« チャーリーの命日 | トップページ | London, Hanover »

2006年3月 4日 (土)

格差社会

 以前にも、「格差の時代」として書き込みましたが、今日は先日来国会での議論の論点の格差社会についてコメントしたい。ライブドア、防衛庁談合、耐震偽装、BSE,子供の殺害、など、事件が後をたたず、2006年に入ってからの時間が早く過ぎていく。

これらを生み出す状況は、① 所得格差が拡大している、② 貧乏層の増加、である。統計の見方による、と言ってもこの現象は明らかである。この原因が、① 規制緩和から、② 長期不況から、起きている、との見方である。いずれも正しいのではないでしょうか?これらから、さらに基本施策を考えると、「効率を追求するのか、公平を求めるのか」と言う構造論になってくる。このような原点に帰っての論争をしてみても、一元的な議論の解決の糸口は得られない。そのいずれも、国民の負担が膨大な物になると言うところに行き着くからである。

先ずは、市場主義を持続させるための構造改革の修正から始めて、その効果を見極めなければならない、と思う。これは「市場での失敗」とみなせるからです。根本からの出直しでなく、修正で済むはずである。日本国内のみでなく我々は世界から押し付けられる圧力にも対応していかないといけない時代となっている。

一方、金銭中心の「市場原理主義」は人間の価値基準や行動基準まで変えてしまう。「人類を不幸にしてしまう」と言う説もある。

都市化が続く限り、この市場主義から逃れられないのではないでしょうか?しかし、行き過ぎた都市化は好ましくない。その上で、あえて言えば、市場主義は、効率が求められて、公平が置いていかれるであろう。これを、「良し」、と言わないがバランスは難しい。

効率化は実力主義人事に及んできており、最近特に求められる能力「・・力」がうるさく求められるようになっている。今日の「・・力」は百舌の鳴き声のごとくうるさい。これは「効率化の追求」からくる、「人間行動基準の変化」をもたらしている。

<読書>

「乱気流」上下 高杉良 講談社

新聞情報の歪も、市場主義で噴出す。それが人事などから起こる事も効率を求める事からも歪んでいく。人間構造基準の見直しが必要であろう。

|

« チャーリーの命日 | トップページ | London, Hanover »

コメント

残念ながら,個人の能力には差があ
る.その差を認めながら(尊重しなが
ら),個々の特性を認め,それを伸ば
し,それを評価できるシステムを作る
ことはできないのであろうか..

平等,とは,個人を個人として平等に
認める(等しく扱う),ということで
はないのだろうか.

等しく扱う,ということは,人として
等しく扱う,ということであって,そ
れ以外のものでは測れないのではない
だろうか...

などなど,頭の中でうずまいておりま
す.

現状のままでは,人間社会が崩壊する
ことは容易に予想できます.が,崩壊
してしまうまで手を打てないのでは,
とも思います.

投稿: Hana父 | 2006年3月 6日 (月) 12時58分

Hana父>
コメントありがとう。

残念ながら、経験から、個性を見つけることによい方法を見出すことが出来ていません。
人間皆、差があるし、個性があります、が、これがはっきりしないのですね。自分で本当に、個性を説明できますか?そしてどうすればいいか、見つけることが出来るのでしょうか?出来ないでしょう。

生きていく社会の中に居てこそ、相対的に見出せるのです。その社会が変化していきます。その速度が遅いと結構人間は適応してしまうのだと思います。変化に付いて行けなくなるほどの社会となっているので居る、と思っています。

格差もまた個性の表れではないでしょうか?

崩壊なんてありませんよ、人間結構調整能力はあると思います。

私は楽観しています。

投稿: ボケ爺 | 2006年3月12日 (日) 21時48分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/160469/8942415

この記事へのトラックバック一覧です: 格差社会:

« チャーリーの命日 | トップページ | London, Hanover »