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2008年8月 3日 (日)

暗黙知と創造力

 創造力の源泉は、暗黙知ではないか、と思うようになってきた。マイケル・ポラニーの「暗黙知の次元」によれば、曖昧であるが、宇宙を生成、変化させている原理は暗黙知である、と言う。ハーバード・サイモンの「システムの科学」によれば、自然界は全て階層的でありながら、複雑なシステムを構成している。その構成が成立させている原理が暗黙知ではないか、と言う。

 創造とは、全くの「無」から生み出せるのであろうか?何処かで誰かが囁いていたとか、誰かと誰かの意見の組み合わせで、生まれたとか。誰かに反発しているうちに、逆の発想が生まれたとか。些細な経験が、先ず数多くあり、未知を想像しているうちに生まれる。「未知を読む」と言う経験の重ねではなかろうか。

 自然界の営みも参考にしているはずだ。動物、植物、宇宙(天候など)の経験に取り入れて、暗黙の知を形成している、と思う。最後には、自然界(社会も含む)のうごめきを暗黙知にして、編集できて、創造が生まれる。「暗黙知の編集力が、創造力」となるらしい。

 暗黙知を作り出せる実経験はそんなに多くは出来ないであろう。人によって差はあるが、今日の創造の数ほどの経験は出来ない、と思う。豊かな暗黙知を作り上げる源泉は「仮想」ではないだろうか?

 文学、音楽、美術など、全て、未来(夢)を想像している。その想像を掻き立てるのが、仮想力ではないだろうか?仮想力が暗黙知を豊かにしてくれる、と考えている。形式知(既知の集合)からは未来が見えないのでは。

<読書>

「脳と仮想」茂木健一郎 新潮社

「ねえ、サンタさんているとおもう?」の質問から入る。それは仮想である。人間のわずかな経験と学習から、これだけの豊かな知識が生まれる原理は仮想だと言う、と論証を進める。

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