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2007年12月31日 (月)

大晦日、一年間の忘却は?

 いよいよ年越しまで5時間になった。日本では忘年と言う。隣の韓国では、送年と言う。欧米は、迎年であり、反省はないようだ。すべてが良き事としてのみ込んでしまうらしい。日本はいつも反省ばかりしているようだ。108個をも煩悩を反省しなければならない。余りの多さに、途中で疲れてしまって、いい加減になってしまう。理念と現実は、益々、かけ離れていってしまっている。

 日本の今年の特徴は「偽り」である。まさしく、偽造で覆いつくされて、疑わないと、自分の存在を認識できない時代となったようである。犯罪も、幼稚で単純で、自己主張がどこにあるのか解らない、つまり「切れてしまった」、のである。

 ボケ爺として、この一年は、アット過ぎてしまってよく覚えていない事が、真実である。そんな中、反省は、専門書の読書が減ってしまった事である。その分成長は止まってしまった。絵を描いたり、版画をやりたい、と思ったり、陶芸の専門学校へ行こうと、準備はしたが、勇気がなく止めてしまった。とにかく、何も出来なかったと言う事だ。

 残念なこともあった。城山三郎、小田実の両氏の訃報に出会った事である。城山は、経済界、官僚界のない分を赤裸々に描ききって、日本の将来を憂いた人であった。一方、小田は学生運動時代に、アングラで何度もこれからの教育は、日本の将来は、を議論した事を思い出す。真剣な人たちであった。

 阿久悠の訃報も、ショックを受けた。あれだけの時代を歌い上げた想像力を知りたかったし、毎日、必ず日記をつける真似をしてみたかった。大学ノートに2ページから4ページは書き込む精神力をもらいたかった。

 ボケ爺のこの一年は「怠け」という言葉で締めくくる事にする。

<読書>

「青空の街」池波正太郎 集英社文庫

最後は泣いてしまった。池波の現在版の作品である。経済発展中の青年の生き方の悩みをうまく描いている。職業には貴賎がない。日本には職人が最も重要な職業ではないか?今で言う日本は「モノづくり」で生きる事が最も得意なのではないか?を昭和55年代にいいキルのはすごい。

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2007年12月28日 (金)

仕事納め

 1年が過ぎようとしている。今年の仕事の反省をしなければならないが、仕事は延々と続く。年越しの関係ない人生であった。しかし今年は、技術の仕事に戻って、大いに、技術とは、を考えてきた。ボケ爺なりに言うと、技術は一種の手段であり、目的は世の中の変革を提案し、喜びを与えることである。だから技術は何時も完成を見ない。中途半端で終わる。技術は永遠に続く、だから仕事があるとも言える。

 後半になって、過去に開発してそれなりに、デッチ上げして、商品にした技術をもう一度見直しをしてみた。いろいろ取りこぼしていて、追試をしてみる必要がある技術が沢山見つかってきた。が時間切れとなってしまった。そんなことが分かった途端に、仕事の中身が変わることとなってしまった。

 どのように継承するかが課題である。それはそれとして、新たな仕事にもチャレンジする。今度の課題は難しい。が、遣り甲斐がある。何時もチャレンジできることは、幸いである。ボケてしまったボケ爺に、本当に何が出来るのだろうか、も考えてきた年でもある。ボケ爺の話は通じないようである。理解するとは(分かったということは)と言う「本」も出版されていた。相互理解の難しさも改まって思い知った年でもあった。

 中途採用で、かつ、個性ある人材を求めながら、個性をまとめることはさらに難しい。そんな経験もした年であった。何もかもが、今までに無い経験を積んだ年が暮れようとしている。

 さて来年は、どんな仕事が出来るか不安でもあるが喜びでもある。初心に帰って、何時もチャレンジしていきたい。土曜日も出勤の皆勤であり、健康に恵まれたことは感謝しなければならないだろう。

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2007年12月26日 (水)

サケ派?ブリ派?

 正月が近い。正月の魚では、なんと言っても鯛、鯛はお膳の上に乗ってはいたが、おせち料理のお重には、我が家はブリであった。田舎での正月では、鯛がいろいろ遍歴をした。大きな鯛を一匹親父のお膳に乗っていた時代から、小降りになって、親父と長男の時代から、お菓子の鯛が全員の時代、さらには、さらに小さな鯛、手のひらサイズの鯛が全員のお膳に乗るようになっていた。それからは兄妹がばらばらになって、お膳は無くなって、お重だけに時代であったと思う。その中には、ブリが入っていた。ブリの焼き当番をボケ爺が小学生時代から長年押し付けられていた、思い出がある。

 東京に出てきてからは、友達の家から、サケを歳暮としていただくようになって、15年前ごろまで、サケ派であった。友達が脳梗塞をわずらって、奥様が看病疲れで亡くなられてから、ブリ派に戻ってしまった。

 今でも正月は、焼きブリを頂きながら、その友人を思い出し、サケの味も正月には贅沢であったと、思い出している。友人は今も存命しており、不自由な体のリハビリを続けている。人生の半分を半身不随、言語障害で、親父の築いた企業を失う羽目となってなんとも痛ましい。毎年、正月には、友人のお父様の豪快な器をも思い出させてくれる。また、サケ派に戻ってみようかとも考える。

 ブリは出世魚で、名前が成長に応じて変わる。若い時は脂身が少なくあっさりとしている。成長すると、特に冬場になると脂が乗り、実に美味しい。人間で言えば円熟味を増した、とでも言うのかもしれない。ボケ爺も円熟味を賞味していただかなくてはならない歳ごろなのだが、体にはたっぷりと内臓脂肪と皮下脂肪の脂はのっても、円熟味には程遠い。

 まだまだ冬の荒海の厳しさの修行が足りないのだろう。

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2007年12月25日 (火)

田舎の時間

 東京から見る冬の夕焼けは、独特のような気がする。冨士の山のシルエットがあり、霞のような雲が赤く染まる。それによって、高層ビルが赤く変化する。川面は白く光っている。なんとなく物悲しい。特にこの冬は寂しく見える。

 久しぶりに、田舎に帰って91歳を超えた母親に会ってきた。耳が遠くなって不自由だけれど、健康指数は概ねいいということである。田舎に帰るまでが億劫である。田舎時間に付いていけないからである。それでも便利になったと思うのだが。電車も15分に一本しか通っていない。無人駅がほとんどである。待つと言う感覚が違ってしまっている。過ってこの地帯は、八幡製鉄所、今の新日鉄広畑工場の付近である。化学工場も多く、活気に満ちていたが、今は近代化された工場で働く人も少なくなっているらしい。人通りはひっそりと寂しげである。

 親父が没してから、10年は経つ。お袋はそのあと「直ぐに死ぬ」、と言っていたが、元気になってきている。1年半ほど前に、一人暮らし(本人の希望)の寂しさからか、ご飯を無茶な食べ方をして、のどに詰まらせて、1日半ほど意識不明になったが、三途の川を渡りきれず生還してきた。元々生命力があるらしい。子供たちの名前も思い出せないほどの記憶喪失をわずらった。記憶はしばらく回復しなかったようだが、今では、全く元に戻っている。ボケ爺の兄妹は辱めながら、5人も居て、多い。造反の次男のボケ爺だけが、東京に住んでいる。

その実家も、長男があとを継ぐことで、建て替え中である。代々の家の木材を使って、作り変えているから時間が掛かっているらしく、お袋は、その間帰れなく、今は施設で暮らしている。哀れでもあり、長生きの秘訣でもあるかと思う。

長生きの秘訣と言ったら、田舎時間と、耳が不中になることである。悪口が聞こえない分、諦めがつく。しかし、猜疑心も強くなってしまう欠点はある。会話が無くとも笑っていれば良い。子供たちも親に文句を言えない分、気が楽である。何はともあれ、長生きして欲しい。

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2007年12月19日 (水)

今日は休日です。

 ここ韓国は、大統領選挙の日(一般に選挙日)は、平日に行われ、休日となる。選挙日にとっていいのか悪いのか、冬晴れ(こんな言葉は在ったのか?)である。携帯電話の目覚ましが騒いでいたが無視をして1時間ほど後に起きた。ホテルの窓を開けると、まさにご来光が始まった時であった。真っ赤な太陽が昇り始めていた。

 TVはにぎやかに、選挙番組を組んでいる。残念ながら内容は分からない。昼ごろ少しは暖かくなったであろうと思い、散歩に出かけた。薄着のジャケットではさすがに寒い。ホテルの近くに、東国(ドングク)大学がある。その横道に、南山へ登る道があるらしい、と聞いていたので、そこから登る決断をした。延々と階段が続く。しばらく平坦な道があって「ホット」する。すでに全身は汗で一杯である。

平坦な道の傍の崖に弓道があった。アーチェリークラブとなっていたので、洋式化と思いきや、韓国式であった。的は何処にあるのか探すと、谷間の先、約150mはあろうか。一人が練習を始めた。普通の様式ユニホームである。日本の弓の半分ぐらいの長さである。それで、的までの距離は、日本の弓道の3倍から5倍はあろうか。「習射無言」と言う石碑が、その精神を表している。

 登る途中には、ストレッチ場が何箇所か用意されている。所々に、雪の残りが凍て付いている。息も白くなる。やっと頂上である。高尾山を下から登る程度である。南山には、これで二度目である。前回は北口のロープウエイを利用した。頂上は、その時(約1年半前)と比べて整備されており、一面、コンクリートブロックになっていた。ソールの街並から、それを囲む北の山々がくっきりと、南には悠々と何事も包み流れる水豊かな韓江が美しい。

 韓国は登山が盛んである。親子連れが多い。家族で楽しく話し合っている姿は、羨ましい光景である。年寄り、その集団、カップルも結構多い、手を結んで励ましあっている。頂上の垣根には沢山の鍵が結ばれている。カップルが恋の実りを願ってのなじまいのようである。大きなものは、1kgほどある鍵である。大きい方が、ご利益があるのか。おみくじをカップルで結ぶのと同じようである。

<読者>

「其の一日」諸田玲子 講談社文庫

一日の物語を描いた、四篇の短編集である。こんなに長い一日が、世の中にはあるのだと思う。一日の長さは、何時も違うものだと考えさせられる。巧い、と言うより無い。ボケ爺もそんな時があったかもしれない、と思い過去に思いを馳せた。

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2007年12月17日 (月)

日本は面白くない国か?

 散歩道の森のテラスの家は、すっかり明るくなっていた。ブナ、楢などの葉っぱがほとんど落ちて、太陽がサンサンと降り注いでいる。小春日和、と言ってもまさかテラスで過ごせるほどの暖かさではない。ウッドデッキの中央に、水道蛇口と、テーブルが組み込まれていた。小鳥の餌置き場と水浴び場が新設されたのである。ボケ爺が見た時には小鳥は集まってはいなかった。小さな家でも、変化を求めて、改造をここ見る努力に感心する。

 散歩しながら、何故、日曜日に散歩が楽しめるようになったのか、顧みていると、あることに気が付いた。外国からの友人がめっきり減ったからである。来日する観光客も、韓国、中国系を除けば、下降している、と言う記事があったことを思い出した。その意味は日本に魅力がなくなった、ということであろう。

 日本から海外は、景気の回復基調にあって、増えていると言う。たまたま来日した友人に、次は何時の予定か?と聞いても、明確な返事が返ってこなくなってきた。少なくとも製造業においては、日本はもはや魅力的な国ではないと言うことのようだ。金融、損保、流通などは知らない。

日経新聞によれば、投資家からは魅力が無い、と言われていて、日本は投資魅力から消えかかっているらしい。それは、世界経済がダイナミックな展開を示しているが、日本から世界に向けて発信すべきメッセージが途絶えている、と、解析されていた。海外からは「変化を拒み、世界の潮流から取り残された国」と映っている、と言う。

 ボケ爺の思うには、この解消には、個別企業の努力に負うより仕方ないのではないだろうか?

<読書>

「恋愛小説を愉しむ」木原武一 PHP新書

全ての小説を読むことは、ボケ爺には出来ないのでこのような、エッセンスをまとめてくれると、助かる。本来の読書法ではないが。恋愛の局面を分解して、まとめる努力は大変である。ボケ爺、この歳で、若かりし頃の青春を取り戻せたようで、愉しませてもらった。

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2007年12月15日 (土)

ストレスは解消できるのか?

 昨日の東京の朝は透き通りすぎて目に痛い。典型的な冬の朝である。まばゆい、を通り越している。遠くには冨士の山がくっきりと見える。あずさに乗り、松本に向かっている。茅野をすぎたことからは少し景色が変わってくる。家々の庭に植えてある柿の実のみが花のように、枝にしがみついている姿は、良く見かけるが、郷愁を誘いながら美しい。

 松本の朝は、小雪が舞っている。底冷えはしていない。北アルプスはすっぽりと雲に覆われて姿をうかがい知れない。早くもスキーの板を抱えている人々を見かける。

 最近は体調が悪いらしい。ボケ爺のバロメータは、歯茎の腫れで分かるようになっている。1日か2日で終わることが多いのだが、今回は1週間ほど続いている。歯茎が腫れるときに兆候がある。やたらに食べたくなり、食べてしまう。反省をするのだがその反省は役には立たない。ボケ爺は普段から大食いである。5Kgは減らしたいが、時々起きるストレス病のお蔭で、痩せることが出来ない。幸いにして、お酒を飲みたくなることは無い。酒に弱いせいだろう。

 今回は環境が変わったせいもあるのだろうが、ストレスは起きてしまう。起きてしまったストレスは食欲を満たせば早く直るのか?我慢すれば早く治るのか?食欲は如何ともしがたく、減食することは出来ない。気分転換は?野暮なボケ爺にはそんな良い方法を身につかない。ストレス解消法なるノウハウ本を読んでみて、実行できるものはほとんど無いのが実情である。それほどまでに、融通がないということか。

 ボケ爺は、ストレス病に掛かったら、これかも、良く食べて、良く寝ることに徹することにする。今更他の方法を探すほど先が長くはない。ボケ爺のストレス解消法は「食欲を満たすことである。」と宣言することにした。

<読書>

「生態系ってなに?」江崎保男 中公新書

エコシステムの仕組みをうまく説明されている。APTとしてエネルギーの蓄積を程よくして自然連鎖を保つことが必要であるが、自然連鎖もそう簡単ではなさそうです。複雑系である。陸と川と海も含めなくてはならない。ここでじっくり、環境を考え直す時でもある。

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2007年12月13日 (木)

いい人、わるい人?

 いい人、わるい人、は、目が開き、見えるようになった時から、認識が出来ると言う、研究結果があるようだ。この時は、いじめる人がわるい人と、認識するらしい。4歳児になれば、理由が言えるようになる、と言う。

 大人になって、いい人とは?わるい人とは?をハッキリした言語で表現できているのでしょうか、ボケ爺には、言い切れないことが沢山ある。人格失格者でも、好む事だってある。善人が全て、いい人、となるのだろうか?

 そもそも、いい人、とは?わるい人、とは、の定義が必要である、なんていう人は野暮な人、と言われそうである。そんな理屈を延々と繰り返すから、頭が固くなった、と言われるのかも知れない。結婚式などで、必ず発せられる質問に、「何処が良かったのですか?」「全てです!」となる。こんな寓問はユーモラスにもならない。

 と言う訳で、非言語コミュニケーションであるらしい。何事も、非言語が先に発達していることは確かである。その意味付けは、後付け的に行われるようである。すると屁理屈と、論理はどのように違うのであろうか?理論1%、屁理屈(非論理)99%が成り立つように思える。何事も(多くのこと)後付でつじつまを合わせている、ように思えてならない。「感情が先にあって、後付で意味付けして、自分で納得する」のが人間の行動パターンということになるが、これでいいのだろうか。

 飛躍すれば、だから人間は、NNの関係が作れるのかもしれない。ボケ爺の屁理屈はどうでもいいが、いい人とも、わるい人とも沢山の人と話し合える関係が出来ることは「いいこと」だ、と思っている。

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2007年12月12日 (水)

考え続ける持続力と、柔らかい思考力が?

 丸の内のイチョウ並木は見応えがあり、美しい街並を作っている。黄色く紅葉したイチョウは後期に差し掛かっており、やっと師走に間に合った、と言う感がある。なんと皇居のお堀は、カモで一杯かと思いきや、かもめで占拠されている。モダンな街灯にはかもめが5~8羽休んでおり、赤信号で停車中の車に、糞をかぶせている。

 「創造と変革を担う人材育成とは」と言う講演を聞く機会に恵まれて、久しぶりに、丸の内に出かけることが出来た。ソニーの中鉢良治社長の講演と言うことで、会場は一杯であった。初めて、直に、長時間の話を聞いた。いつもはインタビュー程度で、無口な堅物、と言う印象であった。しかし、この講演は過去の印象を払拭してしまった。

 明確で、具体的で、かつ、スジがぶれない。なるほど、これではソニーの回復成長は実であった、と確信をさせられた。そこには、ユーモアも忘れない。物性家であった自分を振り返り、物性の応用と、ソニーのためには、何をすべきか、を考え続けた、と。一介の物理家が社長を務めることが出来たのは、「学生時代(学部から博士後期までの)に基礎勉強をくどいほど幅広く勉強したせいだろう」「特に、学部4年生から博士後期の6年間、同じ先生の下で研究が続けられ、その恩師からの教え(学問と言うよりは、ことわざのようなもの)を素直に聞き入れていたからだろう」、と言われていた。その言葉の意味がやっと、マネージメントに携わるようになって、明確に分かり始めた、とも言われていた。

 ボケ爺の経験なりにまとめてみると、考え続ける持続力、継続力であり、何でも受け入れる柔軟な思考力が「創造力、と革新力」の源であると言うことになる。

<読書>

「犬吉」諸田玲子 文春文庫

綱吉の「生類憐みの令」から10年後ごろの江戸の犬の「御囲」の実態をモチーフに人間の生き様をテーマにしている。赤穂浪士の討ち入りの時期とも重ねている。人間とは、生きるためには何でもありなのだ、と思う。しかしそれでいいのかとも考えさせられる。

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2007年12月 9日 (日)

強くないと生きられないのか?

 経営界のトップは常に言う、「強くあれ!」と。何処の世界でもそうだと思う。「強い」、事の定義が必要だが、難しい。それも継続して強くあることはさらに難しい、と言われる。

 先日、日系ホーラム、世界経営者会議なる講演を聞く機会に恵まれた。当然、一貫して強調されることは、「イノベーションが命」である、と。しかし、そこには強いい市を持った経営論でなくてはならない、とも言っている。どうやら、イノベーションを持続することは、強い意思が無ければ成り立たない、と聞こえる。

 その強さは、何処から生まれるか?どうすれば育つのか?が課題となる。不況から立ち直る、事業分野を成長分野に変革する、新たな事業を立ち上げる、MAで事業拡大を図る、それぞれ経営の目標とするところが変わっても、共通する、経営理念があるように思えた。

 どの業界でも競争の中に居る、と言うことを忘れてはいけない、と、各先端企業の経営者は言っている、ようである。ひと時も、競争原理を忘れてはならない。競争原理とは、「勝つ」、という基本概念である。しからば自然に分かるであろうが、競業相手の動きを知る、という孫子に繋がる。競業相手の動きを良く勉強する、それだけでなく、その周りの経営環境も、良く勉強して、変化を読み取る、ことである。

 強いということは、一本の糸が、一本の生き方が、強いということではなく、2本が3本、と複数の網上げが必要だということである。「剛ではなく柔」であるという平凡な結論に達する。剛は簡単である。この道一筋の腕力があればいい。「柔」はそれだけだと柔らかい。負けを知った苦労した人にしか身につかない。いろんな考えを学んだ人にしか身につかない。素直に学習できる人にしか身につかない、とボケ爺は思う。

<読書>

「あくじゃれ」諸田玲子 文春文庫

真面目に、業務が出来る人が犯人を検挙できるわけではない。いろんな悪を経験した人が、本当の人の心が読めて、真実をつかむ能力がある、と、解く。それだけ忙しい。平凡だけれど真実であろう。時代小説に仕立てて、その苦労と事件とを結びつける妙味が愉快である。

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2007年12月 8日 (土)

海草に「脳」がある動物がいる?

 海草はCO2吸収で重要な役割があるという人がいる。海草とは全て植物かと思い込んでいた。

 どう見ても海草の姿である赤っぽい海草は、脳に当たる中枢神経節があり、身体を複雑に動かして移動も出来ると言う。「ニッポンウミシダ」と言う種類であるらしい。身体の一部が切れても再生する機能が極めて高い、人の組織が負傷後に再生する仕組みの解明する研究に大変重宝する、と言うことである。東大臨海研究所が世界で始めて、飼育に成功した。今では、アメリカを始めとして、提供を求められているようだ。

 先日、皮膚製造の研究が京大で成功した、と発表があったばかりである。何だか、動物の再生機能の謎が今にも出来上がったようで、ロボットではない人工人間の出現が始まりそうである。道のりは長いものの、可能性はかなり高いと期待できる。

 最後は、やはり、脳細胞であろう。しかし、近い未来に見つかりそうで、楽しみである。そうすれば、Siのコンピュータはどうなるのだろう。生物コンピュータはやはり計算、ロジックは苦手なのだろうか?曖昧を楽しむのだろうか?

 このボケ爺が再生されると、周りは迷惑である。改造して欲しいのだが、そんな都合の良いことが可能なら、世の中、どんな姿になるのだろうか?美男美女ばかり、年寄はいない?頭の出来は皆同じ?失敗もあるだろうから?やはり人の争い、国の争いは無くならない様な気がする。

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冷たい師走のイルミネーション

 師走に入り、家庭の庭木にイルミネーションを飾る家が多く見かけられる。街の中も、いたるところにイルミネーションで本が読めるほど明るい。ここソールも東京となんら変わらない。

 近年のイルミネーションはLEDライトが多く使われていて、青、白などの色が多用されている。この光に、本当に美しいと感激できるのだろうか。出回ったころは、ものめずらしさ、沢山のランプで一瞬驚きもしたし、色についても今までにない色だったので、感心した、思い出は残っている。ボケ爺は、どうしてもこの色が好きになれない。寒い夜に、さらに寒さをそそるようで、悲しくなってしまう。どうしても涙の光りのようで、失恋に似合う色合いである、と思う。

 このイルミネーションに騒ぐ人は冷たい心の持ち主かと思われてならない。ひねくれボケ爺の偏見である。格差が広がったという時期と同じように現れてきたLEDライトは電気の消費が少なくて済む、発熱が極度に少ない、など、省エネの次第に環境にはやさしい。格差には優しくはないと思う。

 冷たいと言えばここソールの朝は、薄らと雪が積もっている。雪の朝は少し暖かく感じられる。裸になった木々に施された雪化粧は墨絵のようで美しい。遠くの山々は雪降りで霞んでいる。それも神秘さを誘う。天気予報が当たらないと人々は騒いでいる。スーパーコンピュータは人の観を寄せ付けない。大局的な判断が苦手である。細かすぎるからである。人間関係、企業の経営なども同じことが言える。今日の時勢も同じことであると、トップ自らが細かいことに気配りをしなければならないから大きな飛躍がなくなってきている。

<読書>

「空つ風」諸田玲子 講談社文庫

痛快時代小説である。次郎長には大政小政がいる。小政の物語である。時代の変化についていけない小政の変人振りを、大変にうまく表現出来ている。我々も気をつけなくてはいけない、世の中は、状況は、変化している。その変化についていくことがいいことか、反発をすることがいいことか。

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2007年12月 2日 (日)

老犬チャーリーを思い出す

 当たり前に師走に入った。我が家の近辺もすっかり紅葉が進み、実篤公園は山茶花と山もみじとのバランスが美しい。我家にも山もみじがある。幸いにして太陽の光を通して見る紅葉は、絵の具では表せない神秘な紅色である。そこに、56羽の目白がやってきて騒いでいる。穏やかな小春日のいいひと時である。

 例の実篤公園から回って、森のテラスの階段を登っていると、前方に、ダックスフントのロングヘアーが引っ張られている。まだ小さい。森のテラスの前で動かない。これ以上登るのを嫌がっているようである。引っ張っているのは、小学生の高学年の女の子であった。云う事を聞かないようである。女の子は「?チャン、云う事を聞かなくちゃ、ダメだよ」と抱っこしてつれって行った。思わず老犬チャーリーを思い出した。

 犬は結構、飼い主の性格を読み取る能力がある、と思っていた。老犬チャーリーは、散歩に連れ出す人、餌をくれる人、頭をなでるだけの人、たまたまやってくる人、を結構うまく使い分けしていた。犬には犬の生活の知恵があり、「どう生きるか」を良く知っているのだろう。犬は、基本的には、何処の馬の骨か分からない人と、強制的に生活をさせられる。その中から、生きる道を探すのだろう。不満があっても訴えることなく、飼い主に合わせられる知恵がある。人間のギクシャクした社会よりも、よっぽどしっかりした人生観(犬生観か)を持っているようだ。そんな意味で、犬は人間よりも一枚上手である。

 気が付いたが、近頃、気が短くなったのか、何事も焦りがちであることに気が付いた。以前は迷いが出来ると、チャーリーの頭をなぜながら、独り言を聞かせていた。いや~な事があると、頭をたたき、八つ当たりをして気分を抑えさせてもらっていたのだ。

今になってみれば、人は犬の生き方をもっと学ばなければいけなかったのだ。一言もしゃべらなくても、目と耳と口と顔相と、それにシッポで、言葉以上の会話が出来ていたように思える。いまさら遅いのかもしれないが、人生観、どう生きるかと、性格を直すために、犬に教わるのが最もいいことだ、と、うたた寝をしながら夢を見た。チャーリー様、ありがとう!合唱。

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