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2007年4月29日 (日)

腹八分目、ボケ爺流

 土曜日の朝、5時ごろから、左下腹が痛み始めて目が覚めた。6時にはじっとしていられない。鈍重な痛みである。何かが当たったにしては、時間が経っている。胃腸が痛いにしては下過ぎる。何処からこの痛みが来ているのか、判然としない事にイライラする。散歩して、運動すれば、便がでるかもしれないと、無理に散歩にでるが、むしろ痛みが増す。こうすれば寝ているに限ると、床に入っても痛みの方が眠気の方より強い。午後から2件の面会がある。早々に断りの電話をかけるが、いずれも通じない、やっと留守電に事情を入れて断る。がやはり通じていなく待合時間に続々と電話がかかってくる。まことに申し訳ない。痛みは日曜日まで続く。丸二日、寝て過ごしてしまった。そのためか夕刻の今は収まったようなので海外出張の一週間は持つだろうと、空港に向かうことにした。

 老人には飲みすぎ食べすぎを慎むように、世の人は忠告をしてくれる。酒飲みには、週に1日にも休肝日を設けるように、という。ボケ爺は酒に弱いので、休刊日が必要だということは、神に誓っても無い。

 腹八分目は守れない。だから、休胃腸日が必要ではないか、と思うようになった。今後、土曜日日曜日は、食事をしないまでも極々少なくしようと反省している。今回の腹痛は、食べすぎからか、どうか分からないが、ひとまず食べすぎとしておこう。

 ボケ爺の生まれた頃は食料が無かった。、食べることには飢えていた。戦争が終わっても、田舎は台風が来て、米は実らなかったようである。芋もひげのようなやせた芋しか取れなかった。雑草も良く食べた。食べることには、今でも卑しくて恥ずかしい。この年になっても、腹いっぱいのその欲望を抑えられない。

 約一年前にも、便秘が丸二日続いて、一切の食物を絶つことで、治したことを思い出している。休胃腸日は必ず実行するぞ!と恥ずかしめながら、寂しい誓いを立てた。

<読書>

「漱石先生の事件簿;猫の巻」柳 広司 理論社

漱石というから読む気になった。漱石の「我輩は猫である」に出てくる登場人物を活用しながら裏話を描いているつもりだが、読みようによって面白いかも知れないが、もう少し漱石の心理状態に迫ってもらいたかった。

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2007年4月27日 (金)

アイデアの発掘法、ボケ爺流

 今朝は、久しぶりに晴れたのと同期して、少し頭はすっきりしている。少しはましなことを書かなくては、とボケ爺は気を使っている。そう言っても、そう簡単に変われるわけは無い。そんなボケ爺がボケ爺として可哀想になる。(自分で言ってはいけませんね。)

 日ごろ気になっているアイデア発掘法の秘密をオープンにしてみよう。といっても恥ずかしいが。TPOを意識的に作る方法です。

1)     変化を捉える。変化を探す。=> 微分法

2)     定点観測をして、その変化を蓄積して、まとめてみる。=> 積分法

3)     会話を惜しみなく繰り返す。ねばっこく質問を繰り返す。=> 粘り勝ち法(あるいはドロボウ法(コソドロ法))

4)     恥を恐れない。恥をかくことを喜びとする。=> 恥かきっ子世にはばかる法

5)     激怒してみせる、相手を怒らす。=> 脅かし法 (ほめ殺し法は効果なし!)(自己興奮法)

6)     静かに、考える。孤独を好め!=> 孤独自立法

7)     時間制限を決めて考える。締め切りを決める。=> 時間限定法(あるいは賞味限定法)

8)     空になる。ボケー、としている。=> 空間ボケ法(散歩が良いので、散歩法)(または、うたた寝法)

9)     狭い場所に移動する。閉空間に追いやって考える。=> トイレ法(閉所恐怖法)

10)             にぎやかな、他人がウロウロしているところで考える。=> ホワイトノイズ法(駅のベンチ法、喫茶店法、街角法)

<読書>

「考えないヒント‐アイデアはこう生まれる」小山薫堂 幻冬舎新書

考えなくて、アイデアが生まれるとは、こんな簡単な方法があるなら是非学ばなくてならない。ところがそうは行かない。「下手な鉄砲も数撃ちゃ、当たる」=> 連発法か?「他人のヒントを盗め」=> 泥棒法か?「考えを与えよ、ヒントを与えよ」=> オープン法(露出症法)。繋ぎ合わせて考える(連結法)、などなど。

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2007年4月26日 (木)

無呼吸症候の居眠り

 本日の朝、第三京浜で居眠り運転ではないか、と思われるようなドライバーにお目にかかった。そういえば、居眠り運転経験者は、結構いるらしいが、そのうちで、睡眠時無呼吸症侯(SAS)と判断された内、居眠りの運転の経験者は4割も居ると言うアンケートの結果があるそうだ。事故を起こしたか起こしそうであった、と答えた人は39%で、居眠り経験者とほぼ同数である。

 そういえば、ボケ爺は2度、居眠り運転で事故を起こした経験がある。一回は、信号の赤を確認して、ブレーキは踏んだのだが、その時、眠気が襲い、ブレーキが緩み、気がついて急ブレーキは間に合わず相手のバンパーにホンのわずか、触れた触れない程度のキスをしてしまった。その間、0.0?秒の出来事であった。約20年前の話である。

 もう一度は、レンタカーを借りて引越しの手伝いの帰り、東北高速道で、ガードレールに接触をしてしまった。紐を引っ掛けるフックを一本フッ飛ばしてしまった。緩やかにガードレールの方に沿うように接触したのが幸いで、今日が在るのは誰かのおかげである。前日来3時間ほどしか眠っていなく、重い荷物の肉体労働の結果であった。保険金の5万円が返ってこなかった。神さんから、「専門家に頼んだ方が安く付いた」、と愚痴を百回以上も聞く羽目になってしまった。約9年前の話である。

 ボケ爺のイビキと寝言は激しいらしく、25年ほど前から、神さんは一緒に寝てくれない。きっと、無呼吸症候群の一派ではないかとひそかに、軽く悩んでいる。その分、運転は気を付けなければならない。一つ一つ老いぼれていくボケ爺の姿も、それなりに老人の風格が整ってきた。

<読書>

「小学五年生」重松 清 文芸春秋

確かに、小学五年生は、大人になる入り口であったと思う。四年生ではない。早すぎる。六年生では、生意気になりすぎていた。いいところに目を向けている。人生の経験のかなりの予行演習を経験している。本題の経験談はボケ爺にも100%通じるものがある。だから、重松の作品は目が離せない。

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2007年4月25日 (水)

3と言う数が好きだ

 前回話をした新宿の小田急百貨店の10階の三省堂で「中沢新一」タイトルは忘れたが、彼の本からすれば読みやすい新刊があって、手に取ったのだが、表紙の絵に円が三つ描かれていた。人間の関係論を論じた本であるが、3分割されていて、このような文系にも、3分割俯瞰が導入されたのか、とチョッピリ新鮮に感じた。(買って読むぞ!)

 ボケ爺は、何ゆえにか、「3と言う数が好きだ。」ボケ爺は、こよなく「3のお世話」になっている。成績はいつも三流であった。だから三流大学を卒業した。どう見ても二枚目でなく、三枚目である。三流の家庭に生まれて今の生活も三流を這っている。会社の中の世界でも三流であった。断っておかなくてはならないのは、ボケ爺を反面教師とした子供たち家族は、ボケ爺をはるかに超えて、一流である。しかし、ボケ爺は3と言う数が今でも好きである。だから家族はボケ爺から逃げていく。それでも三流を好む。

 学生時代、独学で学んだ「竹谷理論」は三段階論法であって、未だに活用させてもらっている。ロジックに三段論法が在った。これも活用している。会社生活でも、「PDC・(A)」を乱発している。

 物理を好きにさせてくれたのが、「物理量は3元(数と、意味(認識される物理名)と、単位)から出来ており、その中の「単位の計算」だけでも問題は解ける」と闊歩してくれた、高校時代の恩師のおかげで、物理が分かり、今日も活用できている。「単位」は活動の源である。

 ビジネスマンになってから、マーケッティングでは「3Cの戦略」「市場もトライアングル」など3を活用して、大いに得意がったものである。3分割の俯瞰図での提案は受け入れられやすく、ボケ爺の秘密兵器である。

 日常のことわざでも、ボケ爺の得意な、「二度あることは三度ある」を乱発して、失敗の連続であった。今もそうである。「千には三つは上手くいく」を信じて、千ほどのプロジェクトを立ち上げたが、未だに成功していない。ここは、「三」の成功に向かって、三流のボケ爺の老体にムチを打って生きたい(行きたい)。

<読書>

「数に強くなる」畑村洋太郎 岩波新書

「数」を「かず」と呼ぶ。「すう」「数字」と読んではいけない。カズと定義してこの本を読めば、面白い。数学ではないからである。この中に、「段取りの重要性」が「カズ」の説明からなされている。「全体(総合)思考の進め」である。この話はマーケッティングにも有効である。ひらめきにも。

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2007年4月20日 (金)

春雨前線明け

 京急川崎駅の東に、大きなお寺様があり、一等地の広い場所を占拠している。その墓場の中に4本のイチョウの大木が、鎮座している。周りのビルの高さに負けていない。東京都のイチョウのように、背は高いが、スマートに枝打ちされていなく、伸び放題だから、雄大という言葉がぴったりである。そのイチョウの古木にも、小さな葉っぱが芽吹いて、新緑のベールで覆いかぶさり始めている。

 原宿もイチョウ並木の美しいところである。山手線からチラっと見えるイチョウ並木の新芽の芽吹きで街の色が新緑に塗り染められ始めた。イチョウの新芽から、約一ヶ月後である。

 甲州街道のケヤキの街路樹もまさしく、新芽の噴出時期となっている。春雨前線の通過で、皐月へ、突入する準備の期間だろう。

 先週だったか、書きそびれてしまったが、柿の葉の新芽が、柔らかい感触で、しかもふくよかな感触すら感じさせる。さらには、深緑?薄緑?黄緑?オブラートをかぶっている?絨毯のようにぼやかされた色合い?このように表現が難しい不思議な緑色をしていることは、大発見であった。柿の葉は少し厚めで、形は何の特長も無く、無骨な野郎と言われるのが似合うだろうと思う。秋の柿ノ木の紅葉の時、全体では、そんなに美しき紅葉ではない。それより、葉っぱが落ちで、実が真っ赤に熟した光景は哀愁を感じる。紅葉時の落ち葉では柿の葉っぱは最高に美しい。葉っぱそれぞれと、葉っぱ内の色の変化は深い赤、黄から、淡い赤色、黄色、残る緑の混在は最高の色見本である。絵にするには最高のオブジェとなる。柿木のこの特長は新芽から始まっていた、とは、人生の教訓のような、見本となる。ボケ爺の一生にはもう遅いのだが。

<読書>

「本日記」坪内祐三 マガジンハウス

2001年から2005年の11月までの話であるが、興味の主体が違うのであろうから、読んでみたい本は数冊しか一致しなかった。それにしても、この人はこんなに忙しくしていて、何時、本業をしているのだろう、とそちらの方が気になってしまった。

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2007年4月17日 (火)

わかり合える、と言うウソ

 春雨前線の影響で、天気はぐずついている。異常気象であっても、嫌なことは毎年正確にやってくる。

 昨夜からの雨が朝も続いている。フロントガラスを雨粒は上昇する。雨の重力が風圧に負けている。重力場と風圧場で方程式は解けて、車の速度状態の解は出てくる。右にハンドルを切れば、雨粒はフロントガラスを左に確実に、移動する。慣性の法則である。世の中、物理法則や、数学の法則のように、理論的に理解し合って、正確な判断が出来るといいのだが。

 日常生活では、そうは行かない。毎日が言葉の解釈で、一喜一憂している。人それぞれの慣習が違うと、同じ言葉が違うニュアンスを持ってしまう。なかなか意思は伝わらない。特に書面にしない話し言葉は、一瞬の感情で決まってしまう。とかくこの世は誤謬で出来上がっている。誤謬はストレスである。誤謬が、嫉妬から妬みに至れば暴力が発生する。世の中大なり小なり、毎日が暴力の応酬である。

 満員電車では人々は無言であるが、接触圧をどう解釈するかは個人によって違う。そこに誤解が発生する。だから暴力の、一発触発の状態がある。言葉も、その接触圧、に置き換えられる、と思っている。誤謬のほとんどが助詞による、と確信する。

 科学的な事象が、誤謬を救っているように思える。それが少なかった時代は、詭弁がほとんどで、誤謬という感情がまかり通っていたのだろう。ソクラテスの弁明も然り。その意味で、ドストエフスキーは鋭い、罪と罰が全てであろう。夏目漱石もそれで悩んで胃を痛めてしまった。「誤謬と、信じる」、との人間の葛藤を鋭く描いてきた。

 人間って、本当に分かり合えているのだろうか?ボケ爺は、きっと一生の課題で、疑問を抱えながら、夏目漱石の本を枕に、隠れていくであろう。

 信じることで救われる、これは真実である。信じられる間は。信じるしかない!と愚笑妙チャーリーは吠えている。合掌!

<読書>

「論より詭弁‐反理論的思考のすすめ」香西秀信 光文社新書

全く、同感である。日ごろの悩みの根源を紐解いてくれる。言葉、文章とはとにかくも難しい。翻訳なんて出来るのだろうか。世の中、これを逆手にとって、生き抜いている人を多く知っている。弁が立つとはロジカルでは成り立たない。そんなことがよく分かる。世の中出し抜きたい人はこの本から勉強すべし。

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2007年4月16日 (月)

本の洪水

 仕事の関係での会議が出来たので、時間の余裕を持って、新宿に行った。小田急百貨店の10階に三省堂が在る。結構暇つぶしに、立ち読みに寄る本屋である。新宿には、大規模店舗がたくさんあって、競争が激しい地域であると思う。この三省堂は、大企業病かと思うほど、ノンビリとした店のように思っていた。

つい最近、旧三越に店舗を出していたジュンク堂が店舗を拡張して、西都心最大級の店舗となった。あれ以上広くなっては、ひと通り見て回るには、半日あっても足らない。しかしこの本屋は、他と違って、見易さでは、群を抜いていると思う。紀伊国屋も大きいが、探しにくいことが欠点である。丸の内ブックセンターも良い方だ。

ところがこの三省堂は、さすがに切羽詰ったのであろう、改装がなされていた。以前よりも探しやすくなっていた。それにイベントらしきコーナーも充実してきた。自然科学、科学、生物など、在庫を増やしてきている。文芸コーナーも充実して探しやすくなっている。最もの特長は、新書版コーナーを充実させたことであろう。新書版は、多岐にわたるテーマが多く、並べ方が難しい。そこが文庫本と違う。新書版は、良く考えられたサイズである。片手での操作がしやすい。文庫本は、どうにも片手では難しい。

 新書版の発行の部数は今では膨大で、数え切れないほどの参入書店となってしまい、そこが月に一度、三冊以上を発売する。「読みたいな!」と思って、23週間本屋に行っていなければ、駅などに近い流行を追っかける本屋では、すぐに片付けられていて、探すのが難しい。三省堂、新宿店はその点、最も充実を図ってきて、探しやすい改装となった。大いに利用したい店となった。

 それにしても、新書版は手ごろで、内容も充実していて、知的刺激を満足させてくれる。ハードカバーは読むのに疲れて頭に入らなくなってきてしまった。岩波新書、と中公新書は新書版の老舗だけあって、硬い内容では引けをとらない。この程度がすらすら分かる人がいるのだろうか。東京に上京してきた時に、親戚に挨拶に行った時、「岩波新書を、月に1冊は読め!」といわれたが、それは守れていない。40年以上も前のことである。ボケ爺には、岩波ジュニア新書程度が向いている。

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2007年4月14日 (土)

今年初めて経験する晴天

 朝から日差しが強い。ひょっとすると真夏日?実篤公園の八重桜はほぼ満開を迎えているが、我が家の八重桜は、五分咲きである。チャーリーの散歩道の森のテラスの庭は、ピンクのチューリップ一色で所狭し、と咲き誇っている。毎年のことと言え、うっかり見落とすところであった。この階段は最近避けていた。その理由は、もっと遠い道で体力不足を補うことを考えていたからである。今日は、用事があって急ぐので、チャーリーの散歩道となった。

 深紅の石楠花も、黄色の山吹の花も満開である。ボケ爺の隣の仙川の街の街路樹は花水木である。満開の木もあれば、つぼみの木もある。花の咲いている期間はサクラの倍以上であろう。一斉に咲くとこれも美しい。

 御茶ノ水の聖橋の下には神田川が流れている。サクラ吹雪の花びらが川面を覆いつくしている。そこを清掃車の船がかき乱し、浮かぶ花びらが渦を巻き、浮き沈みして、不思議な模様を楽しませてくれる。その先は、秋葉原である。

 上野近辺で、仕事があって、上野公園を散歩する時間の余裕を作ってきた。公園口の改札口を出ると、東京都文化会館が迫ってくる。懐かしい会館は、今も音楽の伝道にふさわしく、威風堂々と立ち誇っている。ぶんか亭なる食堂も残っていた。

 東照宮では、ぼたん展を行っていた、入場料が高いので、先を急いだ。この上野の森と、池之端の間に、昔、とんかつ屋があったはずだ、と探したがなくなって大きなビルに変わっていた。そのとんかつ屋は某大のゼミが終わって、先生に連れて来て頂いた懐かしい思い出の食堂である。糖尿病であった先生は、普段は厳しく食事制限を監視されているらしく、ボケ爺に会うと、そのトンカツを「食いに行くのだ」、「誰にも言うな」、といいながら、ロースカツを二本、ケロットと平らげる。今は亡き人になってしまった。合掌!

<読書>

「偉いぞ!立ち食いそば」東海林さだお 文芸春秋

立ち食いそばといえば、ボケ爺だって負けないぞ!と、早々に、古本屋で見つけて読んだ。いたるところ、どのページも美味さで一杯である。これは負けた。食べ方のスタイルまで研究していたとは驚きである。とにかく愉快なエッセイ書である。

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2007年4月11日 (水)

松本盆地の朝はまだ寒い。

 泣きべそ顔の東京の天気は、徐々に晴れて、陽がさしてきた。甲府盆地は桃の花の強いピンクで覆われている。ボケ爺の記憶では、桃の花は5月の連休明けではなかったか。甲府盆地を過ぎた韮崎あたりで菜の花の黄色でうずもれた小川を見た。サクラはほぼ満開か。

 中央線で最も標高の高い小淵沢の手前では、ソメイヨシノは未だつぼみだが、一本の枝垂れサクラが、満開で、老木らしく、枝を十本ほどの棒で支えていた。百人ほどのお年寄りが集まって、祭りごとをしているようだった。雪をかぶった八ヶ岳が迫ってくる。このあたりは、熊笹に支えられた赤松の群生地である。厳しい寒さに耐えた幹の黄土色の肌つやは、隣の白樺の白い幹肌よりも色気を、ボケ爺は感じる。

小淵沢駅から、小海線が小諸まで延びている。この季節の小海線は春の発見で楽しいだろう、と想像する。ノンビリした旅がしたい。

 松本盆地の朝は耳が痛く感じる。西には雪を抱いたアルプスの連山が冷え冷えと聳え立っている。昨日の夕方は雲で覆われその雲は荒れていた。(その奥の連山で、ヘリコプターの転落があったとは、合掌!荒れた突風によるものと想像する)松本の駅は様変わりしていた。駅の西側の開発が進んでいる。サクラは5分咲きであった。良い街になるだろう。

<読書>

「セブンイレブンおでん部会;ヒット商品開発の裏側」 吉岡秀子 朝日新書

2004年のAERAの調査で、好きなコンビには?セブンイレブンが42%、ローソンが18.3%、ファミリーマートが11.9%でセブンイレブンがダントツであるらしい。商品開発力の違いである、という。その精神を、ボケ爺ナリにまとめると。

    原点(食文化)を極める。

② 改善に改善を繰り返す。

    変化に変化を。(地域、年代、社会現象、品揃え)

    オリジナルにこだわり続ける。絶対可知を追い求める。(他社比較ではない)

⑤ 諸関係を巻き込む、共鳴する仲間作り。(原料から、顧客まで)

 鈴木敏文会長の言う、①仮説と検証の連続、②絶対価値創造の企業を目指す、の精神が貫かれている。事業面では、デファクトスタンダード、ドミナント戦略などの集中戦略も脈略と流れている。

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2007年4月10日 (火)

サクラチル

 今日も早い朝起きである。出勤まで時間があるので、散歩にでた。昨日の雨で、空気は美味しい。実篤公園の中道は散り桜で、まるで雪道と間違える程の、白さである。一本のサクラの木は枯れてしまったのかと思ったが、白い八重桜であって、3分咲きとなっている。

 ウグイスは サクラ雪に冬を 啼きひかえ

 ウグイスは サクラ吹雪で 身を隠す

 サクラ敷き 雪とウグイス、ボケ爺

 など、詠んでみた。お粗末。

 「サクラチル」の電報をもらったのは、サクラが咲くずうっと前であった。第一志望の合格発表の結果を示すものである。嫌な思いでは未だに忘れられない。その屈辱が、今日の生活の基盤でもある。

 楠の木の大木に出会う。荒々しい幹に比べ、葉っぱは優しい。ボケ爺はこの常緑樹の楠の木が大好きである。赤子のような赤さで新芽を噴出し、やがて新緑と育ち、奥の方からひっそりと朽ち果てて行く姿は理想的な家族の営みと似ている。

 NEC時代の恩師の訃報を知った。戸坂薫、元セミコンダクターの社長であった。まだまだ若い。この時代には5人の恩師に出会ったが、すでに4人が亡くなってしまった。それも若くして。本間恩師はセールスを、児井恩師は人心でのマネージメント、小林恩師は事業家精神、経営論、戸坂恩師は人徳マネージメント、を。合掌!(亡くなった順)

いろいろ思い出す。なぜ、先頭を走って革新的な仕事をした善人は早死にするのか?

 もう一人、MOTを教えていただいた方が居る。未だ年賀状が来ている間にお会いしておかなければならない。

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2007年4月 9日 (月)

土日の出張で思うこと。

 朝早く目の覚める事は、まだ治っていない、ストレスの少なくなることが無い。ホテルの玄関先は昨夜に降った雨で未だ濡れている。朝日が出ていないが爽快な朝である。海まで散歩することにした。

 柏崎神社の桜は5分咲きであった。それにしても、多くの松の大木は見事である。空に向かって聳え立っている。その反面、神社は今にも壊せそうで、手入れが出来ていない。ここの街の経済状況がよく分かる。市民プラザを始め、中規模の立派な施設が出来ているが活用されている様子は無い。行事欄には空白が目立つ。

 小説の元にもなった原酒造で有名な町であるが、越の誉のブランドも今では忘れ去られようとしている。ちょっとした飲み屋でも隅に置かれている。漁港、港町として、材木、酒の荷だしは今ではほとんどなくなっている。西の倉庫群は疲れて崩れそうである。東は港町の繁華街であったと思われる街並みであるが、シャッターの開かないところが多くなっているようある。

 日本海は静かで、さざ波である。冬の日本海は荒れ狂う。その分、春先は疲れて休むのだろう。海岸を散歩するには最もいい季節であるのかも知れない。小さな街にも、お寺様は多い。一通りの宗派がそろっている。寒さを避けるような作りの本堂は独特の外観を示している。雪時には似合うのだろう。

<読書>

「信玄の戦争:戦争論「孫子」の功罪」海上知明 ベスト新書

孫子の戦争戦略をマーケティングに活用したいと、少し勉強しているので、本のタイトルは興味をそそられる。本書の冒頭での、「孫子の兵法で、制覇できた例は無い」との断言はショックであった。

 自分なりにその限界を、この本から学んだとしたら、①時間軸の設定がその都度されなくてはならない。②二者間の戦争に限られる。複数同時の兵法ではない。③目的の設定が大切で、戦争を続けないといけない孫子の兵法に限界がある。

 信玄は孫子の兵法を取り入れた有名な人物だそうだ。しかし天下は取れなかった。その理由はいろいろ考えられる。そこに孫子の兵法の限界が見える。「志」、つまり「目的」がはっきりとしていない(目標は、その都度はっきりしていたが)。「戦国の覇者」の目的とは何か?「上洛」の目的は?上洛の西進を選んだ理由は?なぜ東進で、関東一円を制覇することを、まず、選ばなかったのか?兵法に狂いが出たとすれば、謙信に敗れた川中島の戦いであった。つまり臆病になり、益々、慎重になったことが、スピード(時間軸)の感覚をなくした。先手必勝の孫子の兵法の基礎が狂い、後手に回ってきた。何事も難しい。

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2007年4月 6日 (金)

花冷え

 ここソウルも先週の黄砂以外は、良い天気が続いている。しかし気温は低い。朝方は、5℃前後、昼間も15度を上回ることは無い。花々が咲き誇る四月にしては、寒い。花冷え、というところか。枝垂れ柳の芽吹きは力強い、日々確実に若芽は噴出して淡緑の美しさが増して来ている。

 一方、ウォンビジネスは厳しい試練を迎えている。ウォンの高値は八方塞である。ドルに対しても、円に対しても、ユーロに対しても強すぎる。強くなった製品力を世界が寄って集っていじめているような構図である。世界市場でしか生きていけない韓国はしばらく我慢の時代であろう。

 半導体は、下げ止まりが見えない。何時になったら底が見えるのか?これは日本だって同じ事で、苦しい状況は続くだろう。日本のコスト高の改善は進んでいない。セット品は、コンシュウマービジネスだけに、それなりのヒット商品が出来れば先が読める世界的な経済状況にあるようだ。ITの中での携帯電話のビジネスは高級品が一巡して、次の世代への方向性が見えない中、低級品モデルの競争激化が続いている。

 そんな中、任天堂は好調である。ゲームの世界で、ダントツの強さが加速しているようだ。ソニーのもたつき、マイクロソフトの片手間のビジネスを横目に、売り上げが一兆円に達成しそうである。事業の集中に我慢をしている所以である。この産業は、所謂、アフターマーケット、といわれて、電話産業、コピア、プリンター産業と同じ構造を持っている。SWをアフターとする付加価値は、他よりもさらに高い付加価値で守られる。新しいビジネスモデルを想像しなければならないと、ボケた頭のボケ爺は、益々ボケてしまう。愚笑妙チャーリーよ、助けてくれ!合掌!

<読書>

「フォーカス」 アル・リース ダイヤモンド社

1996年出版で、1997年の翻訳である。バブルの崩壊後、先行きが見えない時の指南役的存在の優れたビジネス書であった。再び読み返してみても、もっとフォーカスしなければならないことが、良く理解できる。生活全般にも、自己の人生にとっても、大変に参考になる。

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2007年4月 2日 (月)

黄砂がやって来た日

 今日、日曜日の天気はそんなに悪くは無いのですが、黄砂がひどい。今年初めての本格的な黄砂の一日でした。偏西風が強い日だったのだろう。ソウルは大きな河、韓江を抱いている。その南、ハンナムから南山に聳え立つソウルタワーを眺めてもはっきりと見えないぐらいの黄砂による曇りである。ボケ爺の経験で言えば、中程度の黄砂の日であろう。こんな日には、マスクが話せない。マスクには、いろんな工夫がなされていて、ファッショなるモノがある。これもトコロ変わればシナ変わるである。

 花粉症は治まるのであるが、黄砂は新たな頭痛の種である。のどはジャリジャリするし、目は痒くなる。ボケ爺には、春は何処にいても苦難な生活が強いられる。クワバラ!

 今日の、ソウルは、チンダレ(山つつじ)の薄紫のあでやかな色、と、ケナリ(レンギョ)の明るい黄色、それに、コブシのまぶしいぐらいの白で、覆い尽くされている。春はいずこも、胸を踊らせる。定宿のシンラホテルの庭を散歩して、春を楽しんだ。

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