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2006年3月29日 (水)

経営の発明者:ピーター・ドラッガー

 ウィーンで生まれた「マネージメント(経営)の発明者」と呼ばれた思想家。その名は、2005年11月11日に没、95歳のピーター・ドラッガーである。合掌!

 日本は、ドラッガーから多くのことを学んだ、今の元気な企業は、ドラッガーの教えをしっかり学んで、確実に実践しているように思える。それだけ、重要な経営論である。

 ドラッガーの造語がたくさんあります。有名なものに、「分権化」「目標管理」「知的労働者」「民営化」「年基金社会主義」などがある。今でも新鮮に受け止められている。

1:Drucker語録

1)     労働者はCostでなく資源である

 ―人材(人財)の重要性を指摘し、労働力を経営資源として捉えるように説いた。

2)     事業の目的とは顧客を作り出す事である

 ―「事業の目的は利益を生み出す事」と言う考えを否定。

 ―「どんな機会やチャンスがあるのか」との機会中心主義であるべきである。

3)     知識こそ本当の資本である

 ―これからは人間の知識による生産の重要性が高まっていることを示した。

4)     イノベーションの欠如こそ既存の組織が凋落する。

 ―マネージメントと、イノベーションの重要性を的確に表現した。

 最後の見解として、日本に対してのMessageを残していた。

1:工業型から、知識産業型経済に移行中である。その中で、①少子化。高齢化は進み、経済の主役は②単純労働から知識労働へと進む。しかし、日本の終身雇用制は知識労働者にはなじまない。ここに大きな危険が集約される。

2:企業が銀行系列から離脱する動きはさらに加速される。今後銀行に代わる企業への資金提供者は年金基金となる。

3:日本の強さの源泉は家族意識である。企業は簡単に社員を解雇できないから社員に責任を持たせて最大の力を発揮させなくてはならない。それが強さにつながるはずである。家族意識と労働市場の流動化と如何バランスさせるかである。

<読書>

「ポスト資本主義社会」P.F.Drucker ダイアモンド社

21世紀の組織と人間はどう変わるか?というテーマで展開されている。1993年に書き下ろされているが、その頃の日本に対して厳しい提案になっているが、この教えを守って改革を進めているところが、真に強い企業となってきている事は事実である

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2006年3月27日 (月)

不思議なアレルギー

 実は、ビールアレルギーである。正確には、「であった。」の過去形である。今は何とか、アレルギーにならずに過ごせている。前にも話したように、小学生の時から、「日本酒」それも熱燗は飲んでいたので、頭が悪くなった以外は、そんな兆候は見られなかったし、「酒は百薬の長」という事で、病気にも掛からない。確かに、一度も、ビールは飲んだ事がなかった。

 大学に入ると、コンパが多い。先ずはビールを飲んだものだ。コンパのあくる日は必ず、首筋、腕の関節、お腹、など関節部分が真っ赤になり痒い。なぜこんなことになるのか始めは不思議であった。「何か食べ物が悪かったのだ」、と思っていた。とにかくコンパのあくる日は必ず、である。いつも「食あたり」とはいえないかもしれないと、毎回食べた物を書き出して、何が怪しいか調べ始めた。10回ほど調べたが、全く相関がもてない。否、全く一致しない、ランダムである事が分かった。が、一つだけ、共通する事を発見した。“科学的方法論”に基づいた解析を試みた事になる。「まさか」、と思っていたので見逃していた。何事にも、「思い込み」はよくない。「この思い込み」は“全ての思考過程で排他”しなければならない。「まさか」とは、辱めながら、歴史的に見て、「まさかアルコールでアレルギーなんてあるわけが無い」、との“思い込み”である。ここで、「アルコール」という丸め込み(マクロ的)がいけなかったのである。その時は、まだ、デカルトの「方法序説」に出会っていなかった。

 それから、ビールを飲む事を止めた事は当然である。日本酒にしたのである。見事にアレルギーは出なくなった。二年ほど続けたが、やはり、夏場、スポーツの練習、試合のあとなどは、なんと言ってもビールがいい。ビールを再開して、アレルギーを我慢した。三年ほどで、出なくなった。卒業と共に、アレルギーも卒業した事になる。それからは、出そうで出ない状態が続いている。「毒を持って毒を制する」とはよく言ったものだ。我が人生はこの教訓で、何事にも解決してきた。これで、何とか生きていられる事が不思議である。意外に「毒気」が強いのかもしれない。

<読書>

「司馬遼太郎・人間の大学」鷲田小彌太 PHP文庫

山田風太郎と比べれば、「毒気のない一人前の大人になる」ための、司馬遼太郎の賛辞の内容である。副タイトルに、「人生の基本を学ぶため」となっている。経営者は司馬遼太郎の中毒が多い。私は好きで無い。その理由は①毒が無い、②英雄をさらに美しく描きすぎている、からである。しかし何故か、私の好きな評論家のこの鷲田、谷沢永一などが「人間通」で賛美する。不可解である。

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2006年3月26日 (日)

何故か花粉症

 今日も散歩日和である。何もする事が無いので、散歩に出かける。日本に居た頃には、この季節の散歩は、辛い物があった。花粉症である。15年ぐらい前から続いている。近年は以前ほどの辛さなくなったが、鼻水で花がつまり眠れない夜が続く。花粉症でないと、この辛さは分からない。全員花粉症になって欲しい。

 花粉症は突然にやってきた。ほとんど病気をしないし、風邪もひかないのに、2月初めから、鼻水が出始めた、チョッとした風だろうと、ほっておいたが一向によくならない。その内、涙が出始め、朝は目やにになっていたり、ごみが入ったようで、ゴロゴロと、目が開けていられなくなる。それでも、新種の風邪にかかったと思って、一春を過ごした。その翌年ぐらいから、花粉症という言葉が、新鮮に、巷に流れ始めた。

 お供のチャーリは、一見平然としているが、沈丁花の花、黄色く咲き誇った水仙の花など、興味があるのか、よく嗅ぐ。地べたにぶつけるぐらい、大きな見事なクシャミをする。そのたびに、ひっくり返った耳を元に直してやる。すると少し照れ笑いをして先を急ぐが、始まったクシャミはなかなか直らない。「ご主人様に似て、お前も花粉症か」「お前に言われたくないよ」「大事にしろよ」「お前こそな」と会話が弾む。など、思い出して懐かしい。合掌!

 こちらは、幸い、針葉樹といえば、ほとんどが松の木である。黒松、赤松をはじめ、そのほかに34種は見られえる。だから、花粉症は免れている、と安心ばかりしていられない。黄砂がひどい。今日など少ないほうだが、薄っすらと霞む。ベンチで一休みとはならない。ひどい日は空一面黄色くなり太陽の光も陰るぐらいである。黄砂用のマスクが売り出されている。散歩しているワンちゃんのくしゃみは聞こえてこないし、マスクもしていない。

<読書>

「川柳うきよ鏡」小沢昭一 新潮新書

川柳は「笑いの文芸」である。浮世のさまざまな出来事の「鏡」である。

そこで即席にて一句。

「パソコンが使えるよとBlogす」

「eメールできて家族迷惑ぞ」

「本読みと言って欲しく書評集め」

「バカほどに知ったかぶりを是とする世」

「鈍い奴ほど漁夫の利で出世し」

「神さんの偉さが分かる定年後」

お粗末!でした。

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2006年3月25日 (土)

故チャーリーも喜ぶ巣立ち

 我が家に来ていた鳩は、4年ほど前に子供が産まれ無事に巣立って行った。その後は、毎年巣を作るが、失敗で、残念ながら巧く言っていない。今年も巣を作ったようだがどうなるか?

 私事であるが、我が家の息子が、昨日、卒業した。ひとまずは子育てを無事に終えて、安心をしている。姉は4年前に卒業をして、今は、一児の親ばか、となっている。我が家の子供は、親離れは早い方だと思っている。親が離したというより子供の方から独立してしまった、という方が正しい。その分、親が子離れできていなくて、オロオロしている感がある。

 先ず、娘が生まれたときに、記念樹として、マロニエの木を植えた。立派に成長して、23の歳の春に、娘は家を出て一人住まいをはじめた。すると、花も勢いがなくなり調子が悪くなった、と思ったら、見事に次の春には目を出さずに死んでいった。幹は30cm近くにもなり、二階の屋根より高く育ったマロニエが、である。不可解な思いがした。

 息子の時には、ヒイラギの木を植えた。家の建て替えの時に移植しようといっていたのに、解体家がどこかに持っていってしまって、残念ながら跡形がなくなった。と寂しい思いをしていたら、息子は、1年後、中学生で寄宿するといって、家を出てしまった。それ以来、我が家に帰ってきていなく、卒業後も我が家を素通りして、企業の寮の入ってしまう。そのヒイラギを取り戻していたら、その後は変わっていたか。何か、子供育てとの因縁に歴史の重さと、不思議さが隠せない。二人とも親を超えて頑張ってくれている。そこに子離れの一歩がある。我が家はますます寂しくなる。チャーリもそんな我が子に、一目置いていて、決して忘れることなく、帰省を笑顔で迎えていたし、仲を取り持っていてくれたが、もういない。合掌!未だに、子供たちの残した多くの小物を大事に残している。

<読書>

「「わからない」という方法」橋本治 集英社新書

社会に出る人に読んでもらいたい本の一つである。分かっていない、分からない、ことが沢山あるが、分かったかのように思う事もわかっていないのか。「わからない」という事をはっきりと「わからない」と認識できる事は、物事を理解する事の始まりである。そこからの行動が自己成長の基本となろう。決して「わかった」つもりになってはいけない。「わからない」は恥ではない。「わからない」ことが多ければ多いほどよい。

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2006年3月22日 (水)

顧客主義

 商品企画で他社を差別化したい、それをベースに沢山の販売をしたい、そして利益を出したい、といつも経営者は考えているし、経営者はプレッシャをかける。そのホコ先が、先ずはマーケティングである。

 現在マーケティングのバイブルはなんと言っても、コトラー(Kotler)の「マーケティング・マネージメント ミレニアム版」(ピアソン・エデュケーション)(Marketing Management,The Millenium Edition)である。①環境をSWOTで分析をして、②ターゲットマーケットで戦略を固め、③4Pを考慮して、④具体的戦術を計画する、が基本の筋である。とは言ってもそう簡単ではない。簡単には顧客の希望と一致すればいい、と言う。ドラッカーの基本でもある顧客の立場に立って、顧客の気持ちを取り入れて、と言う、なんと言っても顧客主義が貫かれている。

 しかし、複雑系の市場では、顧客は本音を語ってくれない、顧客は気ままで、"移ろい"である。顧客の分析では決して新企画は生まれない。顧客と企画を共有せよ、そして心を揺さぶり共振させよ、とため息が出てしまうようなことを言う。

顧客に迎合しすぎである、と過激なポストマーケティングを唱え、真っ向から、コトラーに論戦を挑んでいる人がいる。それが、スチーブン・ブラウン氏である。「ポストモダンマーケティング」(ダイアモンド社)(Forget the Customer,Develop Marketease:Stephen Brown)が刊行されている。「顧客の話しなんて聞くな、こちらに振り向かせよ。」と顧客第一主義に対抗している。この著書はそんな内容を分かり易く解説している。さてさて、これとて、そう簡単ではない。元々簡単な方法は無いと諦めないといけないが、何かにすがりたい、助けてもらいたい。とかく経営は難しい。

<読書>

「漱石と三人の読書」石原千秋 講談社現代新書

なんと、漱石は顧客の反応を見ながら小説を書いていたと、と言う論説である。元々、漱石は「モダンマーケティングの先生」である。先ずは、今日のITのビジネスモデルの“著作権”を確立させた、ことである。さらに、小説は実験である、として、顧客を三層に分析して、それの顧客を意識しながらストーリーを想像して、ストーリーを構成していたのではないか、と仮説を提案している。そんな論説は全て同意できる。

 漱石はビジネスマンである。だから、漱石先生から目が離せない。奥深い作意が組み込まれているからである。

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2006年3月21日 (火)

バカになった理由

 日本経済新聞に鴻巣 友希子(翻訳家)の「二杯目の水割り」と題した、エッセイが載っていました。17歳から、父にお酒の飲み方を教わったようだ。それは、もう一杯欲しい時のお酒の頼み方であった、と言う。それが巧く出来るようになり、「立派な酒飲みになりすぎて、いささか父の教育が過ぎたかも知れない。」と。

 私にもそれと似たような経験がある。我が家の父(故人)は酒飲みであった。何かにつけ、誰彼かまわず我が家では宴会が始まった。その世話をするのが当然のこと、母である。この母は全くの下戸である。酒の匂いだけで、真っ赤になり倒れそうになるぐらい酔っ払ってしまう。いつも苦しんでいた。小学校低学年頃から、そんな母を見て、次男である優しくて、勉強嫌いな私は、勉強から逃れられることも併せて、よく手伝った。お客のところに、熱燗を持っていくと、お客さんは、なんと小学生の私に「可愛いボン」とお愛想を言って勧める、それを断ると、父は「礼儀に失する」と言って怒るのである。ついつい飲んでしまっていた。そんな事から、私の左脳の記憶脳は全く空胞化してしまった。それ以後、記憶に支障をきたして記憶力(メモリー容量)が減退してしまった。記憶と言う基本が出来なくなったのだから、バカになるより仕方が無い。これは父の教育の賜物であると、今になっては感謝(?)している。何故か、それは天才にならなくて良かったと思うからである。

 そんな父は、お酒を振舞う事で貧乏生活を続けてしまったが、その分、葬式では田舎で最も大きな斎場に入りきれないほどの人々を集め、最後まで宴会そのものであった。お酒の力に私は驚きを隠せなかった。そんな教育を受けたが、下戸のままである。未だに、全く不肖の寓息から脱皮仕切れていない。「いささか父の教育が過ぎたかもしれない」と言えないのが残念である。

<読書>

「超バカの壁」養老孟司 新潮新書

バカの壁、死の壁に続く、仕上げの著書、と言う。バカには分からないと、と言っているようで、小生には難解であった。簡単に言えば、ガンコ親父のグチをはっきり言い切った、と言った方がいいのかもしれない。ここまではっきり言い切れるだけしっかりした自己主張できることは羨ましい。だから世をバカだと言い切れるのであろう。

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2006年3月20日 (月)

どこへ行くNEC

 今日のNECは元気が無い。本当に、NECはどうなってしまうのか。Visionが全く伝わってこない。金杉社長の言う「ITとネットワークの統合」とは何なのだろうか。とにかく、NECの動向が気になる。何故か、企業年金をNECからもらう事になっているからである。いつの間にか、かなり縮小されてしまっているが、これ以上縮小されると老後の生活が困るからである。

 227日の日本経済新聞の「経営の視点」に“NECはどこへ行く“と論説が載っていた。電機大手は回復の兆しが見受けられるし、日立製作所、ソニーも経営陣の世代交代が進み、それなりに、方向がはっきりしてきている。NECは2005年度第三四半期(1012月)の連結業績は電機、情報大手10社中、唯一営業赤字である。半導体も元気が無く赤字である。

 西垣浩司前社長は切れ者であった。切れすぎたのではないか。情報機器事業本部時代の営業の統括責任者時代の各事業部への質問はいつも的を得ていた、が事業部長はその質問内容に恐れていた。ハードウエアは見事に切り捨てられた。その中のレーザープリンター事業も富士ゼロックスに売却され、自分が作った事業部だけに悔しく思った。後輩の行く末も気になった。申し訳ない気持ちでいっぱいである。最近のキャノンへの売却の子会社にしても、NECの技術のよさがあったはずである。

 選択と集中は経営の基本であるが、強みの分析を誤ると単なる「縮む経営」になってしまう。故小林宏治会長は、展示会、パーティーなどで話をさせていただくと、「私は皆さんに騙されてきました。」「何時までもだまし続けてください。」と若者を激励して回っておられた。企業経営の基本は人にある。社員のモチベーションを如何に高揚させられるかに掛かっているといっても過言ではない。

 金杉社長からこのたび社長に就任する矢野薫氏は、「ホロニック経営」を提唱された元会長の関本忠弘氏の子飼いで可愛がられていた。このような人事は本当に強いNECが作れるのか。新社長に期待する。

<読書>

「複雑系の経営」田坂広志 東洋経済新報社

とにかく、経営とは難しい。成功してからの成功物語は美しい。成功するまでは複雑である。私の独学の先生、田坂広志先生が「複雑系の理論」を駆使して、「経営」に分かりやすく適応されているし、「複雑系とは何か」も良く理解できるようになっている会心の著書である。

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2006年3月19日 (日)

WBCをTV観戦

 今日は昨日よりもさらに気温は上がり、よい散歩日和である。

 散歩には行かず、WBCの韓国・日本戦を見た。会社でも、この件は非常に話題となり、賭けが起きているぐらいである。KBS(NHK相当)、SBS(民放)とも放映している。WBCが始まってから、これ以外にも、連日、Replayの放映をしているし、この話題で持ちきりである。周りも何かと言うとこの話題を持ち出す。それほど、良きに付け、悪きに付け日本を意識している。DNAは最も近きにあるのではないかと思われるが、歴史が重い。豊臣秀吉時代から延々と続いている、隣国との不幸な関係である。

 アパートの周りも、今日はいつもと違って静かである。22階から見る駐車場も、さすがに今日は一杯である。ゴルフ練習場の駐車場は全く自動車がない。その周りのレストラン街も、ほとんど車が無い。幹線を走る車も少なく静かで良い。家電量販店のにぎやかな売り出しスピーカーも午後からは全く聞こえない。TV観戦のせいなのだと思う。

 そういう自分も手に汗をにぎってKBSTVを観戦していた。明日からの話題作りに。サンジエゴ球場は韓国人の多さが目立った。それだけ海外に出て活動している人が多いという事であろう。それにしても韓国の選手は大きい、それに若い。韓国内の男子の平均身長は172cmというから、日本より3cm以上という事か。それに粘り強い。冬季オリンピックのショートトラックの強さなどは粘り以外にない。屈辱の歴史がそんな民族意識を作ったのか、いい意味で日本の本当のライバルとなろう。

<読書>

「妖説太閤記」上下 山田風太郎 講談社文庫

時代小説は面白い。前にどこかで(劣等感、云々。)紹介したけれど、忘れてしまっていたので、改めて読み直した。実に重い時代小説である。これほどまでに人間の気持ちの動きを中心に、主には、嫉妬を取り上げて展開していたとは、過去の読書は何だったのだろうか、と読解力に悲しくなる。しかし、今日の自己形成に大きな一石を投じていた事は確認できた。これらの内容は、今のサラリーマンの世界にも適用できる内容が山ほど詰まっている。もう少し前に読み直していたら、自分の過去は変わっていたかもしれない。歴史には、もしは無い、が、想像してみる事は楽しい。

 豊臣秀吉を「英雄」としてではなく、「惨憺たるものだ」と闊歩する山田風太郎を見直したい。歴史は繰り返すというが、「太平洋戦争を戦った日本人の愚か」の類似性にも言及している。

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2006年3月18日 (土)

春が

 先日、出張から帰った(韓国)日曜日は震えるような寒さが戻ってきていた。-5℃だと言うアナウンスがあったが、実感温度はそれ以上であった。一週間がたった今日は暖かい。

 それまでは、川は再び凍り、雪の降る日が続いていた。暖かさに誘われて昼過ぎに散歩に出た。すでに新学期が始まっている小学校から下校している小学生の集団に会う。彼らも、Tシャツに近い薄着である。住んでいる近くにブンダン中央公園がある。山あり、池ありの、一周、約1時間の散歩コースである。そこにも春が訪れていた。サンスイュと札がついっている、ロウバイに似た黄色い花が咲き始めている。コブシは今にも開きそうな様相である。韓国の春も、黄色から始まる。猫柳は花が咲き、寒さの日の産毛の銀色の神秘な美しさはもう無い。川添の土手には、ヨモギが芽を出している。アズマたちがそれを積んでいる姿はよき昔を思い出す。お餅によし、コチュジャンで和えて食べるのも、又よし。

 鳩は世界中に存在する鳥であるが、ポップコーンをついばんでいる姿も変わりが無い。世界の平和の象徴の証であろう。鳩に鳥インフルエンザは似合わない。

 河原には、高校生の新人歓迎会が始まりかけている。一組は合唱クラブだろう、発声練習を順番にしている。アー、アーアーは音楽教育が西洋から教えられたのであろう日本と全く同じである。それにしても若者の笑顔はすがすがしい。

 河原のベンチで読書もよいものである。そんなところでは軽い読み物がよい。

 春はようやくそこまでやって来た。

<読書>

「「秘めごと」礼賛」坂崎重盛 文春新書

荷風、谷崎、乱歩をはじめとして、出てくるは出てくるは作家の秘め事。世間の良識なるものに背を向けた生き方にこそ学ぶ真実があると言うが。この中には、実に昔の作家が生きる苦しさから自由を勝ち取ろうと、もがいた話が一杯詰まっている。近代文学を読みなそうと思わせる著書である。

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2006年3月17日 (金)

仮説、あるいは仮定

 歴史で、「もし」、は考えられない。しかし、「もし」このようになっていたら、歴史は変わってしまったであろうと、想像する事は、歴史小説を読む楽しみである。

 論理は「仮説」から始まるのである。「仮定」は重要な基本の思考方法である、と常日頃大切な手法として使っている。これは技術開発、商品開発には欠かせない重要な方法論でもある、今でも大いに使わせてもらっている。

 科学の世界ばかりではなく、経営の面でも使える、マーケティングなども全て仮定の設定の検証の繰り返しである。そんな毎日に経営者は悩んでいる。マクロ経済はそうとも行かないのかもしれないが、ミクロ経済などは仮定の設定からその動向で政策を絶えず変更して、適応状態を検討している、と思っている。

 欧米の文章(文法)はロジカルにできていると言う。それは、If...then,becouse..を多発する。ソフトウエアの世界でも、アルゴルと言う言語があるが、全く同じ論法である。

 学生時代に、悩ましい、難しい数学の授業がありました。トポロジー学、の基礎としての、非ユークリッド幾何学。その基本はユークリッドの公理の第五で第五公理の否定であった。否定と言う仮説の検証から見つかりました。未だによく理解できていませんが。

 独学での先生、「小室直樹先生の著書」には、この方法論が貫かれています。「近代科学の基本は仮説の検証」と言われています。近代経済原論、近代社会学も科学である、と闊歩されています。

 企業活動での大切な手法PDCA(Plan,Do,Check,Action)のPlanは仮説(仮定)である。全ては仮定から始まると言っても過言ではない。

<読書>

「99.9%は仮説」竹内薫 光文社新書

ベストセラーになっているから、もう、読まれている人もおられるでしょう。「思い込みで判断しないための考え方」「頭をやわらかくする手法」となっている。ともかく、ご一読ください。全ては「仮説」から始まる。

「数学を使わない数学の講義」小室直樹 WAC

とにかく、「目から鱗」とはこういうことである。追々、この本の解説もしていきたい。

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2006年3月15日 (水)

理解できない現在小説

 最近読む新進作家の小説は理解しにくくなっている。そんな思いに悩んでいました。日本経済新聞の夕刊に、入門講座が始まった。「21世紀ニッポン文化史」で、「綿矢りさ は樋口一葉である」と言うショッキングな表題である。

その理由は、“まるで、時代が一巡したかのようだ。星雲状態にみえる今の作家も、なじみ深い巨星たちになぞらえればその位置とりが見えてくる、と言う。

両氏の共通点は「新しさ」への反旗、であると言う。新人はいつでも新しさを売り物にしようとする。否、新人だけではない、誰でもが常日頃から、「新しさ」でアピールしたい、と考えている。競争社会ではさらに、何か差別化を探し、意識し、そんな個性を売りものにしよう、と悩んでいる。

TVドラマなど、モット早い循環を見せている。さらには、両氏に共通する事は「新しさ」ではなく「一番大切な事は日本語を愛し抜くことである」と言う。日本語を愛し抜くとはどんな事か、今一、分からない。綿矢と、樋口の日本語は全く違うように思える。もう少し詳しい解説を希望する。確かに、今は「日本語」ブームでもある。そんな著書が山ほど出版されている。これらは、IT機器での文章化が諸悪の根源のように言われている。果たしてそうなのだろうか?

また、読者はそんな循環を期待しているわけでない。将来を暗示してくれる、何かを期待している。題材が無くなっている、新しさを見つけられない代わりに、“日本語らしさ“のみにしか主題が見出せないのではないか?そんな事が返って読みにくい作品となっているのではないのか?日本語の美しさ、文章の美しさも当然であるが、読んだ後の物語性についてが、大切であると思っている。そんな作品を期待している。そんなことから、現在作家よりも近代作家の方が好きである。

<読書>

「包帯クラブ」天童荒太 ちくまプリマー新書

永遠の仔のベストセラーはよく知られている。久しぶり(6年)の長編小説、と言う振込みで、「傷ついた少年少女たちの感傷てきな物語」と言う。しかし、内容は全く分からない作品であった。悲劇役者のようにブリッコしているだけではないのか?理解できないのが悪いのだろう、それだけ歳を取って遅れているのだろうか。

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2006年3月14日 (火)

歴史の面白さ

 人生歳を取ると、時々過去を振り返る。なぜこんな人生を歩んでいるのだろうか、と。そんな時、最も思い出すことに、人との出会いであり、事件だったりする。

 小学校時代の先生だったり、友達だったりする事は誰にもある経験である。当然、親の存在も大きい。幼少の頃は、そう言っても、そんなに大きな出来事になったかは疑問で、分からない。

 先ず親は、分かっていないかもしれないが、結構、子供の人生を決め付けているものだ。三つ子の魂、で何時までも引きずっている。親の言う、刷り込みは大きな影響がある。

 バカだ、バカだといって育った影響は、大学を卒業する時に親に反発し、親の示す人生から逃れることから、人生が変わった。それを助けてくれたのが、恩師の木村秀政であった。もし、恩師の一言を親に話ししてくれていなければ、今頃は田舎で田を耕していたかも知れない。今の愛する家族も、全く変わってしまっていたであろう。

 この世に存在して居ないかも分からないことを経験している。田舎では田圃への水取りのための井戸があった。柵も何も無く2mほどの底の水辺に下りていける。そこにイモリが居たのだろう、取ろうと思ったのである、が足を滑らせて井戸に落ちてしまった。幸い、本当に幸い、仰向けに落ちて、水を飲むことなく、浮いてしまった。澄み切った真夏の太陽を何故か心静かに眺め浮き続けていた。二時間か三時間、本当に心静かであった。なぜ、焦ってバタバタしなかったのか?泳げるほどの泳ぎもまだ習っていなかったと言うのに。「これで明日は無い。」と本当に思って浮いていた、鮮明に覚えている。「死にたい」、と思っていたのかもしれない、このことは覚えていない。

歴史に「もし」が無いと言うが、もし生きる事に執着があったら、暴れ、もがいて、水を飲み、本当に死んでいたであろう。当然、今日は無い。歴史とは、こんな偶然の繰り返しでもある。

「信長は謀略で殺されたのか」洋泉者新書 鈴木、藤本著の書評で、本能寺の変は今日の日本を変えていたかも分からない、謎に満ちた事件である。「何故か、もし」、を考え巡らす歴史は面白い。

<読書>

「龍馬暗殺に隠された恐るべき日本史」 小林久三 青春出版社

龍馬暗殺者を西郷は知っていた、勝海舟と、二つの顔を持つ西郷隆盛をつなぐ奇怪な一本の系譜があった。幕末の時代の動きも複雑、奇怪な事が多すぎる。ここでの、偶然、必然の織り成す歴史の面白さの坩堝が渦参っている。そんな中、この本は真に面白い。歴史の面白さを、改めて知る事になるであろう

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2006年3月13日 (月)

黄色の思い出

 春は黄色から始まる。何故か春を知らせる草花は黄色である。名前は一々覚えていない。ロウバイから始まって、水仙、福寿草、などなど。大昔はフリージアも黄色が殆どであった。今日ではいろんな色が作り上げられている。大学に入った頃の暇な日には、フリージアの切花を買ってきてよく習作を試みたものだ。なんと言っても黄色の色が好きだ。

 中学の2年だったかと思うが、展覧会に出す絵を仕上げていた。大振りの真っ赤なシクラメンの鉢植えであった。バックは黄色に仕上げた。自分で言うのもなんだが、出来映えは上場であった。きっと当選は間違えないと思っていた。提出の前日に、「黄色いカラス」と言う映画を全員に見せられた。その粗筋は、ある子供が、どうしてもカラスを黄色く描く、それは精神分裂症だから、が結論であった。色の好みによって性格が判るということだ。黄色をバックに仕上げた絵は、早々に変更が必要となった。真っ赤なシクラメンの花のバックはそう簡単に見つからない。その結果、落選してしまった。悔しさが今でも記憶に新しい。なぜ、学校側はこんな映画を見せたのか未だに疑問であり、残念な思いをした。今では、堂々と黄色を多用する。何故か、少々、分裂症気味だからか?

 何時頃から、絵が好きになったのだろうか、定かではない。小学校2年生の担任は美しい女性(と記憶しているが顔は全く思い出せない、失念した)で結構ヒイキにしてくれていたと思う。夏休みの宿題で、雲の種類を20種類ぐらい、専門書を図書館で調べ、絵にした。それは大作であり、全校生徒の前で発表する事になり大きな自信が得られた。

 それと前後して、悪戯者で、親は手を焼いていたのであろう、どこかの家に預けてしまった。そこで、絵を描いたり、川魚を追っかけたりして遊んだ記憶が少し残っている。そんな経験がよかったのかも知れない。

 高校時代には、独学で油絵を試みた。姫路の画材店が催す日曜絵画クラブに参加して、少しは勉強をした。その時の絵画の先生がなんと、高校の絵の先生であって、高校のクラブに入るよう強く勧められたが、全員が女子だったので、とても入る勇気は持てなかった。これとて、親には内緒の行動でもあった。

<読書>

「絵の教室」 安野光雅 中公新書

帯に「誰もが受けたい理想の授業」となっていたので、迷わず手にした。安野氏の絵もよく知っている。僕の好きな絵を描いてくれる数少ない画家である。絵を描く人にとっては参考になる。描き方、絵の見方など解説が親切である。

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2006年3月12日 (日)

London, Hanover

 1週間、London ,Hanoverに出張していました。その為に暫くお休みをもらっていました。明日から、また、いつもの調子で、書き込みをしていきたいと思っています。ご愛読くだると幸いです。

 Heathrow空港の近くには水貯めのためか、以外に池が多いのには、今回初めて経験をした。川は必要以上にうねっている。船の行き来がよく見える。高差を補正して進めるような、関門もよく見える。池だと思っているものに、ボートのレース用に作られたもの、ヨットを練習するものとして作られているものがある。上空から見るLondonは以外にも青々(緑、緑)している。雨が多いせいか。この日も少ない雨であった。

 英国、それもこのHeathrow空港は、いつも感じる事だけれども、人類のルツボのように所である。さまざまな宗教、人種が忙しく行き交い、ベンチでは疲れた顔で乗り次ぎのフライトを待っているのだ。。飛行機も見たことも無い垂直尾翼のマークが、それぞれのゲートに停泊している。どこから飛んでくるのか、それで、何をするために人を運んでいるのか。なぜここに集まるのか。カウンターで働いている人の肌の色も、他で見るよりも数倍の違った人々がうごめいている。

 旧友との会話は楽しい。夕食が思った以上に美味しかった。UKの食事もよくなっている。

 Hanoverは田舎町であるが、残雪の残るそんな町は美しい。朝早く起きると、ホテルの窓から、テレビのアンテナに5羽ほどのはとが、包まって寄り添い粉雪から身を守っているようだ。赤レンガ色の屋根には、その色を隠すかのようなほどの雪が積もり、遠くのイルミネーションが霞み認識できないほどの視野となり、教会の時計にも積もった雪が時刻を忘れさせている。

 それでも、7時の鐘は雪に遠慮したような響きとなっている。その近くの林の中では犬の散歩を楽しんでいる人が多い。犬は多少迷惑がっているように見受けられるが、雪景色だけは楽しんでいるようだ。

 昼間は雪が溶けるほどの雨だったり、気温が上がるが、朝方にはまた、薄っすらと積もる4日間であった。

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2006年3月 4日 (土)

格差社会

 以前にも、「格差の時代」として書き込みましたが、今日は先日来国会での議論の論点の格差社会についてコメントしたい。ライブドア、防衛庁談合、耐震偽装、BSE,子供の殺害、など、事件が後をたたず、2006年に入ってからの時間が早く過ぎていく。

これらを生み出す状況は、① 所得格差が拡大している、② 貧乏層の増加、である。統計の見方による、と言ってもこの現象は明らかである。この原因が、① 規制緩和から、② 長期不況から、起きている、との見方である。いずれも正しいのではないでしょうか?これらから、さらに基本施策を考えると、「効率を追求するのか、公平を求めるのか」と言う構造論になってくる。このような原点に帰っての論争をしてみても、一元的な議論の解決の糸口は得られない。そのいずれも、国民の負担が膨大な物になると言うところに行き着くからである。

先ずは、市場主義を持続させるための構造改革の修正から始めて、その効果を見極めなければならない、と思う。これは「市場での失敗」とみなせるからです。根本からの出直しでなく、修正で済むはずである。日本国内のみでなく我々は世界から押し付けられる圧力にも対応していかないといけない時代となっている。

一方、金銭中心の「市場原理主義」は人間の価値基準や行動基準まで変えてしまう。「人類を不幸にしてしまう」と言う説もある。

都市化が続く限り、この市場主義から逃れられないのではないでしょうか?しかし、行き過ぎた都市化は好ましくない。その上で、あえて言えば、市場主義は、効率が求められて、公平が置いていかれるであろう。これを、「良し」、と言わないがバランスは難しい。

効率化は実力主義人事に及んできており、最近特に求められる能力「・・力」がうるさく求められるようになっている。今日の「・・力」は百舌の鳴き声のごとくうるさい。これは「効率化の追求」からくる、「人間行動基準の変化」をもたらしている。

<読書>

「乱気流」上下 高杉良 講談社

新聞情報の歪も、市場主義で噴出す。それが人事などから起こる事も効率を求める事からも歪んでいく。人間構造基準の見直しが必要であろう。

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2006年3月 3日 (金)

チャーリーの命日

 今日はひな祭りの日であり、チャーリーの命日でもある。チャーリーは終に自分の子孫を残せなかった。立派な親から生まれてきたらしいのだが、メス犬の前では全くシャイで、何も手が出せないようだった。同じ種類のベラちゃんと試みたのだけれど、はるか遠くで形はした物の、結合するにはあまりにも離れすぎであった。動物でも教えないとできないものかと、どう教えればいいのかと悩んだ事を覚えている。それまでも飼い主に似てしまったのか?

 一番の思い出は、週末の散歩である。定番は実篤公園の中道を散歩する事である。チャーリーはそこが格別好きであったようだ。折々の花の匂いに立ち止まり、思慮深く鼻をモグモグと動かしては、このボケ爺の方を見上げて言った。「お前も、良く味わい、良く考えろよ」と言っていたように思う、そんな押し付けがましい請求が懐かしい。

 ある時は、鳥の鳴き声に聞き惚れたり、鳴き声と共に、歩調を変えてみたりしておどけた様子も懐かしい。カラスに追われた時はさすがに驚いたようで、非難の目でボケ爺を睨みつけた、「何故、面白がるのだ!かばってくれないのか」と。

もう一つ、その散歩で強く心に残っている事は、4月末ごろからの長雨でたけのこが育つ季節となる。孟宗竹の立派な竹やぶである。その頃にはその近くで立ち止り、地面を嗅ぎ、耳を傾げ、しばし感傷に耽る。たけのこの成長の息吹が聞こえるのか、モグラの活動の声が聞こえるのか、何に反応しているのか不思議であった。その時期をすぐ目の前に控え、今年も楽しみにしていただろうに、その楽しみの内容を、終に暴露しないまま去ってしまった。合掌!

犬という動物は、顔に表情がある。怒っている顔、泣いている顔、嫉妬している顔、驚いている顔、疑問に思っている顔、懇願している顔、嬉しく思っている顔、何かしろという顔、などなど、犬との会話は十分に可能であった。特にチャーリーはそんな気性と、話好きがはっきりしていたのではないだろうか、格別、年老いてからは、品の良い風貌に併せ、言い尽くせないいろんな悩みを分かち合った、つもりである。臨終の時の顔にお目にかかれなかったが、なにか言い残したげな顔であったであろう。「無念、ボケ爺、あとを頼むよ」と、あるいは「ボケ爺と出会って幸せであった」と言ったのか、否そんなはずは無い。きっと「ボケ爺、しっかりしろよ!」と言い残したのであろう。チャーリーよ、ありがとう。再び合掌!

<読書>

「博士の愛した数式」小川洋子 新潮社

思い出を懐かしむ、そんな過去が懐かしい。

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2006年3月 2日 (木)

韓国の宴会

 韓国に来て戸惑ったのは、真っ先に、宴会である。何かにつけ宴会が始まる。(これは韓国全般に言えることかどうかは解らない。Samsungだからかもしれない。IBM Koreaの人の話では、その数はS社が特に多いのではないかと言う。しかし、習慣は同じようにあると言う)

 まず始めは上司が注いで、声をかけないと宴会は始まらない。部下は当然上司よりは早く会場に来ていないといけないが、最近はそれを守る若者は少なくなったと嘆いている。集まった中の上司と思ってもらえればいい。お酒はほとんどが、焼酎であり、ストレートで飲む。焼酎は25度が普通であったが、今は20度が標準である。化学品である。無臭、無色透明、味が無い。それを一気に飲み干す。残っているところには注がない、必ず飲み干してもらう。自分のグラスを渡して飲んでいただくし、相手の返杯も受けなければならない。お互いに注ぎあうことで仲間と認めるのだ。とにかく全員がよく飲む。女性も同じように良く飲むそうだ。全く飲めない人は10%居るだろうか?その間何度も全員で乾杯をして、気合を入れる。この気合こそ大切なのである。明日を頑張る源になっている。韓国人の内臓は健全なんだろうか?

さらに興が乗ると、爆弾酒である。ビールグラスにビールを7割ほど注いで、焼酎グラスを浮かべ、それに焼酎を注ぎ、沈没したら、それを一気で飲み干す。それにはラブシャットが付き物である。腕を絡まして一気で呑み、君と僕は仲間だと讃えあう。何度も続く。そうしないとみんなの前で仲間だと宣言できないのだ。過去は水に流そう、喧嘩はしない、仲良くやろう、と言う訳だ。

食事は、焼肉(牛、豚、鳥など)、鍋物など種類は多い。付け出しも5品から、7品ほど出てくる。付け出しは野菜中心である。野菜を思いのほか良くだべる。始まるとアッという間に食べ終える。その間1時間もかからないだろう。その後は付け出しをつまみにして、飲む事と、会話に勢を出す。よくしゃべりよく飲む、にぎやかである。最後には、日本と同じように、お茶漬け、そば、などに匹敵するものが注文できる。そしてデザート、お茶で終わりである。とにかく忙しい、何事もテンポが速い。

車で駆けつけてくるが、代行運転が発達していて、酔っ払った人が帰ることに困る事はない。しかし酔っ払い運転も多い。

これらの支払いは一番の上司が払う事になっている。大変な出費である。部下は当然と一文も払わない。さらに、二次会も要求をしてくる。その分昇格すると給与が高くなっているということだ。会社名目の主催(これも多い)は会社が払う。

日本のように、一人で飲めるところ、食事が出来るところがない。飲めるところは必要ないとしても、食事が出来ないのは困る。出来ないわけではないが、変な目で見られる。独り者の食事はいつも困る、こそこそと隅っこで急いで食べて出てくる。そんな事からコンビニのおにぎりの方が、味を感じる。

<読書>

「韓国と韓国人」小針進 平凡社新書

日本人との比較が良く解る。

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2006年3月 1日 (水)

3月1日

 早くも3月に入ってしまった。「2月は逃げる」とはよく言ったものだ。3月は去ってしまうのか?韓国の3月1日は祝日である。日本からの独立運動の始まりの記念すべき日、と言う事である。どこの街も、道の両サイドの街灯のポールに国旗が掲揚されている。アパートの窓からも、10%ほどの数の国旗が掲揚されている。この日は日本人として肩身が狭い。静かに、アパートに居ることだ。

 今の韓国は、いろんな文化が渦巻いていて、それを矛盾として捕らえているのか、矛盾と感じないのか、矛盾を超越しようと努力しているのか、不思議な国である。きっと矛盾とも受け止めていないのではないかと思う。日本のように、何事も深刻に受け止め、理論武装をして、苦痛に満ちた顔をして暮らしている様子ない。

 自尊心強い気質でありながら、上司の言う事は絶対に従うと言う素直さがある。儒教の教えの強い国でありながら、キリスト教徒は35%以上もいる(これは日本の植民地時代の苦しみから逃れるためであったとも言う人がいる)葬式は、病院が会場になる。しかも、仏教のお経と、ミサが同時に存在することは平気である。出生率は1.09と日本よりモット深刻であるが、そんなに騒いでいない。男性が軍隊に行っている間に、女性が爪を研いでいるからだと言う、女性の生活力が旺盛であることは日本と代わりが無い。アズマ(おばさん)が日常生活を支配しているという。離婚は4組に1組と大変に多い。バツ一、バツ二と言うようだ。勝ち組と負け組みがはっきりしていて、それを受けとめている。少なくとも今は。相続税が少ないようだ、勝ち組の息子には家(アパート)を結婚の祝いに贈ることは常識になっている。たくさんの不動産を持っている。女性もそうでないと来てくれない。結婚するにはいろんな制限があるのでそれだけに韓国ドラマでの悲劇が涙を誘う。財産をめぐる争いが耐えない。子供を海外へ送って教育をさせている人も多い。韓国の大学入試は一回勝負である。だから、教育エンゲル係数は80%にも上る。母親の大切な役割となっている。しかし、進学率は75%もある。

 それでいながら、車社会であって、道路は日本よりはるかに整備されていて、広い。ガソリン代は日本よりも高い。しかも、軽自動車にはほとんど乗らない。見栄っ張りで、高級車に乗りたがる。どうしてこんな豊かな生活が出来るのか不思議である。私の住んでいるアパート団地は都心のソールのすぐ南の都市ある。古いアパート郡であるが不動産の価格は驚くほど高い。坪当たり、東京の都心の新築と変わらない。そんな45万人都市である。子供たちの服装も海外の有名ブランドを惜しげもなく着ている。日本から見ると矛盾に満ちた不思議な国である。

<読書>

「愛と憎しみの韓国語」辛淑玉 文春新書

「変わる韓国、変わらない韓国」土佐昌樹 洋泉社

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