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2008年9月30日 (火)

米国、株価777ドルの下落

 安定化法案が、共和党の造反で、否決された。その結果で、株価は777ドル以上の下落となった。これは尋常な事ではない。米国民にとって、「ウォール街の金融遊びに、何故、犠牲にならなくてはならないのか?」と言う率直な疑問であろう。

 日本の不動産バブルを発端とした、金融崩壊に、多額の公的資金が投入された。何故かの議論はなされなかった。国民の生活は良くなったのか?救われたのは金融機関だけである。しかし、預金利子などの還元は未だにない。本当に金融機関が崩壊していたら、竹中平蔵は「今の日本は無かった」と反論するであろう。アメリカから押し付けられた時価会計の犠牲でもあるはずだが。その日本の金融機関は、懲りずに、今が機会だ、とアメリカ金融機関に投資している。長期不景気が続けば投資は回収できないだろう。これ以上の公的資金投入はお断りである。

 アメリカの金融証券バブルの崩壊である。10年前の世界のGDP30兆ドル、株式、債券など金融資産が60兆ドル、その差、30兆ドル、06年には、格差は130兆ドルとなっていた。バブルである。ドルが急落すれば、世界資産が減ってしまう。つまり世界恐慌になる。

 日本の状況は、8月の鉱工業指数は最高の3.5%の下げ、失業率は4.2%の0.2ポイントの悪化、有効求人倍率は、0.86しかない。消費支出が4%ダウン。26年ぶりの貿易赤字に陥っている。輸出総額は横ばい、米国向けが21.8%ダウン、輸入額は17.3%増えている。原料高によるという。これ以上、輸出が悪化すれば、日本の製造業は厳しい。この事態で、日銀短期資金に65兆円も放出すると言う。ドル投資に回せ、と。もし回収が出来なければどうなるのか?世界協調の名目もいいが、本当に、この事態の先が読めているのか?日本の将来のシナリオを、日銀、政府は示して欲しい。説明責任があるはずだ。何一つ説明していない。国民に隠れてコソコソ勝手な事をしないで欲しい。

 ボケ爺、今日はBlogを休もうと思っていたが、持たざる者の僻みが出てきた。

<読書>

「春琴抄」谷崎潤一郎 新潮社

たまには古典もいい。いろんな人生があるものだ。

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2008年9月29日 (月)

Googleに負けた

 Blogの読者数が気になっている。多くの固定した読者に、愛読してもらっているものとばかり思っていた。ボケ爺の読者数は、有名人ほど多くはない。

 今年に入ってから、5月ごろまで、読者は増えていった。大いに宣伝をしたので、その知り合いが読んでくれているものと思っていた。その後横ばい。今に至ってはその頃の3分の一に減ってしまった。悲しい事である。定期読者がきっと減ったのであろう、と思っていた。

 先日、久しぶりに、「Googleのチャーリーの旅」を検索してみたら、チャーリーの旅のBlogが増えに増えている。いつの間にかボケ爺のBlogは最後の方に追いやられている。80番目ぐらいになっている。アクセス分析を今年の初めにした時は、Googleからの検索の読者が50%以上だった。今では、15%に減ってしまっていた。つまり、Googleの検索の上位にいなければ、読者が増えないということである。残念ながら定期読者は、そんなに多くは居ない。全体の2割ほどである。これはボケ爺の内容に魅力がないからであり、読者のせいではない。大いに反省をしている。

 「チャーリーの旅」ジョン・スタインベック著が2007年の3月に発行されて、著者が有名人と言うこともあって、その旅の紀行日記が人気を呼んで、いろんな人が、「チャーリーの旅」の題名でBlogを開設したからだ。ニックキはジョン。スタインベックである。こうなったらこの本を読んでみよう。

 Blogの読者は検索から始まる。Googleの検索力はすばらしい。有名人以外は、検索されるような話題でなくては、読者は増えないことになる。夏目漱石ではないが、読者を意識し書かなくてはベストセラーが生まれない、といっていた事は本当である。今は検索されない話題は読者が生まれない、である。

<読者>

「超「超」整理法」野口悠紀雄 講談社

ベストセラーとなった10年前の「超整理法」の続編である。と言うよりは全面改訂である。その頃は紙媒体の整理をどうするかの話題であった。今回は、電子ファイルの整理の仕方である。Googleのメールの活用である、と豪語している。Googleはすごいと言う事だ。その基本が検索力である。

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2008年9月28日 (日)

秋の結婚式

 朝の冷え込みは、10℃ほどになってきた。先週までは真夏に近い暑さで、週が変わると、もう冬の始まり。秋はどこに行ってしまうのか。近年、春も短く、秋も短くなって、四季がなくなってきている、ここ韓国である。

 すでに、イチョウはどことなく黄色見を帯びていると感じる。散歩をしていると至る所で、銀杏の実が落ちている。サッカー場の周辺には、メーピルの樹が植えられているところがある。先端はもはや、赤く染まり始めている。

 秋の良き季節が少なくなったのを受けてか、結婚式の招待の案内が多い。特に今年は多い。短い秋のうちに集中するようになっていて、人々も季節の変化に反応しているのかもしれない。そんな中、一件の結婚式に出席した。新郎新婦も人事部である。職場カップルである。特に新婦には、日本人担当であってボケ爺も大いにお世話になっている。おおよそ、500人から600人は出席していたであろう。韓国式の結婚式は始めての出席であり、興味深かった。日本よりは遥かに簡単であり、それでこそ多くの人の出席で祝福される。葬式と言い、結婚式と言い、合理性が追求されていて時代に即応できていることに、進歩を感じる。

 自然は、自然の変化に、順応している。人間の世界は、変化に付いていけない人と、敏感に反応している人に大きく分かれてきているように思える。特に食糧問題には、金儲け業者の行動は早い。防衛から弱い人を襲っている。政府はその対応に鈍い。またまた中国からは、「メラニン」問題が、持ち上がってきている。業者は、敏捷に処置をしているが、行政は、一向に動く様子はない。そんな状況に対して、報道者は疑問を感じることもないようだ。金と言う経済法則は敏感になり、守ると言う行政、ジャーナリストは鈍感な世相に二分化してきている。

<読書>

「刺客街」森村誠一 幻冬舎文庫

暗殺請負人の副題が付いている。疲れて時にはこんな小説もよい。痛快、愉快、面白い、との単純さが心を癒す。

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2008年9月26日 (金)

ボーイング社の戦略に学ぶ

 日本経済新聞社の9月24日版に、ボーイング社の747-8の広告が3ページに渡って載っていた。一ページ目は、「空に新しい時代がやってきた」とだけ。真っ青な空と太陽の中に。2、3ページは見開きで、ボーイング747-8の機体の全景と、内装の様子であった。鳴り物入りのボーイング787はどこへ行ったのか?

 機体の構造、否、改良部分が大切だ。全体の大きさは、現747機と変わりがないけれど、翼の構造(軽量、低抵抗化)、エンジンの仕様(高効率)、室内構造(優雅な客室を保ちながら、貨物搭載を30%増)、全体の軽量化、最大の特徴は、乗客一人当たりの飛行コストがどの飛行機よりも低い事にある。エアバス380(もっともジャンボな)と比べて、CO2の削減が12%できていると言う。

 787の設計思想の多くが、ボーイング747-8に適応されている。翼などそっくりだ。この翼は787の長ボディー用にすでに設計されていたのではないだろうかと思う。「-8」とつけるところがにくい。つまり、787の8を取ったに違いない。787の開発の影で、747の改良をしていたとは、全く知らなかった。ボケ爺だけが知らなかったのか?日本の部品納入メーカーもてっきり787用として、製造納品していたのではなかろうか?

 エアバスと、ボーイングとは、今までのところ、五分五分の戦いになっていた。EUという共同体との戦いであるから、787クラスを急いで開発する必要はない。なぜなら、エアバス380を除けば、まだ十分に戦えるからだ。

競争のポイントは、ボーイングが、エアバス380に対抗するには、747しかない。しかし、747ではいささか古すぎる。飛行効率も悪くては戦えない。予想よりも経済は低迷している。市場は747クラスで十分である。そこで、首脳陣は考えた。「747の顧客を逃がしてはならない。」380は大幅に遅れている。787を遅らせて、「787の設計思想で、747を急遽改造しよう」と。ボーイング787の開発遅れが問題になっているが、これも作戦だったのだ?

ボケ爺には、そんな戦略が見えてくる。ボーイング社の戦略は図星である。その戦略の決断に脱帽する。久々に爽快な戦略を見た。

<読書>

「白い夏の墓標」ハハキギ蓬生 新潮社

ハハキギの漢字変換が出てこなく、失礼。医学ミステリーである。細菌兵器の開発にまつわる科学者の葛藤の物語となる。平凡ではあるが、筋縦がミステリーである。展開に感動する。

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2008年9月24日 (水)

おかしな事のN乗

 おかしな事件、報道が多すぎる、と思いませんか?そろそろ麻痺をしてきて、無関心が当たり前になってきている。

1:事故米の偽装問題。今日、やっと、強制捜査に入ったのだが、遅すぎないのか?行政は何をしているのだろうか?

2:古米が有り余って、さらに、奨励金を出して減反を推し進め、何ゆえ、事故米など輸入しなければならないのか?事故米と言う名前からして問題を起こしそうである。検査も馴れ合い。行政は接待ずくめで、狂っている。

3:その他の産地偽装問題に、行政が何かしただろうか?勧告程度で、取り締まりは何一つ行われない。行政はまともな仕事をしているとは言えないのではないだろうか?

4:偽装と言えば、環境時代の鳴り物入りの、リサイクルペーパーも偽装であった。しかし、お咎め無しで、もう忘れられてしまった。多分、エコ時代で、偽装している商品はモット他にも沢山あるだろう。

5:サプリメント偽装は、どうして行政に引っかからないのだろうか?監視条文がないからか?おかしな話である。騙されるのは何時も納税者。

6:自民党の茶番劇は、空振りとなったようだが、麻生総理が決まる前から、何故、自民党幹部、閣僚が決まっていくのか、不思議である。そんな報道に腹が立たない国民がばかり。

7:東金の5歳の幼児殺害の報道もおかしい。「衣類が入ったポリ袋に、親の指紋以外に第三者の指紋が見つかった。第三者の絞り込みに全力を注ぐ。」との報道。何処かおかしくないだろうか?犯人が持っていたポリ袋に、何故、親の指紋があるのか?ポリ袋は、幼児が持っていたとでも言うのか?

 ボケ爺には、毎日の出来事、報道には、頭が狂う。ボケたから狂っているのか?

<読書>

「雪ひらく」小池真理子 文春文庫

男と女のかなわない夢がつづられている。当然かも知れないが、夢は、女から見た目である。男は引き釣られて、振り回されている。

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2008年9月23日 (火)

王監督の引退宣言

 今日、王監督の引退宣言がなされた。そのことで考える事が多い。実は、ボケ爺も、何時引退するか、悩んでいるからである。当然、王監督のように、超一流でもなければ、一流とも言えない、自慢ではないが、平凡な、凡人のサラリーマンである。一般には、サラリーマンは定年を迎えて、引退と言うことだろう。幸い、ボケ爺は、引退後も、同じような仕事を続けられている。

 天才の王、否、その裏には、大変な努力が隠されて、しかも、世界で認められる力を発揮してきた人物の、引退時は、悩むだろう、と想像は硬くない。王監督も記者会見で、「現役を引退するときも、今回の監督を引退する時も、今がそのときか?悩んだ。」とのコメントは、ボケ爺はよく分かるような気がした。成績の責任もあり、体力のこともある。「気力が何時切れるか」である。

 チョッと、海外出張をして、いつもに無く疲れると、やはり、気が弱くなる。これで、この先やっていけるのか、と。世界的に観て、結構面白い技術が見つかった数ヶ月前は、まだまだ、やってやろうと思ったのだが、その技術も、つめていけば、簡単ではなく、さらに積み重ねなければならなく、さらに高度な技術が必要である事がわかってきた。これも想定内で、いつもなら、「当然だ」と、次の構想を練ることに喜びを感じたものだが、今回は、気が弱くなっている時と重なった事もあり、悩む。完成するには、数年はかかる。さて、持つだろうか?

 引き際が大切な事は重々分かっている。この一ヶ月ほど悩む事になるだろう。次の実験がうまくいくことを祈る。ボケ爺の気力は何時切れるだろうか。

<読書>

「誘惑」本田靖春 ちくま文庫

吉展ちゃん誘拐事件の捜査のノンフィクションか、フィクションか分からないが、「犯人と捜査の執念の戦い」を強調した小説である。ここにも引退と、責任逃れと、それを拒む執念との葛藤が描かれている。

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2008年9月21日 (日)

ボケxボケ

 ひどい時差ボケで、困っている。一週間経っても治らない。どうしたことか?考えたくはないけれど、やはり、歳のせいだと思う。歳が経つと言う事は何かと不自由な事である。自分の考えに逆らって、体が動いてくれる。自己制御できなくなってきている。困った物である。この先が思いやられる。

 ところで、こんなに続く時差ボケは何故だろうか?きっちりと、朝食はとり、光には当たり、(少々曇り気味であったが)早朝のジョギングも休まず、頑張ったのだが。これが歳のせいで、本当なら、この先の計画が狂ってくる。

 物忘れが多い。特に、人の名前が出てこない。今回は、いろんな意味で、過去の話をする事が多かったが、なんと、人の名前が、一瞬先には覚えていたが、その時は出てこない。

買い物をしても、5千円以下に抑えようとして合計して、OKと思ってレジで、5千円を上回る金額を提示された時は、一瞬、何が起きたか分からなくて、聞き返してしまった。そうだ税金を忘れていたのだ。これは全うに、ボケの始まりだ。始まりではなくて、どっぷりと浸かっている。さて、ボケたら仕方がない。これからどう過ごすか考えなくてはならない。軌道修正しなければならないかと、弱気になってしまう。

 話は変わるが、アメリカの金融不安はホンモノになってきた。ある本のタイトルに、経済はバブルの繰り返し、のようなのがあった。日本のバブルは、土地不動産で起きた。今回は、投資証券である。何でも、投資を商品にして、弱い人に買わせる。投資の投資になるから、当然バブルはおきる。75兆円の、公的資金の投入で、ひとまずは、最悪の事態は避けられるかもしれないが、このつけは大きい。アメリカ内のことであるが、多分、それで収まらないだろう。この投資証券に投資した、各国、銀行、損保関係はどうなるのだろうか?

 日本のボケ政治も、解消できる様子も無く。暫くは不景気な、暗い世界が続きそうである。ボケていて、良かったのかもしれない。

<読書>

「ラーメン屋vs.マクドナルド」竹中正治 新潮新書

マクドナルドを堪能して、ラーメンを堪能した今回の出張で、タイミングが良い本が出ていた。内容は難しいが、よく分かるような気がする。ものの考え方が違うのだ。そこをよく理解しなければ、表装だけでは判断できない。

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2008年9月13日 (土)

レキシントンにて

 今日は、アメリカ悪夢の日、9.11である。世界貿易センターが二機の飛行機によって破壊された日である。アルカイダーの仕業と言うことで、アフガニスタン、イラク戦争へと進んでいったのは、今だ、記憶に新しい。

 ピッツバーグの朝は快晴である。朝早くのホテルのロビーでは、ビバルディーの四季が流れている。ブリティッシュキンダムの面影を残す好きなホテルを早めに飛び出した。空港のセキュリティーが強化されていると、長蛇の列でイラつくからである。結果は予想より楽であった。シカゴ空港で乗り継ぎである。ここも平然としている。2016年のオリッピック招聘の期待の放送が流れている。人種の幅の多さは、韓国人と日本人を併せても、広く5倍はあるだろうか。これが、イギリス、フランスになるとその倍ぐらいはあるだろう。それを受け入れている国々は、偉大と言うしかない。

 それにしても、服装は、日に日に、貧しくなっているように思える。それでもそれを受け入れ、大統領選挙の成り行きに耳を傾けている姿は、頼もしい。

 オット、そろそろ出発だ、が、無残にも遅れている。1時間半も。悪夢の延長にあるらしい。UAラウンジに、「遅れたのだから、休ませてください」、と言ったが、会員でないし、Fクラスでもないから、「ダメだ!」と、冷たい返事が返ってきた。面会者に連絡が取れて、遅れを告げ、ホット一息。本を持ってきていないのでやることが無い。コンコース内でも散歩するか。

 無事レキシントンに到着。10年以上前と、田舎風は変わっていない。サラブレッドの一大産出地域である。フランス、日本、イギリスへの輸出されている、と言う。空港出口のお城のような屋敷もまだ残っている。町の風景も変わっていない。懐かしいと言うか、進歩に取り残されていると、言うか、これがアメリカ風なのだろう。しかし、日本食の店が沢山できたと言う。トヨタの進出のためだ。なんとホテルでは、NHKのチャンネルがある。HPも、IBMもオフィスを構えている。ホテルも増えているらしい。レキシントン大学は、バスケットが強いので有名だ。学生の質も向上していると言う。レキシントンの今は、雷雨の多い季節らしい。着地寸前に雷雲の中に突入、大きく揺れて、ボケ爺でも大粒の汗だ。途中、車が動けないほどの豪雨である。おかげで何台かの車のアクシデントを見ることになった。

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2008年9月 9日 (火)

ピッツバーグにて

今日は月曜日、街は一転してビジネス街と変貌していた。雲の少ない良い天気である。ジョギング姿で、6時半にホテルをでる。冷える。多分、10~13℃であろうか?職場に向かう人々で溢れている。ここは、バス通勤が多そうだ。勿論、高速道路は渋滞している。

川のジョギングコースに向かう。前日のホテルから変更して、街の中のホテルとなったので、街中を抜けるのに時間が掛かっている。南のコースを選んだのだが、川辺に下りる方法が見つからない。橋を渡って対岸のジョギングコースを探してもやはり川面に下りる方法が見つからない。そこには、鉄道の駅がある。大きくもあり古くもある。昔の鉄鉱石の取り扱い場所だったらしい記念碑があるようだ。その先はトンネルで、市電が行き来している。この南の対岸は、直ぐに絶壁になっている岩山である。100mほどの尾根には豪華な住宅街が見える。地図によると、ロープウエイは二箇所ほどある。

引き返す橋から眺めるダウンタウンは、ようやく朝日で黄色く光る高層ビル群が華やかで、現在社会を象徴している。以前に泊まったマリオットホテルを探しに行く。その周辺は殺風景なところだったように記憶している。近くには工事中の体育館のようなモノが在ったはずだ。ホテルもそのアリーナも見つかったが、周辺の景観は見事に変わっており美しい街に変貌していた。そういえば高層ビルも倍ほどに増えている。

この街ほど、古い建物と近代的な建物の混在しているところは無い。それを象徴するのが、人々の貧富格差の存在である。はっきりと二分していることが分かる。朝食はマクドナルドで済まそうと、ホテルの近くの店に入った。メニューは昔と変わらない。値段はほとんど変わっていないが、安い新メニューが開拓されている。客は、ほとんどが労働者であろう姿である。スーツのネクタイ人はここには来ないようだ。

ホテルは、想像していたよりははるかに良く、クラッシクな落ち着くホテルである。ロビーも広く、くつろぐ椅子も多い。ロビーに流れる音楽がすばらしい。広くゆったりとしたスターバックスが右に、コーヒーの香りが漂う。左にはレストラン。スーツ族はこのあたりを利用しているようだ。悪夢を忘れるほどの良いホテルに恵まれた。

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2008年9月 8日 (月)

貧すりゃ鈍する

 真夜中、やっとピッツバーグのホテルに到着した。サンフランシスコ出発が、40分遅れとなってしまい、デンバーに着いた時には、ピッツバーグへのフライトは無残にも飛び立ってしまった。デンバーからの最終便であったのだが、待ってはくれなかった。

 急いで、フライト変更、シカゴ、ピッツバーグが残っていた。不幸中の幸いである。シカゴへのフライトも、15分遅れとなり、シカゴのBコンコースの端から、Cコンコースの端までのまでの、ランニング(10分)の憂き目に会う。もし、最初のフライト計画のままでも同じ結果であったろう。「貧すれば鈍する」とはこのことである。悪夢が的中してしまった。

 ピッツバーグは、ニューヨークタイムの一番西に位置しているので、朝が遅い。7時過ぎに、ジョギングにでて、橋の頂上でご来光を拝むことが出来た。川沿いはジョギングコースとなっていると、ベルボーイに聞いて出かけてきたが、なかなか美しい。ジョギング、ウォーキングにいそしむ人が多く、多くは挨拶をしていく。おおらかである。これがアメリカン。川では、ボートの練習をしている。エイト、フォアー、ペアー、一人、と、速さは違うが、モーターボートの指揮官が、大きな声で盛んに指示を出している。

 川面には、釣りを楽しむ人の姿も見かける。大木の下のベンチでは、ホームレスもいる。一番の自慢の、とにかく大きいワシントン橋を見てくるように、ベルボーイから言われたが、あまりにも遠いので、引き返すことにした。鉄の黒サビで、老いた鉄道の橋下の近くまで来ると貨物列車がゴトゴト、キーンと金属音を発して通過する。見るとゴムタイヤが付いている。全てがトレーラである。カナダのロッキーを走る貨物車に劣ることの無い、長い、長い連結である。通過に30分ほど掛かっている。

 近くには、野球場と、遠くにフットボール場がある。朝8時ごろと言うのに、野球場は、すでに、派手な音楽を鳴らしている。いたるところに、フットボールのシャツを売る出店が出ている。フットボールのシャツを着て、会場に急いでいる人を見かける。その一群に、「今日は野球はやるのか?」と質問したら、「多分ね!」「我たちはフットボールだよ」、と何故野球の質問をするのかと怪訝な顔である。そういえばホテルの、ロビーも、そのシャツを着た人で賑わっている。(そのシャツとは、ピッツバーグチームのものであった。TVで観戦下が勝った)

 ピッツバーグは、川の町でもあるが、昔はアメリカ一番の製鉄の街であった。記念館ぐらいで、その後は見受けられない。アップダウンの多い地形である。それが美しい景観となっている。ボケ爺は、ピッツバーグへは、これで3度目である。一回目は、アイコン社との商談。二度目は、カーネギーメロン大学のロボット研究所で研究課題の検討での訪問であった。(7日の朝)

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インチョン空港(Incheon Air Port)

 インチョン空港は韓国自慢の国際空港である。前回、確か6ヶ月ほど前に使ったときには、コンコードは一つしかなかった。前回と同じラウンジに行ったら、「ここよりも、こちらの方が便利ですよ、そちらにされたら」、と言われたが、身に覚えが無い。どうやら、第二コンコードが出来たらしい。新しく美しく使い勝手がいい。さらに、第三、が出来てもかまわないように計画されていることがわかった。

 ボケ爺のフライト計画はメタメタになってしまった。インチョン、成田、シカゴ、ピッツバーグと行くはずが、成田、シカゴが5時間の遅れ、もしかするとキャンセルかもしれないと、言う。急遽、ルートを変更に取り掛かったが、インチョン、サンフランシスコ経由しかないと言う。ピッツバーグには夜中の到着である。仕方が無いと告げると、さらに追い討ちが、Aクラスが無く、Cクラスにして欲しいと。しぶしぶ了承したが、長い旅の出鼻をくじかれた。この先に何が待ち受けているのだろうかと、悪夢を見ているようだ。本当に残念。

 成田で、本を買い込んで、と、思っていたので、持ってこなかった。時間つぶしに困ってしまう。諦めることにするが、貧乏性のボケ爺に、耐えられない空白の時間を我慢することが出来るだろうか。考えなければならない案件は山積みしている。この機会を捕らえて、じっくりと考える習性をつけるべく時間を有効に使うと、誓った。が?

 Aラウンジで、おすしをつまみながら、元のフライトで、成り行きに任せて、運命を占ってみても良かったのかもしれないと、いつもながら性急な判断のボケ爺の不運な人生の一端を垣間見た。悪夢を見る羽目になりそうだ。(at 6日)

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2008年9月 6日 (土)

おれ流

 おれ流、と言ってから随分と時間が経ってしまったので、もう、死語になっているのかもしれない。部分的には、自己流と言うことに繋がるのかもしれない。

 事業計画を検討する時には、単純な計算式を使う事がある。アプローチの数をN, その効率をR, その成果の価値高をV、とすると、NxRxVと言う方程式になる。三つのパラメータの、どの項目を主眼として行動するか、考える事になる。

 Nを多くする。つまり、何事にもめげず、数を稼ぐ。Rは成功率であるから、確実に成果が得られるものを選んで行動する。Vは、売上の大きな課題だけに集中する方法である。いずれも均等にバランスよく対処していこうとするのが事業計画であろう。しかし、選択と集中に時代には、経営者の決断で決まる。企業のおれ流である。

 一方、社員の行動は、昔はと、年寄りのボケ爺は言いたくはないが、こんなパラメータなど気にせず、夢中だったように思える。どちらかと言うと、Nだけを考えていたかもしれない。RVは必ず付いてきた時代だったのかもしれない。特に、バブル以降、Rを重視されるようになってきた。市場の閉塞感がますにつれて、Vを強く意識するようになったように思う。

 そんな中、若者の行動は、N型、R,型、V型と分かれてきている。個性的といえば格好いいのかもしれないが、所謂、「おれ流」つまり「自己流」を出張して、上司、管理者をイライラさせる行動に出る。若者は確実な自己流を貫こうとしている。

 この時代、上司、管理者は、三つのタイプがいることを良く理解して、バランスのある人の配置、モチベーションの誘導、など工夫がいる。今の若者は、笑顔が消えてきている。馬鹿笑いする、笑顔でいる人はバカに見えるのだろうか?笑わなくなったのは、弱者意識が強いのか、鬱になっているのか、それが格好いいと思っているのか?

何時の時代も、部下、人材は宝である。だからボケ爺は疲れて酒を飲む。すると痛風が待っている。楽しい人生バンザイ!

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2008年9月 5日 (金)

ペシャワール会、中村哲

 アフガニスタンで不幸な事件が起きてしまった。伊藤和也様には、誠に痛ましく、辛い事件であった。アフガニスタンで、このような若い人が人道支援をされているとは、このボケ爺、知ることも無く、怠慢であった。

 中村哲医師の、アフガニスタンでの、人道支援の凄まじさは、数年前から知っていた。医師であり、灌漑施設建設のインフラ整備に、情熱の全てを傾けられている事は。日本政府も、このような形で、アフガニスタンの復興に尽力すべきあると、武器だけが援助ではない、中村哲医師にモット支援をしなければならない、と憤りを感じていました。

 中村哲医師の活動を知った時、ボケ爺は定年退職をした時であった。ボケ爺はこのようなNPOの活動に興味を覚え、何とかできる事はないか悩んで見ました。所詮、技術家バカで過ごしてきたので、頭でっかちの生活であったのだ。手に職をつけていなかったので、何も出来る物を持ち合わせていない、と悩んでしまった。

 農業でも、考えたのですが、農業の知識は持ち合わせていない。当然医師でもない。今から、お袋に習って農業を覚えていると、間に合わない。井戸掘りの技術も知らない。雨を降らす方法も知らない。太陽電池だと言えば、膨大な資金が要る。ボケ爺は、いざとなってもどうして生きていけるのだろうか?と、その当時は本当に、過去の怠慢を悔やんだ。

 絵を教える事もできない、音楽を教える事もできない。ビジネスだけでない、心の癒しの技能もまるっきり持ち合わせていない。なんと情けないボケ爺であろうか。

<読書>

「四つの嘘」大石静 幻冬舎文庫

実に面白い。リアルである。女心が理解できたように思う。だが、この女の心理や、人間性は男の世界にも、大なり小なり重なる。人間の一生、考える事が多い。

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2008年9月 4日 (木)

福田狸の勝利

 さすがに、狸親爺の政治家、福田首相の読みは深い。きっと、5手ぐらい先が読めているのだろう。こんな政治家が日本を救えるとは思えないが、古い日本の政治体質の自民党を守る事については見上げた力量だと、ボケ爺、兜を脱ぐ。

 その理由は、

1:野党、民主党の無投票での小沢再選、それにぶつけて、自民党騒動で、先ずはジャーナリストが、自民党、自民党と騒ぐ、国民は自民党ニュースで浮かれる。野党は影が薄くなる。そこで、総選挙に打って出る。

2:臨時国会の党首質問が民主党では、22日以降になり空白が出来て、自民党が悪い、と罵倒される事を避ける。

3:保守党内の内乱について、釘をさす。先ずは、公明党だ。最近公明党が、自民党に逆らうので、これを抑えなくてはならない。

4:自民党内では、全くまとまりがない。ばらばら、これでは総選挙は戦えない。危機感が全くない。総選挙を、臨時国会後(翌年1月)では、予算審議で負けるかもしれない。その前の、11月か、12月では、追加経済施策は成立せず、国会が空転して、2009年度の予算が審議未了となる。

5:首相で残っていても、バカだ、チョンだといわれるだけで、なにもやらない、やれないバカ呼ばわりで、何の特にもならない。

衆議院の総選挙は避けられない。臨時国会開催、多分、24日に開催(首相方針演説、各党首質疑ぐらいはやるだろうが)、即解散ではないだろうか。

 それにしても、公明党の突き上げで、定額減税となった。要は、ばら撒き減税となったわけだ。過去にも自民党は、自民党と言うよりは、橋本元首相で失敗している。狸福田は、自民党を救うために、ここまで読んでいるはずだ。

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2008年9月 3日 (水)

自動車の革命が面白い

 クルマのこれからが面白い。石油高とエコ環境のあおりうけて、クルマは変化を余儀なくされている。この変化を楽しみたい。大きな変革の時が来た。一体誰が勝つのだろうか?勝利の行方が楽しみである。各自動車メーカは、「イノベーションジレンマ」の時代に入ってきた。IT産業では日常茶飯事であるが。何時の間にか、自動車メーカが何社か潰れて、電機メーカが?GoogleのようなITソフト会社が?あるいはリース会社が?IBMのようなIT システム会社が?また、電力会社かもしれない。兎に角、従来の自動車メーカ以外で革新が起こる、と、ボケ爺は断定する。

 特にエンジンである。ハイブリッドは、誰もが最終解の前の段階と位置づけている。電気自動車?燃料電池車(これにも、いろんな方式がある)?水素ガス?バイオ燃料(エタノール)?それもジーゼル向け?

 ロータリーエンジンにバイオアルコールなど考えて欲しいのだが、マツダは、なぜか水素に走っている。

 自動車メーカは、頭が痛いことであろう。当面、なかなか一つに絞る事が出来ないだろう。公共インフラが問題と、既存の発想から脱却出来ていないが、低炭素化の御旗の下では、一気にインフラの変化も伴うかもしれない。このときは、交通システムとなりITシステムが強くないといけない。今の自動車はデジタルである。

 案外、変凡な解を選ぶのかもしれない。システムの機能分離思考である。今の機能ハイブリッドではなく、インフラのハイブリッドである。つまり、都市型近場は、小型電気自動車(モーターエンジン)で、長距離は、ジーゼル車(ただし、燃料はバイオ+軽油)となっているのかも知れない。2台を乗り分ける時代になっているのかも?

 タイヤにも変化が現れている。省エネへの革新が続いている。ブリヂストン、横浜ゴムなどは、30%の転がり摩擦を提言した。これで、3~4%のガソリン消費の節約になると言う。09年には欧米から販売すると言う。なぜ、日本の販売が遅れるのだろうか。タイヤにも目が離せない。(転がり摩擦が下がる事で、事故につながらないことを祈る)

 タイヤで言うなら、タイヤの直径を小さくして、始動トルクを下げて、燃費を良くする、高速では、エンジン回転数をギアダウンせずに使って、無駄を省きたい。慣性を小さければ加速が楽しめる。

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2008年9月 2日 (火)

10000時間の努力

分子生物学者、福岡伸一の解説では、DNAの中に、特殊な技能(スポーツ、芸術、囲碁将棋のような技能)は存在していない、と言う。人を「生かす」かの仕組みは組み込まれているが、技能を「活かす」は、一切、DNAに記載はされていない、と言う。

 世界で活躍できるプロ級の才能は、天賦の才能と言うことだが、遺伝子からではなく、「努力する環境からだ」と言う事を強調している。プロには共通した特殊な時間を共有していると言う。それが、10000時間である。いずれの世界も、一日、3時間、10年を、たゆまず、集中して練習する事であると言う。もし、この実行が出来れば、プロになれるとするならば、誰でも、出来るのではないかと思う。

 天賦の才能の持ち主は、少なくとも、10000時間は努力している。凡人が、10000時間努力しても、必ずしもプロ級にはならない、と言うことではないのだろうか?やはり、天才と凡人の遺伝子は存在すると思う。そう思うことは、自然である。

 競馬のサラブレッドは、遺伝を重んじている。だから、才能のある馬は、引退後高く引き取られていく。子供は、やはり天才級となる。

 遺伝子学者は、DNAではなく、環境で変わると言うが、慰めにしか聞こえない。遺伝子学者は、気がついているのであろう。隠された天才遺伝子の存在を見つけることで、ノーベル賞級の研究価値があると。遺伝子のオフからオンだけで、天才が開花するとは、どうしても思えない。ボケ爺の僻みである。

<読書>

「合併人事」江上剛 幻冬舎文庫

ボケ爺も経験している。対等合併と言うことであったが、どろどろした人事は、考えたくない。サラリーマン社会の生きがいは、やはり、人事事件である。名誉欲であり、禁欲であり、強欲である。特に男の世界である。それに女が絡む。ボケ爺も、そろそろ、合併をテーマに、以前の会社の内幕でも暴露しようかと考える時がある。

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2008年9月 1日 (月)

感情に偏る現在人?

 現在の若者は、感性で考える、と言う。商品計画も、感性で考えろ、と叫ぶ。感性工学会まで出来ている。

 考古学者の竹岡俊樹は、こんな現在を憂い、「今の日本でよいのか」と問いかける。「学問は本来役に立たなければならない」と闊歩する。「方法論にしたがって、きっちりと筋道を立てるべきである、と言う。

 学問とは、

1)データを集めて分析して、そこから問題解決に当たる。思考過程が重要。

2)学問は検証できなければならない。なぜか?と疑問のなぞを解く事。

3)文化に関係しているが、研究を厳密に観察、記述すれば基礎として普遍性を産む。

4)客観的な説明が出来ることが求められる。唯物論的であること。

 感情に流されず、論理的に考えられる事が、これからの日本で一番、必要な事だ。だから、学問が大切である、と言う。日本は、いま、漂流している。漂流していて対岸の様子は分からない、とも。

 人類は自由に動く手と、機能分化した左右の脳を確保した。人類が自己を考える対象としたときに、悩む人間が出来上がる。悩む事は、感性に流される事なく、自己と他者との関係を論理的に考える事となる。

 ボケ爺も、大いに賛同する。若者の、何もかも、「フィーリングが合う!」では自己は見つからない。

<読書>

「ビジネス脳を磨く」小阪裕司 日経プレミア

今日のビジネスの基本は感性である、という説である。人間は何事も感性で行動している。我から、感性を磨いて、感性に訴えるビジネスが大切だ。ビジネスセンスは感性だと言う。

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