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2006年1月22日 (日)

面構え

 「顔文一致、不一致」の続きになるが、数日前の日経の夕刊に、「名前と面構え」と言うエッセイが載っていた。今回の、芥川賞「沖で待つ」の作家の絲山 秋子が書いたものである。曰く、“小説を書くときに、登場人物の名前を考えるのは楽しみである。ぴったりの名前を発見すると、それだけで作品がぐんぐん動き出す気がする。名前は重要だ。”その為に、訓練もするそうだ。人の顔を見て、どんな名前がいいか想像する時間を持つそうだ。“ある人は、ある歳になったら、自分の顔に責任を取れというが、こんなまずい面の責任を取るのはイヤである。責任を取って何をするのかもわからない。”そう言いながら“少しは物書きの顔になってきたのか。自分では皆目解らない。”など、やはり顔を気にしている。ここらあたりは、今の自分の心境と同じである。

 「寓笑妙チャーリー」が、散歩しながら上目使いで、いつもボケ爺に語りかけてきた。“その面では、部下は付いて来ないだろう。先ずは貫禄が無い。何事も中途半端な面だ!”何て言われていたものである。そんな語りかけをしてきた時は、頭をポンと叩き、撫でてやる事にしていた。それを待っていたかのように、目を細め、頭を突き出し、主人の理解に喜んでいるようだった。

 人々は、犯罪のニュースを聞く時、そんな凶悪な犯人はこんな顔をしているだろうと想像しながら、犯人の顔を見たがる者である。小説でもそうである。顔の実写は出てこないが、顔、あるいは面構えと人物とが妙に一致してくるように読ませる作家の作品は、本当に面白い。時々、映画化、TVドラマ化されて、登場人物が、小説を読んだ時の想像と一致すると、嬉しくなる。人は斯くも「顔」に執着するものである。

 山本周五郎、藤沢周平、夏目漱石、横山秀夫、川上弘美、などなど、目に浮かぶ。

<読書>

「ルパンの消息」 横山 秀夫 光文社

横山の処女作とか、警察ミステリーである。この作家の「組織と個人、職務と情の警察小説」の基礎がここで出来上がっている。

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