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2007年3月20日 (火)

焼き芋の時代

 上野毛から、二子玉川(通常、二子玉)へ下る、ひばり御殿坂のわき道から、ヒョッと、焼き芋カーが飛び出してきて、前を走ることになった。今時、焼き芋カーとは珍しい、と、昔を懐かしんだ。

 なんと、前を走ること、しばらくで、ついに、成城学園の街まで来てしまった。ボケ爺の帰り道である。焼き芋を、この成城学園の住宅街で商売をするのか、まだ先の祖師谷方面まで行くのか?焼き芋売りの「やきい~も」の声は久しく聞かない、売れるのであろうか、心配する。それにしても、なぜ、上野毛から、成城まで、(まだ先があるのか)、こんなに遠くを移動するのか?理解できない。売りながら走るならまだしも、一目散で、移動だから驚く。赤信号で時々蒔きを食えに下りてきては火加減を見て一本ほり込んでいく。芋焼きは続いていることになる。

 わが町、つつじヶ丘(若葉町)近辺では、20年ほど前から、焼き芋売りが盛んに訪れるようになった。初めは、リヤカーに窯を積み、手押しか、自転車で引いていた。その頃はよく売れていたと思う。その後、軽自動車に変わってからは、幾分売れ行きが落ちたのではないか?その頃から、定点売り(駅前で停まっての売り方)が多く在ってきた。5年ほど前からは、ほとんど見受けなくなった。コンビに、スーパーの深夜営業の影響をもろに受けたのであろう。軽自動車時代は投資がかさみ全く採算が合わなかったのではないか、と心配する。

 夏場はそんな焼き芋カーを保管する場所までが近所にあったが、今は住宅開発で、見受けなくなってしまった。時代の変化であろう。

 ロングテールビジネスで、再び復活し始めたのか?それにしても、なぜ、15Km以上も移動しなくてはならないのだろうか?上野毛あたりも成城学園以上に高級住宅街である。車の保管場所の関係か?売れ筋探しのサーベイなのか?なぜ春先か?売れる場所が分かっている?だから一商売が終わって返っていくところであったか?ビジネスの疑問は次から次に湧いてくる。

<読書>

「不機嫌な時代」ピーター・タスカ 講談社

10年前に書かれた、日本への警告の著書である。焼き芋屋ではないが、「陽はまた本当に昇るのか」を考え直す必要がある。読み返してみて、自体は一向に変化していないことが分かる。特に「日本の閉塞感」は全く認識されていないのではないか?

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