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2006年4月 1日 (土)

西暦3000年

 いよいよ人口が減り始めた。「人口減少」が問題になって、社会、経済に悪い影響があるのではないか?2007年問題の団塊世代の定年を迎え、高齢化社会はさらにそれと併せて、経済を中心に変化の対応が議論されている。しかし、その未来は2015年、2035年のスパンで考えて議論がなされている。本件はそんなに捨てた物ではない、と言う意見などがあり、深刻な問題である、と言う人もいる。

 江戸時代の人口は3千万人程度であり、今は、1億二千万人まで増えた事になる。それだけでも、増えすぎた感はある。チョッと程度減っても、そんなに目くじらを立てることは無いと思う。人が必要なのは、基本的に、農業、工業の労働者が欲しかったのである。

 10年、30年、と言う短期的には多少、浮き沈みはあるでしょう。1000年と言うスパンで考えるならば、技術の発展で、解決されているでしょう。労働は機械化、ロボット化で問題ではなくなっているでしょう。今の「地球温暖化」の議論と同じで、1020年のスパンでは問題かも知れないが、1000年単位で考えると、本当に「温暖化」なのか、と言う疑問もあり、その原因も、今までの定説は疑わしくなっている。それよりも、自然現象のエネルギーと巧く付き合うようになっていると思う。宇宙にも簡単に出かけているでしょう。

 さて、「考える」と言う「知能」はどうなっているだろうか?「人工知能」が発展している事は間違いないが、どこまで発達しているかである。発達する分、それ以上に人間は発達している事になるが、「人口知能」が自己増殖するかが問題だろう。

 変わらないものがあるだろう。「楽しむこと」「芸術」は人間でなくては出来ない事であろう。変化は「楽しむ」為に人間はいろんなものを変化させていくいくだろう。「芸術」は千年前には、紫式部、清少納言が生まれたように、「かな」文化のような文化を楽しんでいるのではないでしょうか。

<読書>

「半島を出よ」上下 村上龍 幻冬社

今の日本の、海外社会の状況をを見る目は全く無くなっているのではないか、だからこの物語のような事は、起こるであろうと思う。今日の日本を見る目は、国内から見る目がほとんどで、海外に出て活躍する人は、あくまで、出稼ぎであって、日本を見直そうという人は少ない。また日本内でも、蛸壺社会は一向に解消されていない。未来、きっと、この物語のような、海外、国内の未熟な穴をつつかれる事が起こる。日本人は、危機感を持たなくてはならない。

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