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2008年4月28日 (月)

新富裕族の資産隠し

 何時の時代も、資産隠しは同じことを考える物だ。企業が儲かると、非減価償却資産を買い込んで、資産計上に載らないように考える。代表的な非減価償却資産とは、現金、土地、株、美術品である。

 今でも、有名な企業は、美術品を買い集めては、自社美術館などを運営している。典型的な、利益隠しであった。企業で美術館を運営しているところは、株主に利益を還元しない企業たちである。先日も、オークションで、日本の古美術品を高値で落札したところは、日本の企業で、儲けすぎて、美術品に手をだした。

 新興国では、予想以上の格差社会である。その、新富裕族は桁違いの金持ちである。そこに眼をつけて、高品質、高価な商品を売り込んで、漁夫の利を得ようと企んでいる企業や国がある。そんなところが格差是正と叫んで、矛盾と知りながら、輸出で儲けようとしている。これもグローバル化なのだ。

 確か4月初めだったと思うが、日本で、現代アート展が開かれた。そこでは、時価の10倍から数百倍の価格で買われていった現在アートが数知れなくあったという。当然買う人は、中国人が中心であるという。中国では、古典ではもう手が出ない、これからの美術品で、将来の値上がりを期待するらしい。新富裕族が飛ぶように買っていく、という。当然、買値の数十倍から数百倍で売りつけるのであろう。グローバル時代のバブルである。

 日本のアーチストは、美術大学の卒業作品から、競争が始まっているらしい。現在アートを専攻する学生は、将来が嘱望されているらしい。ここ二年ほどの傾向だという。画商が、至れり尽くせりで面倒を見てくれるらしい。油絵のようなチマチマした価格ではない。当然、才能は必須である。

 ボケ爺も、具象画から、抽象画を通り越して、ポスト抽象画を創造した油絵でも始めてみようか、IT時代であるから、デジタル写真をソフトによるデフォルメで、シルクスクリーン版画でも考案してみるか、などなど夢を見ている。実行の前に考え倒れになってしまいそうである。

<読書>

「夜に目醒めよ」梁石日 毎日新聞社

裏社会のビジネスの過酷さ、財産の分与に絡む争い。ビジネスを遂行するための人の蹄鉄さ、とこだわり、争い。生きるのは一人しか居ないという。そういいながら結構、友情、愛などでの繋がり、そんなサスペンス推理小説である。400ページが3時間で読んでしまえるほど面白い。

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2008年4月27日 (日)

日本、本当はグローバルが好き?

 先ほどまで、NHK大河ドラマ「篤姫」を見ていた。日曜の暇つぶしである。NHKに外国向けの放送番組がある。その配信で観ている。受信料は取られる。NHKに入るわけではないようだが。

 日本は、太古の昔から、結構に、諸国を漫遊しているらしい。日本国内を北から南、西から東へと、武士や商人の移動が行われていたようだ。特に、鎌倉時代、戦国時代からが、激しいのではないかと、時代小説などで知る事になる。小さな藩を、一国とすれば、それは激しかったというほかはない。その移動たるや途方もないのではないか。

 江戸時代など、国の入れ替えで、大きく動いていたという事になる。実は、私事なのであるが、我が家系も、鎌倉時代に、東北から逃げて関西、播磨に逃げてきたと、墓の裏に記されている。本当かどうかは分からない。連れ添いの父の家系も、定年退職した兄が調べてみると、九州、四国、九州、など、移動しているようだ。

 今日の「篤姫」も家系が入り乱れるような、婿入り、養子縁組などで、激しく入れ変わっている様子が伺える。そして、次に来るのが、海外との交流となる。さらに今では、更なるグローバルが必然となってきている。人的にも交わってくる事だと思う。すると、資本主義社会を形成していく限りでは、グローバルは自然な姿であるということである。巻き込まれるなんて考えない方がいい。日本は太古の昔から、グローバルな社会を必然的に受け入れていた事が、不思議ではない、ことになる。

 すると、今の日本は、いささかグローバル化に後退しているのではないだろうか。何時だったか新聞に、日本人ではあるが、アメリカで教授をしている人を引き抜いて東大の教授に要請したが、給与待遇は、学長以上であるという。日本も捨てた物ではない。どんどん変化するだろう。プロスポーツだって、進んできている。海外に出かけて稼ぐ人は多くなるだろう。海外からも受け入れるだろう。経済界も変わらなくてはならない。変わり方を考えないといけない。ボケ爺のボヤキである。

<読書>

「決闘の辻」藤沢周平 講談社文庫

剣豪、刺客の短編集である。歴史に残る剣豪たちの、生き様を描いている。決して綺麗な話ではない。武士の一文、ではなく、刺客の一文である。生きるためには、いささか強引な戦いもやむをえないという事か?この剣客たちも、全国を渡り歩いている。

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2008年4月26日 (土)

花冷え

 雷が、夜中2度ほど鳴った。もっとあったのかもしれないが、ボケ爺は気が付かなかっただけかもしれない。小雨の日が続いて花冷えである。今日は、雨が上がったので、出勤する事にした。

 ボケ爺のアパート団地は、25階から30階建て、10棟ほどある。他の団地と比べたら、庭は2倍ほど広く、草花が沢山生えている。今は、つつじとライラックの花で一杯である。マロニエ通りには、花芽が出始めた。バラ通り、竹林通りもある。スウォン市は、京畿道(東京都に相当する)の道庁関係の役所が集まっている街で、庁舎、文化施設なども整っている古い街である。古い建物から、新しい建物の混在した、面白い街である。会社までの道のりは結構アップダウンが多い。近道をするために、アパート団地の中の道を借用する。途中の青少年会館には、早くから若者が集まっている。音楽の発表会、水泳競技場、一般プールの施設、体育館、その他教室が沢山あるようだ。ヒルトップアパート団地を過ぎて、食堂街の一角に、樹齢600年の夫婦のカシの木が祭ってある。見事である。新芽が眼にしみる。

川沿いの向こうは我が会社の敷地となっている。川沿いの両岸は散歩コースとなっている。その手前は道路であるが、その両サイドも松の木を基調とした公園が続く。東海道の三宿の松並木を思い出す。約1時間で、我社の中央門に到着。隣には通勤用のバスターミナルがあり、20ほどのバスゲートがある。朝は構内乗り込んでくる。帰りの為である。中央門から街の方角には、両サイドに、野外音楽公園、博物館、音楽堂などが建ち並んでいる。

 5月5日は祝日で、こどもの日である。こちらは、3月の節句はない。男女合わせて、5月5日である。我社は、明日の日曜日にこどもの日のお祝いをするらしい。家族が構内で、催し物を楽しむことになっている。朝からその準備で忙しそうである。中央門から正門まで1km以上はあり、片方3車線、中央分離帯が十分に取られている。その分離帯にはテントがすでに建ててある。車道にも建てるべく準備中である。30階建てと38階建ての研究棟が目立つ。その38階建ての34階にボケ爺のオフィスがある。それぞれの地下一階は食堂になっている。(地下2階、3階は駐車場である。)その前には庭園があって、花木や、松の木、ゆったりと過ごせる。サッカー場が2箇所に3面あり、そこにもテントが続々建ってきている。34階から眺めると、黄色、青、紫、橙、白、と、四角い雨傘が開いたように見える。中央通に直角に片方2車線の道路が2本並行して走って。その両サイドには、10階建て、6階建てなどの研究棟が建ち並んでいる。約2万人の従業員の家族がどれほど集まるのか知れないが、明日はいい転機となるらしい。賑やかな事だろう。

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2008年4月21日 (月)

年寄りのお一人様:続き

 昨日言い残した事があるので、続き、としたい。このひつこさも「ひねくれ者」だからだ。

家族が在っても、自分は、これからどのように生きていくのかは、絶えず疑問に思っているし、考えている。その意味では「お一人様」である。会社で嫌な事があっても、家庭では弱みを見せられない。家族に話しても解決にはならない。不愉快な思いをさせるだけである。「お一人様」で処理をしてきたしこれからも変わらないだろう。そこがボケ爺の「気難しさ」「ひねくれ者」「変人」の言われなのかも知れない。

人事異動では、恵まれていたかもしれない。仕事上で自棄を起こすようなことはなかった。先輩、後輩に恵まれたからである。今から8百年ほど前に、人事異動で不満を起こした、鴨長明、と言う人が居た。「方丈記」を研鑚した事で有名である。妻子とも別れて、独りで山に篭ってしまう。それこそ「ひねくれ者」の代表ではないだろうか。同情相憐れむ、ではないが、気になる人であった。そんなことから方丈記を読んできた。

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。・・・」から始まって、延々と悟りを開く。悟りではなく生臭い事も多く含まれて入る。最終段に集約されている。「身を捨てしより、恨みも無く、恐れもなし。・・・、一期の楽しみは、うたた寝の枕の上にきわまえり、生涯の望みは、をりをりの美景に残れり。」悟っているようで、悟れていないようである。何時までたっても、望みは捨てきれないようである。ただ、ボケ爺も、うたた寝はいい。こんな「優雅な孤独」になり切れたら好いな!何て考えるのだが。もう少し、「方丈記」を読み込もう。すると、ボケ爺の定年退職後は見えてくるのかもしれない。未だに悟れない悩みがある。

<読書>

「龍を見た男」藤沢周平 新潮社文庫

先実と同じような、短編集である。市井の人々の小さな出来事の喜怒哀楽を描かせると、感極まる。

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2008年4月20日 (日)

年寄りのお一人様

 風呂に入っていて不思議な現象に、歳を感じている。以前に手足の冷えが気になると、嘆いた事がありましたが、寒いからだと思っていたが、暖かくなっても感じる。風呂の中で、足の先端の温度だけが、風呂の温度に追いつかない違和感を経験しています。ボケ爺、結構な、長風呂なのですが、その理由が、手足、特に足の先端が、風呂の温度と同じになるまでと思うからである。このままだと永久に風呂から上がれない事になる。きっと、毛細血管が衰えて血液の循環が悪くなってきているからである。そうなると、皮膚の角層が厚くなり、硬くなって、シワが目立つようになる。

 脳は復活すると叫んでいる。しかし、現実はそれらも慰めなのだと思う。ダメだというと脳科学者は収入がなくなるからだ。随分前になるが、脳科学者の初期代の渡辺某教授が、頭の良い悪いは、「遺伝で決まる」、と堂々と闊歩した。随分と非難を浴びた。それ以来、脳科学者は、決して真実を言わなくなってしまった。壊れた細胞の脳は基本的には回復しないのである。人は皆分かっている、頭の出来は遺伝子で決まると。運動の能力も。娘、息子には誠に申し訳ないと誤るしかない。

 ボケ爺は、母親から「ひねくれ者」といわれてきた。「変人」であると自覚している。その割には、娘、息子は、素直すぎて大丈夫かと心配になる。お人よしも行き過ぎないようにして欲しいと願う。どうして、ボケ爺と違ってしまったのか不思議である。これは遺伝子ではなくて生活環境で決まるはずである。ひねくれ者の生き様は、決して褒められた物ではないが、地位名誉にこだわることなく生きてきた、ことは誇れる、と思っている。その分、仕事での成功には拘って来た。誰とも違う物を作りたかった。フォローの設計を嫌ってきた。今も差別化戦略を考えている。だから変人である。

 一人の時間が多かったし好んできた。だから「ひねくれ者」とも言われてきた。今も、一人で生活している。土日は誰とも話をしないので、声帯は衰えて、月曜日は声がまともに出ない。声帯の筋肉で、鍛えなければ衰える事が実証できている。

<読書>

「時雨みち」藤沢周平 新潮社

庶民を中心にした短編集である。文句無く良い。夢中でページが進む。これだけ多様な人の生き方を見つめてきた、想定できる周平の構成力を知りたい。

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2008年4月19日 (土)

日本の技術戦略に疑問

 先日、日本の技術状況と強化項目なる報告書がまとめられて、発表されていた。27項目が、29項目になったとかで、相変わらず、分析は甘い。世界との比較を明確にすべきであるが、玉虫色である。これが日本の置かれた、弱さである。無責任時代である。

 それに、戦略といいながらどこにも戦略はない。全てに平等である。明治維新で、昭和の戦後で取ってきた政策を思い出さなければ(学び、学び、実行、そのために、資金を集中させた投資をしてきた)世界では戦えないのではないか?相変わらずモノ作りにこだわっているようでもある。今は、ポスト資本主義といわれる時代を先取りしなければならない。つまり、資産のあり方が変わってきてしまっていると、多くの人が警告を発している。つまり、「知識資産」、つまり、有形資産から、「無形資産」となってきているのである。そこに、ポスト、と言われる所以がある。

 世界は、「無形資産」の習得に力を入れている。高度の知識を持っている人材である。高度の政策論の構築である。2050年の先を見通せる洞察力である。そのベースは教育でもある。

1:固形(無機)材料から、有機材料の活用に移行するはずである。

2:予防医療(再生医療)と薬、その元が食料となる。「バイオの活用」による食材が、薬を含み、予防医療の元となる。農業の見直しでもある。

3:エネルギーの分散の時代である。光力、風力、水力、食物からのエネルギーで、半分以上はまかなえる。分散の時代である。

4:だから、都市から、田舎への分散の時代となる。

5:当然これらを支える源は、情報である。ネットが無形のロジスティックスになる。

6:さらに支えるに必要な技術は、生き物を研究したセンサ技術の高度化が必要である。センサが可能になれば管理、制御が出来る。農作工業化の時代となる。

 などの、将来を見た戦略を構築して欲しい。その上で、資源(資金)の重点配分を期待する。ボケ爺のボヤキが、また始まった。誰か止めてくれ!止まらなくなってしまうよ!

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2008年4月16日 (水)

心地よい天気が続く

 すっかり春だと言っていたら、もう初夏か、と思える気候が続いている。事業所内の芝生には、チューリップの100本ほどの花壇、至る所に出来ていて、黄色、赤色の花が満開である。黄色の花壇には、数本の赤色が混ぜてある。赤色の花壇には黄色が数本混ぜてある。粋な配慮である。道路には、百日草、の鉢植えが並んでいる。驚く事に、もうライラックの花が咲き始めている。紫色が多い。札幌のライラック並木ほどではないが、美しい。

とにかく快適だ。7時には帰宅して、散歩に出かける。月曜日はライトアップ(とはいっても街灯で)されている桜並木の通り抜けを楽しんだ。昨日は、一日で、サクラのジュウタンとなったコースをジョギングした。今日は、帰り道が混んでいる。サッカーが開かれるようだ。早々に、散歩に出かけたが、人で一杯である、当然かもしれない。車は道路に二重駐車されている。ポリスは見回っているが、注意もしない、そんな野暮はしないと平然である。アパートからは、窓を開けると応援の歓声が聞こえてくる。窓を開けていても寒くはない。

ボケ爺、これからは、帰宅後に、散歩、ジョギングに出かけることにしようと、決意した。三日坊主にならないことを祈る、と他人事のように、がボケ爺らしい。

そう言えば、2週間ほど前だが、伊達公子さんが、プロテニス界に戻る、とネットニュースで知った。確か、37歳か。まだまだやれるはずの歳である。体力勝負ではきついかもしれないが、老巧さも力の一つだから、そんな試合を見たい。ボケ爺は応援をしていきたい。

いま、日本では、競泳のオリンピック選考会が行われている。女子など、以前は若さが命のようにいわれていたと思うが、平均年齢が上がってきている。当然男子も同じである。スポーツ界も高齢化の時代に入ったように思えるのは、ボケ爺だけだろうか?ボケ爺も捨てた物でもないかもしれないと、少し安心をしている。

<読書>

「千日紅の恋人」ははきぎ 蓮生 新潮社文庫

日常の淡々とした暮らしの描写の中に、人との関係を、これも淡々と綴り、そこに小さなトキメキも織り交ぜて、平和な生活が続く中で、長くかかって恋が目覚めていく。淡い恋が長く続く。美しいストーリーである。

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2008年4月13日 (日)

万能細胞より先に!

 昨日のiPS細胞と言う万能細胞の特許戦略に、惜しみない支援を、を訴えましたが、どうやら、その万能細胞の先を走っている「体性幹細胞」技術がある、と言う。実用化が早い、とも言う。

 簡単に言えば、骨髄や、脂肪、血液などに、未成熟の細胞が微量ある。それが成長すれば、当然、造血幹細胞となる。それらは、骨であり、脂肪であり、神経であったりする。患者の中から、未成熟細胞を取り出して、成長を促し、修復に使う、と言うもの。心臓病、骨の懐死、脳梗塞、などは骨髄から再生できるという。

 これなども、日本が一歩リードしている、という。一歩リードしていた、日本の遺伝子解析などで、政府の支援が無かったために、世界的に遅れてしまったように、二度とこんなことを繰り返さないように、政府はしっかりと将来を見つめてもらいたいものだ。

 これなども知的財産戦争の火種である。一歩遅れれば、多額の特許費用を支払わなければならなくなる。トータル、再生医療技術として、政府の支援が欲しい。

 今、やっと、武田薬品が、世界戦略を組み立てて、海外でM&Aを積極的に展開して薬品事業のグローバル化を推し進めている。日本の薬剤事業は、長い間、多くの特許料を払って、こぢんまりと日本市場だけでしか、生きてこられなかった。国内でも業界再編が勧められて、やっと世界からのM&Aに対抗してきている。

 食糧戦争問題ではないが、薬剤、自給率を高めなければ、薬剤戦争に負けて、病気で自滅する時代が来るかもしれない。ボケ爺の時代はまだしも、子供、孫の時代が気になってしまう。理解ある人が政治力を発揮してもらいたい。

<読書>

「「食い逃げされてもバイトは雇うな」なんて大も違い」山田真哉 光文社新書

さおだけ、完結編となっている。「使わなければならない数字」と「禁じられた数字」があるという。前編は、使う数字の話であったが、今回は、禁じられた数字の見極め方、を教授している。会計は「科学」であり、使う数字である。ビジネスは「非科学」で、禁じられた数字を使うべし、と言っている様だ。

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2008年4月12日 (土)

ヤバイぞ、iPS細胞技術の特許

 思わず、はしたない「ヤバイ」を使ってしまった。それと言うのも、日本がガゼン進んでいると思って、大いに期待していたiPS細胞技術が、バイエル薬品日本研究所で、開発が進められ、鼻の差で、民間企業のバイエル研究所の桜井、正木、石川氏が人細胞で先行していたらしいという、新聞報道を見たからである。

 山中教授の研究は2年ほど前にマウスで成功して、昨年には人細胞で成功した、と学会発表がなされた。米ウィスコンシン大学と同時発表であった。ES細胞技術より安全で確実な技術として注目されている。

 ヤバイ理由は、特許である。日米独の研究のiPS細胞技術の基本特許は、いったい、だれが優先するのか?これによって、優勢劣勢が明確になる。利用範囲が広いだけに、基本特許の帰属先が気になる。この状況を日本の政府は十分に理解しているのだろうか?日本として久しぶりに、明るいニュースだけに、政府の戦略が必要である。山中教授はマウスでの成功時代に、かなり、広範囲の基本特許をとっているから、可能性は高い、と言っている。1年もすれば、その実態がハッキリしてくる。

 基本特許だけでなく、応用特許、周辺特許など、無数の特許戦略が必要となる。基礎研究は勿論のこと、この基本研究をベースにして、知的財産の戦略も同時進行しなければならない。それに対し、政府のこの技術に対する支援は少なすぎる。

 ボケ爺は、この政府の支援の少なさに、ヤキモキする。ファントム戦闘機一台購入分をまわしてくれればいい。1000億円(研究建物、設備で300億円、住宅補助で50億円、研究補助金など)、は少なくとも支援して欲しいものだ。決しって巨額ではない、政府の無駄遣いをチョット始末すれば出てくる。

<読書>

「おんな泉岳寺」諸田玲子 集英社文庫

吉良富子、浅野瑶泉院の危害者、被害者の妻としての、心理が良く表現されている。いつものように、人の心理をの表現が上手い。

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2008年4月11日 (金)

男女均等時代の夫婦

 3時間の山登りは無事に済んだ。結構、順調に登ることが出来たのだが、その後がいけない。登山口の麓には、たくさんのレストランが待ち構えている。当然食事だけではない。濁酒を飲むことになっている。それだけで終わればいいが、焼酎が始まる。とどめが無い。すっかり酔ってしまって、せっかくの、運動が台無しである。

 そんな時に、誰かの優秀なお嬢さんが、良い所に就職された、と言う話題から、お嬢さんをもつ親の悩みの話となった。婚期が遅れる、嫁ぐ相手の選択で困ると言うことだ。共働きの当たり前の韓国でも、女性の地位向上の勢いは一層強い。

 私の部下も、皆、それぞれ奥さんはしっかりとした働をしている。子供もいる。しかし、飲み会の付き合いは良い。裏話では、電話で、メールで、きっちりと許しを乞うている。後のサービスが大変だ、とも話していた。当たり前だろう。ベビーシッタ、家政婦さんなども、良く活用しているようだ。

日本は他のアジア圏よりは遅れたが、男女均等時代だ。結婚しても共働きがほとんどになってきている。ダブルインカムでなければ、生活が苦しい、と言う。女性が社会に目覚めて、社会に、自己主張することが生きがいとなってもいる。それ自体は何も問題ではなく、良いことだ。少子化時代、働き手が必要だから、さらに、女性に期待できるとも思う。

 しかし、男性からすれば、複雑な思いがある。ボケ爺の世代では、少々気になる。「俺が働くから、家のことは頼む」とプロポーズしたものだが、今ではそんなことを言ったために、家にいる存在感が全くなくなってしまった。これもこれで、問題である。

 夫婦の勤務地が近くで、一緒に居られるなら、それでもまだ夫婦は続けられるだろう。それでも、婦人の方に労働力が増えてくることは間違いないし、夫の方はその手伝いで、家庭での働きは増える。それに子供が出来ると、双方とも大変だ。

 甥、姪なども、いろんなパターンがあるが、それぞれやりくりが必要で、何か、どちらかの犠牲の下で成り立っているようだ。結婚を躊躇したり、恋愛が壊れたりする経歴の者も居る。ボケ爺は、いい時代をすごしてきたのかも知れない。社会的な支援が今後の課題である。

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2008年4月 9日 (水)

花冷え

 昨日は最高気温が23℃と、今年最高気温であった。オフィスも慌てて冷房を入れていた。新しいオフィスに変わって、レイアウトを変えたためか、新鮮である。何だか新入社員のような気分で、少々緊張する。

 例のサッカースタジアムの周辺のサクラは8部咲きになった。早朝から、見学に出たが、花冷えで、寒い。大木ではないが、800mほど続く桜並木は見事な光景である。人一人居ない。それもそのはず、今日は休みである。国会議員の選挙の日である。当地では選挙は平日に行われ、それが休日になる。政治に関心を持つ良い制度かもしれない。投票率はそれほど高くない、政治に無関心が続いているようだ。基本的に政治には期待していないという。

 これから、山登りに行く。天気が悪いので、雨が降らなければいいのだが。社長以下の役員の親睦の一貫で、年に一度は山登り、それも夫婦での参加となったようだ。日本では考えられない。ボケ爺には少し恥ずかしく、馴染まない。当然独り身、一人で参加する。紹介されてもなんと答えればいいのか?会話が弾まない。これが問題だ。隅っこで、隠れているのが最善策である。

 韓国人だが、アメリカ国籍を持っている人が何人か居る。その夫婦は、人前で手を繋いで、すっかりアメリカンである。その夫婦に話しかけられると、一刻も早く逃げたくなる。アメリカンが苦手なのだからそっとしておいて欲しい。

 さてボケ爺、無事に山登りが出来るか、今から心配である。

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2008年4月 7日 (月)

メタボリックシンドロームに注意

 ご他聞にもれず、メタボリックシンドロームが気になっている年代である。今年度から、40歳から74歳までは診断が義務付けられた。これだけを観れば平和な日本と言う気がする。ここまでするか?健康保険費用の問題があるに関わらず、自己責任に対して、行政が介入するのも、行き過ぎだ、と思う。

 ボケ爺もスーツを買いに言ったところ、いつもは標準で間に合うのだが、今回は胴回りを3cmほど広くしてもらった。今年に入ってからやせたいと思っていたのだが、逆に太ってしまっている。基本は食事の量を少なくすべきなのだが、ついつい多くなってしまう。昼食はタダ、朝食、夕食は125円と値下げ、自己管理で食事量を決められる。これが逆にいけない、ついつい多くよそってしまう。これもストレスのためだと思う。

 メタボ、と診断されるには、男子85cm以上の腹回り、さらに、血圧、血糖値、中性脂肪などの条件で2点当てはまると、要観察対象となる。生活習慣病であり、心筋梗塞や、脳卒中などになりやすくなるという。

 予防には、先ずは運動をする。有酸素運動がいいとか、食事は取りすぎず、バランスよく。ストレスを避ける。前から言われているが守れない事に、対策を教えて欲しい。自覚、つまり自己責任である。西洋では、太った人は出世しない、なぜか、自己管理も出来ない人に、経営を任せられない。確かにそうである。

 ワコールから、男性下着がお目見えした。なかなかの人気だそうだ。この下着と、6000歩で、メタボは確実に無くなる、と言う。この下着をつけると、歩幅が広くなり、後足のけりが強くなるという、科学的なものである。これだけでなく、やはり6000歩の歩行が必須だ。普通の下着で、10000歩だから、幾分か改善されているようだ。

 ボケ爺は思う、ストレスが一番よくない。ストレスが強いと、食事の量が増える、お酒が増えること間違いなし。といってもストレスは自己管理できない?そうですね。

 

<読書>

「居眠り磐音 江戸双紙;陽炎の辻」佐伯泰英 双草文庫

人気がある大衆時代小説だそうだ。楽しい読み物である。池波のような成功が得られるのか、シリーズをもう少し読んでみないと、評価はいえない。

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メタボリックシンドロームに注意

 ご他聞にもれず、メタボリックシンドロームが気になっている年代である。今年度から、40歳から74歳までは診断が義務付けられた。これだけを観れば平和な日本と言う気がする。ここまでするか?健康保険費用の問題があるに関わらず、自己責任に対して、行政が介入するのも、行き過ぎだ、と思う。

 ボケ爺もスーツを買いに言ったところ、いつもは標準で間に合うのだが、今回は胴回りを3cmほど広くしてもらった。今年に入ってからやせたいと思っていたのだが、逆に太ってしまっている。基本は食事の量を少なくすべきなのだが、ついつい多くなってしまう。昼食はタダ、朝食、夕食は125円と値下げ、自己管理で食事量を決められる。これが逆にいけない、ついつい多くよそってしまう。これもストレスのためだと思う。

 メタボ、と診断されるには、男子85cm以上の腹回り、さらに、血圧、血糖値、中性脂肪などの条件で2点当てはまると、要観察対象となる。生活習慣病であり、心筋梗塞や、脳卒中などになりやすくなるという。

 予防には、先ずは運動をする。有酸素運動がいいとか、食事は取りすぎず、バランスよく。ストレスを避ける。前から言われているが守れない事に、対策を教えて欲しい。自覚、つまり自己責任である。西洋では、太った人は出世しない、なぜか、自己管理も出来ない人に、経営を任せられない。確かにそうである。

 ワコールから、男性下着がお目見えした。なかなかの人気だそうだ。この下着と、6000歩で、メタボは確実に無くなる、と言う。この下着をつけると、歩幅が広くなり、後足のけりが強くなるという、科学的なものである。これだけでなく、やはり6000歩の歩行が必須だ。普通の下着で、10000歩だから、幾分か改善されているようだ。

 ボケ爺は思う、ストレスが一番よくない。ストレスが強いと、食事の量が増える、お酒が増えること間違いなし。といってもストレスは自己管理できない?そうですね。

 

<読書>

「居眠り磐音 江戸双紙;陽炎の辻」佐伯泰英 双草文庫

人気がある大衆時代小説だそうだ。楽しい読み物である。池波のような成功が得られるのか、シリーズをもう少し読んでみないと、評価はいえない。

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2008年4月 6日 (日)

地頭力とは?

 店頭には「・・力」本が並んでいる。確か、斉藤孝が広めたように思っている。それにしても、「地頭力」は奇妙な力だ、一橋レビュウなる経済界に影響を与える雑誌の特集だから、冗談ではないとは思っていた。なんとなく意味は分かるような気がするが、本当の意味は分かっていなかった。

 英語に直すと分かりやすい。「クリエーティブ・シンキング」と言うことらしい。分かれば、なーんだ、と言うことになる。イノベーションが求められる時代には、クリエーティブ・シンキング力が求められる。地頭力はチョッとクリエーティブ・シンキングとは定義が違うようである。ここでは地頭力で話をする。

 ところが、この地頭力(クリエーティブ)が問題である。そんなに簡単に手に入る「力」ではない。そもそも、地頭力(クリエーティブ)とは何であろうか。「富士山を移すにはどうすればいいか」なる問題が就職試験に出る、このように、「解の前例が無い」問題を解く力だという。つまり、「ゼロから10」を生み出す力だという。「1から100」ではないという。そんなことがあるのだろうか?

 一時期はやった、「ロジカル・シンキング」では、通用しない世の中だそうだ。ボケ爺の人生で、歴史を無視して、新しい発想が出来たことがない。当然凡才だから諦めてはいる。部下には、「無から有は生まれない」「何処かに「有の種」が隠れている、それを探すには、歴史を深く知る事」といって来た。全く間違えていた、ことになる。部下に申し訳ない教育をしてしまった事になる。ごめんなさい。

 今日まで「唯物史観を信じてきた」そのためにクリエーティブな発想が出来ていた、と思っていたボケ爺の人生観は基本から崩れる事になる。ヒツコイ用だが、本当だろうか?

<第三の脳>

第三の脳は「皮膚」であるという。ちなみに、第二の脳は、「食道から意を通って肛門まで」だそうである。皮膚は、外界から体内を守る(浸透に、免疫に)、そして、各種のセンサー機能を持って自己制御もしている、と言う。皮膚病は心と関係しているという。だから心でもあるらしい。シワが増えたボケ爺には、驚く事ばかりである。元々、皮膚治療に、今までの技術が使えないか、発想中であったのだが、可能性があるとも、ないとも言えない。この本のおかげで、確実に老後の楽しみが増えた。

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2008年4月 5日 (土)

寂しい花見!

 こちら、水原市(スウォン市)は世界遺産のある町である。アパートから歩いて15分で東門までいける。先週の疲れから、3時ごろまでの昼寝で、寝疲れで起きてしまった。晴れてもいることから、散歩に出る事にした。サッカー場の裏手に小さな公園がある。松の木々のふもとには、チンダレ(山つつじ)か可憐な淡い紫の花を咲かせている。チンダレは里山の大木のふもとに寂しくも可憐に花を開かせる。それを背景に写真を撮っているカップルが数組居る。その近くの陸上競技場はまだ開場していないが、周囲はケナリ(レンギョ)の黄色く燃え揚がるような帯で、鮮やかに春を告げている。その裏手の山に登ってみると遠くに世界遺産の建物が西日にかすんで見える。

 春を告げる花はそれだけではない。梅の花も咲いている白梅が多い、紅梅もないことは無い。モッギョ(木蓮)の白も一斉に咲き誇っている。町のアパート群の隅に何か白く満開の木が見える。回ってみると、サクラである。ソメイヨシノではない。若干花びらが小ぶりで、先がとがっている。花も密集していて美しい。日本にもあるサクラであるが、名前を失念した。そんなことから、注意してみると、結構サクラの木が多い。一部開花している。サッカー場の周りは、来週には満開のサクラの花見が楽しめるだろう。こんなにサクラが植えられているとは驚きである。サクラは日本と言う嫌な思い出があるといっていた。特に、ここスウォン市は古い街で、保守的であると聞いていたのだが。

 ここ、ソウルに近いところでは、全ての花が春をまって一斉に開花する。花々の春は忙しい。緯度が同じ仙台に近い気候なのかもしれない。一人の花見で寂しいのだが、花を眺めていると何だか胸が躍る。ボケ爺の命の洗濯時期かもしれない。スケッチブックを開くほどの余裕は出てきていない。

<読書>

「花宵道中」宮木あや子 新潮社

恋しい人を胸に思い、他の男に抱かれるのが女、と、江戸吉原の世界を描いている。話はいささか単純である。愛の表現は女流作家でも、表現は男の目から描かれてしまうのはどうしてか?女からの愛の表現を期待しているのが。他の女流作家とも同じである。

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2008年4月 4日 (金)

景気の下振れ、政治不況?しかし!

 特に最近の日本の政治は混乱が増している。混乱のおかげで、結構、問題点がよく分かるようになったことは嬉しい事かもしれない。安倍政権時代は沢山の起案が通過したようだけれども、国民は全く知らない。これも困る。

 サブプライム問題から、経済は混迷している。「経団連会長の御手洗富士夫氏も、景気下振れの懸念は深刻であるという。」この混迷は「政治不況から来る。」と言う。近隣の国、韓国と、台湾では、大統領選挙が行われ、いずれも経済優先を約束した人が、支持されて当選している。一方、日本はどうか?この難局を乗り越えられるのか?

 ドルは下落の一方だけれど、ユーロは強く、安定している。これほどまでに、通貨が重要だとは思わなかった。日本の政治家に、経済通がいたら、とりわけ、首相が経済人であれば、円と、韓国のウォン、台湾の台湾ドルを、統一通貨と考えるであろう。円とウォンだけでも全世界の22%以上、3国では全世界の25%の重みがある。結構ドルに対し、ユーロに対し、対抗できるのではないでしょうか?と、考えるのはボケ爺だけだろうか。

 世界でも格差が最も少ないクラスの日本で、格差是正で悲鳴を上げているようでは、世界の経済を考えるところまで出来ないだろう。逆に、グローバル経済に飲み込まれてしまうだろう。朝鮮動乱の時と同じように、日本はずるく漁夫の利を狙うしか脳がないのかもしれない。ならば、格差のある国に対して、日本の富裕層の何十倍もの富裕層を狙った商品販売で、漁夫の利を狙うよりないであろう。これなら、政治不在でもやっていける。

 オマーンにメロン、タイにカツオ、台湾にリンゴ、ナシ、ブドウ、カナダに温州ミカン、アメリカにホタテ貝、と輸出が好調である。さらに、中国、韓国がある。もっともっと狙えるよ!米、ミカン、メロン、サクランボ、甲州ワイン、などなど。

 さらには、日本の現代アートに熱い目が注がれているらしい。海外からの買い付けが殺到しているという。一品1000万円など飛ぶように売れるようである。

 ボケ爺も富裕層向けの絵画、現代アートを目指そう。今からでも遅くない、なんて夢を見ている。幸せなボケ方である。しかし、ボケた頭では限界だ。年貢の納め時がきた。

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2008年4月 3日 (木)

ゲーム理論?

 ガソリン税が時間切れで、下がった。テレビは連日、ガソリン供給と価格の報道を繰り返していた。時間切れで、税金が下がるのは、今後面白い事象として政治を考えたい。

 もし、ボケ爺が、ガソリンスタンドを経営していたら、どんな対応をしていただろうか?まさしく、ゲーム理論である。それも複雑な理論となろう。先ずは、ガソリンスタンドの客引き、つまり、価格を下げると顧客は確実に増える。しかし、2点の矛盾がある。1点は、在庫量との関係である。大きな店舗では、20円下げると、在庫だけで、200万円の損失が出るという。これは大きい。2点目は、下げすぎて、顧客が来すぎると、すぐにガソリンが枯渇する。つまり供給が間に合わない。価格の設定はそれ以外に、他の店との競争がある。この3点のバランスをどのように取るか?難しい。まさにゲームである。

 その結果、初日に60%近くが値下げ、20~24円が最も多くて、58%であった。事前の調査では、21%が値下げに踏み切ると31日時点での決断であった。柔軟にが、52%であったので、ガンコな店を除いて、ほぼ、全店が値下げに踏み切ったことになる。さて、収支はどうなったのか心配である。儲けたのか、損をしたのか?

 ボケ爺は、率先して値下げをして、在庫不足で、機会損を出して、きっと大損をしていたでしょうと苦笑い。または、値下げしないで、小損か? 

 ボケ爺の現実のビジネスにもこんなことがひっきりなしに起こる。特にコマーシャル分野では、他社の新製品投入時期と、価格動向、在庫処理、それに、初期投入量、のパラメータでゲームを楽しんでいる。否苦しんでいる。大きな声で言えないのだが、理論なんてきれいごとではなく神頼みなのですよ!ですから何時も手を合わせています。

 イヤハヤ、恥ずかしい限りで。

<読書>

「日月めぐる」諸田玲子 講談社

久しぶりの新作である。滝つぼの蒼に見せられた男女の生き方、が、すばらしく描かれている。何時も期待できる作家である。

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2008年4月 1日 (火)

四月バカの日

 今日は何を言っても良い日とか、だからといっても、悪口は許されないだろう。ウエットに富んだジョークでありたい。思い切り大きな夢を語りたい。それが嘘だと分かっていても。そんな日なのだ。

 イノベーションを生む創造性を画きたてる道具が生まれるといいな!と思う。仮想空間をウエブ遊べるといいのだが。囲碁とか将棋とか、はすでに、偶然の出会いの人と、勝負をして楽しんである。勝負と言う創造性を養っている。製品開発でもそんな遊びはないものか?リナックスのようなOSもその一つである。誰かが、何処かの仮想空間に「噂」を投げ出すと、皆寄ってたかって、いじくり回す。その時のひらめきで、創造する。勝負は本番の商品化で競う。

 アマゾンドットコムなど、使いにくい。本屋の検索エンジンも使いにくい。正確な表題を入れなくては、検索してくれない。ボケ爺など、作家は忘れるは、出版社も忘れ、表題などさらに思い出せない。しかし欲しい本なのだ。隣の人に、「アノー、こんなような本がありましたよね、なんでしたか?」とネット上で、隣の人と話がしたい。Googleは多少、出来る「ひょっとしたら」と答えてくれるが、ボケ爺にはまだ機能が足らない。ネット上の隣の人と仲良くなれるが出来るかな?ボケが隣の人になったら、ボケとボケの会話で、答えが出るとも思えないが、飽きる事はないだろう。

 大きな夢はボケ爺には必要ない。宇宙ステーションの成功で宇宙が賑わっている。野菜を植えればモヤシばかりになるだろう。レーザーでエネルギーを送ると、クリーンエネルギーだというが、変換ロスで、地球はヒートアップ。ボケ爺は、ミクロの世界に憧れる。寄生できるからだ。死ぬまで遊べる。死んでも処分する必要ない。他人事で済む、と考えられる。アインスタインの法則からすれば、宇宙では歳が伸びる、ミクロでは、歳の取り方が早い。ミクロになった途端にボケ爺はすでに死んでしまっているのだ。それはそれでいいではないか。蚤の金玉でも探すかな?これ以上の繁殖は必要ないが。

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