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2008年10月31日 (金)

バブルと野田聖子

 全世界は、サブ・プライム問題から端を発した金融危機の話題で一杯である。これからどうなるのであろうか、不安である。バブルの原因は三つあると言う。今日から連続で、それを観ていこう。先ずは「ねずみ講」です。

 お金が増えるから、バブルになる、と言う当たり前の事である。何故増えるのか?先日、民主党の前田雄吉代議員は、違法をしたマルチ商法の会社で講演をして、お金をもらっていた、と言う理由で辞職をした。野田聖子消費者担当相もねずみ講のマルチ商法の企業にパーティー券をかわせていた。しかも、ねずみ講に賛同する発言を以前からしていた。しかし、大臣家業はねずみ講のように、会員が増えて、儲かるから辞任しない。パーティー券もねずみ講に近い構造を持っている。議員はこの0ねずみ講が好きです。支援団体の会員もねずみ講ですから。宗教団体も似たり寄ったりです。いたるところに、ねずみ講はうろついています。

 そうです。ねずみ講こそ、お金が増える仕組みなのです。会員が会員を増やして、会費を集める。無限に続けば安泰です。会員はお金が増え続けます。株もその一つです。買った株が上がり続ければ、儲かります。企業もその利益の恩恵にあずかれます。だから、株価操作が行われます。何れも、無限に続けられる事は在りうるでしょうか?あり得ないことです。これがバブルと言うわけです。

 お金の欲しい人は、すぐに、ねずみ講にはまります。一見簡単に儲かるし、無限に続くように勘違いします。株も魅力的です、債券も必ず儲かるようになっていると誘惑します。古典派経済原論のアダム・スミスの供給と需要の完全一致が成り立つなら、適度な秩序が保たれたのかもしれない。経済が成長し続けても資本の蓄積が生じないからである。

<読書>

「すべての経済はバブルに通じる」小幡績 光文社新書

癌化した資本主義が世界を金融危機に貶める。バブルのメカニズムの解析が分かり易い。バブルのノンフィクション物語として楽しめる。

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2008年10月22日 (水)

花の香りで分かる季節

 ボケ爺のサラリーマン人生の若かりし頃、夜遅い帰りなどで、疲れきって家路を急いでいると、金木犀の甘い香りは、秋の知らせであった。この金木犀の香りで、1年ごとの仕事の進捗を読んで、サラリーマンの年輪を感じていたものだ。

 冬明けには、沈丁花、梔子の香りがあった。だから、ボケ爺の庭には、いずれも植えてある。時代とともに、匂いが薄くなってきているように思える。それが異常気象のせいか、ボケ爺の鼻の機能が衰えているのか。臭覚も当然衰えるであろうが。

 秋と言えば、彼岸花、と言うか、曼珠沙華と言う怪しい名前の方がいい。真っ赤な花が川の土手で燃えている光景は天空の宇宙を感じる。怪しい妖艶を感じる。一方、秋の花に、ひなげしの花がある。コスモスがある。これらの清楚な花とは対照的だ。

 当地、韓国では、匂いで秋を知らせる花がないように思える。季節は鼻で感じることが出来ないのかも知れない。ボケ爺の経験不足なのかも知れない。イチョウの街路樹が色づいて、美しい季節となっている。メイプルの木々は赤く染めていく。もみじも色づいてきた。山登りが楽しい季節である。もう暫くすると、落葉松の街路樹が茶色になることだろう。視覚の韓国なのかもしれない。明日から一段と冷えると言う。

<読書>

「ゆるみ力」阪本啓一 日経プレミアシリーズ

現代は、何でも「○○「力」」にしてしまう。ゆるめるとは「弛める」「気を抜く」と言うことである。気張って生きることはない。「何もかも捨てましょう」特に、「他人と比べることなく」、マイペースで、「湯に入って考えよう」と言う事らしい。

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2008年10月19日 (日)

読字障害

 読字障害って知っていましたか?NHKワールドで放映されていた。ボケ爺のバカさ加減は、直感で、ここから来ていると思った。弁膜症の高血圧が55歳で分かった時と同じように、64歳にして、納得である。

 医学的には、脳の学習障害であり、ディスレクシャ(Dyslexia)と言うらしいが、この定義は、モット広い。アメリカでは、10%以上、日本でも5%以上と言われているようだ。ボケ爺は、国語が苦手であった。読めない、書けない、すれすれの成績であった。その分、絵画は得意であった。絵もさることながら、モノ作り、つまり立体系はすぐに想像できたし、創造もできた。小学校で、理科の時間で、モノ作りのときは、いつも臨時講師を勤めてきた。それだけが自慢であった。

 この読字障害者は、視角的な思考、多次元的な思考、直感的で、創造的なことが優れているらしい。NHKの放送では、代表者として、モンタナ州立大学のジャック・ホーナー考古学博士を紹介していた。大学で学生の論文が読めないそうだ。読み書きの語学は小学校3年レベルだそうだ。しかし、骨格の一片を見ただけで、どの部分の骨かすぐに分かる。地形を見れば、恐竜のありかが想像できる、という。

 他にはどんな人が?居るは、居るは、数学者では、ポアンカレー、ボーア、などなど、政治家では、ジョン・F・ケネディー、ジョージ・ワシントン、発明者では、トーマス・エジソン、グラハム・ベル、実業者では、フォード、デッド・ターナー、ウイリアム・ヒューレット、画家では、ピカソ、ダビンチ、岡本太郎、などなど。詳しく知りたい人は、ウィキぺディア(Wikipedia)で調べてみてください。

 ボケ爺、ブログを書いたり、仕事で、報告書を書かなければならなかったり、プレゼン資料を作ったりで、孤独の慰めの読書で、読字障害にもかかわらず、無理をしてきた。その分、視覚的思考、直感的思考、創造性が劣化してしまった。元々、この方面が得意なはずが。早く仕事から解放されて、得意手に帆を揚げたい、と思っている。

<読書>

「葉桜の季節に君を想うということ」歌野昌午 文春文庫

2004年このミステリーがすごい、ベスト1と、帯にあって、思わず買ってしまった。退屈な前半に対して、後半は急に緊張が続く。立体想像が必要だ。

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2008年10月18日 (土)

釣瓶落とし

 「秋の日は釣瓶落とし」油断していると、あっという間に日が暮れる。今回の証券化商品経済の原理は、まさにバブル。釣瓶落としの経済原理を抱えていた。秋分の日が過ぎると当然のように起きてしまった。

 「勝ち組み」「負け組み」の自由市場原理を謳歌して来た。そんな、原理など元々無かったのではないか?イノベーション!イノベーションが足らない、と言われて、従来の有形財では行き着いてしまったので、本来、無形財であったものを有形財に見せかけて、勝ち負けのゲームを楽しんだのだ。この経済を原理かのように世界に押し付けたのは、アメリカである。ゲームは終わったのだ。

 結果は、「勝ち組み」「負け組み」もいなかったのだ。人間の生物である。生態の原理に立ち返って、考えなければならないときにきている。ダーウィンの説の自然淘汰に立ち返らなければならない。象の企業、狼の企業、狸の企業、など、仲間同士は仲良く、それぞれは、主の生存ルールの中で、相対的に生きて行く。天敵も相対的に生存する。

 だから、いらぬ投資などして、生態を崩してはならない。この際自然淘汰に任せて、ひとまず、この騒ぎを収める事が肝要だ。皆、この痛みを感受しよう。公的資金投資で、期待の欺瞞には将来、何年待っても夢がない。モノ作りなど捨てよう。芸術だ、工芸だ、文化だ。これこそグローバルだ。

 老人(傷だらけの企業も)を薬漬けにして、長生きさせるは止めよう。姨捨山の原理に戻ろう。ボケ爺の世代が我慢すれば、若者にきっと夢のある時代を作り上げる事ができる。

<読書>

「鬱の力」 五木寛之・香山リカ 幻冬舎

まさに、こんにちは鬱の時代である。それを無理して、躁になろうと、足掻くから、バブルを生んでします。うつむいて歩む事だ。そんな鬱に力が潜む、と言う。「登山の醍醐味は下山にある。経済も然り。鬱の中でこそ全てが豊かに成熟する。そんな鬱の時代を楽しもう、鬱を力にしよう、と言う。ボケ爺の好きな芥川龍之介(漠然たる不安)も夏目漱石(一匹のむく犬の如く)の鬱であった。鬱の力が、名作を生んだ。

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2008年10月17日 (金)

グローバル化は必要悪か?

 昨日に続き、今の金融危機に付いて考える。さまざまな経済対策が行われている。しかし、政治家、経済専門家からは、一向にすっきりした説明はなされない。昨日もコメントしたように、なんだかアメリカの戦略に全世界がはめられているように思う。

 石油支配がうまくいかなくなったからか?その支配権が中東に及ばなくなったからか?穀物相場で、穀物高騰の戦術で成功を収め、世界中の食糧難にいたらしていた、が、気候変動で、その地位を揺るがされてきたので、それを阻止するためか?

 金融危機はこれらのアンバランスから起きてきたが、加速させたのは、アメリカ政府であった。サブプライム問題は早くから分かっていたはずだが、アメリカ戦略はこれには対策せず、利用したように思える。これは今までのバブルが、起きるべくして起きたと言う他人事ではない。

 食糧問題をすっかり忘れさせてしまっている。食料不足で、食料高騰を呼び、深刻に苦しんでいる国々がある。緊急対策が必要だ。危機に至った原因は、やはりアメリカにある。穀物を売り込むために、穀物生産国から牧畜生産国に変更させられた国々である。うまく、アメリカ戦略に飲み込まれた結果であったとは驚きである。これらはグローバル経済の犠牲国である。ビッグマックなど必要ないのだ。アメリカの大食いを真似してはならない。

 古代からの国家が歴史として作り上げた知恵を捨て、グローバルに飲み込まれてしまったからである。過去の歴史の自由貿易を思想にしたイギリスから始まった植民地政策に似ている。インドを見よう。綿花綿布産業を、穀物法で、壊滅させてしまった。今のエジプトのようである。穀物産出国が、今では牧畜産出国に変えさせられて、食料危機にあえいでいる。日本の気をつけなくてはならない。

 ボケ爺は、悩む。グローバル化は、本当に必要なのか?部分グローバル化に変更が必要かと。

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2008年10月16日 (木)

金融危機政策の欺瞞

 またまた、株が暴落だ。全世界で、公的資金の投入が出来て、これで落ち着くと言っていたのに。(アメリカの大手銀行など、迷惑だ、と言っているようだが)

 経済学に、全く疎いボケ爺が言うのもおかしいけれど、経済界の説明は、翌日には変更される。それを欺瞞と言わずしてなんと言おう。株から、石油、穀物など、先物商品に投入されて循環している。その時は、「経済は基本的に健全」と言っていたのは、2ヶ月前であった。ガルブレイス曰く、「そんなせりふが頻繁になったら、うまくいっていないと思え」と言っていた。本当だ。政策後も、「これで危機を乗り越えた」は、やっぱりダメだった。リーマン・ブラザーズがいい例だ。

 疑問が沢山ある。ここに書ききれないが、基本は、何だか、「アメリカの戦略にはまっている」ように思えてならないが?

1:世界一斉に、公的資金が投入できる。そのお金は今まで、どこに眠っていたのか?国債を発行するとは言っていないが?誰かが持っていた。それも現金で?短期金融資金も、あっと言う間にばら撒かれる。何故そんな現金が隠れていたのか?

2:現金化しているのはヘッジファンドが一番だと言っている。これは信用取引だったのか?(空買い、空売り)この現金はどこの投資家にかえるのか?

3:なぜ、金融関係だけが直接救われるのか?つぶしてしまったら、何故悪いのか?自由資本主義、自由競争社会ではなかったのか?潰れるところがあっても、立ち直るところもあるはずだ、ではなかったのか?金持ち金融企業だけを助けるから、格差拡大に繋がるよ?

4:今の金融危機は、日本のバブルと同じで、「日本のその時の金融政策を学べ」と政治家、経済界の人々は鼻高に言うが、本当に日本の政策は正しかったのか?何十年も回復していないが?まして、未だに国民は痛みが続いている。

5:日本の緊急経済政策の必要性の合理的な理論の説明もない。これが出来る根拠も分からない。出来るなら恒久的に続ければいいのだが、どうして出来ない?自社株買いを無制限に許す、どうして規制していたのか?

 マクロ経済論が全くないのが不思議である。ボケ爺のマクロ経済は、次の、どちらかである。

1:経済の拡大を期待して、今回の政策を我慢する。格差拡大政策である。

2:要は、金余りだったのだから、特別の政策はせず、潰れる企業はつぶして、縮小経済で、我慢して、循環経済社会を築く。

 1項を取れば、きっと、石油産出国バブルとか、中国経済バブル、(民族闘争も含めて)が起こる。

 2項を取れば、貧しいが、平和な世界になるだろう。

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2008年10月12日 (日)

人望の虚実

 昨夜は寒い北風が吹いていた。急激に紅葉が進んでいる。18階から眺める半月の月も、鋭く冴えが増してきている。ふと中庭の池に目を移すと、月が映っている。しかもゆらゆら揺れている。朝方、一輪の狂い咲きの白い睡蓮を見つけた所である。

 不思議な事に、口に出てきたのが、「カラス何故鳴くの」、であり、芭蕉の、「枯れ枝に烏とまりたる秋の暮れ」がある。韓国には烏はいない。ボケ爺は柄にもなく、感傷に耽っているのか?それとも、嫌な事があり、考え事をしていたからだろうか。烏は、都会のごみあさり、ヒッチコックの不吉な場面での嫌われ者だが、童話や、古代では吉を呼び込むとされていた。

 人望、あるいは、人格はどうしたら得られるのか分からない。人を評価することの難しさに悩む事が多い。何処かで聞いたか読んだのだが、「真の政治家は、時の民衆には必ず人気がない。」麻生首相も民衆に迎合することがないことを期待する。経営者の伝記を読んでも、必ずしも、企業に貢献した指導者は、初期には人気がない。ボケ爺の企業生活においても理解できる。必ず人癖がある。人望の評判のいい人は、八方美人が多い。八方美人は、一般的に保守的である。一癖あり、好き嫌いがはっきりしている人は、革新的でもある。また、派閥を作る人でもある。人気だけでは、計り知れない。人癖あれば、期待できてもそれで全てではない。

 早咲きには、人格者はいない。人望者は遅咲きに多いことも、不思議である。長いコミュニケーションが必要だ、と言う事になるのか。

<読書>

「幕末」司馬遼太郎 文春文庫

歴史には時として知が必要か。しかし、暗殺は歴史を変えることは無かった。(桜田門の変、を除いて;司馬遼太郎)幕末で無くした多くの秀才、逸材が明治維新に残っていたら、日本と言う国はどうなったのだろうか。二流、三流だったから、革新ができたと言う説も正しいのかもしれない。幕末の人物考に興味が尽きない。それにしても若者が革命には必要だ。これからの日本を変えるのは若者でなければならない。

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2008年10月11日 (土)

経済人は嘘を言う?

 この1週間の出来事である。日本の株価は、52%、アメリカで、40%、ロシアで、61%、ロンドンで、41%であり、いずれも5年ぶりの安値である。しかし、今のところ底値が見えない。

 10日のアメリカも、G7の期待がありながら、8000ドルを割ってしまった。下げ止まらないのである。その他ヨーロッパも下げている。G7の行動指針の発表を、今までにない強いメッセージである、各国の評価は高いのだが、それは折込済みである、と言うのか?

 日本では、大和生命が破産。含み損を抱えている損保は4社になると言う。銀行は?アメリカでは、自動車メーカの株が1ドルと言う。多分、大胆な対策が行われることだろう。IT産業、エレクトロニックス産業は?どこまで、景気は縮小するのだろうか?日本も対岸の火、と見つめているだけでは済まされない。

 円高がドルにも、ユーロにも起こっている。輸出産業の成長で、何とか生き延びてきた日本は、完全に採算割れが続くであろう。アジア輸出の減る事は間違いない。一方、輸入産業の石油は、ドル安(20%)、原料安(40%)にもかかわらず、ガソリン価格は、13%程度しか下がらない。電力産業もしかり、食料加工業もしかり、値上げはすばやく、値下げは鈍い。漁夫の利で、ずるい企業が多い。

 残り少ないボケ爺の将来は全く不安である。厚生年金も大幅に運用赤字となっているであろう。公的資金の投入がどこまで出来る事か?この金融ショックの建て直しは、最低10年は続く、と思う。ボケ爺として、若者よ、しっかりせよ、とは、以前から言えないと思っていた。コメントも出来ない、さらにはアドバイスなど出来る訳がない。全く夢が持てないのだから。先行きの生活に夢が持てないから、仕事に夢が持てない事は明らかである。

 経済人は、なぜ、証券化商品がバブルの危険をよぶ、といわなかったのか?今になって、そこが問題だ、と解析しても遅い。さらには、レバリッジと言う元手の30倍の証券すらバブルであったらしい。誰が責任を取るのだろう。

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2008年10月10日 (金)

イグ・ノーベル賞

 工学分野では、ノーベル賞が取れないなら、せめて、イグ・ノーベル賞でももらえるような発明をしたいものだ。イグ・ノーベル賞は、裏のノーベル賞で、世の中をアッといわせるような発明であり、「これって役に立つの?」と疑問を抱かせる発明である。

 一号には、カラオケセットの発明に贈られたらしい。3週間ほど前にも日本の誰かが受賞していた。案外日本人が多いようだ。

 マーク・エイブラハム氏が主催者である。受賞のための審査基準は「革新的なアイデアであって、提唱した人は、失笑されたり、バカにされたり、職を失うかもしれない危険な状態になる。」ものであること、らしい。

 これならボケ爺も挑戦できるかもしれない、と思うのだが、すでに、失笑されているし、バカにもされているし、職も追われている。こんな人の発想は、初めからイグだとして受け付けてくれないだろう。

 正当なノーベル賞がイグ・ノーベル賞と違うところは、発見であり評価がさかのぼり、長年に渡ってその実証とか、応用などに、どれほど数多くの研究者を巻き込んできたか、の「研究者人口」で決まるように思える。しかし、イグ・ノーベル賞は、早期に評価をもらえるが、引き込まれる人はほとんどいない。失笑されるぐらいだから、誰も追従はしてくれない。

 しかし創造力とか、発想力は、基本的には変わりがないのではないだろうか?根っこが違うぐらいだろう。いずれも夢を見た研究である。しかし、当然だが、夢の大きさと、影響力は全く違う。

<読書>

「オンリーワンは創意である」町田勝彦 文春新書

シャープの元社長である筆者が、シャープの経営スタイルを語っている。一種の成功物語である。選択と集中の経営が順調に進んだ成功物語である。その影で泣いた人は多いだろうが。経営はここまでと、これからに分かれる。これからが大変だ。

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2008年10月 8日 (水)

ビッグニュースが続く

 ビッグニュースが続いている。日本人のノーベル賞と、金融不安からの株価暴落である。

 日本人として、ノーベル賞受賞は本当に嬉しい。ひねくれボケ爺も率直に嬉しい。基礎物理学で、それも三人も、である。すると、今日もノーベル化学分野で、受賞と言うことだ。これで、全ての発表は終わったのか、医学、文学、平和、経済があるが?

 基礎物理学で、素粒子学は本当に強いのだ、と思う。47年前、35年前に、南部陽一郎さん、小林・益川理論の、小林誠さん、益川敏英さん、の業績が認められた。実証されるのに30年間もかかっている。同様に、化学賞の

下村

脩さんの35年前の発見がようやく実用化に結びつきつつある、という。遠大な未来を見た基礎研究である。多分、これに続く若手も、ノーベル賞待ちが沢山いることだろう。

 ボケ爺の幼少の頃、誰もが湯川秀樹博士を夢見て頑張れと、未来の夢を語っていた時があった事を思い出す。京都モデル、名古屋モデルなど、競う事もいいことだ。あの頃は、湯川博士、手塚治虫のアトム、糸川博士のロケット、と夢があった。暗いニュースの多い昨今であったが、これで、夢を見ることの大切さ、基礎が重要の証が出来た。政府も、ここにお金がまわるようにして欲しい。

 ボケ爺は、工学分野の泥臭い事しか出来ない。ノーベル賞に工学分野があると、やはり日本からも多くの受賞がでることだろう。特に、東北大学を中心に。金属学、磁性材料学、アンテナを含む通信学、LEDなど電気材料学、などなど。

 大きな仕事が出来るには、徹底した個人主義であり、個性が必要だ。深い洞察が必要だ。器用は貧乏に繋がる。ボケ爺も、小さいが、これからも、革新技術の発明に、夢を見てみよう。

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2008年10月 6日 (月)

ソフトビジネスの時代

 モノ作り日本の掛け声はうるさい位である。基本はモノ作りあっての産業ではあるが、モノ作り産業は、人件費の安く、財閥系の国に波が移っていく。この現象は、今日、日本が新興国に苦しめられている事から、明らかである。例えば、最新の技術として、太陽発電(電池)のシリコンのソーラー電池では、台湾、韓国が、あっと言う間に追いついてきている。何故か?モノ作り生産設備が、標準化されるからである。絶えず、知的進歩を求めるモノ作りなら、生き延びる事ができるのだが。その総生産額は多くはない。

 だから、ボケ爺が言い続けているように、「iPod, iPhone」「Google」現象が必要なのだ。日本で言うなら、「任天堂」「ナムコ」のようなビジネスである。あるいは、「アキバ現象」かもしれない。この世界を「ソフトビジネスワールド」と言う。

 観光庁が出来た。昇格したのだ。この目標が、2000万人/年の観光客の受け入れ、1.6兆円ビジネスから、4兆円ビジネス、となっている。今の856人/年の300万人は韓国からである。海外の観光客に嫌われているのである。世界の順位は28番目である、アジアでも7番目である。日本の観光は好かれていないのだ。このことを日本国民はよく知ることだ。井の中の蛙ではすまない。国民自身がグローバル化していない。1位のフランスは、8000万人の観光客を受け入れている。総生産の8%位を占めている。日本の新しい観光庁の目標は、やっと1%である。タイでも1.3兆円、5%である。マレーシアが13兆円、7%である。

 映画で、アニメで、何とかアカデミー賞を受けるといっているが、お金になっていない。アニメ、漫画、キャラクターグッズ、の頑張りも必要だし、日本民芸、日本芸術も頑張らなくてはならない。それらをベースに、観光客の取り込みである。何とか、5%の生産額を確保して欲しい。先ず日本の看板、案内図を英文にしなければならない。

 ソフトビジネスで日本は成長すべきである、と、常日頃、ボケ爺は考えている。ボケ爺は、海外に住んで、日本伝統の職人、芸人がもっとも重要だと思うようになった。

<読書>

「回天の門」藤沢周平 文春文庫、

膨大な資料を読み砕いてフィクションに仕上げる技はすばらしい。史実と、人間味との絡みがよく描かれている。周平のすばらしい技である。人の性格は簡単には変えられない。人の気持ち、を知ることも出来ない。そんな中、組織をまとめる策と、それに反発する人の心との絡みは今の世も変わりない。企業の中の人間模様を江戸の時代で表現しているようだ。

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2008年10月 3日 (金)

チョイ悪親父の世代

 今日は、韓国の建国記念日で、祝日である。暇だから、会社に出る。34階から眺める景色は、空気の色といい、どことなく、秋めいてきた。特に、街路樹などは、上から眺めると、わずかながら、黄色く色づいてきているように見える。会社に来てみればやることは、それでも一杯ある。帰りは、太陽が沈んだ後の西空に、三日月が出てきている。

 それを眺めながら、考える。金融混乱が続き、ようやくの経済の回復が泡となり飛んでしまった。日本の年金問題も、改ざん不正、記述不正、横領、優雅な施設の無駄使い、など、話題に、事欠かない。さらには、近年、無差別殺害など、自分を見失った行動が多い。

 チョイ悪親父世代とは、団塊世代の上の歳の世代と定義しよう。この世代は、初任給が、1万円位から、2万円を少し超えた世代でもある。学生時代は、結構、政治問題に関心があったり、他人が気になって、かまってみたりして、立派な事もせずに、やりっぱなしで逃げてきた世代である。最後はヒヨッていたのだ。適当だったのだ。しかし、しっかりと議論をして、行動している自分と、それを見守っている自分とが存在していた。自分に二重構造を持っていた。順調は経済成長に助けられて、何もしなくても生活は順調だった。

しかし、現在の若者は、行動する事と悩む事の二重の自分が作れていない。自分を見つめる方法が分からなくなっている。孤独の質が変わってきているようだ。結構かまって欲しいのだけれど、ITグッズなどで、一方向発信しか知らず、かまわれ方が分からなくなってきている。だから、無鉄砲な行動が衝動的に起きてしまう。

年金問題では、この世代は、食い逃げが出来るらしい。いろんな不正を無責任に、意見していても安泰で、言いっぱなしである。これかの若者のために、真剣に悩んではいない。無責任な世代である。ボケ爺も、チョイ悪親父である。

<読書>

「氷の華」天野節子 幻冬舎文庫

どんでん返しの連続で、行き着く暇もなく、一気に読ましてくれた。寝不足である。良いミステリーは楽しい。

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