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2008年3月16日 (日)

私の知らない漱石

 カラマーゾフの兄弟、ドストエフスキー作の新訳が評判で、ベストセラーになるという。文学愛好家には正当な読者に感激をするであろう。また海外からは、村上春樹が人気で多くの翻訳が発売されていると言う。夏目漱石の翻訳は少なくて、海外ではほぼ無名だと言う。ボケ爺は、漱石のファンであるが、良い読者ではないであろう。もっと繰り返し読まなければならないし、もっと深く解釈をしなければならないのだろう。

 一方、森鴎外は、自己主張の私小説者だと断定する。自己主張の小説や、不満を小説にして、鬱憤を晴らしていた人と思える、特に後半の時代小説が特に鼻に付く。

 「三四郎」では、冒頭の上京シーンがいい。ボケ爺の上京と重なるところがある。ボケ爺の親父が言った、「お前には何もしてやれない、やれなかった」と繰り返していた。三四郎もその意味で、多少、田舎では父親の恩恵を受けて育てられたが、東京では、全く通じない、孤独で、東京には、もう一つ馴染めないまま、複雑な社会に巻き込まれていく。ボケ爺は、三四郎から、やっと親父の意味が理解できた。

 「坊ちゃん」からは、偏屈な人の生き方が、社会の体制の中で生きていくことの窮屈さが、ボケ爺の偏屈と重なり、慰められた。勝ち組、負け組みと言う先読みも、さすがである。負け組みのボケ爺には、痛いほど良く理解できる。

 イギリスでの生活は苦痛で、それを逃れたから、より日本的な文学が生まれた、との多くの学説に、ボケ爺は何時も疑問を抱いていた。

 「世界のスパースター夏目漱石」ダミアン・フラナガン 講談社インターナショナルから発売された夏目漱石論は、一風代わっている。が、ボケ爺の疑問に真っ向から答えてくれている。彼は、漱石がシェイクスピアと並ぶ、2大世界文豪だと言う。嬉しいではないか。人間は多様であり、生活で抱える悩みの表現力は、世界ひろしと言えど、シェイクスピアと、漱石以外無い、と闊歩する。

 ニーチェは多くの漱石作品に影響を与えていると言う、取分け「門」に。シェイクスピアも影響を与えたのではないか、「虞美人草」などの仕立にも及んでいると言う。

 「坊ちゃん」は「ドン・キホーテ」に匹敵すると言う。「野分」や「こころ」は「ベニスの商人」と対比できると言う。

 日本人の漱石研究は、「箸の上げ下げ」しか、出てこない。ボケ爺は外国人による漱石研究に期待する。漱石の発想はイギリスから見た日本、日本人と、海外文学の読み込みから想像で成り立っていると思っている。

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