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2006年1月24日 (火)

アウトサイダーの生き方

 先日、劣等感の塊の自分の告白を行った。第二の旅立ちのきっかけも。「変人」「変わり者」としての旅立ちは今から考えれば結構巧くいったのかな、と考えてもいたのだが、15日の「文化」欄に掲載されたエッセイは衝撃的であった。

 正月になって感じた事は“年をくうにつれて、自分の考えも自分じしんも、つまらないものだとわかる(謙遜ではなく、厳然たる事実として)。それでも、感じてしまった。”と書いてみた。と言っている。アウトサイダーの課題を取り上げて、日常的に流転してしまう自分を時間的に展開する巧さは、他にはいない。そんな作家が好きである。その作家とは、「川上弘美」である。「センセイの鞄」で驚き、「蛇を踏む」「古道具 中野商店」を読んだ。

 寓笑妙チャーリーとの生活を思い出す。その流転の行き方は、少し似ているところがあり、考えるところがある。みんなと同じ次元での幸せではない。幸せとは何だ?幸せなんていらない、自分の人生には。

 ゲーム器、携帯、MP3、インターネット、など無数が、人の幸せを作るかのように店頭に並んでいる。それらを持つことによって、皆が幸せであるためのしくみ、そんな仕事に従事しながら、自分も、皆も幸せになるなんて、本当にあるのか、そんな事は怖い。そんな幸せから逃げる自分は何者なんだろうか?

<読書>

「セイジ」 辻内 智貴 筑摩書房

 大切な人が苦しんでいる時に、自分は何が出来るのか?他人のこととして無視するか、無力感にさいなまれるか?自分のことのように共有する、その不器用さと一途さに、何を感じるか?

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