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2006年8月24日 (木)

ドイツ的なもの

 都心帰りのブームになってから、久しい。東京都心の建物の変化は今も続いている。いつ終わるとも知れない再開発である。再びバブルにならないと終わらないのかも知れない。飽きもせず歴史を繰り返す国民性のようだ。

 そんな事を嘆いて、俳優、児玉清は、「変化を求めぬ欧州」でエッセイを新聞に寄稿していた。外観の街造りは確かに変化が少ないように思うことには大いに同感する。それは建物を、外観を守りながら、内装はいつも変化をしているのではないかと、ボケ爺の経験は語る。必ずしも、外観が変わらないから、変化を嫌っているかのように認識する事は間違いではないか、と言いたいのである。

 欧州一般論は知らないが、ドイツは、以外にも変化を好む、最先端をいち早く受け入れる国民性ではないかと思う。ボケ爺が、世界初のSWを、初めての市場に投入した時は、15年近く前になると思うが、最も受け入れてくれたのが、ドイツであった。最も受け入れてくれなかったのがアメリカであった。この違いは何故であろうか。

 それ以外にも長持ちをさせて使うことから、この製品は結構長く使ってもくれた。恩師の佐貫亦男(ドイツ通)も、ドイツの道具、インテリアを例に挙げて、結構新しがり家であると言っていた。「ドイツの道具」と言う著書の中にも書かれていたりする。

 ドイツはつくづく凄い国だと思う。メッサーシュミット、ワルサー、メルセデスベンツ、BMW, ゴールドファイル、など。油絵の具も凄いのである。今はそのメーカを忘れてしまったが。

 さて、日本にはそんな骨のある商品はあるのだろうか、何もかもITに便乗して悪乗りしていないだろうか。なんとも軽い気がするのはボケ爺だけであろうか。

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