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2008年12月20日 (土)

奇縁とは

 今日は朝から冷たい雨の土曜日だ。出勤は取りやめた。ここ2ヶ月間ほどは、頑張って出勤していたが、年寄り、さすがに、体が音を上げた。ゆっくりと休む事にした。日本経済新聞の切抜きから、瀬戸内寂聴の「奇縁まんだら」が目に留まった。「野間宏、鳥もちの魅力」である。その中身は「野間宏のあだが、のろまひろし」だったとか、「酒風呂(一升瓶の日本酒)が肌に健康にいい」と教えられた。

 ボケ爺は「野間宏」をすっかり忘れていた。ボケ爺は、大学に進学するまでは、教科書、参考書、類以外の本を読んだ事がない。これが自慢にならないことは百も承知である。下宿した先では、十分な時間が出来た、出来たように思えたのだ。暇つぶしに何かしないといけない。部活もした。それでも暇である。本屋に立ち寄って、真っ先に目に留まったのが、野間宏の「青年の環」であった。兎に角長編である。1日の出来事を100ページもかけて、「ねちねち」書き続けた文章を読むには、それだけに、根気が要る。全四巻であったろう。兎に角読み終えた。それをきっかけに、読書生活に入っていけた。三木清へ、サルトルへ、キルゲゴールへ、井上清へ、夏目漱石へ、その前に森鴎外にも。

 読書は重要だ。ボケ爺はいささか遅すぎた。「大家は早熟」である。そして、早くから読書をして、夢を見ている。それよりもっと重要な事が読書から得られる。それが「読解力」である。読書は、人のもっとも重要な人の気持ちが読める。意味が分かるという読解力である。文系、理系にも等しく、読書は良薬である、と断定できる。ただし、読書といっても、ノウハウモノ、とか、実用書とか、知識啓蒙書ではない。

 小説であり、哲学書の事である。哲学者「木田元」のように、本格的に読書が出来たのは、生活を支える仕事(アルバイト)が終えてからと言うが、それでも高校生時代には始まっている。ボケ爺には必要でなくなった頭だが、これからも読み続けてしまうであろう。

<読書>

「警察回り」本田靖春 ちくま文庫

新聞社の社会部、と言う、警察回り、も生活ぶりがよくわかる。歴代の有名人(故人だが)が、この社会部から生まれていることも分かる。人とのつながり、絡みが、無限にあって世の中が成り立っていたよき時代も懐かしい。

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