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2009年2月14日 (土)

ヒロポンの思い出

 最近、大麻事件が多い。先日は、東芝のラグビー部員が大麻を吸っていたとして、日本選手権の出場を辞退した。個人の責任を集団で責任を取るのは日本ぐらいかもしれない。相撲界はどうだろう。管理責任者は当然だとしても、部屋は存在していく。大学の学生も、有名大学でも摘発されている。大学の責任者は、謝るだけで、身分が怪しくなる事はない。

 少し前だけれど、同志社大の女子学生が、大麻を隠し持っていた、と報道された時に、ついに、女学生までに及ぶ事になったか、と、世の変貌振りに、少々考えるところがあった。大学はどんな責任を取ったかは、明らかにはされていない。

 その時、ボケ爺の、55年ほど前の、小学校時代の出来事であった。ヒロポンと言う言葉を思い出したのである。ヒロポンと、大麻がどんな関係にあるのかは、全く理解していない。ただ、幻覚作用があり、服用を続けると、止められなくなるらしい。アル中のようなものだろう。

 小学校時代、母方のいとこは、夏休み、母方の家を合宿場にして泊まり歩いていた。叔父は町医者をしていた。その時に、二度ほど怖い経験をした。いずれも、寝床に入ったときであった。裏ドアが激しく叩かれて、女のかん高い叫び声が聞こえる。叔母と叔父は、激しく言い合っている。女性は、「ヒロポンを・・・」、「ヒロポンを・・・」と相変わらず、かん高い声を張り上げていた。裏戸から入ってきて、診断室に入り込んだのだろう。ガラスの壊れる音がした。暫くすると、大人しくなっていた。「騒いで済みませんでした」と帰っていった。襖を少し開けて、覗き見をしていたのは、恐怖心からの好奇心からある。若い女性であった事が思い出される。兎に角、その暴れようは、すさまじかった。 世の中が貧しかった時代の女性が自活する苦しみからの自活であったのだろう。今は裕福な時代の、堕落の好奇心からだろう。

ボケ爺の幼少の頃の、なんとなく、薬物はいけない、と、教えられた夏休みの思い出である。どうして、大人しくなったかは、今ではよく分かる。亡き叔父は苦しい立場だったのだ、と同情できる。

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受信: 2009年2月14日 (土) 23時04分

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