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2006年1月25日 (水)

顔にこだわる

 顔にこだわるのは、これで終わりにしたいのだが。どうしても言っておきたい事がある。無能無才な我輩は、何とか、巧い文章を書きたいと思うと時がある。無精者であるからして、その筋の本は結構読むのだが、所詮、無才には到底身に付く修行が出来る訳ではない。しかし読んだ後は巧くなった気になることは容易い。

 池波正太郎の「鬼平犯科帳、全24巻+乳房」文春文庫に出てくる、人名は実に多くて、多彩である。その名前が、人格と良く一致していて物語を一層面白くしている。名前から想像する人物考とその役割が実に良く描けている。最高傑作であろう。池波には他に多数のシリーズ物があるが、名前は当然全て違っている。よくもこんなに多数、多彩な名前が見つられるものだ。

 漱石の創作ノートにも、名前を書き込み、それらの人達の相関図を書いて見て、筋道を練っていたようである。SWの設計時の機能相関図と良く似ている。漱石は、SWエンジニアのセンスがあったのではないだろうか。

 当然、わが子の名前付けには思い悩み、こんな人物になって欲しい、と願ってつけたのだが、結果は思い通りに育ってくれた事を嬉しく思っている。

<読書>

「藤沢周平の本」 別冊宝島編集部編 宝島社文庫

 65冊に凝縮された日本人の心、全65冊完全案内と記されている。藤沢周平の名前付けも真によろしい。藤沢のTV、映画での登場人物は一致している事は少ない(何度か見たことがある、がっかりであった)。それだけ役柄が難しいのであろうか。

一方、鬼平の映画はよく一致していると言う。ボケ爺は見たことが無いのでなんとも批評できない。鬼平犯科帳については、Webに沢山な資料がある。それを参考にするのも良い。

「ホンモノの文章力」 樋口 裕一 集英社新書

「<不良>のための文章術」 永江 朗  NHKブック

 いずれも、文章修行の参考書としては良くできている。身に付くかどうかは保障しない。

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2006年1月24日 (火)

アウトサイダーの生き方

 先日、劣等感の塊の自分の告白を行った。第二の旅立ちのきっかけも。「変人」「変わり者」としての旅立ちは今から考えれば結構巧くいったのかな、と考えてもいたのだが、15日の「文化」欄に掲載されたエッセイは衝撃的であった。

 正月になって感じた事は“年をくうにつれて、自分の考えも自分じしんも、つまらないものだとわかる(謙遜ではなく、厳然たる事実として)。それでも、感じてしまった。”と書いてみた。と言っている。アウトサイダーの課題を取り上げて、日常的に流転してしまう自分を時間的に展開する巧さは、他にはいない。そんな作家が好きである。その作家とは、「川上弘美」である。「センセイの鞄」で驚き、「蛇を踏む」「古道具 中野商店」を読んだ。

 寓笑妙チャーリーとの生活を思い出す。その流転の行き方は、少し似ているところがあり、考えるところがある。みんなと同じ次元での幸せではない。幸せとは何だ?幸せなんていらない、自分の人生には。

 ゲーム器、携帯、MP3、インターネット、など無数が、人の幸せを作るかのように店頭に並んでいる。それらを持つことによって、皆が幸せであるためのしくみ、そんな仕事に従事しながら、自分も、皆も幸せになるなんて、本当にあるのか、そんな事は怖い。そんな幸せから逃げる自分は何者なんだろうか?

<読書>

「セイジ」 辻内 智貴 筑摩書房

 大切な人が苦しんでいる時に、自分は何が出来るのか?他人のこととして無視するか、無力感にさいなまれるか?自分のことのように共有する、その不器用さと一途さに、何を感じるか?

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2006年1月23日 (月)

サラリーマンの意識変化

 16日の日経に、「サラリーマン、アンケート調査」なる掲載がされていた。今までに言い尽くされている感があるが、改めて考えてみる必要があると思う。

1)     会社への帰属意識は増してきているが愛着は薄れている、「ぶら下がり」「消極的コミットメント」化している。

2)     成果主義の広がりに不安を抱えている。成果主義に、働く事の意味とか、方向性を見失った、意欲とかを失った若者が増えている。

3)     先々の社会不安、年金、介護など社会の仕組み全てに先行きが見えなくなっている。

などに集約されて、働く意欲を失っているニートが増えている。と結んでいる。

 「下流社会」の著書にも、同じような事が言われている。「意欲を持たない人々は、下流化している」と。

 このような事からは、日本は、日本の経済(日本の企業の活力)は「ジリ貧」になってしまうと言う事がわかる。数パーセントの意欲ある日本人が国家を救う事が出来るであろうか?否、出来るわけがない。

 最近、企業の間で話題になる韓国、中国の追い上げについて、特に、韓国の産業は日本に迫っている。半導体、デジタル製品(携帯、デジタルTV,LCDなどディスプレイ)、造船、建設、鉄鋼、など、日本の売上より高くなっている。そこでの、若者は、相当に意欲的である。そんな意味からして、韓国は上流化が進んでいる。

 一方、こんな記事が、同じく日経に載っていた。「さらりーまん 生態学(いきざまがく)」で、幸田 真音が、“仕事の評価は真に難しい、多面的な人事評価を試みているが、所詮、それだけである。人間全てを評価するものではない。この認識をしっかり持つように、個人の人生はますます重要になる。”と。“低い評価であろうが、自分の人生は自分で責任を持つのが基本である。自分の価値基準で評価する事が大切である。“俗に言う、自己責任説である。この意味する事は、必ずしも働く意欲を無くする事ではないが、低い評価は上昇できない、それでも良いじゃないか、自分の満足に身をゆだねろ!と言う事で、上昇志向とは言えない。この意見は、下流意識なのか?

<読書>

「一歩先のシゴト力」 小阪 裕司 PHP研究所

評価を高く得るために、しっかり働け!その為に、力を持たなければならない。それも効率よく。今までのハウツー、や、テクニックの「ビジネススキル」であった。その大勢から抜け出すために、「本当に効く」21の力を明かす。と言う事である。基本は人間性であるということか。結果は読んでみてからの楽しみである。

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2006年1月22日 (日)

面構え

 「顔文一致、不一致」の続きになるが、数日前の日経の夕刊に、「名前と面構え」と言うエッセイが載っていた。今回の、芥川賞「沖で待つ」の作家の絲山 秋子が書いたものである。曰く、“小説を書くときに、登場人物の名前を考えるのは楽しみである。ぴったりの名前を発見すると、それだけで作品がぐんぐん動き出す気がする。名前は重要だ。”その為に、訓練もするそうだ。人の顔を見て、どんな名前がいいか想像する時間を持つそうだ。“ある人は、ある歳になったら、自分の顔に責任を取れというが、こんなまずい面の責任を取るのはイヤである。責任を取って何をするのかもわからない。”そう言いながら“少しは物書きの顔になってきたのか。自分では皆目解らない。”など、やはり顔を気にしている。ここらあたりは、今の自分の心境と同じである。

 「寓笑妙チャーリー」が、散歩しながら上目使いで、いつもボケ爺に語りかけてきた。“その面では、部下は付いて来ないだろう。先ずは貫禄が無い。何事も中途半端な面だ!”何て言われていたものである。そんな語りかけをしてきた時は、頭をポンと叩き、撫でてやる事にしていた。それを待っていたかのように、目を細め、頭を突き出し、主人の理解に喜んでいるようだった。

 人々は、犯罪のニュースを聞く時、そんな凶悪な犯人はこんな顔をしているだろうと想像しながら、犯人の顔を見たがる者である。小説でもそうである。顔の実写は出てこないが、顔、あるいは面構えと人物とが妙に一致してくるように読ませる作家の作品は、本当に面白い。時々、映画化、TVドラマ化されて、登場人物が、小説を読んだ時の想像と一致すると、嬉しくなる。人は斯くも「顔」に執着するものである。

 山本周五郎、藤沢周平、夏目漱石、横山秀夫、川上弘美、などなど、目に浮かぶ。

<読書>

「ルパンの消息」 横山 秀夫 光文社

横山の処女作とか、警察ミステリーである。この作家の「組織と個人、職務と情の警察小説」の基礎がここで出来上がっている。

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2006年1月21日 (土)

ブランドを手放す企業

 コニカミノルタ社のカメラ、フィルム事業から撤退とのニュースが流れてきた。ブランドを手放す、あるいは事業をたたむ事は経営者としては辛い決断でしょう、とは容易に想像できる。

しかし、同情できるかと言えば、出来ません。それは、それらの事業で頑張っている企業が未だにいると言う事の中、さらにはデジタルカメラなど成長産業からの事業の撤退は、経営者の責任が強く問われる事になる。

しかし、発表からすると、HQの社長だけが責任を取って(十分に責任とを取ったとは思えないが)、他の経営者の責任人事はなされない、特に、副社長の責任だって重いものがある。取締役も責任を取らなければならない。責任も取らない無責任なコニカミノルタと言う企業は他の事業で本当に成長できるのでしょうか?馴れ合いの陰険な企業のイメージは一層強くなったのではないでしょうか?清潔で若々しい企業のイメージはまったく無い。

<読書>

 「下流社会」 三浦 展 光文社新書

 上流、とか下流だとかの定義が曖昧のままの、統計は本当に有効なのか?バブル以前の国民総中流化時代、と言われたころの中流意識は、基本は収入ベースであったと思う。この著書では、上昇気力を中心としてまとめようとするところに、無理を感じる。収入と上昇気力は正の相関は昔からある。

 それとは別に、商品は基本的に3セグメントに分ける、上、中、下と。これは日本の昔からの商売の基本と一致している、松竹梅商法である。今では、意識が曖昧になってきたので、各「流」にさらに二機種、投入しているのが自動車の商品企画でしょう。

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2006年1月19日 (木)

劣等感は良薬

 「顔」から始まった「劣等感」は顔だけにとどまらなかった。私の同期の従兄弟などは、はるかに優れた頭脳の持ち主であった。当然、勉強だけでなく、いわゆる右脳、の音楽、美術、体育にまで至る。同じ小、中、高、と学校に通うことは、小さな田舎では、いやが上にも比較をされてしまう。そんな事から、親とのいさかいは耐えることはなかった。「ひねくれ者」と言われ「変人」扱いにされて今日に至っている。

 「無能、無才」からどう生きるか?と言えば、少し聞こえが良いが、無能無才には、考えるすべも出来なかった。自分をいかに誤魔化すか?のずるい考えを創造するしかなかった。それが幸いしたかどうか解らないが、新しい事を考える思考力、想像力、工夫力は比較的に身についていた。

 「妖説太閤記」 山田風太郎 (妖説、はこれで良かったか、自信が無い、40年ほど前に読んだのだから)サルといわれた秀吉の生き様をテーマにしたものである。真に、面白く、我に参考になった小説に偶然にも遭遇した。良く似た人生に大いに参考になった。ここが、その時を機会に本を少し読むようになってきた。それは第二の旅立ちになったことは事実である。

 「劣等感」は真によい、良薬という事か?

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2006年1月17日 (火)

Top人事

 天国に行ったチャーリーは、極楽に行けるか、地獄に行くのかは本人(本犬)によるのだが、飼い主にも責任がある。判定を受けるまでには、暫く時間がかかるであろう。

 それまでに戒名を付けてやらねばならない。「寓笑妙チャーリー」聖氏とでもするか。

今日は「寓笑妙チャーリー」が旅立ちに付いて言いたいことがあるらしい。

 2005年度初めのソニーの人事は少々考えるところがある。端的に言えばこれからのソニーは「秩序型企業」運営なのか?今までと同じ「革新型企業」を続けられるのか?の選択で、秩序型経営に変えていくとのメッセージとなったのではなであろうか?

企業経営は難しいものである。商品企画において、「相対価値」を重んじるか、「絶対価値」を求めるか、にも通じる物である。ホンダと共に、ソニーは絶対価値を重んじてきた。ある言い方では、顧客に、価値を押し付けることを好んだし、顧客に夢を見させていた。それで成功し続けた。一方、トヨタに見られるように、顧客志向、顧客の意見を聞いて型の相対価値で成功している企業もある。昔の松下がそうであろう。

 ソニーはKUTARAGIを嫌った。「商品企画がイササカ顧客離れをした!」と新CEO、社長はコメントしいた。ここに過去のソニー離れが明確になったと思う。これが成功するか、どうかはこれからの結果でわかる。

 我輩「寓笑妙チャーリー」が主人は11年前に転職して10年働いてきた企業も、そんな企業運営に揺れていた。当然、我が主人は「戦う企業」「絶対価値」に改革するべく奔放した。やり方に多くの問題はあったかも知れないが、結果は嫌われて、放り出された。秩序型派に敗れた事になる。結果は秩序型企業からは脱皮できなかった。

 わが主人の進め方に問題もあった。課長、主任クラスに戦う事の大切さを育成した事が、部長級クラス以上には嫌われた。部長級クラス以上の革新には時間がかかると思ったのか。当然分かっていたはずの外様の生きる難しさに、焦りがあったのか。

 我輩「寓笑妙チャーリー」はそんな我が主人の、そこが限界であったと思う。我が主人にそんな大きな欠陥がある。ソニー人事と重なる点がある、と思った。

 我が主人が新たに挑戦する次の企業ではそんな失敗をしないように祈るばかりである。よく反省した旅立ちであって欲しい。

<読書>

「ソニーとSONY」日本経済新聞社編 日本経済新聞社

出井ソニーはどこで迷ったのか?ストリンガーSONYはどこへ向かうのか?ソニーは何を守らなければならないのは何か、捨てるべき物は何か、という単純明快な質問への回答が必要である。

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2006年1月16日 (月)

旅の原点

 自分の旅立ちは何時であったか、考える事がよくあった。自分は田舎の次男坊であったため早くから自立させられた、とは思っていたが、果たしてそうだったのかの疑問は絶えずあった。

 「ああ、顔文不一致」 勢古 浩爾 洋泉社新書Y を読んでいて、ハタと気が付いたのだ。それは「顔」からが始まりであったと。

 自分はコンプレックスの固まりである。今の今までも、「顔」についてはまったく自信が無い。自分の最ものコンプレックスは、実は「顔」である。小学校4年生の始め頃だったか、鏡に映った自分の顔を初めて見て(それまでにも見ていたのであろうが)、すっかり自身を無くした。「こんな顔に皆は何も言わずに遊んでくれているのだ!」と真剣に考えるようになった。随分と悩んだ。それまでは、餓鬼大将で、みんなの上に立って悪漢ぶりを発揮しては、親を困らせていた。がそれを機会に、落ち込んでしまって、いつか餓鬼大将は譲らざるを得なくなってしまっていた。多くのコンプレックスの中の最も大きな位置を、今も占めている。

 だから、写真は嫌いである。極力撮らないことにしている。やむなく撮られる集団写真も破いて捨てている。下戸でありながら酒で誤魔化してきた。

 顔がよくなくて、「悔しい!」こりゃダメだ!と諦めた人生でもある。その間も「顔じゃない心だよ」「人間は見かけじゃない、中身!」と言い聞かせてみても、むなしい叫びであった。人は見かけで判断をしてしまうものだ。

 自己を強く意識し始めて、親から自立、離れていったのが、この「顔」であり、小学校4年からであった、と、いま頃気が付いた。

その「顔のコンプレックス」が今日のボケ爺の姿であり、自分史を語る元となっている。何と慰めればいいのやら。

<読書>

「ああ、顔文不一致」 勢古 浩爾 洋泉社新書Y

  文は人なり、顔は文なり、故に、顔は人なり ???無理かな?

「人は見た目が9割」 竹内 一郎 新潮新書

  人は見た目で判断をする。言葉は7%しか伝えられない。

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2006年1月15日 (日)

戦士達との交流

 1月の始めの海外出張は恒例となってきた。今回は元の企業を辞めてから、約二年になるので、旧戦士と面会して、昔を懐かしむのも許されると思い、いろんな方と話をした。

 真剣に「勝つ企業にしよう」と頑張って来た戦士、後輩ではあるが、との会話は楽しかった。今なお、その気概を垣間見せてくれた事は、懐かしいというよりは、頼もしく感じ、今後の成長の確信ができるひと時であった。いくつかの話に、潤んだり、のどが詰まったり、鼻水が出たり、は、歳を感じざるを得ない。人間成長も然り、企業の成長も然りである。成長してくれる事がボケ爺にとって何にも増して嬉しい事である。

 こんなボケ爺の姿に天国のチャーリーも許してくれるであろう、と想像している。

<読書>

コリア打令(タリョン)  平井久志  ビジネス社

第一章:揺れる韓国、

第二章:変わる韓国

第三章:儒教違反も「ケンチャナヨ」

第四章:還流の底流にあるもの

  あまりにもダイナミックな韓国現住所、韓国人の激しくもなまなましい生き様を綴った「現在韓国嘆き節」

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2006年1月14日 (土)

少し時間が空いて

正月早々、海外出張となり、書き込みに時間が空いてしました。

久しぶりのNew Yorkであった。ブロードウエイは7~8年ぶりか?

すっかり変わっている。マンハッタンは確実に変わってきている。

最初は、25年ほど前か、IBMタワーを見学に来た時であった。

そこから、海外ビジネスの始まりのきっかけとなったと思う。

日本が、アメリカを真似ることから、攻撃に出始めるころと、何か

一致していたと思う。IBMタワーに圧倒されながらも、握りこぶしを

作っていた。ここから、本当の企業人としてのビジネスマンの旅立ち

になった、と思っている。

さらには、異文化の交流の挑戦でもった。

まだこの時はチャーリーに出会ってはいなかった。

そのIBMタワーは存在していたが、IBMか?と思うほどの変わりようである。

それでも、これまでの遍歴の歴史が刻み込まれている事は確かである。

改めて、ビジネスの難しさを心に刻んだ、3度目の新たな旅立ちに、気が

引き締まった。

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2006年1月 1日 (日)

2006年、元旦です。

突然の心臓病で急死して、天国に来ています。17年間改めて、ご愛好、お世話いただき有難うございました。

なんと、天国でも、歳は引き続いてしまうのですね。相変わらずのボケ爺を続けなくてはなりません。そんな老犬でも、飼い主から、追い立てられてボヤボヤしていられない状況です逃げ出しています。

そんなことか逃れたいのと、これ以上ボケていられていない、と思い、一大決心して、苦難多い「放浪の旅」に出かける事にした。

そんなわけで、チャーリーの部屋から、チャーリーの旅、として再出発する事にしました。徒然なるがままに、旅の思い出を、お話していきたいと思っています。

ボケ爺の老犬には新しい事にチャレンジする事は、本当に億劫な事です。ブルルと一振るい、否、身震いして尻尾を下げて、寂しく旅立ちましたが、今は少し慣れてきて、目ヤニを拭き吹き、托鉢のお恵みを糧に歩める自信も出てきました。

そんな天国のチャーリ、ボケ爺となりましたが、しばらくお付き合いいただきたくお願いいたします。

その前に、2006年、皆様にとって良い年になります様に、陰ながらお祈りいたします。

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