいかないが、そんな天気の中、土曜日出勤である。スウォンの街は、たいていの陸橋には、紫のペチュニアが欄干一杯に植えられている。道路のいたるところにも、ペチュニア、マリーゴールド、ガーベラ、三色スミレなど、美しく街を飾っている。

 以前、済んでいたブンダンの街は、街灯の中間にいろんな花が冬を除いて、四季を通じて吊るされていた。混み入ったアパート住まいに豊かさをもたらしている。心の和み、精神的な安定に寄与していると思う。そんな国の余裕に驚いている。

 下期の業績向上を目指し、役人の団結で精神力をもって結集しようと、精神力を鍛える山登り大会が行われた。今更精神力でもないが、韓国にはまだ良き気質が残っている。高尾山程度の高度であるが、四つの山を登ることになっていた。約4時間半(9km)程度の道のりである。いつもの2倍はあるだろう。

三つ目の頂上近くでは、ほぼ疲れきって、動けなくなっていた。ふと目に留まったのが、片隅で、一輪の痩せた鬼ユリの花が、夕日に照らされて、橙色のビロードのような肌をまぶしい位に輝き光っていた。広葉樹の生い茂った暗闇から、妖精が現れた驚きを味わった。たった一輪である。そこに夕日が僅かな隙間から降り注ぐ、と言う偶然に、幸せを感じた。疲労も多少は柔らいた。

これからは下山だと思いきやさらに一山登る事となって、足がつり始めた。足に気をつかうのと、息苦しさで、苦しい。それでも、トップを目指して頑張ったが、最終的には、25人中6番目で下山できる事ができた。年齢別では、トップである。多くは、ボケ爺よりも10才から15才は若い。ボケ爺、恥ずかしいほど年寄りなので自慢は出来ない。

<読書>

「藤沢周平の言葉」 高橋敏夫 角川SSC新書

副題に、ひとのこころにそっとよりそう、となっている。遅く作家生活に入った周平は、それまでの生活での出来事を思い溜めていたのであろう。情景描写が多い作家でもある。英雄でも、高位の人物でもなければ、市井の人を描ききった作家である。それは、人には闇(屈曲)があり、微光があり、その絡みの表現が、平凡な人を描ける、と言う。ボケ爺の好きな理由もここにある。

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2009年6月27日 (土)

日本の特徴

 わが社では、役員会議は平日に開いてはいけない、土曜、日曜、時間外にせよ、と命令が出た。だから、土曜日が出勤日となってしまった。しかも、業績追求の厳しい、役員会議が毎週設定された。

NHKの特集で、「爆笑問題・日本人の将来」だったかで、「過労死」を持っているのが日本人の特徴である、と言われた有名な先生が居た。名前を失念してしまった。そう言えば、海外で聞いたことがない。英語では[Karoushi]と言う。年間の自殺者が3万人を超している。ロシアに次いで二位である。

 今年になって、過労死は、377人と、昨年同期比で、55%と増えているらしい。経済危機で、仕事量が減っているにもかかわらず、どうしてだろう。過労死の認定基準は、残業量で決まるらしい。裁判では、53時間月が基準となるらしい。その他の条件など複雑ではあるが、要は残業を多い人が認められると言う。「この経済危機が原因だ」と言ったアナウンサーの理由が、ボケ爺には分からない。

 これは、やはり、日本人の「働きすぎ」からだけだろうか。日本特有の「お疲れ様」「頑張れよ」と言う言葉に、その特徴があるように思える。「お疲れ様」に相当する言葉は、日本だけかもしれない。無言のうちに、仕事は疲れるものであり、「疲れるまでやることに美徳」「勤勉さ」を心に刻まれているのだ。さらに、日本人の仕事の仕方は、時間裁量で決められる事に追い討ちをかけているのだろう。

 ボケ爺の経験で、最初の企業は急成長していたこともあったのか、組織が新しかったかで、「お疲れ様」と言う言葉は使われていなかった。まして、部下から上司には。上司からの「ご苦労様」は良くあった。次の企業では、電話でも、ファックスでも、メールでも、枕詞に、「お疲れ様です」が入っていて、困惑したことを思い出す。それも部下からである。ボケ爺は、日本の将来を変えるために、簡単に、「お疲れ様」を使わないことにしよう。いやはやご苦労なことです

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2009年6月24日 (水)

実は日本が最低

 日本の経済危機は、「底を打った」、と力強いが、経済危機の実績をGDP(実質経済生産)の数値化で、世界各国を比べてみれば、なんと、日本は世界で一番悪いのだ。08年第4四半期、09年の第1四半期とも。さて第2四半期はどうか?アメリカは悪い、EUも悪い、と他国の悪さを強調するあまり、身びいきになっていないか。現実を報じないジャーナリストが悪い。太平洋戦争時の報道とそっくりだ。ボケ爺、海外で働いていて、日本が復元するとは、経済危機対策を併せても、とても思えない。15兆円の出資は重く、日本の時代は終わった。

 日本は、日本の実力通りの生き方をすればいい。GDPで、15位程度、個人あたりのGDPでは、70位程度を期待すればいい。GNP国民総生産高では、来年には中国に抜かれて、3位となる。10位ぐらいで我慢すべきだ。その理由は次の5点になる。

1)     意欲喪失病: 教育現場から生まれる「無気力主義」、偏差値評価による「努力無駄論」。「ゆとり教育」

2)     国民無視病: 政府、行政による「事なかれ主義」「蛸壺主義」「見せかけ主義」。

3)     平等主義論、格差過敏症:勝ち組は悪い人、負ける人は無視。「無視主義」、「無欲主義」。

4)     機械還元論症:企業の人事評価、事業評価の無味乾燥の「成果主義」。

5)     個人主義:自分が良ければ、他人は知らない。「無責任主義」。

これらが、急に変わるわけがない。諦めよう。無理をする必要はない。「聞かざる、見ざる、言わざる」が日本人である。

 総合大学院の長谷川真理子教授(進化生物学者)は言う。「戦いを忘れたオスたちはダーウィン進化である」と。男の殺人数は、今日減ってきて、昭和30年代の約1/5になっている。特に日本の減少が目立つ。この現象を「草食男子化」と命名されている。第一の理由は、平等、格差が減ってきたので、嫉妬、妬みが減ってしまったからだと分析する。二つ目は、社会的関係を断っても、人間として生きていける。IT商品で、孤立していても生活できるようになったからだ、と言う。

 さて、ダーウィンの進化まで繋がるのだろうか?繋がれば、日本は世界の隅で、草食人社会を形成できているだろうか?と。チンパンジーだって、生き残っているのだから。ボケ爺、この論説を愉しんでいる。

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2009年6月21日 (日)

草花に期待する地球温暖化

 近くに、鉄砲ユリで埋め尽くされた公園が在り、今が盛りである。黄色、ピンク、白、橙色、と色も多様に揃っている。少々きついが、甘い香りである。花は美しさと言い、香りといい、人の気持ちを和ませてくれる。

地球温暖化対策として、森林、海藻の植物に期待するところは大きい。自然環境の復活の大きな目玉である。砂漠の緑化、森の復元、など。ボケ爺も引退後、考えてみたいと思っているのだが?

 コンクリートで覆われた都心での緑化の対策がいろいろ考えられている。都心のヒートアイランド化は深刻である。コンクリートの蓄熱化と、渋滞する車の排気ガス、排気熱を抑えなくては、山に森を作っても気候の局地災害は収まらないだろう。

 最近、二つの耳寄りな話がある。一つは、屋上緑化、校舎の周りの緑化、道路側道の緑化、家庭の庭の緑化は、従来芝生が多かったが、手入れが大変であった。そこで登場したのが、スーパーイワダレ草の一種、「クラピア」である。花も咲くようだ。水も少なくて済むそうだ。宇都宮大学、雑草科学研究センターの倉持仁志教授が保証している。砂漠の緑化の活用に、中国が注目しているとも言う。

 もう一つが、「サンチェンス」多年草で花をつけ、40cm~80cmほどの草花である。特徴は、一般の草花よりも、①CO2を4~6倍の保持力を持っている。②NO2(二酸化窒素)を5~8倍、吸収できる。③ホルムアルデヒトを3~5倍、吸収できる、と言う。環境にはうってつけの草花である。CO2は一株で、760g/年の保持が出来るらしい、10株も植えれば家庭からのCO2の排出はほぼ吸収してくれることになる。葉っぱにある毛が効いているのだそうだ。さらに花は、6月から10月まで楽しめると言う。成長も早いと言う。都心のビル周辺、室内、家庭に「サンチェンス」で埋め尽くしたい。

コンクリートの蓄熱かを防ぐには、日陰を利用するために、朝顔、糸瓜、ゴーヤなど、蔓を伸ばす植物も活動する場があるようだ。

<読書>

「書を捨てよ、町に出よ」 寺山修司 角川文庫

懐かしい本を読んで、今更に感心する。同世代とは言わないまでも、10年は違うかもしれないが、同じような時代を生きてきたことになる。詩集が有名になったが、ボケ爺、詩には興味が湧かなかった。こんなニヒリズムな分を書くとは想像をしていなかった。もっと早く読んでおくべきだった。

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2009年6月20日 (土)

親父が枕元

 ボケ爺の親父は、13年ほど前に故人なっている。今更、親父でもあるまいが、時々、親父を思い出だすことがある。仕事上での、決断の時である。「親父なら、どう決断するの?」と聞いてみたくなるからだ。幸いな事に、家族の事で、大きな悩みは起きていない。連れも、子供たちも、このボケ爺以上にしっかり生活が出来ているからだ。

 誕生日を前にして、盛んに親父が枕元に立つ。「お前、そろそろ、最終の生き方を決めろよ」と言っているようだ。勿論何も言わず、えびす顔である。その夢の中で、「親父の夢」を思い出している。

 親父は、「建築家になりたかった」、と、繰り返し言っていた。現実は公務員となり、兼業農業とで生計を立てていた。「建築家になれなかったのは、お爺ちゃんのせいだ」、と嘆いていた。一人っ子だったので、実家を継がせるために、公務員を選ばせたようだ。建築家の夢を果たすため、アパート経営を始めた。アパートを自分で設計をして建築家気分で、愉しんでいた。

 タクシーが珍しかった時、「実は、タクシー会社を作りたかったが、お爺ちゃんと喧嘩した」と、気の多い親父であった。最後の夢は、孫たちを集めて、「将来、きっと食料問題が起きる、農業をやってほしい」と、懇願していたが、誰も継ぐ者は現れなかった。趣味か道楽か知らないが、農業に関する、真似事はいろんなことをやっていた。すぐ死んでしまう鯉を飼う趣味は道楽であった。養鶏と養蜂だけが、長続きした。

 結果、親父の夢で、まともだったのは、農業の必要性だけだった。こんな回想が夢に出てくるようになったのも、ボケ爺の終着点に、怪しさを感じるのだろう。「早く決めろ」、と、言いたいのだ。

<読書>

「赤い月」(上・下) なかにし礼 新潮文庫

生活環境の変化と、人間の生き様。さまざまであるが、極限の苦しみと、死に直面した状態での、義理人情と、裏切り、愛と憎しみ、複雑な人間の性格の変化が良く表現できている。著者の体験記であると言うが、生々しい。人間の終着点など予想できないのかもしれない。

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2009年6月17日 (水)

スロージョギング

 最近、走ることの楽しみが減ってきて、サボりたい日もあるのが正直な気持ちである。一つには、ダイエットの効果がなくなった。むしろリバウンド気味だ。この冬、寒いという理由で、3ヶ月ほど、アパートの20階の階段を登るだけだったからだ。

 NHKの「ためしてガッテン」を見て、驚いた。ジョギングは「スローがいい」、と言う。歩く速さよりも遅くてもかまわない。しかし、歩いては効果がないと言う。最低、30分は必要。距離ではなく、時間だという。

そう言えば、ボケ爺、リバウンドした分、取り戻したいと、速く走ることを心掛けていた。周りでジョギングしている人には勝ちたいと、息を弾ませた。きついので、以前の3周のジョギングを、2周にしていた。(km、18分、目標)。3周はとても走れない。

 早速に、スロージョギングに変えてみた。追い越されることを我慢して、ゆっくりと3周半を実行してみた。すると、翌日に疲れが残らない。ボケ爺の持病の尿酸値と高血圧が治ると思うと楽しくなってきた。あらゆる健康指数が良くなるともいう。

 理由は、筋肉には2種類あって、瞬発力ではなく、長期繰り返し筋を鍛える。その結果、毛細血管が増えるからだそうだ。さらには、前頭葉が活性化して、大きくもなる、という。期待が膨らむ。

 ハーバード・ビジネス・レヴィユーに、有名な、ジョン・J.メディナ、分子生物化学者が、「未来の取締役会の姿」の論文で、①取締役は、30分のジョギングを週2~3回はすること。②ボードルームの椅子は、ランニングマシンにする。③取締役会議では、スポーツウエアに着替える。④会議中のジョギングは、息が弾まない程度で、議論が出来るように運営されると良い、と書かれていた。

<読書>

「はやぶさ新八御用帳()」 平岩弓枝 講談社文庫

こんな本を読んでいると、頭が鍛えられるはずはないだろうが、疲れを取るにはいい。速読ではなく、遅読(スロー)がいいのだろうか?勉学もスローの方が、結果オーケーとなれば、ボケ爺、これからが大物の可能性を期待できるのだが。脳の知力はそんな単純な事はないだろう。

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2009年6月14日 (日)

水は低きに流れる

 戦後、驚異的な復興と成長を遂げて来た日本のGNP500兆円で足踏みをしている。ここらあたりが、日本が持つ人口の国力ということになるのかもしれない。戦後の成長は、偶然が重なりながら、幸運な時代であったし、日本人の勤勉さと併せて、「水が、低きに流れ」を利用していたのではないだろうか。

 批判を恐れず、あえて言えば、江戸時代は士農工商と言う格差を作り、それが行きつけば、日本国だけで済まず、他国を巻き込み、格差を作ってきた。それを利用しての強欲が、戦争を生み、結果敗戦。その後は、経済面で、企業構成に格差を作って、さらに、他国を巻き込んできた。ここに来て、世界的にも格差に行き止まりが出来た。水は淀んでいる。

 世界遺産の歴史を見てみると、大帝国が開かれて、あるとき突然なくなってしまう、物語は山ほどある。きっと、人口量と、生産力(格差)のバランスが崩れた時に、文化が消滅するのであろう。

 一方、美徳とした「理」のない時代となった。道理、義理、条理、などであろうが、都会では特に失われていく。人との接触が薄れていくからである。隣を気にしなくても生きていけるからである。人間が、反省や後悔を忘れてきていることも、事実であろう。

 今日の閉塞感は特にひどい。若い人には、将来の展望が見えなくなっている。ボケ爺の歳になると、気力も落ちてくるのでどうでもいいのだが。若者が、草食志向になっては、益々、次の世代に未来が描けない。

 打開策は、格差を恐れず、格差拡大を利用した経済発展(サッチャーイズム)を選ぶか、格差を嫌い、草食志向の若者が、江戸時代の川柳、講談、浮世絵、歌舞伎など相当する文化の創出に目覚めるか、いずれかであろう。

 ボケ爺の、残りわずかな人生の内に見切りを付けてもらいたい。中途半端はいけない。

<読書>

「賞の棺」 ははぎ木蓬生 新潮文庫

研究成果をめぐって、成果を奪い、独り占めにして、最高の栄誉を得た研究者の人生と、犠牲になった人たちの性格ごとの生活の様を描いている。ミステリー仕立てが、一気に読ませる力がある。文章がうまい。構成力も感激する。「理」のない世界のいくつきさきを見た。

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2009年6月13日 (土)

技術家の美はどちら?

 有名な物理学者の有馬朗人氏が、日本経済新聞に、「美か実証か」のコラムを載せておられた。数学的美を追い求めて、物理学者は研究を続けている。しかし、それでは実証できず、近似値計算で、実験から得られたパラメータの実験式で我慢しなければならない現象も沢山ある。

 ボケ爺の思い出にも、悩めることが沢山あった。全てが線形であればいいのだけれど、世の中そうは簡単ではない。特に、ボケ爺は技術家である。流体力学と、電磁場でのポテンシャル場の方程式は美しい。そこからトポロジーへと導かれると、エレガントだ。技術家として大切な、フーリエ変換、さらにラプラス変換と繋がり、解が求まると、全ての現象に、ビーナスを眺めるようにうっとりとため息が出たものだ。

 しかし、製品開発は、そう容易い物ばかりではない。非線形がほとんどだ。すると近似値計算と実証に悪戦苦闘が続く。それでも、定数が定まれば、苦労が報われて、ビールが美味しく、心地よく酔えるのだが。懐かしくも、このような世界に憧れていた時代があったことを思い出させてもらった。

 現実は、数学的美ばかりでない、実験と言う、手を汚し、汗をかき、実証することもある。技術家の仕上げたヒット製品は、どちらの美に影響されているのだろうか。

 こんな夢のような話はどうでもいい。没頭できる美の創造をしたい。

<読書>

「十二年目の映像」 ははぎ木蓬生 新潮文庫

東大安田講堂闘争の時の、ドキュメンタリー風の人生論物語である。ボケ爺もこの時、学生運動をしていた。大学民主化を謳って、ゲバ棒を振っていた。特別の思い出読んでみた。学生闘争そのものではなく、闘争後の学生の心、性格の変化をうまく表現できている。美しく、壮大な構成である。

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2009年6月10日 (水)

日本の太陽電池に期待できるか?

 日本では、次世代のモノづくりに、太陽電池産業が、ばら色のように挙げられている。日本発の技術の巻き返しに期待する、と。補正予算で、家庭用太陽電池に補助金が復活するし、電力企業も電力買取りの協力をするとなっている。果たしてこれで、太陽電池産業が復活するのであろうか?ボケ爺には、いささか疑問に思う。

 今週の発売の日経ビジネスのタイトルに「太陽電池、決戦前夜、日本の凋落を食い止めろ」と派手なタイトルである。中身は読んでいないが、きっと多くの人が心配しているのだろう。

 面白いデータがある。先ず市場である。全世界的には、09年はトップの「Qセルズ」()08年に対して、38%の大幅な落ち込みである。日本市場を狙うと言っている。日本ではトップで、世界で4位のシャープは赤字に転落しているらしい。一方、投資の面で言えば、世界は今や風力発電に518億ドル(太陽電池が、335億ドル)とトップである。さて日本は?

 欧米で、一気に太陽電力が起きているのは、新規参入や既電力企業が自由参加して、市場原理主義で電力供給事業に乗り出しているからだ。日本では、相変わらず、既存の電力企業で独占されていて、新規参入が出来ない。さらに、この既存電力企業は家庭発電に消極的だ。この構造を崩さなければ、日本は本当に変化できない。規制緩和と言うのか、市場競争原理と言うのか、いずれにしても、戦略がない。

 日本での、家庭発電で、ECO産業を復興しようとするならば、「分散化事業」を創出しなければならない。市町村で、あるいは個人で自由に電力事業が出来る構造にしなければならない。水道事業のように、地方に、個人に、任せるべきである。市町村ごとで、電力事業を行えるようにすれば、太陽電池、燃料電池、など、競って設置し、最適化が起きるだろう。電力輸送のインフラなどこれ以上はいらない。ビジネスモデルを創造しなければ、何も変わらない。

 これからのキーワードは「分散」である。農業工場化も然り。とボケ爺の自説である。

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2009年6月 7日 (日)

層流と乱流(その二)

 今日の経済危機は一種の乱流に巻き込まれた、と表現する。この乱流の正体が解れば処方箋も解けるのだが。そもそも、乱流はどうして起きるのだろうか?その謎に挑んだのが、レオナルド・ダ・ヴィンチであった。約500年前に、溝に落ちる水滴を観察して、「乱流は単に乱れるのではなく、構造的に起こる、その元は「渦」である」と、一刀両断をしていた。

 原子や、分子の極微の世界に乱流があることが解ってきた。大阪市立大の理学研究所の坪田誠教授らの「超流動」となった液体ヘリウムの乱流をシミュレーションすることに成功している。巨大な世界の乱流と極微の世界の乱流が一致するのかは、解っていない。乱流をコントロールできるようになると、新しい乗り物ができるかもしれない。

 風洞実験で見るトンボの飛翔実験では、美しい乱流()によって飛翔していることが解っている。しかし渦の予測はまだ出来ていない。ボケ爺は、乱流を使った、垂直離着陸の飛行機の実現に夢を追いたい。現行の飛行機のエルロンと、フラップを、無数のヒレのようなものを羽ばたかせるとどうなるのだろう。難しいだろうな。

 グローバルエナジー鈴木社長はベルシオン式風車の開発を進めている。弱い風邪でも効率よく発電できると言う。プロペラ型の風車は効率が悪いと。(ボケ爺も、風力発電のプロペラが飛行機と同じように、先端で細くなっている理由が分からない。飛行機は強制的に回すので先端で失速しないようにするためだが、受身の発電機のそれとは違うと思っている。)しかし、日本より海外からの引き合いが多いようだ。「ベルヌーイの定理で浮く飛行機の原理」は間違えていると言う。新しい自説での飛行機の研究も続けているらしい。ボケ爺、大いに期待する。

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2009年6月 6日 (土)

層流と乱流

 飛行機は「層流」で浮力を得て、巨大なジャンボ機は今日も、全世界を飛び交っている。航空工学を学んだボケ爺にとって、機体力学と、流体力学の総和で成り立ち、当然の結果である、と思っていた。しかし、この原理が似非原理だと言う。ボケ爺は、大変にショックだ。粘性条件による空気抵抗としてのカルマン渦と言う乱流が存在することは解っていた。

 一方、「乱流」のメカニズムに何か魅力を感じていた。 ボケ爺の親父が、ミツバチを飼っていた話は以前にした。ミツバチの巣を攻撃する悪玉がいる。一つはスズメバチである。ミツバチの体積比で5倍ぐらいはあるのか。スズメバチは、ミツバチと同じような体つきだから、飛べることに不思議には思っていなかったが、もう一つ、クマバチがいる。黒くずんぐりむっくりのメタボバチである。羽も体に比べ、比較的小さい。これが何故、飛べるのか?と不思議に思っていた。トンボも然り、チョウチョも然り。きっと、乱流を上手く使っているのだろうとの直感はあった。

 「マルハナバチ(ずんぐリむっくり)なぜとべる?」の新聞記事を読んだ。結論は「羽ばたく空気の渦で浮力」、乱流のなせる技であり、粘性(レイノルズ数)の利用であった。羽の両端から激しく渦が出来て、出来た方に浮力が生まれると言う。平板の方が、渦が大きく、粘性で離れない、これがミソだ。しかしこれだけでは十分な浮力とはなりえないようだ。(永井弘人准教、日本文理大)羽の表面の突起がさらに何か作用しているのだろうと研究しているのが、磯貝紘二教授である。東大を始め研究者はもっと増えているようだ。

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2009年6月 5日 (金)

この世は公平か?

 この世は公平か、と聞いてみたら、誰だって、異口同音に、「ノー」と言うだろう。不公平だ、と反発されることは、明らかだ。人間が感情から出来ているから、仕方ないと諦めもしているかもしれない。それを上手く利用できる人が現れる。とかくこの世は住みにくい、と多くの人は嘆いているだろう。

 政治家の世界がもっとも、代表的で、数々の物語があって、国民は野次馬として面白がって、「庶民の不公平」の発散にしている。スキャンダルはさらに面白い、と。先日の、小沢代表の秘書が逮捕された。自民党からは。「自民党は絶対検挙されない」なんていう元検察庁関係の議員が居たが、「ごめんなさい、そんな意味で言ったわけではない」「そんな意味」の内容が解らなくても、国民は、「そうだろう、不公平だから、そんなことありよ」、と察しがよく、傍観している。

 二階堂大臣が、引っかかったが、小沢のときと違って、国民が忘れるほどの長い時間をかけての検察の捜査で、結果は白?ここは850万円ほどのパーティー券、小沢事件は、3000万円ほど。しかし、西松建設は、3億9千万ほど献金していたとの捜査結果である。と言うことは、足し算が出来る人がいれば、すぐ分かる。他にも、もらっていた議員が山ほどいるということになる。

検察側は、小沢の秘書を逮捕した時も理由を説明しなかったし、今回も、誰に配られたかは公表しない。経過も発表がない。議員だけが説明責任を果たしていないのではなく、法律家の検察側も説明責任を果たしていない。

 こんな矛盾だらけのロジックがあっていいのだろうか。スキャンダルの傍観を愉しんでいるだけでいいのだろうか。ボケ爺、このようなロジックミスが気になって仕方がない。野次馬のボケ爺より。

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2009年6月 2日 (火)

トヨタチックMFG

 日本経済新聞社の客員コラムニストの西岡幸一氏、6月1日に面白いコラムを載せておられた。トヨタチックとは、Toyotachicと表し、トヨタ、日立、パナソニック三社を合成した意味だそうだ。日本を代表する製造業で、3月の決算で、合わせて1兆6千億円の赤字を計上した。従業員は10万人、裾野を入れれば、100万人にはなるだろう。

 MFGとは、三菱UFJ、住友三井、みずほの巨大金融業界の事だそうだ。合わせて1兆2千億円の巨額の赤字となった。この三つ、三つの製造と、金融の大会社の再生がどうなるかと言うことになる。

経済危機の震源地の米国では、この半年、6%減に対して、日本では1月~3月で、15%強のマイナスである。2日に、与謝野大臣は、「最悪の時期を脱した」と高らかに詠ったのだが、生産増、需要増への加速度は、雇用問題が悪化している間は、見られないだろう。加速度が無ければ離陸しない。

予算の法案で国会はあいも変わらず、無意味な議論が続いている。日本の構造改革の議論がちっとも見えてこない。人気取りのばら撒き意外何ものでもない。これでいいのだろうか。産業構造改革はさておくとしても、企業が悪戦苦闘しているように、「政府の支出を抑える」議論ぐらいはして欲しいものだ。15兆円も出すから、議員、公務員の支出は忙しくなるので、もっと増やすよ、と言えばまだしも黙っているのが、納得出来ないのだが(外部公務団体の大幅な増加が見込まれている)。自民も民社もジャーナリストも、解散の日にちだけ議論している。解散にどんな意味があるのだろうか。ジャーナリストがもっとしっかりすれば、日本は良くなるのだが。日本の国民は、ここまで来ても黙っている、ここでも「沈黙は金」なのだろうか?

そうだ、期待をしてはいけなかったのだ。五木寛之先生、ごめんなさい。小池龍之介先生、グチを言う欲望を持ってはいけなかったのです。修行が足りませんでした。

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2009年6月 1日 (月)

やはり基礎が重要

 今日は、延世大学で教えている早稲田大学の教授に、講演を依頼して、快諾を頂き、面白い学術講演が成功に終わった。講演を聴きにきた人も意外と多く盛大であった。

 日ごろ、モノ作りに汗を流しているのだが、日々の課題の解決に、全精力が奪われている。きっちりと、ロジカルに考えて設計をして、筋道どおりのプロセスで進めているのだが、現物あわせが意外と多い。基礎が大切だと言う事は分かっているのだが、基礎原理は即役に立たないので、後回しになる。製品仕様が変わるごとに、ゼロベースで、問題が噴出する。これが工学であると、割り切ってしまっている感がある。

 今日の講演を聞いて、やはり基礎が大切だと再認識をする。工学も、科学の一部であるはずだ。科学なら、「相似則」が成り立たなくてはならない。その成立を目出して、基礎学が成立するように、考える事だ。シミュレーション技術も大切である。基礎原理を理解するためにも。3Dシミュレーションが進んでいる。DEMでも高性能なPCで可能な時代となっている。

 基礎、実用化、製品化、のプロセスを守って、創造していかなくてはならない。特に、イノベーションを期待するには原理を基礎から考えることが重要である。経済危機の今が、考えなおすチャンスなのだが、ボケ爺、いささか歳をとりすぎた。若者を激励して、勧めていきたい。

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