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2006年4月27日 (木)

業績主義、あるいは、個人主義

 最近、行き過ぎた業績主義、とか効率主義に対する見直しの議論が多くなってきている。古くは「勝ち組」「負け組」との色付けがなされ、最近では、「格差拡大」、「下流社会」、「愛情格差社会」などが論じられて、ベストセラーになっている「国家の品格」などでもその事が言及されている。日本企業の回復に伴って「追い越し車線」の経営と言う企業の個性に合わせて、それぞれが加速を考えればいいのではないか、と人々は言う。

 一方、改革を叫ぶ政治家、経営者は多いし、さらに改革を進めている。その基本が、市場原理主義である。これら以外の選択肢がない、これに変わる政策がない状態では、批判はされながらも、ますます業績、効率主義は進められるであろう。

 それらを支える教条主義は「能力」を中心とする「○○力」なる言葉であり、それに踊らされている。近代社会が要請した能力は「基礎学力」「知識力」「順応力」であった。ポスト近代社会(現代社会)は「人間力」「創造力」「形成力」などと変わってきている。

 努力すればある程度の成功が手に入る時代から、どうすれば成功が手に入るのか分からない時代となっている事は確かである。

 それに火をつけて、ますます分からなくさせているハウツー著者が、あの有名な「斉藤孝」である。何でもかんでも「○○力」と言う名前をつけて、「ポスト近代社会」の救世師、否、伝道師ぶりを気取って真っ先に「勝ち組」に。ますますいい気になっている。

 なんと、斉藤孝先生にもネタ本、否、カンニング本があったのだ。「夢を実現する戦略ノート」ジョン・マクスウェル 三笠書房、である。これにヒントを得て、何でも○○力、と命名していたのではあるまいか。こんなに「チカラ」をつけてどこで使うのでしょうか?アーアー、と、自慰で終わってしまうのがせいぜいではないか。

<読書>

「仕事のための12の基礎力」大久保幸夫 日経BP出版センター

成功をつかむための“12の基礎力”と開発適齢期、と帯にある。何時までも「力」を手に入れるために、あれこれ努力していかなくてはならない。その内、何も発揮しないまま定年となる

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