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2009年1月27日 (火)

歳よりは?

今日も正月休みである。今年は、2回も正月を祝って、なんだか、ボケ爺、得をしたようだ。しかし、歳は取りたくない。通年どおり、11日に正月を向かえ、旧正月を韓国で迎えることが出来た。二回、今年の目標を考える事ができたが、果たして、実行できるかが課題である。

 今日は、昼間の気温がプラスになった。山に登ろうと、出かけたが、雪が溶けてきて、べたべたであり、よく滑りそうだ。入り口で怖気づいて帰ってきた。庄助さんを決め込んで、朝酒朝湯のところ、朝風呂だけにしていたが、今日の夕食時には、韓国のワイン、ポップンジャ(野いちごのワイン)が精力を付けてくれるという事で、少々、賞味した。少々甘いが、ほろ酔いには適度に美味しい。

 朝風呂で、つくづく、自分の肉体を眺めた。若かりし頃は、ベテラン血液採決専門の看護婦でも採決するに、困るほど、血管は皮膚の内にうずもれていた。女のような体と言われ、恥じてきた。その末端の手足は、とりわけ手には、血管が浮き出てきて、ようやく男らしくなってきたのだ、と誇りたい。否、否、歳のせいである。こんなに表面に浮き出てきて何時でもつまみあげることができそうだ。これだけ血管が末端に注がれているにもかかわらず、冷性になる。末端のシワが目立つ。脳の中も大きな変化があるのだろう。さらには、内臓関係も見るも無惨な常態なのだろう。見えないことは幸いである。これからは何事も見ないように過ごしたいものだ。

 大人でも、脳は再生すると、慰めてくれる研究結果があるそうだ。海馬では活発にニューロンが入れ替わる事は分かっている。一方、記憶の維持など、神経再生能力はそぎ落とされている、といわれている。ボケ爺、歳の事は気にせず、ボケ続けよう。

<読書>

「背徳の人」アンドレ・ジッド ちくま文庫

久しぶりの古典である。キリストに対して、神に対して、信じる心を持たず生きることがどんな事になるのか、ミステリーのような展開がある。人の背く、神のそむく事は同じ事か?仏陀には理解できないところがある。

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2009年1月26日 (月)

暇なし、金あり開く

 新雪が積もり、美しい銀世界の旧正月である。韓国では、旧正月を本正月として、過ごす事になっている。静かな新年の幕開けを迎えている。午前中は車の行き来も少ない。午後は、近くにある、華城の名跡に散歩に行った。すでに車は、いたるところ混んでしまっている。親戚に、ご挨拶での移動が激しくなったのだろう。警察まで出て、交通整理である。店は全く開いていないとのことであったが、コンビには開いているし、スパーも開いている。果物屋さんも。お土産は果物が多いそうである。新雪を踏みしめて、キュー、キューと唸る。子供心がよみがえる。

 ボケ爺のサラリーマンの初期は、残業が100時間以上、経済の成長が良くて、毎年、20%から、30%もの給与が伸びた。それから、ニクソンショックに始まり、3年から4年おきに、オイルショック、第二次オイルショックなど経験をしながら、バブルに突入して行った。残業ゼロ、ボーナスが現物支給なども経験してきた。

 総じて、「暇なし、金なし」の時代を過ごして来たことになる。今回の経済危機では、ワーキングシエアは必然となるであろう。すると、「暇あり、金なし」となる。誰もがあまり経験のない、「暇あり。金なし」時代をどう過ごすが、鍵となる。大いに、趣味に目覚めるべきであろう。趣味も、お金は使えない。もっとも安上がりの暇つぶしは、「読書」だと思っている。ボケ爺の韓国での正月も、読書三昧で過ごしている。日本の古本屋で仕入れてきた文庫本である。体力を使わなければ食事もしなくて良い。まさしく一石二鳥である。

 これからは、不況が回復することはない。江戸時代の中後期のように、経済は成長せず、藩政は赤字で過ごしてきた時代に学ぶ事である。皆平等で、結構楽しいのかもしれない。

<読書>

「哲学は人生の役に立つか」木田元 PHP新書

木田先生の戦後の時代も大恐慌の時代であった。闇業者曲がりのことをしながら、暇を見つけては、資産のあった友人の家にあった本を借りて、読書三昧。先行き見えない中、不安を忘れるために、読書。今日の不安も、読書で忘れる事ができるだろう。

苦難な中高等学校時代に、これだけの本に没頭できたのは、家計を支えなければならなかった苦痛からの逃避だったのだろう。意志が強い、集中力がある、事は大切だ。

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2009年1月25日 (日)

朝令暮改

 朝令暮改はいけない事か?一般には、朝令暮改をする人を、評価しない傾向にある。とりわけ日本では、武士の一言に偽りなし、と。朝令暮改は意志がぶれていると、嫌われる言葉である。一方、経営の中では、朝令暮改がないと、経営が定まらない時が多い。今回の経済危機のように、1ヶ月ごとに、底が読めなくなる時などである。経営は日々、時間ごとに変化するものだから、大いに朝礼暮改でありたいという人たちが多い。鈴木敏夫会長も常日頃、おっしゃっている。

 今日の政治に目を向けてみると、「揚げ足取り」の幼稚な議論が多すぎる。チョッと変更すると、「変更したと」、攻撃する。「変更しないと」はけしからん、と言う。野党の攻撃も、その場その場で主張を変える。与党内でも、同じように、「主張を変えるな、変えないと賛成できない」とあらゆる場面で、軸足の定まらない野次が飛び交う。こんなことで、真の政治が出来るのだろうか。

 しっかりと朝令暮改をすればいい。その理由をきっちりと説明すれば皆はよく理解できる。変更の説明不足は、相手に、揚げ足を取られる絶好のチャンスに遭遇する。これは日本語の欠点であろうと思う。「結論は、、。なぜならば、、。」の構図がない。「なぜならば」を使うと言い訳のように取れるからだろうか。結論から言って、「その理由は」と説明できるように、日本語の構造を変えるようにしたほうが良いと思っている。今回、変更こうする事に決めた、その理由は、、である。

 ボケ爺も、軸足をしっかりして、朝令暮改を出来るようにしたい。その時、こんな話の仕方を躊躇なくできるように訓練したい。揚げ足議論は止めたいものだ。

<読書>

「恋愛中毒」山本文緒 角川文庫

「恋は人を壊す」と言い切る。しかし、恋は繰り返される。愛する事と、愛される事が、人の営みで、自然だから。他人を愛しすぎると、自分が崩れる。他人を愛する位なら、自分を愛する。それは悲しい結果であるかもしれない。かくも恋愛は難しい。

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2009年1月24日 (土)

オバマ、オバマ、オバマ

 今日も白銀の朝を迎えました。麻生首相と同じように、オッチョコチョイのボケ爺はマイナス13℃の体験をしたくて、早々に外に出てみた。とても、ボケ爺の最大の防寒具では5分と絶えられない。午後、四時ごろに正月を一人で過ごすため買い物に出かけたけれど、その時でもマイナス4℃である。

 今週は、それにしてもオバマ大統領に、世界中が期待を掛けてお祈りをしていたように思う。アメリカは当然、80%もの支持が示すように、250万人もワシントンに集まって、就任式に華を添えた。アメリカの経済危機の対策に期待しているからだろう。「変革」は「出来る」と選挙を戦った。就任式では、「変革」のためには「自己責任」を期待すると、一つの「自由」なアメリカを作るためには、国民一丸となった行動に期待する、と。リンカーン時代と多くを重ねた演説であった。

 各国の報道も熱を帯びていたように聞く。とりわけ、日本は、現政権に期待が出来ないのか、オバマ大統領に大きな期待を寄せているかのような報道が多かった。NHKなど、麻生首相の誕生の時の報道時間の倍以上の特集を組んだのではなかろうか?信じられないが、ほとんどの経済学者が、ドルの信頼性回復に期待していることだ。日本も、オバマ大統領に依存している。こんなことで好いのか。

 オバマはいち早く、「グリーン・ニューディール」政策を掲げた。7750億ドルと、大規模である。①短期では減税、②環境インフラ改造の公共事業、③長期には、グリーン・ニューディールである。本来は、日本がいち早く「グリーン政策の旗」を上げなければならなかったのだが、未だに経済政策が曖昧で、ばら撒き政策しか取れない現状は悲しい。

 何度も繰り返すが、クリントン大統領には、市場開放を押し付けられた。ブッシュ大統領には、仲間のようなジェスチャーで支援金をむしりとられ、結果は無視されてしまっていた。さて、オバマに期待するが、日本はどんな扱いをされるのだろうか。結果は見えている。ブッシュと同じように、お金の献金だけに期待するであろう。それだけだ。アメリカ頼りでない日本の経済、政治思想を確立したいものだ。

<読書>

「小説・ザ・外資」高杉良 光文社

アメリカ社会の人間関係、アメリカの仕事への考え方、アメリカ人人生観、など、ハゲタカの話を進めながら、展開されている。ボケ爺も、同感できるところが多かった。

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2009年1月19日 (月)

藻類の時代か?

 藻類がバイオ燃料になるという。米コンチネンタル航空が、アブラギリ科のジャトロファと、温暖で乾燥したところでも育つ藻を、化石燃料と半々にして、なんら従来の化石燃料と遜色がないことを証明した。それを成功させたのは、ユー・オー・ピー社である。11日間で燃料に出来るという。

そのほか、ヴァージンアトランティック航空のバイオ燃料は、ヤシ科のババスとココナツが原料だそうだ。ニュージーランド航空は、ジャトロフィを主としている、といわれている。日本国空は、アブラナ科のカメリアとジャトロフィ、と藻の三種類を使うという。

コンチネンタルの使う藻は、成長が早く、効率がいい点で注目が集まっているようだ。藻類は、光合成をする。陸から、海洋へと、さまざまな種類があるようだ。身近にある藻類に注目すると面白いエコが考えられる。バイオ燃料には、陸と、海洋の藻類から作る事ができるだろう。

エネルギーだけではなく、光合成を活用して、CO2を減らす事ができる。陸地では、伐採された森林の再生が呼びかけられている。それ以上に効果があるのは、大陸棚に生殖している藻類の繁殖である。

 CO2を封じ込めると言われている白波をよく立てることだ。崖の回復、創造を、先ず考える。海水がCO2をたっぷりすって、光合成する藻に供給する。CO2は酸素に置き換えられる。その為には、藻類の衰退を食い止めて、保護しなければならない。多くの海で、藻類面積が減退してきている。その原因の研究が必要だ。

 その上で、藻類の栽培、育成の研究を急ぐべきである。「鉄鋼スラグで魚礁、海の森を再生」と言う記事があった。新日鉄と長崎海洋環境研究所との共同開発が成功しつつある、と。鉄鋼スラグはリンなどを吸着するらしい。「磯やけ」に豊かな藻が育成されて、よみがえっている、と言う。もっと研究を進めて欲しい物だ。それも急ぐ。

 中東で急速に発展して脚光を浴びているドバイの海に海草を育成するために、「日本の網」の技術が活躍しているという。もっともっと、研究して欲しい。

<読書>

「恋」小池真理子 早川書店(文庫)

114回直木賞にふさわしい、秀作であった。ボケ爺の青春時代の「連合赤軍派の浅間事件の時である。タブーな愛、道徳でない恋の生き様。ミステリーか、ノンフィクションであるか、ジャンルを超えている。

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2009年1月18日 (日)

第二次通貨戦争

 今回の経済危機は、数々の要因が重なっている。一筋縄では成長路線に戻れない、との話が多い。「不安」が渦巻いている。真っ先に議論しなければならない、そして解決策を見出さなければならないのが、この雇用不安である。これは奥深く、難しい重大な議論となろう。

 一方、不良資産の処理に伴う金融不安と言うこともあり、通貨の流動性を気にしている人々も多い。特に、ドルの権威が失墜している。ユーロはましだと言う人もいるが、何か隠されていて、不信感が渦巻いている。オバマ大統領も、ドルのバラマキでの景気対策を考えているようだ。ばら撒いた後のアメリカのドル通貨対策が怖い。明らかに破産状態である。世界の通貨をドルに保ちながら、「借金を踏み倒す方策」を考えているはずだ。中国、日本、ロシアはドルを沢山持っている。そのドルをいつか紙切れにしようと考えているはずだ。

 だから、中国はしたたかに、ロシアと近づきながら、多極化を進めているようだ。ロシアは、ユーロもつぶす、ロシア独自の政策を考えている。インドは、ドルを避けている。ブラジルも南米通貨を考えている。日本だけがドル一辺倒だ。大丈夫か?

 金本位制を崩したのもアメリカであり、ドル通過によって、世界覇権を成し遂げた。ニクソンショックが、第一次通貨戦争なら、今は、第二次通貨戦争が始まりつつあるといえるだろう。ドルでないとしたら、多極化するしかないのでは。この戦争に日本は真剣に戦略を考えている人はいるのだろうか?宣戦布告はなされたのだ!

<読書>

「「大恐慌」以後の世界」浜田和幸 光文社

下手な経済危機の解説書よりもはるかに優れた、解説書である。否、ノンフィクションといってよい。歴史的に並べられている、つまり物語性に優れている。誰がどうした、との、調査も抜けがなく、良くまとまっている。さらなる臨場感は、金額(数値)が沢山例として記述されている。落合信彦以上の、大恐慌のエンタープライズな読み物である。全てはこの一冊で、全てが分かる。すごいと言う一言である。

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2009年1月17日 (土)

 寒い日が続いたが、今日は少し緩んできた。それでも寒い。知的人は寒い地方に生まれやすい、と言う。天才は、冬の内に生まれる、とも言う。さらには、人間にも、冬眠が出来る時代が来そうだという研究成果も発表されてきている。冬眠をすれば、長生きが出来る事をラットで実証されている。その上に、体調の悪いところが治るとの研究結果もある。肌は何時までも美しく保てるらしい。傷も治るらしい。「寒い」は必要な事だ

 毎年、117日になると、阪神・淡路大地震(大震災)の報道がなされる。あれから、14年になる。ボケ爺も、思い出す。一大決心をして転職した年であったからだ。東京の会社から、関西に本社を置く会社に変わったので、暫く、大阪に単身赴任することになり、阪急神戸線

の岡本駅

にあるマンションを借りてもらい、鍵を預かった。うっかりと、本社の机の中に忘れてきてしまった。16日は日曜だったと思うが、その日に、マンションに入居する事にしていた。鍵を忘れたので、マンションに電話をしたが、「顔も知らないので、管理人の鍵では空けられない」と冷たい。

仕方なく、東京6時発の一番の、のぞみなら、9時からの会議に間に合うので、17日に出社しようと決断した。6時の新幹線に10分前に、弁当を買い込んで乗り込み、ウトウトしてしまった。目を覚ますと、635分ごろである。発車していない。車内放送では、40分発のこだまを先行発車させると、いう。弁当を食べていると、近畿地方で、地震があった模様で、様子を伺っている、「出発まで少し待ってくれ」、と言う。「会議には遅刻だ」と後悔しながらも、また寝てしまった。目を覚ますと、出発していたが、名古屋までしか行かない、と、報道を繰り返している。そこから先は、名古屋に着かないと分からないという。

 当然、本社には行けなかった。ボケ爺が住もうとしていたマンションも大きな被害にあっていた。もし前日に、マンションに入居していたら、その翌日の朝に、大災害に出会っていた。慌てもののボケ爺は、無傷ではすまなかったはずだ。「運があった」と言うことだ。会社では、連絡が付かないと大慌てをしてくれていたようだが。その頃は名古屋駅の待合室で、TVに見入っていた。「運」と言うもはあるのだ、と、つくづく感慨にふけった。

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2009年1月14日 (水)

酒豪

 マイナス10℃以下の冬空に、氷のような満月が良く似合う。寒さのあまり酒の酔いがさめる。朝起きると一面の銀世界であった。ボケ爺は、下戸である。韓国の人々は、繰り返すが、酒豪が多い。最後まで付き合うと死んでしまう。日中韓で比べると、韓、中、日の順である。酒豪か、下戸かを定義するために、体内に入ったアルコールを分解する酵素があるか、無いかで決めよう。この酵素は、ほぼ遺伝で決まる、と言う。

日本で都道府県別に調べたデータがある。アルコール分解酵素の遺伝子を持っているかどうか、で調べたようだ。もっとも酒豪が集まっている県は秋田(77%)鹿児島(71%)岩手(71%)もっとも少ない県は、三重(40%)愛知(41%)石川(46%)となっており、大局的には、東北、九州に酒豪が集まり、中部、近畿に下戸が集まっていることが判明したようだ。ちなみに東京は60%(19位)と平均だそうだ。各地から集まる人の坩堝である事を示している。

 下戸は、白人や、黒人には見られず、黄色人種特有だという。一説によれば、中国南部で、突然変異により生まれた、とされている。日本への渡来人となって混血しながら、広がったのではないかと言われている。元々、日本の土着民である縄文人は、白人、黒人と同じように、酒豪ばかりであった、らしい。近畿圏に都を置いたので、中国との交易の通り道となったことから、結果として下戸が増えた、との説がある。

 ボケ爺の感覚では、日本人が60%の分解酵素を持っているとは驚きだ。40%ぐらいかと思っていたが。経験から、中国の南部は、北部と比べて酒豪は少ない、と思う。台湾も弱い人が結構いる、と思う。ボケ爺の父親は酒飲み、母親は下戸、兄妹5人で、2人が酒豪(父親似)、3人が下戸(母親似)となっている。複雑に遺伝している。

 下戸のボケ爺は、チョッとのお酒で、楽しめる。効率がいい。エコ時代に適しているようだ。

<読書>

「虎を鎖で繋げ」落合信彦 集英社文庫

全世界を駆け巡り、巻き込む壮大なエンターテイメント、楽しめる。

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2009年1月12日 (月)

雇用無惨

 世界中で雇用解雇が激しさを増している。ニューヨークでも、路上生活者(ホームレス)が増えて、最悪の状態になってきているという。日本では、年越し村など出来て、500名ほどがボランティアの手助けに涙したという。名古屋でも某公園に青テントが急増しているらしい。

 派遣とか、季節雇用とか、議論をしているが、経済変動による供給調整には、労働力の柔軟性が無くて成り立たない事は明らかである。製造業では、多くがアジアに逃げていって行ったから、この程度で済んでいるかもしれない。円高がこのまま推移すれば益々、海外に移る事も考えられる。雇用確保とは難しいものである。

 日本は間接業の効率が悪い。給与が高く、原価高になる。世界での競争力をなくしている。経済競争力以上に給与を上げすぎた。国内価格を高くして、海外価格を安く、赤字を出し、損益トントンの事業の姿は、「哀れ」といわざるを得ない。国内価格が高くて良いので努力しない。商社は輸入で金儲けをたくらんで、肥満した国民から摂取している。金融損保業は、公的資金(税金)を搾取している。

 社員を削減しないで、危機を突破する方法を、国民全体で、無い知恵を絞って考えなければならない。国民全体が日本の矛盾に気がつき、危機感を共有しなければ、真の回復はありえないだろう。税金を搾取されないようにしなければならない。

江戸時代にその知恵を授かる事だって考えるべきではないか?至る所に知恵があった。管理職の月番制、一種のワークシエアリングである。武士の異能開発、つまり、得意な仕事を探す自己啓発である。武士(サラリーマン)が農業を営む事は当たり前であった。若者は田舎に帰ろう。そろばんが得意なら商(サービス業)へ、モノ作りが得意なら工(職人)へ、自分が出来る物を探す、これが異能である。

我々はグルメだとか言って、その食材を世界中から集めて、世界の食材を食べつくす。その日本人の姿は、「大食お化け」と外国人は言う。格差ではない「贅沢病」と言う矛盾である。

 

<読書>

「消えた女」藤沢周平 新潮文庫

江戸の生活を学ぶには周平の作品は最高である。癒されるし、生活の仕方を考えさせられるし。これからの政策も考えさせられる。

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2009年1月11日 (日)

仕事に元気を!

 数々の恋愛小説を世に送り込んでいる「恋愛小説のつわもの」といわれる作家、高樹のぶ子、(一方、九州大学の特認教授でアジア総合政策センターの特任教授の顔も持つ。)の説によれば、若い人があまりにも恋から遠ざかって、冒険しない事を嘆いている。中国を中心としたアジアでは、自ら動かない事には、何も起こらない。埋もれてしまう。恋愛も激しくしないと自らの生存が証明できない、と言う状況にあるという。日本では、安穏として、恋愛、結婚もしなくても生きていける土壌がある。その基本は、傷つきたくない、傷ついた時に乗り越える自信がなくなっているのではないだろうか、と指摘している。

 恋は美と健康の源、と豪語する。恋をすれば仕事も忙しくなる。そして仕事にのめりこめば、その姿は魅力ある美しさが生まれる。すると、魅力のある異性を追っかけるようになる。人間が持つ本能が目覚めてくる。さらに仕事が面白くなる、と言う循環に入る、とも言う。恋は美のサプリメントだという。

 恋も仕事も同じで、人間力であり、だめもと精神が大事だという。高樹のぶ子の自説は「恋愛は98%成熟しない」だからチャレンジが必要で、リスクに駆けてみようという元気が必要だ。よい仕事ともリスクを掛けてやっている、と言う。だから、「仕事力は恋愛力」に通じているはず、と言う。沸き立つようなアジアのエネルギーはあらゆる欲望が肯定されてゆく。

 新年早々、高樹のぶ子は夢を語っている。75歳になっても、恋愛小説を書き続ける。1000年の前の源氏物語に、高樹流のフィクションを加えて、触れ合って見たい、と。

ボケ爺も、若い人に言いたい。元気を出して恋をせよ!リスクを恐れるな!果敢にチャレンジせよ!と。すると、先行き明るい未来が見えてくる。頑張れ若者!

<読書>

「最後の恋」新潮文庫

経験をしてきた全ての恋を肯定したくなる珠玉の恋愛アンソロジー。8人の女流作家が語る「最後の恋」それは史上最高の恋の短編フィクションである。いろんな恋の姿があり、涙あり、笑いあり、愉快だ。

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2009年1月10日 (土)

オバマの先行投資;科学復興は?

 ブッシュ政権下よりは、オバマ政権の方が、科学技術振興に力を入れそうだ、と思われる。米科学者協会、全米科学振興協会(AAAS)は声明を出している。重視していく、であろう科学技術政策分野を予測する。(日経新聞より)

1:環境・エネルギー

1)     次世代自動車の開発(ハイブリッド、バイオ燃料開発など)

2)     高度な制御が可能な電力網構築

3)     新エネルギー、安全な原発の開発普及

2:医療・バイオ

1)     ES細胞の研究の推進

2)     遺伝子解析、診断の推進

3:情報・通信

1)     量子コンピューターなどの開発

2)     一定規制下での高速通信の普及

4:宇宙

1)     国際連携や官民協力による探索

2)     交際宇宙ステーションの有効活用

 アメリカ一国で推進するのではなくて、オバマ政権下では、むしろ国際連携を呼びかけるのではないだろうか?といわれている。いずれにしても、長期戦略として、科学技術に投資を怠らないオバマ政権に期待したい。

<読書>

「七人の死者の囁き」新潮文庫

誘うように、脅かすように使者の気配が忍び寄ってくる作品は、七編、七人の作家の短編集である。さすがに、時代の風を切っている現在作家の作品だけあって、怖い物語となっている。作家の文体の比較も出来て、大変に参考となった。

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2009年1月 9日 (金)

将来を考えて見よう

 新年早々、暗い話が続く。あの高級陶磁器で有名なイギリスの、「ウエッジウッド」が事実上経営破綻したという。一方、全ての車が売れないと言われていたが、なんと、「アウディ」だけは、好調に売れているようだ。この状態は、なんだろう。経営危機においても、経営力によって、又適切なイノベーションによっては、夢を見ることが出来るという事か?

 さて、IBMは昨年暮れに、「ネックスト5イン5」を発表した。2008年で見る5年後に生活を一変する技術の予想である。

1:何所でも太陽光技術->技術は塗装型薄膜太陽電池が中心となる。

2:健康を占う水晶玉->「DNAに基づいた遺伝子地図」が200ドル以下で提案できるようになり、将来の病気の案内が出来る。それにあわせて生活習慣を変えることが推奨される。それらはDNA,RNAの活用から生まれる。

3:物忘れは遠い昔->携帯電話や、置き換え情報機器によって、日常必要な情報は、覚えておく必要がない。必要な情報は必要な時に受け取れる。

4:返事をするウェブサイト->音声認識による検索が技術の基礎にある。

5:あなただけのデジタルショッピングアシスタント->キオスク端末の進化である。操作性技術が発展のキー技術となる。

 2006年から始まって、3回目である。IBMは毎年発表しているが、現実化のヒット率は?ボケ爺の予想では、多分、50%以上はあると確信できる。

<読書>

「トライアル」真保裕一 文春文庫

職業として勝負に挑むプロフェッショナルは、疑心暗鬼に陥りやすい。競争相手が何を考えているのか、猜疑心にさいなまされる。それを救うのは、最終的には、家族である口に出さない信頼性である、と、きめ細かく圧倒的な迫力で描かれている。

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2009年1月 8日 (木)

年始の辞

 企業では、激動の2009年が始まった。各企業の年頭の辞には、共通する所感がある。ボケ爺も、もし、トップであれば、同じような事を言ってしまうだろうな、と、思い注意深く分析を試みてみた。

多くは、「世界中が100年に一度の経済危機に直面している」から始まる。「今こそ、イノベーション(技術改革)が必要なとき」「不況突破の鍵はイノベーション」「誰も作っていない物を作る」など、技術革新に檄を飛ばす。しかし、「言うは易し」、である。今までの怠りを反省するが遅すぎないか?

 「次の飛躍に備えて」「基本に返り」「変革を進める」など、経営論に言い及ぶ。分からないところでは「健全な拡大」などの言葉もある。「逆境に耐えてこそ、大きな成長」が期待できると、思っているらしい。それでは今まで、何もしていなかった事を証明しているようなものだ。

 さらには、「先を読む」「現場のデータを分析して、変化の予兆を捉える」「甘えが無かったか、原点に戻って」「反転攻勢を仕掛ける」「積極的な守りを意識した経営を」など、自己反省はいいのだけれど、そこに原因があるわけではない。時代は変化している。時代錯誤型の所感はいただけない。

 この経済危機を、「悲観的に捕らえず、好機と捉えて」「戦略性のある投資が、今がチャンスである」「日本の底力を信じて、攻めよう」と勇ましい空元気型の方も居る。

 ボケ爺はトップでなくて良かった。なぜなら、このような「空虚な事」を言わなくて済んだからである。ボケ爺の好きな言葉に、中国のことわざであるが「隗より始めよ」である。本田宗一郎も良く使っていたそうだ。何事にも行き詰ると、この言葉を思い出す。今年は丑年である。牛歩千里であり、五里霧中でありたい。

<読書>

「密会」吉村昭 講談社文庫

ノンフィクション作家の初期に、こんなフィクションか、ノンフィクションか分からない、不思議なミステリー風で、「男と女」を描いた短編が数多くあったとは、真に驚きである。新年早々、良いお年玉となった。

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2009年1月 4日 (日)

初夢に失敗

 今年の初夢は、沢山見たように思うのだが、はっきりと覚えていない。うなされてもいなかったので、よしとすべきか。良い話はなくて悪い話ばかりがうごめいている。このような動乱の時こそ、未来を見つめる事が大切だろう。未来の俯瞰作りに、当面悩みたい。そのキーワードは、中央集権、大型、から、「分散、小型化」に向かうのではないかと、予想している。否、向かわなければならない。政治、経済、から、技術の中身も。農水産業から、クリーンエネルギーも。全てにおいて、シンプル化に向かう。そのための、行政改革、構造改革に取り組まなくてはならない。

 それにしても、年末年始は良い天候が続いている。ボケ爺の人生、初めての経験かもしれない。3日は、天気につられたのと、おせちの食べすぎと、寝てばかりいたので、高尾山に登ってきた。いい汗をかくことができた。高尾山の頂上から見える富士山も、くっきりと浮き出ていた。それにしても、人の多いこと。人々の顔色は、不景気を跳ね除けるほどの艶と笑顔があった。2009年もこの笑顔で乗り越えられるといいのだが、と、又悪い方に解釈してしまうボケ爺は、心配性である。

<読書>

「限りなく透明に近いブルー」村上龍 講談社文庫

この物語の時代も、アメリカのベトナム戦争の長期化で、アメリカの若者が、働く意欲を失い、ヒッピー族化していった。日本ではそれが伝染したり、70年の大学改革闘争の失望で、若者に「閉塞感」が蔓延っていった。その頃は、それでも、この小説のように人間対人間の交流が肉体的であった。その時代と似ている現在は、肉体がぶつかり合う事はなく、IT装置で、一方的な発信で、人との繋がりが行われることは少なくなっている。今日の「閉塞感」は深刻だ。

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2009年1月 2日 (金)

2009年は「巣篭もり」

 2009年は穏やかな快晴の御来光で始まった。森のテラスから見える富士山も、昨年同様、何も変わっていなくて、美しい。昨年の経済の雪崩を忘れさせてくれるようである。

 しかし、現実には、元旦、早々、暗いニュースが一面を飾っている。カーコリアン氏が、フォードの株を全て売却してしまっていた。個人株で、6.5%もの株主であった。ダウケミカルの株も、二割も急落したようだ。クウェートとの合併が白紙に戻ったようである。日本の企業の時価総額は、昨年暮れで、2800兆円と、半減だそうだ。これは円高だから、M&Aの脅威はならないだろうが、日本の時価価値が下がったことには変わりない。GDPもG8では最低の、19位となったようだ。何処で、こんなに急に下がってしまったのだろうか?二日のユーヨーク株が心配である。

それにしても、元旦から、TVでは、著名な人を集めて、政治討論が盛んにされているけれど、危機感を味合う速度、対策の対応速度に、民間と、公官庁、政府との差がこんなにずれているも信じがたい。マクロな議論も無い。出席の日本を代表する著名人の発言も、議論の主旨を理解できないし、揚げ足論議がまかり通っている。未だに、状況判断が出来ていない。日本は強い、力がある、など、馬鹿な発言も続いている。日本は円高対策と、高齢者労働力の活用に、重要なポイントがあるのではないかと、ボケ爺は思う。

 一年の計は元旦にあり、と言われているが、ボケ爺も、何か考えなければならないが、思い浮かばない貧弱な頭になってしまっている。二日の仕事始めになっても、その案が浮かばない。身辺整理をしなければならない歳であることは確かである。確か、昨年もそんな主旨のことを書いたような気がしているが。Blogを分割して、項目ごとのBlogに分割して、クラウドコンピューターに預けておこう。自分の思想の遺言書ができるといいのだが、焦らず、三日坊主にならないように気をつけたい。

 ボケ爺は、そんなことから、この一年は「巣篭もり」と決め込んだ。

<読書>

「小説、ヘッジファンド」幸田真音 講談社文庫

1995年におきた、ITバブル時の、デリバティブのヘッジファンドの物語である。人間は、馬鹿なものだと思う、その時の反省にも懲りずに、今回のバブルまで、デリバティブをさらに膨らませていたことになる。それにしても、内容は、欲と正義と、ビジネス格言とを織り交ぜた秀作である。

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