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2007年5月28日 (月)

このごろ何だか変?疲れたかな?

 真夏のような日曜日、散歩に出かける。新鮮な景色が何だか遠いところにあるように思える。ついつい、チャーリーの散歩道をなぞってしまう。実篤公園の中道では、公園内の、何種類かの花菖蒲が満開を迎えている。花菖蒲ほど、色の彩が微妙で心に響くものはない、花びらの構造も絵心をそそるものを持っている。

 坂を上りきる前にある森のテラスのリビングからはピアノの演奏が聞こえてくる。沢山の人が集まっている。テラスでは、雑談にふけっている人達がいる。優雅なひと時を過ごしているようである。爽やかな夏の風がさらに優雅さを運ぶ。

 ふと、藤沢周平の時代小説しかかけない?に考え込む。「人は人である以上、人情も非人情も変わらないものがある。」「歴史を越えても変わらないのでは?」「だから時代の設定は昔に向かってしまう」と答えている。

 森鴎外研究者の吉野氏(名前は今失念している。サラリーマンで、鴎外研究家、評論家である。)の弁を借りると、「現状に言いたいことを、時代背景にして、鴎外は評論した。」官のトップであるから、いわば直接の評論を避けたわけである。

 ボケ爺は思うけれど、現在日本は、決して資本主義思想になりきってはいない。社旗保険庁問題、防衛権課題、格差社会課題、教育問題にしても、結果は自己責任ではなく、政府に、官庁に最後を依存している。「お上に解決してもらう」である。江戸時代の徳川三代目過ぎた中期から末期に至っても同じ考えであった。今の日本の社会構造はそこから大きくずれてはいない。お上に依存の考えは社会主義思想である。

 藤沢周平も、池波正太郎も、それが分かっているから、安心して、今に通じる思想を江戸時代を背景に人を社会を評論したのではないか?

 だから、ボケ爺は、藤沢周平と池波正太郎が好きである。

<読書>

「竹光始末」藤沢周平 新潮文庫

短編集である。竹光始末は田辺聖子が好きだと言うが、ボケ爺はこの中の「恐妻の剣」が見につまされる。ただし、妻を驚かせるほどの「剣」は持っていない、それがさらに悲しい。人生の哀歓、運命の転変、ユーモアもよい。

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2007年5月26日 (土)

母を思う

 今日は、昨日の30mmもの大雨から一転して朝から初夏の太陽に出会っている。歯の治療の予約時間まで、庭の草むしりをしようと急に思い立った。ふと、母から言われた言葉を思い出した。「勉強が出来ないのだから、草むしりをして、せめて、どれが草か分かるようになりなさい。」(「勉強が出来ない」は、微妙な言い回しである。バカだ、ともとれるし、サボっている、とも採れる。きっと、母は前者で使ったのであろう。)

  ボケ爺にも、母と父が居る。当たり前の法則である。どうして母が先か?当然、母の身体から出てきた尊敬の念からである。

 「東京タワー、オカンとボクと、時々オトン」が200万部も売れていると言う。平凡な題名に、興味は薄れていた。ボケ爺にもほぼ同じ体験を持つからである。その内、文庫本にでもなったら古本屋で買って読もうと思っている。

 ボケ爺は、「オカン」ではなく「オフクロ」である。「オフクロ」という言い方は、確実に子宮に抱かれているように思うから、しっくりとくる。当然、父のことは「オトン」ではなく「オヤジ」である。

 「オヤジ」とは後天的であり、意識しての付き合い方、であった。だから身に感じる疑問は、繰り返し質問した。「オヤジ」は自分の人生に照らし合わせ、遠慮しながら何とか、息子を阿世させようと焦っていた。「オヤジ」が死んだ時には「ありがとう」と言ったが、不思議と涙は出なかった。多くの会話で気心が痒いところまで届いていたからである。偉大さに尊敬して、後れをなしていたことも加わっている。合掌!

 「オフクロ」は先天的で、ずばり「本能」の何者でもない。話の筋は通らないし。言うことはハチャメチャである。「難しいことは言いっこなし」と、はねつけられる。随分と言いたい事を言う。極道息子(このボケ爺)に「必死」であったことには疑いは無い。「滑稽」と思えるほど、必死であった。まるで、自分の子宮が騒ぐような、子宮で話が通じるかのような、滑稽さがある。きっと、自分の股の間から生暖かく、すり抜けてでた感触は、忘れることが出来ず、まるで何をしても自分の手の平の中で踊っているように思っているらしい。だからかどうか分からないが、幼少の頃のボケ爺は「オフクロ」の袖を捕まえて放さなかった。「オフクロ」は直ぐに泣く。泣きながら訴える。これも体感の感触がもたらす結果からだろう。

 あの世に旅たつときはきっと、このボケ爺でも泣くであろう。(遅めの母の日に)

<読書>

「眉山」 さだまさし 幻冬舎文庫

母を思う。何人も涙無くして読むことは出来ない。さだまさし、とはこんな作品が書けるのだ!

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2007年5月25日 (金)

小雨にむせぶ鶴見川

 一転して雨である。小雨にむせぶ港横浜、と言いたいところが、オフィルは鶴見川の近くである。旧東海道にかかるモダンな橋は小雨にむせて、程よい霞で風情を感じる。晴れた時の無味乾燥した風景ではない。先日紹介した藤沢周平の「橋ものがたり」を思い出す。江戸時代の、暴れ川の鶴見川は、渡し舟であったので、橋が架かっていたわけではないであろうが。

 藤沢周平を思い出したついでに、藤沢作品を大まかに分析してみると、5個の分野に分類できる。① 史伝物(ビジネス本の経営者伝記のみではない)、② お家騒動(ビジネス小説の大半は、この派閥闘争)、③ 下級武士の恋愛、青春もの(高杉作品のような、若手ビジネスマンの情熱もの)、④ 職人、商人の人間社会、⑤ 市井の人情もの、となろう。藤沢周平の魅力は、当然と言えば当然であるが、現在社会の出来事を、時代背景を江戸時代中期以降に設定して、直接の現在批判を避けていることにある。経営者が好む作家、上昇志向の強い人達の好む作家の司馬遼太郎の英雄物語とはかなり違っている。ボケ爺は、周平が好きである。

 「野望たるを 忘れて悲し ボケ爺」は、お粗末。

 今日のように、小雨降る日は、職人、商人の人間物語、あるいは市井の人情ものを読むと、楽しくて、理解も増すであろう。

<読書>

「風の果てに、上、下」藤沢周平 文集文庫

これは、お家騒動、出世過程のいざこざ、上に立つリーダたる者の心得はこうあるべきであると、現在批判の代表的な、課題作である。エリート(キャリア)とノンキャリアとの戦いでもある。自分の企業生活と照らし合わせ、考えさせられる。サラリーマンは必読であろう。

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2007年5月24日 (木)

面白い現象(深層心理)

 軽自動車のスピード狂、大型トラックのスピード狂の現象に驚いたことは、以前に言及した。

ボケ爺にとってはさらに面白い現象に気がついた。高速道路の車線のことである。今のところ、第三京浜、首都高しか良く知らないが、第三京浜では、3車線である。多くの車は追い越し車線を通行している。最も多い(約50%)のが、中央車線である。次が追い越し車線で、35%ぐらいでしょう。普通走行車線(最も左端)はなんと15%ぐらいしか走行していない。ボケ爺の利用の、朝早く(6時半から7時半ごろ)と、夜遅く(8時ごろから9時半ごろ)の比較的すいている時の状況である。

 首都高は二車線で、追い越し車線が、65%ぐらい、通常走行線で35%ぐらいとなる。これも比較的すいている時の状況である。渋滞状況の現象は省きます。

 と、言うことは、皆が、中流以上であると、強く意識をしているのではないか?それに上昇志向がかなり強い、負けず嫌い、せっかち、などの意識、無意識現象の表れではないかと思う。さらに通常の走行車線を走るのは、負けに犬(下流)と思っているのではないでしょうか?そんな深層心理は面白い。

 現在の社会現象の分析で、格差、下流意思が強くなっている、希望を捨てる人が多い、などなど、盛んに議論されているが、少なくとも、自動車を運転している人達には、こんな議論が通じないことは明らかである。

 時差調整ができなくなってから、4夜が過ぎている。2~3時間寝ると目が覚めて、それから眠れない。そのおかげで、本が読める。果たして頭に残るのか?

<読書>

「刺客商売二」「刺客商売五」池波正太郎 新潮文庫

眠れない夜にはこんな痛快本が良い。しかし、事件の中身の物語は意味が深い。人間性の幅も広い。発想力が学べる。「三冬の乳房」の軽いタッチのロマンがあり、「妖怪・小雨坊」のように、死後と現実の怨念と執念の生き様を描いたり、善悪丁半の単純な物語を描いたり、で、奥が深い。

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2007年5月22日 (火)

時差調整に失敗

 日曜月曜と、そして今日も天気が良く、初夏と言う言葉がぴったりだ。ボケ爺は時差調整に失敗してしまった。この二日間、夜は全く眠れない、初めてのことである。

 ボケ爺の場合、西に向かって(すなわち、自転方向)旅をする場合、ひたすら眠ることによって、時差解消を図ってきた。その一方、自転に逆らう、東に向かう場合、太陽光、明るく光を浴びて、夜遅くまで粘って起きておく、事が時差解消であった。

 今回は、西を向いて返ってきたので、ひたすら眠ることで解消すべきだったのだけれど、日曜日が朝からの快晴に、ツイツイ浮かれて、普段したことも無い、庭の草むしりをしたり、運動解消と、散歩に出かけたりして、一日中起きていてしまっていた。夜9時には居眠りをしてしまって、気が付けば12時近かった。それからまるで眠れない。朝まで、読書となってしまった。すると、昨日も同じ事となってしまった。これでは、一週間持たない、どうしよう。

 医学的(?)に時差解消には光のサイクルが関係していると言う説が多い。しかし、これは正しいのかどうか解らない。ボケ爺の経験では、ここで述べたように、地球自転方向説(ボケ爺が銘々)ともう一つは、食事タイミング説(これもボケ爺説)がある。食事を取るタイミングで、体内時計が決まるのではないか?時差ぼけを生まないためには、食事は、腹八分目ではなく、三分目、回数を、5回から6回に増やしながら、体内時計を誤魔化して、調整することも効き目がある。お試しあれ!

ちなみに、今回は、帰国と同時に、腹一杯を続けてしまった。疲れがたまって自制が効かなかった。その結果がこのザマである。ボケ爺は食い物に品がない!

<読書>

「わたしの普段着」吉村昭 新潮社

おかげで、大作を読み終えることができた。大作と言っても、硬い随筆集である。吉村作品のヒントが散りばめられているし、育った環境、身内を思う気持ちなど、人物が浮き彫りにされている。さらに病弱でも立派に生きていく方法はある。その分奥が深い。

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2007年5月18日 (金)

後悔は解っている。

 ボケ爺は後悔を繰り返す。海外出張を決めた時は、少し高揚して、期待が大きく、張り切る。しかし、現地に着くと直ぐに後悔をする。その理由は、一週間前から資料つくり、と、出張日程を決定しアポイント、アジェンダなどの確認、と、居ない間の手配、これですでに限界の疲れになっている。現地に付くと時差で悩まされる。その上、何か必ずアクシデントがある。インターネットがある。接続に苦戦することが多い。メールのチャックをする。返事を書く。重いファイルなどがあると、とんでもなく時間がかかる。寝る時間は平均3時間ほどになってしまう。帰国すると休む暇も無い。一週間は出張中の処理と仕事の処理に追われる。

 それに、語学力の無さが惨めである。勉強不足を後悔をする。しかし、後悔をしても、改善する学習能力にボケ爺は欠けているから始末が悪い。海外出張はこりごりである、と何時も思っている。

 今回、こんな質問を受けた。「日本人は、なぜ、公共の前で、堂々と居眠りをするのか?」特に彼らが気にするのが、会議中に平気で居眠り(今回はしていない)をすること、一緒に移動中、何処(車の中で眠ってしまった)でも眠ってしまう。「時差があることは分かる」が、とても不思議な現象らしい。必ずしも、海外に出張した時に限らない。日本中でいつでも、何処でも居眠りをしている。ボケ爺も偉そうなことはいえない。よく居眠りをする。海外の人達と、最も違う点だと確信している。海外から日本に来て居眠りをしている人にはお目にかかったことが無い。神に対する侮辱である、と我慢をしていると言う。

 「大丈夫ですか」と、気に掛けてくれる。なんとも返事に困ってしまうが、「なんとも無いよ」と答えるしかない。この質問の中身はかなり辛らつな意味を含んでいる。ボケ爺を初め、皆様も気を付けてください。海外の人からすると、「社会的義務から逃れている」、と捉えられているようだ。恐ろしい判断である。この居眠りも後悔の材料である。

 さて、今回の出張も無事(?)に終わりそうである。朝の5時で、真っ暗である。さて、シャトルバスに乗り込む。

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フィアフィールド市、ニュージャージ州にて

 コネチカットでは、古いビジネスでの友人に会うことができた。何度も握手をして再会を喜び合った。4時ごろには夕立になると言う。ジョージワシントン橋を渡って、ニューヨーク州からニュージャージ州に入った。何だか西空が暗くなってきた。車は西に向かっている。時刻は正確に4時を示している。激しい夕立が襲ってきた。フロントに叩きつける雨はワイパーも役に立たない。車は速度を落とす。たちまち渋滞である。何本もの稲妻が通り過ぎていく。アメリカはダイナミックである。今朝は雲ひとつ無かった。

 そんな中、電話会議をするという。携帯で電話会議である。携帯はスピーカ機能がある。電話会議センターに繋ぐと、予約している人達に繋いでくれる。アリゾナと、サンノゼとに繋がる。叩きつける雨と、携帯の音声の悪さで、全く聞き取れない。現地人はしっかり話ができている。当たり前だけれど聞き返すことも無い。質問されても理解できないのだから答えようが無い。現地人が補ってくれる。ボケ爺は惨めなものである。

 3州をまたいで来た。それぞれの州の特長があって、少しばかり違っている。それだけ、分権が行き届いていることになる。日本も、都道府県にもっと自治をゆだねるべきだと思う。分散組織のマネージメントには日本人は全く弱い。センター集中型組織でなくては我慢ができないのか?権力欲望が強い民族かもしれない。

 時差ボケが今頃に始まったのか、4時に目が覚めた。さすがに散歩には出かけられない。昨夜と違って、晴れている。6時を待って、出かけたのだが、このホテルは街道沿いにあって、まずまずのホテルであり、会議室も充実しているが、所詮はモーテルである。インターネットはHiWiUSA,EUは無線が発達している)しかない。メールのチェックができない。このBlogも書き込めない。残念だ。

アメリカの朝は早い、自動車の音がうるさくて、また、散歩道も無い。こんなところで変な道を歩くとフリーズと言われ、ズドンと打たれそうだ。早々に切り上げてきた。プールもあるのでそれで補いたいが、その用意はしてきていない。今日一日で仕事は終わりだ。ボケ爺は疲れたわい!

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2007年5月16日 (水)

トランブル市、コネチカット州にて

 昨日は最悪であった。3人が、別々のフライトで集まるのだから、決めた時間などあったものではない。ボケ爺のフライトは定刻通り、だが、連絡していたターミナルは、違っていた。連絡を受けていた携帯電話番号は、「現在使われていません」と何度も、むなしく答えてくれるだけである。かばんの中をごそごそ探すと、名刺が出てきた。なんでも入れておくものだ。やっと繋がると、30分遅れであった。もう一人は、一時間半後のフライトだとの事で、近くのホテルでお茶をする事にした(使いたくない言葉だが)。

すると、シカゴ発が遅れているとのメッセージが入る。早々に、彼はPCを取り出し、フライト状況を調べる。フライトナンバーを打ち込むと、今何処にいることが分かる。飛行機は真っ直ぐに飛んでいるわけではない、天候も表示されており天候の悪いところを避けながら巡航している様子がよく分かる。着陸前の時間調整で旋回している状況まで克明に示される。ラガーディア空港をクリックすると、全フライトの到着、離陸状況がつぶさに分かる。1時間半遅れなので、待つことにした。結果、ラガーディア空港(ユーヨーク)を8時の出発になってしまった。

目的地は、ルート95のコネチカット州(ニューヨーク州の隣の東北方向)のトランブル市である。約100kmのドライブとなった。途中、お腹がすいて運転できない、ということで、高速を下りたが、レストランが見つからない。仕方がないと、ピザ屋に入り、ピザにむさぼりついた。さらに道にも迷い、ホテルに着いたのは12時であった。

その分、今日の朝は、雲ひとつ無く、アメリカの朝日を拝むことが出来た。ホテルはうっそうとした森の中にあって、新緑に蒸せっている。ホテルの周りを散歩すると、「サクラの道」と書かれた道があって、八重桜が20本ほど並んでいる。8割ほど散ってしまっていたが道は花びらの絨毯である。その脇にはつつじが満開を迎えている。ボタンも沢山植えてあるがつぼみはまだ固い。アヒルが芝生の上を歩いているから近くに池があるはずだと探す。小鳥の鳴声が騒がしい。目の前に、いろんな小鳥が飛来してくる。美しい色をしたもの、平凡な色のもの、どの国でも鳴声は反比例しているようだ。ボケ爺も、こんな田舎で、広大な森に囲まれて住んでみたい。

<読書>

「橋ものがたり」藤沢周平 新潮文庫

人、10十色とはよく言ったものである。人一人ひとりの人生があり、それぞれが重きを背負っている。いろんな人生だから物語ができる。歳を取るとそんなことに感激する。発想の豊かさにも驚いている。

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2007年5月15日 (火)

ボストンにて

 久しぶりのボストンである。ボケ爺の海外出張はボストンから始まった。懐かしい町である。落ち着いた、ヨーロッパ風の多くを残していて、良き街であり、好きな街でもある。

 着陸近くは、7時ごろの夕方である。太陽はまだ地平線に落ちていない。静かな海が夕日に反射してまぶしい。海岸沿いにある海抜ゼロメータ付近の家々が森に囲まれて、豊かさを感じさせる。夕日が当たり赤く染められた緑の調和がなんとも美しい。ため池や、曲がりくねった川からの夕日の反射で森が一層、奥深く見える。

 ローガン空港は夕方のラッシュで10機ほどが滑走路で離陸の順番待ちをしている。ボケ爺の記憶では朝のラッシュ時には20機ほどが優に並び、エルロンから出ても30分以上は待たされる情景が目見浮かび、変わっていない風景が懐かしい。

 トンネルを抜けると、ストロードライブ通りに入った。チャールズ川沿いを走る。その川沿いの木々はまさに芽を吹きだした憂い憂いさ、に満ちている。ジョギングやバイクで一汗流している人達が多い。まだヨットもセーリングしている。

 花水木も満開である。フランクフルトでは散ってしまっていたが、マロニエの花も満開である。多くのレストランが路上までテーブルを出して、客を待つ準備を、整え終わったところのようである。ビジネスや、恋人たちの夜の華やかな食事が想像される。

 ホテルから眺める、ケンブリッジにはMITがその向こうにはハーバードが悠然と鎮座している。依然訪れたキャンパスを思い出してみる。ボストンコモンは残念ながら、良く見えない。早朝に散歩してみよう。

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2007年5月14日 (月)

フランクフルトにて

フランクフルトに着いた。11時間と40分の空の旅である。一泊なので、通常ならエアポートホテルにするのだが、到着が日曜日、430分ということと、訪問先の関係でダウンタウンに泊まることにした。フランクフルトで泊まるのは始めてである。着陸前、空から眺める田舎の風景は、3月に見た光景とは全く変わっており、緑で一面覆われている。作付けが始まっている。森もうっそうと茂っている。河は相変わらず、蛇のようにくねりにくねって(曲がりに曲がって)船が行き来している。未だに河の交通手段を大切にしている。泊まったホテルの前がその河である。

空港からは、タクシーだと25ユーロはかかるというので、思い切って電車にした。切符の買い方で、一つ電車をやり過ごしてしまった。快適な電車であったが15分ほどで付いてしまった(羽田より近い)。空港を出るといきなり森である。白樺と松林を主として瑞々しい。改札口は無い。結果は切符が無くても乗ることは出来る。良心に照らし合わせて乗れ!ということらしい。

電車の発着のメイン駅はプラットホームが30ほどある大きな駅である。長距離の高速列車もホームに並んでいる。しかし、閑散としている。今日は日曜日だから当然である。市電が忙しなく走っている。

川べりを散歩する。河の色は土色に濁っている。いつも濁っているらしい。この豊かな水は大きな山の無いドイツ平原からどうして生まれるのであろうか?不思議である。クルーズ用の船が3艘ほど、客待ちの準備をしているようだ。カヌーに乗っている、モーターボートでスピードを出している、そんな中、大きな運搬船が通過する。その両脇の散歩道は、バイクを走らせる人、ローラブレードを楽しむ人、犬を散歩させている人、芝生で寝転んでいる人、ベンチで恋を語らっている恋人たち、屋台で、ビールを飲んで騒いでいる老人のグループ、思い思いの日曜日である。教会の鐘がいっせいに鳴り響いた。7時でもまだ日が沈まない。

<読者>

「行きずりの街」志水辰夫 新潮文庫

ミステリーなのだけれど、人間模様、つまり、恋、情愛、人情、親子愛、など巧みに織り交ぜたミステリーらしくないミステリーである。

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2007年5月12日 (土)

リーダー失格

 ボケ爺は悩む。ボケ爺にリーダーシップ力が無いからだ。リーダーになりたいと思ったことが無いといえば嘘である。絶えず、善き(好き)リーダーでありたい、あり続けたい、と努力はしたつもりである。それが良きマネージャーでありたい、と勘違いをしていたことが、最近になって気がついた。遅すぎだ。今になってみると、この勘違いが問題であった。残念ながら過去形になってしまっている。

 リーダーシップとマネージメントとはまったく違っている。管理という「結果を償う」のがマネージメントである。「償う」とはボケ爺として傑作な表現が出来た。リーダーシップとは結果を求めない。結果ではない、「一人で旅をしている」のである。

 親父が、酒を飲み、酔っ払うと、常に言い聞かせてくれた言葉がある。「孤独の旅に耐えよ」「自分の後ろを振り向くな!誰も居ない。」と。その時は分からなかった。そう、リーダーとは孤独なのだ。

マネージャーは結果の根回しで忙しく、根回しの内容を共有するために、群れを作る。孤独になっている暇は無い。「忙しい」「忙しい」と言い合っていれば時が解決してくれている。

リーダーシップとは、フィードフォワードであり、オープンループである。マネージメントとは、フェードバックのことでクローズドループある。

 ボケ爺、この歳で、孤独を楽しんでも、リーダーシップ力は付かない。悔しいが、周りに誰も居ない。親父の気持ちが分かってきた。合掌!真の孤独を味わっている。もっともの理解者のチャーリーが懐かしい。合掌!

<読書>

「リーダーシップの旅-見えないものを見る」野田智義、金井壽宏 光文社新書

リーダーシップを持った人は、本当に何かを望んだ時、宇宙の全てが協力して夢の実現を助けてくれる、はずである、という。

    リーダーシップは旅である。「旅」という言葉意外に見つからない。

    リーダーにはフォロー者が居る、フォロー者に決定権がある。

    自己との戦いであり、自分を確立することである。

    見えないものを見る力のことである。

    意志力(知行合一)と基軸力(ぶれない)

    利他と利己の一致(シンクロ化):強い達成意欲力のこと。

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2007年5月11日 (金)

沈黙は金なり

 ボケ爺は悩んでいる。口数が多いからである。理解をしてもらおうと、話せば話すほど、誤解を生む。沈黙に徹しようと、何度も悩んだが、今日までに全く出来ていない。「沈黙が金を生む」ことは、十分に理解している。ボケ爺はツイツイ深追いをしてしまう。(横山秀夫の深追い、新潮文庫、文庫版が良く売れている。これとは関係がない)

 無口になりたい。口数を減らしたい、と毎日悩んで今までに至っている。「単純がいい、ややこしい(方言で、複雑なこと、を言う)ことは嫌い!」、とは、お袋の口癖であった。これからも努力していく。

 あるいは、「禅問答」がいい。「分かったようで分からない」会話がこの世の中、最適な人間関係を作っているのかもしれない。完璧に理解できないといけないことはないのである、とも思っている。かみ合わない会話が、きっと気楽で、結果は楽しいのかも知れない。お互い信頼できている間は。何時までも信じよう。

 野球界の、松井VSイチローのようなものかも知れない。禅問答をしている方が、スゴイと思われている。

 しかし人間は一人では生きていけない。生物の世界で、人間が人間らしいのは会話(コミュニケーション)が発達したからで、脳も発達してきたとしたら、会話を通じ、お互い理解をしようとした努力の賜物である。今でも、その努力と、追求がなされて、人間が発達(?)していることになっている。争いも多々続けられている。優秀な人間になるためなのであろう。沈黙を続ければバカになってしまうのかも知れない。

 それに加えて、ボケ爺は、創造力が欲しい。創造性はコミュニケーションを基本としていると思っている。考えのヒントをもらわなければならない。考えを売り込まなくてはならない。もらうにも、売り込むには会話が必要である。ほんとにボケ爺の周りは矛盾だらけである。

 明日からは、沈黙を守るために、一人で会話、コミュニケーションをして行こう。読書で我慢をしよう。これ以上、皆に迷惑はかけられない。そんな結論に達したが、さて、守れるかな?

<読書>

「密告」真保裕一 講談社文庫

沈黙は辛い。密告は何故起こる。この世の中、密告(チクリ)ばかりである。「妬み」から「怨み」になる。だから、小説は身につまされて面白く読める。

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2007年5月10日 (木)

やめたい口癖

 ボケ爺は悩む。口癖が直らないからだ。オッと、また言ってしまった、と後悔は一様、する。なかなか直らない。最も多いのが「だから・・」「ですから・・」である。

 「だから、言ったでしょ!」「だから、言っていたでしょ!」この言い方は、傲慢な人に多い、と言う事は分かっている。ボケ爺もその一人である。「だから」治したい。

 「やはり」も口癖である。自分の意見を変えたくない、からである。意見を変えない独断者とか、自己主張の強い人に多い。最近、とみに「やはり」を連発する人が結構多いから困ったものである。ボケ爺も「やはり」治せない。

 否定的な言葉も良く使う。「でも」「しかし」「ただ」「いや」などは、相手より上位に居たいと思う時に良く使っている。

それだけではなく、「でも」は否定語である。これを連発する癖の人は、ナルシストであることも多い。自分の中に侵入されないように身構えている人が多い。その上で、自分を認めてもらいたい、だけなのだろう。このような性格に似た者に、「とにかく」を連発する人が居る。否定でも肯定でもない、その場の雰囲気によってどちらでも取れることがミソである。基本はナルシスト、あるいは「押し付けたがり屋」であろう。

 対等な立場で説得しようとする時は、「確かに」「なるほど」を連発して、何時攻撃に移ろうかと身構えていて。これを連発する人が多い。管理職に多いように思える。

 結論を急ぐ人は、「とりあえず」「何しろ」「絶対」「いずれにしろ」が多い。ボケ爺などは、「絶対」「いずれにしろ」の口癖がある。性急な人に多い。

 若者に増えている口癖に「べつに」がある。マイペース型なのだろう。自己防衛もあると思う。これ以上、おせっかいは無用、と聞こえる。

 これらと違う癖言葉に、「・・なので・・」と丁寧に前後を繋げればいいのだが、「なので」と、途中を飛ばして、理論的なつもりで押し付けてくる、押し付けがましい人が増えている。これは押し売り屋の一歩手前である。

 クワバラ、クワバラ。ボケ爺はこんなことで悩んでいる。

<読書>

「時雨のあと」藤沢周平 新潮社

言うことはない。心が和む、心が洗われる。真の人間が分かるような気持ちになる。

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2007年5月 9日 (水)

ナンバー3、は生き残れるのか?

 我輩は三流である。三流であることを誇りに思っている、と言い切った。それは真実であり、能力でもある。これは、一流から、三流までの三流である。

 一方、三流サラリーマンとして生活の糧にしている会社が三流であったら、糧が何時までも保障されるのか?というとそうはいかないのが現状である。業界3位である、と誇って胡坐をかいて生き延びて行けるかは全く保障がない。

 業界3位は辛い。1位、2位でなければ、満足なサラリーマン生活が出来ない。自分の主張なり、生き甲斐のある仕事が回ってこない。あるいは生き残れない。3位は追従の仕事ばかりである。ランチェスターの法則にも出てくる。GEを再生させたジャック・ウェルチの手法にしても明らかである。1位、2位は結構、お互いを「標的」として切磋琢磨して、離れず戦っていく。3位はそれから遠く離れてしまう。

 3位が12位に離される最大の理由は、「技術の障壁」である。その理由は、追いつくために、「真似」からの発想が多く、独自技術を作れないからである。2位は1位を奪回するため、1位はこれ以上落ちないために、必死に差別化技術を開発している。経営者もそんな提案には弱い。

 転げ落ちるのは早いが、昇るには時間がかかる。3位からの上昇への努力は、2位から1位への努力の10倍以上は必要であろう。少し追いついたと思ったら、また壁にぶつかる。その繰り返しである。もっと思い切った事業の集中と集中力による「技術の障壁」を突破することでしか解決は出来ない。ボケ爺の会社が3位では、三流のボケ爺でも、それだけは悲しい。矛盾の多い複雑な環境に何時までもボケ爺は悩んでいる。

<読書>

「大チャンス到来!ビジネス力の磨き方」大前研一 PHPビジネス新書

最近の大前の著書はボケ爺には自慢話に聞こえる。本著も、ご他聞にもれず、その傾向はある。しかし大筋としては、良くまとまっており、大前思想の集体系となっている。大前の言う「ビジネス力」つまり、「経営の天才を作れ。」そうでないと日本は世界で生きていけない、という悲壮感がある。

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2007年5月 8日 (火)

天才論

 「天才論」-ダビンチに学ぶ「総合力」の秘訣-茂木健一郎 朝日新聞社

 ボケ爺は鈍才である。だから天才に憧れる。ボケ爺の周りには、世間で言う天才はいなかった。限りなく天才に近い人は居た。その人から多くのことを学ばせてもらった。そんなことを重ね合わせて、この本を読破した。「読破した」とは、まさしく読破したのだが、茂木著者の内容は奥が深く、理解出来ないことが多いからである。

 冒頭から、副題にあるように、天才は「総合力」を持っている、から始まる。ボケ爺の天才に近い人達は、多くの欠陥を抱えている。Aが出来るがBは出来ないとか?あるいは偏屈である。いつも「不安」を抱えている。

茂木著者のいう「総合力」の大切なことは、二つあって、一つは分析が出来るだけでなく、その分析を「組み立てていく統合力」にあるという。二つ目は、自分の考えを売り込む、「売り込み力=プレゼン力」だという。ダビンチも、モーツアルトも生きるために、自分を売り込み続けていた。「生活力」ともいえるのか。

 天才は他に、① 二つの目、「なるほど=同意力」と「とんでもない=批判力」を兼ね備えていた。② 「観る=観察力」と「書く力=表現力」を兼ね備えていた。③ 「連続」(「=数学的、実学的」)に物事を考えてきた。ボケ爺が天才でないことが、なるほど、明確になってくる。

 ダビンチを分析して、天才が生まれるために、次のような環境が必要という。

1)     大学はいらない。虚から現実(現場)へ向かって行動を起こせ。

2)     学歴は最も高い敵である。知識は直ぐに古くなる。

3)     古典を学べ、つまり、「ルネッサンス革命に臨め。」(イノベーションにハングリーになる)

4)     Web2.0は思想だ、と分かること。(知は万人の物)

5)     連続体仮説で考えられること。(自然数と無理数の共存が理解できること)(仮説を立てて矛盾を飲み込む)

6)     集合体が理解でき、取り分け、無限集合をコトに生かせること。(有限集合では?)(

7)     経営者センスが備わっていること。(自分の考えを売り込み、報酬がもらえること)(生きることにハングリーであることを知る)

 創造力とは、次の如し。

1)     経験×意欲×知識量

2)     分析力と統合力(総合力=組み立て力)(帰納と演繹)

3)     思い出す力と、ひらめく力

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2007年5月 7日 (月)

猫の額ほどのわが家の庭で

 我が家の庭は、自慢じゃないが、本当に猫の額ほどの狭い庭である。猫には悪いが前頭葉(情感)がない。それでも歴史は詰まっている。今日この頃は、シャガの花が可憐に薄暗い庭いっぱいに咲いている。

 山吹の木はいつの間にか生えてきて、枝ぶりは立派で狭い庭を占拠しているが、花が咲かない。今年こそ、切り取ってしまおうかと考えていたところ、十数輪ほど咲いていた。これで刈り取る理由がなくなった。

 田舎から持ってきた椿の木の中で、薄ピンクの中に赤い縦縞が入った花びらを付ける八重椿の中に、一本の枝だけに、深紅色のみで咲いている八重花を見つけた。珍しい現象である。昨年も咲いていたのかどうか?田舎からと言うとつつじもがある。今は満開で玄関先で咲き誇っている。

 アオキというのが本名なのかどうかは知らないが、田舎から持ってきた時は、50cmほどの背丈の常緑樹であったが、幹の直径は20cmにもなっている。数年前から、葉っぱに虫がつき、枯れてしまいそうになったので思い切って半分の背丈まで切ってあげたが元気さは回復して来ない。そんな美味しくも無い葉っぱに虫が付くのも、「蓼食う虫も好き好き」なのか?薄暗い庭には鳥が運んでくるのだろうが、いろんな木が芽生えてきている。

 一方、枯れてしまった木もある。ピンクが濃い花水木は毎春花を楽しませてくれていたが、何が気に入らなかったのか数年で枯れてしまった。7mほどの大木になったマロニエの木は娘が出て行った翌年に枯れてしまった。娘の誕生記念樹であった。息子の誕生記念樹のヒイラギの木は息子が出て行った年に枯れてしまった。ボケ爺の、親としての至らなかった事が原因のようである。子供たちと騒いだ頃の庭に、子供の姿が重なって目に浮かぶ。

<読書>

「プロフェッショナル進化論」田坂広志 PHPビジネス新書

最近の田坂氏の著書は繰り返しが多くなってきた。いずれの著書も同じような展開になっている。これも同様である。しかし、総まとめとなっていて、複雑系社会への変化を知り、生きて行く法の復習には最適である。田坂氏の著書を知らない人は、今後の社会の変化の洞察が参考になる。これからのプロとは、個人の自立力であり、まずは「Web2.0」の先を読まなくてはならない、と示唆してくれている。

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2007年5月 6日 (日)

ある平和な休日

 調布市役所に用事があって、品川道(品川通り、甲州街道のバイパス)をゆっくりと眺める機会に出会った。今までは何を観察していたのか、とボケ爺の感受性の乏しさに呆れている。

 つつじヶ丘駅(我が家の街)近くから、調布の端まで、街路樹は、なんと、楠木であった。つつじヶ丘近くは、楠木が枯れて、その代替に百日紅が植えられたり、花水木が植えられたりしており、そればかりが記憶に残っていた。きっと、花の美しさの印象の記憶で、本質がボケてしまったのだろう。楠木は地味であるところがボケ爺は好きであったのだが。記憶とか観察は、如何にいい加減で不正確であることがよく分かる。少なくともボケ爺はボケて来た。(元々ボケていたからかな?)

 帰ってきてから、散歩に出かけた。何時もの通り、チャーリーとの散歩道であり、実篤公園中通りから見える庭では孟宗竹の竹の子がノキノキ出てきている。直径が15cm以上もある立派なものが多い。一週間後には、ボケ爺の背丈以上に伸びていることだろう。

 「森のテラス」を提供している家では、庭の手入れをしている主に挨拶をされて、恐縮して、先を急いだ。その一角は三軒の家から出来ている。彫刻家が母屋で、分家の二軒が音楽家である。裕福で、余裕で生活が出来ているのだろう。

 その先の森では、ウグイスが騒いでいる。目の前も目の前で、2m先である。泣き叫ぶオスは少なくとも二羽は居る。と言う事は一羽のメスを奪い合って啼き叫んでいるのか?ウグイスの色目は美しいとお世辞でもいえない。どちらの鳴声も遜色ないので、メスはどちらを選ぶのか?ボケ爺はそんな青春からは縁が無くなった。歳を感じながら老人生活の先々を想像して、思わず身震いをしてしまった。

<読書>

「食い逃げされてもバイトは雇うな(禁じられた数字、上)山田真哉 光文社新書

ベルトセラーの「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」の著者である。なるほどベストセラーになるだろう、と思う。キャッチコピーが上手い。つまりタイトルが実に巧妙である。この本にも、自らが、説得させるためのノウハウを展開している。説得に数字を上手く使うつかう方法の内容は実にシンプルで、納得させられる。

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2007年5月 1日 (火)

五月に入って

 韓国での51日は勤労感謝の日で、休日となっている。昨日と打って変わって小雨が降って肌寒い。それに、昨夜はコテコテの韓流式飲み方で、しこたま飲んでしまい、二日酔いの頭痛は無いが、酒はかなり残っている。雨が小降りになったので、ホテルの裏山に登った。南山にそびえるソウルタワーの東に位置して、南山の森の茂みが押し寄せている。山の峰には城壁があり、結構険しい。うっそうと茂った森は、下草も生えないほどの茂みでもある。

 赤を基調とした、つつじが燃えるような鮮やかさで咲き誇っている。その所どころ、白と薄紫のライラックの花も覗いている。韓国では赤色、黄色、青色の原色に近い花が好まれるようである。その鮮やかさは、国柄、人の気性と合っているのかも知れない。

 日本では淡い色が好まれる。日本人の曖昧さの気性のせいかも知れない。庭の造りもかなり違っている。まだここでは、チューリップの赤や黄色が咲き乱れている。

 5月は、いろんな花もひと通り咲き終えて、若葉の美しい季節となる。若葉の生い茂った森の中を散歩しながら考えるに、外国企業に勤め、意見を通す苦労と、日本企業人として海外現地で外国人に意見を通す苦労とはまったく違うことであるということが分かってきた。海外企業では日本流(意識していないが)を押し付けても通らない、理解されない。海外企業の性格、気質を理解し切っていなければならない。日本企業の現地で長く勤めた方々が、海外通だとは思えない。あくまで日本企業流から離れきれていないと思う。やっとそんなことが分かってきた。

酒も抜けたので、会社に行くことにした。開発、技術の連中はこの休みも出てきている。「ボケ爺、邪魔だ」と言われない程度に、議論を仕掛けることにする。「人となり、企業なり」をもっと理解するためである。

<読書>

「海鳴り」上下 藤沢周平 文集文庫

藤沢の作品はかなり読んでいる方だが、まだ読みきれていない。市井の人々の中に人のぬくもり、性を書かせると、こんなに上手い人はいないと思っている。商売人の世界を描いている。商売の中に仕掛けられた罠、闇と戦いながら、人の情を描いたこの作品も、またすばらしい。

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