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2007年1月13日 (土)

尊敬する経営者との語らい

 僕にとって尊敬する経営者はたくさんいる。ここに登場する人は、創業者の後を受けて、6年間で、倍以上の規模の1兆円を優に超す越す日本を代表する大企業に仕立てた人であり、技術者経営者でもある。若手経営者の抜擢、経営の透明性、攻めの経営、決断力の経営、などで、功績のある人である。

 技術動向の打ち合わせで本社を訪問していた時に、偶然にも、ボケ爺が来社しでいることを嗅ぎ付けて(それだけでも情報網がしっかりしている)今晩会食を、と誘われた。

 NHKの番組で、「この人物と語る」だったか、で、創業者の考えを拝聴した。その時に、この創業者の語りを聞いて、がっかりした、と共に、後継者の立場の、難しさ、苦しさ、無念さ、など走馬灯のように駆け巡った。偉大な経営者であることの難しさも感じ入った。

 後継者で、ボケ爺の尊敬するこの経営者から、今まで教えられたことは数々あるが、その一つが、「オリジナルな技術」を大切に育てることである、ということであった。今回の会食で、さらに、経営、経済はかなりの部分、「技術の出来如何」によって決まるのではないか?解決できるのではないか?と思い始めたと、静かに語り始めた。「今日の日本の技術はグローバルの中で本当に勝てるのだろうか?」と、つぶやかれた。

 経営とは、「理」「義」「情」の三本の柱のバランスから成り立っている、はずで、今日は「情」が勝ちすぎている、と指摘される。しかも、この「情」が曲げられて、子飼い、とか言う上下双方とも、「甘えの世界」を作りたがっているのではないか、日本の政治から始まって至る所にはびこってしまっている、と指摘されている。それは、個人の名声と、金という欲望がそのような状態を醸成してしまうのではないか、とも指摘する。ボケ爺にも納得できる場面が眼に浮かんでくる。

 MOT(技術経営)を学んで行き、MOTを独自の「学問に仕上げて」行きたいと、意気込みを語られた。この語りを聞いて、ボケ爺はMOTを冒涜していた。経験を教えればいいと思っていたからである。「経験を学問」として止揚しなければならない、とは、目から鱗である。さらに、そこには「発想の創造性」を発見しなければならない、という。

 ボケ爺は、美味しい京会席と伏見の冷酒に舌鼓を打ちながら、考えの甘さを、大いに反省した。多くの元気をもらった。定期的な会談の場を約束していただいた。

<読書>

11分間」パウロ・コエーリョ 角川文庫

斉藤孝の「使える読書」で紹介された一冊である。至る所に、人間の本性の言葉(格言)がちらばっている、恐ろしい本である。

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コメント

発想の創造性
云うは安し ですね。

これは 一朝一夕には無理ですよね
でも、現場では 地道な 取り組みが
行われていると思います
ただ
それを経営サイドが
わかっているのか?
目先の効率のみを追求する姿勢では
将来は ないですよね

投稿: 維真尽 | 2007年1月13日 (土) 17時35分

維真尽>
仰るとおり、です。
発想力、想像力を如何養成できるのか?ボケ爺の最大の課題です。
地味な道!教えてくだっさい。

経営サイドは明日しか見ていませんね。特にバブル以降。

芸術面では如何かな?

投稿: ボケ爺 | 2007年1月14日 (日) 08時43分

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