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2006年8月27日 (日)

秋の気配

 ここアパートのブンダンの平地ではまだまだ、熱帯夜が続いている。今年は格別であるそうだ。昨夜から、今朝まで本当に良く雨が降りました。1時間ごと断続的に。

 今日は午後から、ゴルフであった。朝から、ボケ爺はゴルフの中止の明報を待っていましたが、残念ながら来ませんでした。午後からはすっかり雨は上がってしまいました。

 午後(12:30)からのゴルフは、まれであろう。しかし、3日前に、社長は天気予報を読んで、今日の時間を予約した。経営者たる物は、先が読めなくてはならない。もし、昨日の土曜日なら、絶対にゴルフなど出来る状態ではなかった、それほど豪雨であった。もし今日の朝であれば、激しい雨の中でのゴルフとなってしまっていた。幸い、午後のスタートは全く雨などには会わなく楽しいゴルフであった。終わった途端に、雨が始まった。経営者はかくも先が読めなくてはならない。

 ゴルフのスコアは社長の一人がちとなってしまったが。山の上のゴルフ場は、すっかり秋の気配であった。木々は、少しずつ、紅葉が始まっているし、花の類も秋の花が満開である。当然、萩の花は満開である。それに、赤とんぼの群集がゴルフには邪魔になる。セミもなきがらが至る所に転がっている。キリギリスも飛び跳ねている。

 地上はいまだ残暑であると言うのに、山側は、月日に忠実に、時が刻まれている。本当に不思議な自然の営みである。こんな規則正しさに、自然の偉大さを身にしみる。

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2006年8月26日 (土)

散歩すればお寺にあたる。

 日本に出張した時は、都心のホテルに泊まる。いずこへの出張時にも、朝早く、散歩する事にしている。出張はとかく運動不足になるし、朝食から良く食べる事になる。日ごろの体力不足と、胃のこなしのためである。

 そのときに気が付く意外な出会いの東京都心の風景は、コンビニと、お寺と、坂、と古木の大木である。

 コンビには、全国で、4万店あるという。宗教法人として活躍しているお寺は、74千寺もあるという。とにかく多い。それに神社を併せると、東京では、500m歩けば一軒にぶつかる感じである。立派なお寺が沢山あるが、なんとその近くの大物オフィス、マンションは、どうもそのお寺の仕立てのようである。とにかく大金持ちである、と見せ付けている。神社はそんな事をしている事は少ないようですが。神社には、古い大木があり一寸した森があって都会に緑の清涼を与えている。都会のオアシスとなっているところが多い。一方、お寺は、お寺部分を極度に小さく効率よく配置し、残ったところを、ビジネスに活用している。緑一つもないところが大半である。

 お寺というところは、檀家というクライアントと、法事というイベントのサービスで、IT時代のビジネスモデルの先取りをしている。それに不動産業までしているのだから、どこまで貪欲な経営者、それが住職なのだから、宗教とはなんだろうか。散歩をしながら、お寺ごとに腹が立つ。腹が立つ事が多い。その分、早足になって、散歩の効果が上がる。

<読書>

「新・風に吹かれて」五木寛之 講談社

「故郷を失った根無し草でありたい、逃げる場を持っている人生というものが、果たして人間にふさわしいのかどうか、私は疑うのである。」という、初めてのエッセイ集の「風に吹かれて」の冒頭に書かれていて、感激したことを思い出す。全くボケ爺と同じ心境であったからである。

 その第二段である。とにかく文章はうまい。内容は、快笑、苦笑がありじっくりと胸に迫る。いずれは、こんなエッセイを書けるようになりたいが。

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2006年8月24日 (木)

ドイツ的なもの

 都心帰りのブームになってから、久しい。東京都心の建物の変化は今も続いている。いつ終わるとも知れない再開発である。再びバブルにならないと終わらないのかも知れない。飽きもせず歴史を繰り返す国民性のようだ。

 そんな事を嘆いて、俳優、児玉清は、「変化を求めぬ欧州」でエッセイを新聞に寄稿していた。外観の街造りは確かに変化が少ないように思うことには大いに同感する。それは建物を、外観を守りながら、内装はいつも変化をしているのではないかと、ボケ爺の経験は語る。必ずしも、外観が変わらないから、変化を嫌っているかのように認識する事は間違いではないか、と言いたいのである。

 欧州一般論は知らないが、ドイツは、以外にも変化を好む、最先端をいち早く受け入れる国民性ではないかと思う。ボケ爺が、世界初のSWを、初めての市場に投入した時は、15年近く前になると思うが、最も受け入れてくれたのが、ドイツであった。最も受け入れてくれなかったのがアメリカであった。この違いは何故であろうか。

 それ以外にも長持ちをさせて使うことから、この製品は結構長く使ってもくれた。恩師の佐貫亦男(ドイツ通)も、ドイツの道具、インテリアを例に挙げて、結構新しがり家であると言っていた。「ドイツの道具」と言う著書の中にも書かれていたりする。

 ドイツはつくづく凄い国だと思う。メッサーシュミット、ワルサー、メルセデスベンツ、BMW, ゴールドファイル、など。油絵の具も凄いのである。今はそのメーカを忘れてしまったが。

 さて、日本にはそんな骨のある商品はあるのだろうか、何もかもITに便乗して悪乗りしていないだろうか。なんとも軽い気がするのはボケ爺だけであろうか。

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2006年8月23日 (水)

Uchimizu

 今年は、本当にエアコン(クーラー)にお世話になった。今もエアコンをつけている。電気代が心配だ。(自分で払うわけではないが)

 しかし、エアコンのおかげで、何かしないといけない気分になる。何もしないと罪の感覚が出来てしまう。会社でも同じである。エアコンがない頃は、暑い、暑い、と言っていれば何もしなくてもいい、言い訳になる。汗をかきながら、何かをすれば、良くやった!と帰りに一杯呑む、いい立派な言い訳が出来た。どうも言い訳人生を楽しんでいたように思う。エアコンが入ると楽しみがなくなる。今は、心地よくなったが、つまらない、味のない人生を歩んでいるようである。

 愛知万博で実証された「打ち水」がある。体感温度で、2度以下は下がるそうである。「ドライミスト」と言うらしい。それは東京理科大の辻本誠教授の提案である。話題の多い六本木ヒルズに設置されて評判がいいようである。水滴の径は0.016mmと言う極小径である。なにやらビジネスになりそうな気配である。

 パリで「Mission Uchimizu」と言って、国際語となり、研究、実施についての集まりがあったようである。

夏は「打ち水」、秋には「落ち葉掃き」、冬には「「雪かき」と、手をかけて、来訪者を待つ心付けが日本人にはあったはずである。幼少のころを思い出すが、飲み会が無ければ定時に帰ってくる親父は、必ず、玄関から庭に「打ち水」をしていた。ある日は朝からの時もあった。かなりヒツコク水をまいていた。それが始まるとお袋がいつも愚痴を言った。「電気代(水道はポンプであった)がもったいない」反論が「これで涼しい夜が過ごせるのじゃ!」エアコンとどちらが電気代を使ったのだろうか。懐かしい夫婦喧嘩の現場であった。

その冷涼に吹かれて朝晩心地良い時を過ごした思い出に、久しぶりに父の笑顔を思い出し、遅れた盆のお参りの代わりとなった。合掌!

<読書>

「論よりダンゴ」山藤章二 岩波書店

「まあ、そこにお座り」岩波書店の第二段目の山藤章二のエッセイである。帯に「今、本はゴマンと出ている。で、これは51冊目の本である。申し訳ない」と本人が記している。さほどユーモアに富んだ、辛口のエッセイである。いつになったらこんな文章が書けるようになるのか。なかなかお目にかかれないエッセイ本である。

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2006年8月22日 (火)

経営は複雑だ!

 数日前の新聞記事に、HPは増収増益、(4割の増益)Dellは増収(少し)減益(半分)である、逆の状況が生まれたと報じていた。パソコンのシエアでは、HP0.5ポイント伸ばし、Dell0,2ポイントしか伸びていない。

 Dellはより安売りをしてシエアを伸ばそうとしたが、思ったように伸びなかった。一方、HPはリストラをしながら、ノート型PCにフォーカスして我慢をした。その戦略の結果が出た。Dellの安売りに将来の不安を残した結果となった。

 最もDellSONY製のバッテリーの不良問題を抱えて、次の四半期も厳しい経営に追い込まれそうである。品質トラブルはビジネスに決定的である。それを、Dellはさらに、同じビジネスモデルでより安く、よりデリバリー時間を短縮する、言う。しかし、このビジネスモデルに限界が来ているように思える。安ければいいのであれば、Dellは一人勝ちでなくてはならない、が20%のシエアで足踏みしている。

 一方、HPはビジネス戦略として、フォーカスを強めている。アメリカらしいリストラと併用の戦略である。しかし、リストラは負の経営である。多分、Dellと同じように、20%のシエアで、限界が来るだろう。

 本当に、経営は難しい。決定的な戦略は存在しない。同程度の競争相手がいるとさらに難しい。どこにもセオリーはない、結果としての物語は山ほど存在するが。

 さて、わが身はどうするべきか、ここが考え処である。ボケがきた頭とか、歳には勝てない、とか言われたくない。ボケ爺、ここで一踏ん張りして、また痛風をエンジョイしよう。

<読書>

「ポストモダンマーケティング」スティーブ・ブラウン ダイアモンド社

Forget the Customer Develop Market ease。フィリップ・コトラーのマーケッティングのバイブルに対して真っ向から挑戦する論説である。こんなに面白い論説はない。バイブルがことごとく否定されていく。心地よく。経営の少しでも関心のある人は読まなければならない。その前に、コトラーのバイブルを読んでおかなくては意味がない。

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2006年8月21日 (月)

感激をありがとう!

 今年の高校野球は面白かった。一般的には打撃戦が主だったと思う。逆転に次ぐ逆転の試合が多かった。ホームランの数も昨年の5割増しの60本に近いようですし、一点差も多かったともいます。

 優勝戦は再試合と言う熱戦に熱戦であった。それも、僅差であったし、投手戦と言う緊張した試合が24イニングも続いた。そんな壮絶な戦いに感激をした。

 若者に対する批判も多い中、今回の試合は連日、老いた人にも、若者にも感動を与えてくれたのではないでしょうか。久しぶりに、全員が一丸となって、熱くなり応援が出来たことに、野球に興味のないボケ爺も感謝する。

 準決勝からインターネットのライヴに釘付けになってしまった。仕事もはかどらない数日が過ぎてしまったが、満足である。明日から取り返しをしなければならないが、気持ちは爽快である。感激をありがとう!

 今までなくしていた、何事に対しても勝利にかける情熱を、忘れないようにしたいものである。パンパシフィック水泳大会もいい勝負をしているらしい。女子バレーもいい勝負をしているようである。素直に勝利を熱く語れるような時代になって欲しい。

 ここには、ニヒルな逆説を頻発する必要はない。逆説を、思わず言いたくなるような社会、対話の世界ではなく、素直が一番となれるのがいい。決して逆説でユーモアを誘う世相は避けなくてはならない。直球勝負が好まれる社会を期待する。今日の試合のように。

<読書>

「逆説思考」森下伸也 光文社新書

自分の「頭」をどう疑うのか、と言う副題がついっている。ここでの逆説は、常識、決め付け、思い込み、と言う硬直した思考力、洞察力を回復させる方法論を展開している。逆説的生き方では、漱石が例に、その門下生3人の逆説的人生論も解説されている。思考方法ばかりではなく、人間としての逆説を話題にしなければならない方法もある。さらには、文明と言う逆説があるという。数学での否定の基本思考も考えなくてはならない。

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2006年8月20日 (日)

下山する時

 比較的涼しい朝を迎えた。曇っている。午後から晴れるとの予想である。汗をかいてアルコールを抜こうと思い、近くの山に上る事にした。ふもとまで歩いて1時間、山頂往復で3時間、計5時間コースである。曇っているうちに早々に出かけた。近くのブンダン中央公園の山の5倍は高い山である。

 登りはマズマズの順調なペースで登ることができた。昨日の多少強い風で緑の落ち葉が目立つ、ところどころに小枝ごともぎ取られた落ち葉もある。競争に負けたようで痛々しい。セミの鳴き声も少ない、元気がなくなっているのか、時期が過ぎたのか。

 大粒の汗は相変わらず滴り落ちて、シャツが重く感じる。この山も黒松の大群で、ブナ、かえで、もみじなど稀である。頂上らしきところに着いたが、外界は黒松の林で見えない。少しの原っぱには、赤とんぼの群集に出会った。近年こんなに群がって優雅に飛んでいる赤とんぼに出会ったことはない。手で払わないと前に進めないほどである。

 下りを急いだ。半分ほど下りてきたところで、右足の膝が痛み始めた。約1年前に同じように下りで痛めた膝がぶり返したようだ。がっくりと速度が落ちてしまうし、痛くて笑い始めた。これでは下る事も出来ないものかと、不安を抱えながらヒア汗をかきながら我慢をして、やっと予定の時間を倍も掛かってふもとにたどり着いた。

 ふもとには、休憩の店が3~4件ある。膝を休めるためと、遅い昼食をとるために、入ることにした。ここにはビールがない、マッコリというドブロクを炭酸で割ったような酒が冷えて美味しそうである。アルコールを抜くためと汗をかいたのにと反省をしながら、チジミと一緒に注文をした。一人では多すぎる。酔いと、膝の笑いとで、ふらつきながら自宅にたどり着いた。

 つくづく、「降りるということは難しい」、と思った。定年まで一目散に駆け上って、定年を境にくだらなければならない。人生降りなければならない時がある。この降り方を間違えると、膝が笑って動けなくなったり、滑って擦りむいたりする。怪我が伴う。登山の遭難は90%以上が下山の時である。

 愚笑妙チャーリーはどのようにして盛りから退歩したのか、そう言えば、人の言う事を無視したり、寝る時間を増やしていたように思える。ボケ爺もそれを見習わなければならない。

<読書>

「退歩的文化人のススメ」嵐山光三郎 新講社

人生の醍醐味は「退歩的」生き方にあり、と副題にある。進歩的文化人とはよく言われたものである。人生一歩一歩先進するように教えられる。ある歳を過ぎれば、歩みを遅らせましょうとも言うが、実際は退歩しなければならないのではないか。戦争も引き際が大切だし、恋の駆け引きも、引き際が大切という。体力が落ちる事も、ボケる事も価値があるという。

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2006年8月19日 (土)

虹を見て

 昨日は飲みすぎた。接待である。徹底して飲むのが、こちら流のやり方、流儀である。とにかく焼酎を飲み続ける。

 飲むことは体力がいる。飲むことに体力がいるわけではない。飲んだ後に体力がいる。アルコールを消化するのに体力がいるのだろう。翌朝はすっかり、疲れている。別に二日酔いが残っている訳ではない。腹筋も腕立て伏せも、予定の回数に到達できなくて挫折する。一日、寝たり、起きたり、何かする気力までもなくなる。酒は百薬の、とはいえない。

 台風の影響で少し強い風が吹いている。窓を開けると、室内よりも涼しい風が入ってきた。台風一過のような天気で、空気が澄んでいて、遠くまで澄み切って山々が美しく見える。強い日差しも戻ってきた。

 東北の空に虹が出た。山の上に横たわっている黒い雲に虹が掛かっている。そのコントラストで、虹はいっそう引き立って美しい。あの雲の付近は雨をもたらしているらしい。東側に逃げていく台風で、東から流れ込む風が山脈にぶつかり、こちら側には雨はもたらさない。

 黒雲の中の虹はいつまでも、輝いている。夕焼けに溶け込む虹色は複雑に変化をして、観ていて飽きが来ない。

<読書>

「夜の公園」川上弘美 中央公論新社

幸せとはどんなな満足な気持ちなのか?そんな気持ちを探るために、いろんな事を試みる、がそれとて本当の幸せが見つけられるのか?寄り添っていただけでは、愛は届かない、愛という幸せはどこにあるのか?私が、今ここに居るのは何故だろう。どうすれば、違う場所にいけるのだろうか?

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2006年8月17日 (木)

トップになる必要十分条件

 組織のトップになるため、なったら、謙虚に、素直に出来なければならない仕事がある。もしそれが出来なければ、出世してはならない。否、出世する事はない。

1:嘘をつき続けられること。決して真実を約束してはならない。

2:院政を敷く事。ちょうちん持ちはいずこにもいる。有能なそんな人物で囲めなくてはならない。

3:派閥を作る事。人間の最も関心事で、愉快な事、生き甲斐はどの派閥に所属するか、である。

4:目立ってはならない。格好いいことは言わない。いつもしっぽ出して、それを撫でてもらう事である。

5:自己保全が出来る事。言い訳がうまくなるように訓練しなければならない。

6:誰にも理解できない事を言えること。形而上学的な内容で、誰にも分からないようなことをいい続ける訓練が必要である。そのために、いかさま哲学を学ぶ事である。

7:あるいは、部下が困る事を言いつける事が出来なければならない。

8:部下の言い分を理解してはならない。聴き訳の良い上司面をしない。

9:人の面倒を見ない。無駄な時間に時間を割かない。その分遊ぶ事である。

10:部下の功績は自分の物に出来る事。自分で功績を決して挙げない、部下の功績を盗む事が出来なくてはならない。

 これ以外にも、いろいろあるだろう。要はまともな人間ではトップになれないということである。

<読書>

「霞ヶ関中央合同庁舎第四号館、金融庁物語」江上剛 実業之日本社

企業小説を楽しんだ後は、後味が悪い。後味が悪いほど企業小説は面白い。そういう意味で、後味が悪い。「ルールとモラルなき経営者は退場せよ!」と叫んではならない。経営者になるために、ルールや、モラルを守ってはならないのである。派閥争いをしながら、問題を解決しない事が最高に安全な処置なのである。

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2006年8月16日 (水)

日本の存在価値は?

 小泉総理が、靖国神社に、815日参拝した。当然、韓国、中国を初めとして、アジア諸国は困惑をしている。参拝するであろう事は織り込み済みであっただろう。

 誰もが、宗教法人と政治の分離、A級戦犯と、戦争犠牲者の慰霊の関係、つまり、合祀の問題、サンフランシスコ条約の外国法、国内法の関係、など何一つ、統一した見解を知らない。日本人自身が、歴史認識に一致した物が分かっていない。明言できる人もいない。

 こんなことで、外交が出来るのであろうか?小泉総理だって、信条を述べるだけで、歴史認識については語れない。次期総理も避けて通る。そんな中、昭和天皇の認識だけが正しいような気がしてならない。

 政治、文化、経済と分離して、日本人はこれらが分離できると勝手に思っている。経済大国だから、他国は人目置く存在である、と傲慢に確信している。太平洋戦争も同じ意識があったために、それに反発する他国に向かって戦争を仕掛けた。歴史は繰り返すと言うけれど、同じ事を繰り返している。意識に変わりはない。最も危険な状態となってきている。アメリカは友好の代替にアジアでの重石となる事を要求している。利用されている。

 今、日本はアジア諸国から、人目おかれているのだろうか?得意の経済の面で。芸術は?スポーツは?当然、芸術、スポーツでは人目おかれるほどではない。経済としても、「モノ造り」だけである。

 GEのイメルト会長は、体育系専門部門の卒業生が電子工学部門のそれよりも増えてきた、理科系離れに警報を発している。対岸の火事とはいえない。日本は少子化とあわせ、十数年で、理科系卒業者は半減している。それでもアメリカは、他国から集められる力がある。日本は、一目置かれる何物もなく、隣国からも嫌われて、理科系留学生も激減である。まして、移民の受け入れを嫌い、避ける。

 日本のよき時代(1980年代初め)は技術力であったはずである。その魅力をなくしては、国際社会で影響力のある存在であり続けられる訳がない。

 露骨な人種差別をする日本人、アメリカ様さまの日本人、歴史認識を避ける日本人。政治、文化でもそのギャップの実態を認識して手を打たないと、存在価値が落ちる一方である。

<読書>

「水曜の朝、午前三時」蓮見圭一 新潮文庫

もし、あの人を選んでいたら、、、、人生はかわっていた?45歳の若さで亡くなった翻訳家が、娘に残した四巻のテープ。そこに語られた無惨な恋、許されぬ過去、そして「死」。

 愛と、人種差別と、忍び寄る死の織り成す切なさの追憶、感動の告白小説である。きっと涙が忍び寄るであろう。

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2006年8月15日 (火)

夢を見た5:花火だ!

 猛暑が続く。熱帯夜が続く。寝心地が悪い。花火の夢を見た。いつごろのことか思い出せない。大きな仕掛け花火ではない。線香花火の黄色い玉から飛び出す糸状の花を何時まで持たせるかの、競争をしている姿であった。いつも負けていて、べそを掻いている姿である。前がはだけそうにユカタを着ていたように思う。それがお盆の頃である事は間違いない。

 提灯の明かりで、お墓へ参った後の事である事も、かすかに思い出している。毎年の事の習慣の中での思い出である。

 それにしても、こんなに熱帯夜でなかったように思う。それを懐かしんで、夢に現れてきたのか?直射日光の強さは今日よりはるかに強かった事を記憶している。

 そう言えば、東京には花火大会が多い。東京だけではないのかも知れない。どうして日本人は花火が好きなのだろうか。夏祭りも全国に多い。これを、どんな国民性というのだろうか。花火の光と音に胸が響く。太鼓、笛の音に心が躍る。

 しかし、ボケ爺には、何ゆえか、花火と言えば線香花火に思いを馳せる。幼少のころの多くの思い出が詰まっている。ひねくれ人生の源かもしれない。

<読書>

「芥火(あくたび)」乙川優三郎 講談社

下層庶民の人間味を描かせると、著者の右に出る人はいないであろう。今回は、負わされた宿命に耐えながら、新しい人生をけなげに切り開こうとする市井の機微が描かれている。開拓地、隅田の川縁に暮らす人々の哀歌である。

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2006年8月 9日 (水)

猛暑だ!ビールだ!

 35℃を上回る暑さになった。入道雲がモクモクと張り切っている。こんな時には、ビアガーデンで、ビールを飲むのが一番の楽しみである。そのことを話しすると、周りはあまり反応を示さない。ビアガーデンなるものがほとんど無いのだそうだ。なんと言っても焼酎が良いらしい。ビールの味もいまひとつピリリとしない。気が抜けた味である。消費者、顧客の声が伝わっていないから改善しないのか、伝わっていてもケンチャナヨなのか。

 インターネットで調べると、3箇所ほどあるらしい、1750円で飲み放題食べ放題、しかも一流ホテルのテラスでやっていると言う、早々に我がグループの同朋と行くことにした。

テラスと言っても箱庭のようで、ビルの谷間である。噴水はあるのだが、風がない。全く蒸し風呂である。ビールは良く冷えていてそれなりである。食べ物もそんなに悪くは無い、種類も結構ある。安い、しかし、人はまばらである。ビアガーデンはそれなりに涼しさを感じなければ集まる人は少ない。この蒸し風呂では、なるほど、いくら安く、サーヴィスしても、人は集まらない。この国の実態が良く分かった。

 その時、でた面白い話がある。日本では、何々ビル、と、ビルディングのことを略す。韓国では、外来語を決して伸ばしては言わない。つまり、ビールではなく。ビルと発音する。であるから、日本に言ったとき、「ビル(ビール)を作っているところが、所狭しと、あるのには驚いた!」と言うことだ。(参考に、ピーターと言う人がいる、ピタと呼ぶ。呼ばれたピーターはしばし返事が出来ないことになる)

 愚笑妙チャーリーが、つぶやく。「痛風を忘れるな!」と。

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2006年8月 7日 (月)

金にならない仕事

 最近、ボケ爺は悩んでいます。この歳になって性懲りも無く、数々のビジネス書を読んでいます。自己満足であるかもしれないが、何とか企業の成長に役に立ちたいと思う、わずかな気力からである。特に、事業戦略、開発戦略、マーケット戦略の類である。読んでも、読んでも、一向に力が付かないし、何をやっても変わらない。それではと言う事で、思想、論理学などにも手を広げても、元々、ボケている頭には理解はもとより、覚える事も出来ない。ましておや、知識だ、知恵だ、と言われても、もう限界だ!と悲鳴を上げている。

 「世間で売れている「ビジネス書」は読まない」「論理的に考え、指標に基づき検証をして、など、もっともな事ではあるが」「心に響かない」「複雑に考えなくても良いのでは」それより「物事の判断の基本は、「いいか、悪いか」、「格好がいいのか悪いのか」、の瞬間の判断で十分だ」とバンダイの上野和典社長は喝破する。「間違えていれば柔軟に対応、素直に変更すればいい」とも言う。

 商品企画は「発想や着眼点は出来るだけシンプルにする」「早く、分かりやすくする」と。難しい理論など役に立たない、と言いたいようだ。さらには、「マーケティング思考、など入らない、ニーズのあるところに商品を入れれば良い」「売れなければ、シンプルに反省すれば良い」そのためには、「会議をしていても金にならない。」「足でセンスを養う事である」なるほど、最もで、ある。アアー、結論は持って生まれた才能が基本なのか。

 こんなシンプルな結論でいいのか、凡人はどうすればいいのか。凡人以下のボケ爺には活動の基盤が無い、と言う結論らしいが。参謀失格か、と悩みは果てがない。

<読書>

「企画書は1行」野地秩嘉 光文社新書

こんな本を読んでも、儲けには繋がらない、上野バンダイ社長の言い分である。ボケ爺としてはそれでも、チャレンジする。きっと何か思考の基本はあると思うからである。本著は、複雑は排除すべきで、「分かりやすく」が一番、と言う。それが1行で現されないといけない、とサンプルを紹介している。何事にも「Simple is best」 とは本当に大切である。

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2006年8月 6日 (日)

久しぶりの雷

 

 昨年はクーラーをつけた日は確か3日ほどであった。25℃を超える夜は無かったと記憶している。今年は、ほぼ毎日クーラーが必要である、まして25℃を上回る夜が続いている。大雨の梅雨が終わったと思ったら、猛暑である。日本よりはましかもしれないが。中国も北京をはじめ局部的に洪水の被害が続いている。インドでもそうだ。

朝から良い天気である、今日も猛暑になる。昼にはいたるところに入道雲が発生している。今までと違う力強さが感じられる。さて、今日の散歩はどうしようか、日が陰ってからにしようと、先に昼寝を試みた。

突然の落雷の音で眼が覚めた。56回のとどろきがあったかと思いきや暗い雲に覆われて軽い夕立となった。稲妻と落雷の音を暫く楽しむ。雲と雲、山の上に、アパートに落ちる稲妻は花火よりは凄みがある。慌ててパソコンの電源、インタネットを切り離す。久しぶりの見事な雷である。南西から来た雷雲は、このアパートの上で止まりとなった。東向きの窓から見える雨はほとんど道路を湿らす程度である。西向きの窓からは暫くガラス窓を叩く音が止まなかった。

夕立も終わり、6時半になったので、日課の散歩に出かけた。小さな小山のある中央公園の松並木の山道は、濡れて滑りそうである。至る所に水溜りも出来ている。アパートから距離にして、西南側に2Kmぐらいであるが、雨の量が違っていたのであろう。涼しいかと思っていたのに、返って蒸し暑く、一気に汗が噴出した。

先日の大雨で、散歩道になっている川はその散歩道をも飲み込む洪水となってたであろう爪あとが至る所に見かけられる。その散歩道を彩る黄色いカンナの花も倒されている。土手の草花も泥に染まっている。川を渡るように置かれていた8個ほどの大きな石が、一個は遠くに流され、他の石もずれて、勇気を出して飛ばないと渡れなくなっている。子犬も後ずさりして、嫌がっている。アヒルが三羽、何ゆえか人と同じように散歩道を闊歩している。とにかく、昨年とは全く違う気候に戸惑っている。

<読書>

「恋する手」太田治子 講談社

17の名画の内容を読み取って、恋物語に仕上げたロマンス短編集である。絵の意味を恋物語に結びつける妙味が、なかなか面白い。絵の歴史も考慮されている、時代背景も考慮されている。絵をこのように解剖できるのも著者の名画への深い知識からであろう。さらには、恋の名手でもあるのか?

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2006年8月 5日 (土)

トヨタも、欠陥隠し

 トヨタも三菱自動車と同じように、欠陥隠しを行っていた。8年間も放置していた、と言う。業務上過失傷害で、国土交通省は業務命令を出し改善策を求めた。どこの会社も「真摯に受け止め、早急に改善策を報告する」「社内の情報管理が不十分だった」と言う。あの三菱自動車だって同じ事を言っていた。

 情報はあるところにはある。社内の誰かが何処かに持っている。管理もされている。要は情報管理の問題ではなく、「その情報をどのように判断、活用するか」、が課題である。経営のトップに上がらないと判断できない、トップが知っていても決断しない、そんな、「無意識、無判断な体質」が問題である。

 これは一寸やそっとでは治らない。長年染み付いた、「天下のトヨタ、何が悪い」という大企業病症候症群は一夜にして払拭出来る訳ではない。

 その証拠に、トヨタの最近の新車に、大なり小なりリコールが起きている。いよいよ、欠陥車を作り続けることになりそうな兆候が現れている。

 これらの課題は、徹底した合理化と、効率主義の行き過ぎから起こる問題である。それに増して、GMを射程に入れてからの更なる効率の追求、世界制覇に向けての、全社挙げて、しずくも出ない雑巾を絞っている事から起こる問題である。

 クルマは昔のように、機械ではない。エレクトロニクス、ソフトウエアのお化けとなってきている。特に、ソフトウエアは厄介である。世界に誇るハイブリッドカー、エコカーのプリウスにその欠陥が出て、リコールになった事は承知であろう。(三菱自動車もこのソフトウエアの欠点が多く含まれていたはずである。)自動車と言う走る凶器がソフトウエアにバグがあったということでは済まされない。しかし「ソフトウエアはバグを取り除けない。」エレクトロニクスの安全対策には、並みのエネルギーでは済まされない。先日来のエレベータ事件での欠陥は、ソフトウエアのバグであった。

 トヨタは開発を急ぐあまり、開発に効率を求め開発リードタイムを短縮する命令をする限り、この問題は治らないどころか、大きな火種を抱えている。さらに、体質は機械家で、安全保障部のトップは機械技術者の固まりであろう。

 こんな体質が、日本レクサスの惨敗の体質に類似している。つまり、状況の変化に気が付かない。アメリカでの成功を日本に持ち込めばあたると言う、環境状況分析の甘さがある。「全ては同じと言う傲慢な大企業病症候性の体質」だから、いつになったら改善されるのか、そろそろInnovation が必要ではないだろうか。

<読書>

「トヨタ・レクサス惨敗」山本哲士 加藤鉱 ビジネス社

日本での売れ行きが、予定の半分であり、外国車からの乗換えが1割に過ぎない。「いつかはクラウン」の日本の体質を分析できていない。付加価値、プレミアの誤認、高級車の認識の甘さ、さらには経済資本の本質への言及など、経営、経済の動向についてよく分かる著書である。

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2006年8月 3日 (木)

元気なHONDA

 連日、ホンダの記事が載っている。業績向上が著しい。営業利益で4~6月で前年同期比19%の増益である。国内販売は不振であるが、アメリカでの伸びが大きい。特にアメリカは、ガソリン価格の高騰の影響であろう低燃費で知られるホンダが売れて、9%の台数増を示している。それに、中国を中心にアジアで15%増となっているようだ。ディーゼルを投入した欧州でも、出遅れをリカバーし始めた。

 トヨタもアメリカでは、新車登録が7月だけを見ればフォードを抜いて2位になったようである。ガソリン価格のおかげと言う事であろうが、これらは、日本技術屋、経営者の地道な努力の現れであろう。我慢強く改善(Improvement)を続けられるのは、日本人だけであろう。海外ではすぐに、革新(Innovation)と言って、新しいことに挑戦してしまうであろう。

 ホンダが好きであると言った事がある。本田宗一郎の気質が好きである。ホンダは歴代の社長がホンダイズムを大なり小なり引き継いでいる。これだけ長く引き継げるDNAは不思議である。それだけ本田宗一郎がすごい人だったか、考え方を徹底して議論したからだろうか。優秀な会社は、DNAが確実に引き継がれる物である。

 ホンダは絶対価値を大切にする。企業のビジョンも、技術のコンセプトも分かりやすい事もよいのかもしれない。組織も独特である。トヨタの相対価値を求めるのとは対照的である。

 ホンダは、いよいよ航空機業界に参入する。小型ジェット機をこの秋から受注に入る。売り出しは2010年になるそうだ。本田宗一郎の悲願であった。夢がやっとかなった事になる。アメリカの小型ジェットの市場は年間150~200機らしいが今後伸びると言う。是非トップシエアのセスナを追い越して欲しい。

 アシモの二本足から、2輪、4輪、海(船舶)、空と、あらゆる交通網を制覇する事になる。壮大な夢がかなう、ボケ爺の技術魂が騒ぐ。

 ディーゼルエンジン、ハイブリッド、燃料電池、ジェットエンジン、等、技術の最先端で頑張って欲しい。個性のある、絶対価値を求める理想の企業に成長を続けて欲しい。

<読書>

「「強い会社」を作る」赤井邦彦 文春新書

ホンダ連邦共和国の秘密、と言う副題が着いている。トヨタが恐れる技術力、ソニーが無くしたブランド力、ホンダはこれらを併せ持ち続けようとしている。考えさせられるホンダシンパの著書である。

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