2020年1月18日 (土)

雪が予想通り

 午後にわずかな雪に遭う。天気予想通り、となるも、少な過ぎて寂しい。例によって散歩の帰り道のことである。野川の橋の手前に工事中の広場ある。椋鳥が十数羽、羽を膨らまし、たむろして、雪にじゃれ合って楽しんでいる。ボケ爺がそばを通っても逃げない。犬が喜ぶのは解る気がするが。

 野川の川面には雪で煙る中、シラサギが川面に片足で立っている。川魚を狙っているのだろう。今日などは、自分の影が映らなくて幸いで、大量の獲物が狙えるのだろう。

シラサギや 川面に隠れ 雪深し

我が家に帰ってくると、玄関先にある山茶花にメジロが夫婦で、飛び立っていった。この一週間、朝8時15分に家をでていた。玄関を開けると、毎日のようにメジロが飛び立ってゆく。梅の季節には少々早いのだが、まさか、山茶花や早椿にたむろするなど、知らなかった。近くの実篤公園が、拠点として移住しているのだろうが。

山茶花に 夫婦のメジロ 雪の中

山茶花に 身を隠すなり メジロたち

 炬燵に足を入れてうたた寝すると、老体がすこぶる喜んでいる。今日の寒さかな。

<読書>

「俳句を楽しむ」佐藤郁良 岩波ジュニア新書

筆者は「俳句甲子園」の育ての親である。それに、開成高校のトップ常連校の育ての親でもある。俳句甲子園での俳句の作り方、勝ち方、と言うよりは、俳句の楽しみ方について、丁寧に解説されている。ボケ爺も余生は俳句でも?だが、才能が無い事、よく理解させてくれた本でもある。

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2020年1月17日 (金)

阪神・淡路大震災から25年

 今日は阪神・淡路大震災から25年も経ったのか、と思う。ボケ爺は、25年前に転職して、本社が大阪にある会社に移った年であった。当然、この大地震に遭遇していなければならなかった。幸運にも、と言うか?17日の朝に、東京駅を6時発の「のぞみ」に10分前に乗り込んで、出発を待っていたが、うたた寝してしまっていた。その間約30分。だが、東京駅に停車したままだった。45分発の「こだま」を先に走らせるとのアナウンスがうるさく騒いでいた。

 その内、7時頃だったが、出発した。名古屋駅近くまで、安心したのか、ぐっすりと眠てしまっていた。社内放送が、変な事を言う。「名古屋駅までで、そこから西は、名古屋駅で確認してください。この遅れは、「関西地区で地震が起きたからだ」、と。

 名古屋駅で掘り出されたボケ爺は、駅員に大阪へ行く方法を聞いたが、「JRでは、方法はない、近鉄も止まっているよ」、との事。

待合室で、TVを見た時に、神戸地方の火災の放映で驚いた、8時過ぎだった。その時の死者数は26名程度だった。10分ごとに死者数は増えてくる。生きた心地がしなかった。何故か、本来は前日に、神戸のアパートに入居していなければならなかったからだ。

 人生、いろんなことが起きるものだ。それにしても、それから25年も経ってしまった。つい先日の様に蘇る。アッと過ぎたことになる。このボケ爺も年を取るはずだ。

<美しい生物学講座>更科功 ダイヤモンド社

=感動する声明のはなし=の副題。生物の定義とは、①外界と膜で仕切られている。②代謝(物質とエネルギーの流れ)を行う。③自分の複製を作る。をベースに考えると、生物は美しい。細胞から生物の分類では、「細菌」「アーキナ(一種の菌)」「真核生物」に分類できる、らしい。動物と、植物の分類は、同じ真核生物の中にある。不思議な世界を分かりやすく解説している。

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2020年1月13日 (月)

葉風泰夢(ハーフタイム)

 奈良市にあるホテルの名前である。そのホテルからメールが来て、125日(土曜)に若草山焼きの恒例行事があるので、の案内であった。

 7年前ほど前に、奈良にある企業のコンサルティングを2年ほどしている時に、定宿が満杯だったので、ネットで調べたところ面白い名前のホテルだったので、一泊した覚えがある。中々、良かったが、その頃は、出張経費は厳しかったので、その後は泊まる機会が無かった。古の奈良市街を思い出し、懐かしく。

 葉風泰夢をハーフタイム(Halftime)と呼ぶのは、夜遅くホテルにチェックインしてから知った。その頃は、Halftimeと言う当て字に大きな疑問を挟む余裕はなかった。その後、時々、この当て字には気にはなっていたのだが。

 今日は、二十歳の成人の祝日。二十歳が、まさか、Halftime? 中休み?のんびりしよう?ではないだろうが、1月の月半ば。休めよ、中休み。

 改めて、メールをもらうと気になった。「Half Time」とは、ボケ爺の歳になると意味深な言葉の様に思えてきた。一般的な意味は、スポーツなどで、前半と後半に設けられた、休み時間である。あるいは、既定の勤労時間の半分(半休)、となるのだが。

 ボケ爺には、毎日が「中休み」。歳が歳だから、「中休みしながらボチボチやりましょう」。「半分出来ればいい方だ」と考えながら過ごせば良い、と。

<読書>

「哲学は対話する」西研 筑摩選書

=プラトン、フォサールの共通了解を作る方法=とのサブタイトルが添えてある。プラトンの「ソクラテスの弁明」と言う対話集がある。絶対真理を求めて弁明(対話)を繰り返している。フォサールは現象学論で有名だ。何故この二つが結びつくのか、良く解らなかった、が、ソクラテスの弁明の絶対真理をフォサールの現象学が批判して、相対的真理へ導いている点に繋がっていた。真理とは、正義や、勇気や、善、などの「価値」を共通理解(了解)するべき方法論を解いている。今日の「正義論」に繋がった。今日ほど「真理(正義=価値)を求めて、共通認識(解釈)のため「対話ほど大切なことは無い」と説く。

 

 

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2020年1月10日 (金)

満月、6時間前

 北風が少々ある中、帰宅を急いでいた(夕刻6時ごろ)。なんだか薄明るい感じがする。それは東の空に、満月が登っている。雲は無い。よって遮るものは、何もない。寒々と、薄青く、且、眩いほどの輝きである。

 昨日、今日も朝の通勤では、京王線の最後の車両に乗り込む。結構混んでいたが、厚かましくも、車掌室の窓に陣とった。何故か、仙川駅から千歳烏山駅過ぎまで、大きく見える雄大な富士山を眺めるためだ。富士山を眺めながら、自分の人生の仕上げを、富士山の何合目まで来たのだろうか?と、考え反省するためだ。

 昨日も、今日も、西新宿のパークタワーの30階のレンタルオフィスで、資料をまとめるためだが、それ以外に、エレベータを降りると窓から富士山が、もろに迫ってくる。午後は少し雲で覆われるのだが。

 ボケ爺には、入試試験を受けるために、初めて田舎から東京へ上京する時に、車窓からの富士山に感動したから、気になる風景だ。ボケ爺の後押しをしてくれる心の支えなのだ。

<読書>

「日本の哲学者とお茶を飲む」白取春彦 東邦出版

二宮尊徳;なんと、現在でいうビジネスイノベーターであった。兼好法師;はブロガーで、男女関係、宴会での人の鑑賞、心の迷い、など、散文の先生なのだ。世阿弥;「初心忘るべからず」伝統を守り方。継続は力なり、常に変化を続けろ、などなど、自己啓発。

 

 

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2020年1月 5日 (日)

仕事始め、1年の計、立案できず

 昨夜は初雪、これは今年の占いでは、好いことがあるのか?激動になるのか?の予兆だろう。自然災害も昨年以上に増えそう。

 新年早々、ビッグなニュースが起きている。①イラクのシーア派のカセム・ソレイマニ司令官アメリカ軍に暗殺される。シーア派の背後にはイランがいる。②ゴーン被告の国外逃亡。司法の基盤揺らぐ事態となった。日本にも支援した人がいる。司法の根本が問われる事態であり、出入国管理の法務省の在り方も問われる。③IRに不信感が起きる。何故、国民の議論を打ち切り、法案を通したのか?ロッキード事件以上の贈収賄事件に広がる予感。腐ってきた政治はどうなるのだろう。

 アメリカや、中国や、マレーシアは、新年は1(元旦だけ)で、メールは押し寄せてくる。淡々とこなすことになる。日本では、昨日から仕事始め?図書館が開いていてくれる。このブログも図書館で書いている。

 さて今年の計画を立てなければならない。いよいよ「仕事の最終章」に入った。やり残したもの、やりたいことは、まだまだあるのだが。取捨選択が必要だ。とは解っている。仕事を降って軟着陸し、次は「人生の最終章」へと繋ぎたい。そんな計画を考えたい。後一週間はかかる。

<読書>

「漱石先生の事件簿 猫の巻」柳広司 講談社

「吾輩は猫である」のパロディーである。本物の「吾輩は猫である」の解説書でもある。実に、良く調べられているので、漱石の人格をさらに際立たせている。発想力の、否、創造力が組み立てからが勉強になる。イノベーターと自称する人、イノベーターに成りたいと考えている人、是非、読むべし。名の無い猫が教えてくれる。

 

 

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2020年1月 3日 (金)

初夢2020-2

 初夢は、二説ある。元日から2日にかけて、或いは2日から3日にかけて、らしい。ボケ爺は欲張りだから、2日から3日も初夢と思いたい。

 昨日は、努力が足りないと、神が宣う。目覚めの悪い初夢、一号だった。今日の二号は、富士山を仙川の崖線から、寒さで震えながら眺めているボケ爺が居た。不思議にも、この数年はあまり気にしなかった企業時代の戦友の顔が、走馬灯のように駆け巡る。何故だろう。なんだか、お迎えが来そうな感じだが。

 脳出血に見舞われてから、10年が過ぎたが、歩行には不自由を感じない。考えなくても足は動く。だが、動いた結果、イヤな雑音は少々強くなる。早朝ジョギングを試みる。1時間ほどで、フラフラだが、心地よい。未だ迎えが来そうな気がしない。

 話を初夢に戻そう。何故、今年に戦友の顔がよぎるのか?多分、今年、喜寿を迎えるからだろうか?富士山を眺め終わった後は、野川を歩きながら川面を散策。カモや、シラサギが飛来している。特にシラサギの白さに眼がくらむ。その優雅な舞いにうっとりしているボケ家爺がいる。やはり、少々変だ。が、新たな仕事にアイデアが生まれそう。

<読書>

「太陽は気を失う」乙川優三郎 文芸春秋

人生の分岐点は必ずあるようだ。喜劇もあれば、悲しい別れもある。生死を掛けた瞬間もある。その時の後悔と言うか、決断に間違えもあったか?だが生き抜くにはその分岐点は易しい満足に偲たるものだ。男女の関係を描かせればこの作家はスゴイ感動を与えてくれる。名手が描く14篇に思慮深くなる。

 

 

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初夢2020

 元日から2日の朝にかけての初夢は、今年は、少々、ボケ爺にとっては自戒の初夢となったかな?

 ボケ爺は、三流の人物と自覚している。先ず、学業は、坊っちゃん(漱石)ではないが「後ろから数えた」方が早い。運動能力も然り、何をここみてもモノにならない。芸術も然り。特に音楽の声楽は音痴、楽器は何もできない。工作は少々、多分二流ぐらいには出来た。 企業に就職した時も、出身大学が三流であった。同期生は、6割が一流、4割が2流であった。新入生のスタートラインから、差がついていた。

 だから、父親が、ボケ爺に言った。田舎に帰ってきて、50人程度の小企業の「部長になることを目指せ!」と。それが狂ったのは、教授の言葉だった。「もう少しだ、努力せよ」と。数人の教授に可愛がってもらった。それぞれの研究会の飲み会に連れ出してもらって、啓蒙を受けた。そう、三流はその差の分、「努力しかない」、と遅ればせながら悟ったのだが。

 初夢は、「努力が、まだまだ、足らん」。と、神の声が叫ぶところで目が覚めた。目覚めが悪い。

<読書>

「贋作「坊っちゃん」殺人事件」柳広司 集英社文庫

本物「坊っちゃん」には、隠されたコードが含まれている。「薩長と会津の勢力争い」「山県を中心とした政治派閥と腐敗」。贋作と言うだけあって、坊っちゃんの言葉使いに忠実性がにじみ出ている。最も悪者の赤シャツが殺される。先生方の勢力争いに、表と裏があって、坊っちゃんは全く気が付かない。その解明に奔走する。漱石コードをフルに活用した、フィクションに愉快さがにじみ出る。

 

 

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2019年12月29日 (日)

晴天の今年最後の日曜日

 令和元年(2019年)今年最後の日曜日が、こんなに晴天であることは珍しい事であったように思う。勿論、つつじヶ丘の秘密の場所から富士山も見える。

 来年の期待できる科学・技術で、2点言い忘れていた。その一つは、「エクソソープ」と言われる血液中に含まれる物質。臓器への指令は、脳が全て指示していると思われていたが、このエクソソープ物質が、情報交換をしていた、と解き明かされてきた。NHKでも特集をしていた。

 数年前に発表されたエクススープの中の「マイクロRNA」を分析すれば、血液一滴で癌の早期発見になる。しかも13種類もの癌(Level 1)が判定できる。善玉も悪玉もいるらしいのだが。さらに、アンチエージングにも活用できて、「未病」の食事(食材)の処方にも活躍できると言われている、人生100歳時代の頼もしい物質の発明だ。日本の研究は、結構進んでいる。

 もう一つが、「量子コンピュータ」である。モノづくり日本の本領を発揮できる立場にある、と信じたい。これこそ日本。だが、OS-SWが心配だが、そこはオープンアーキテクチャーを活用してほしい。来年には目途を付けてほしい。

 

 

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2019年12月27日 (金)

仕事納め

 27日は、仕事納めが多いと思っていました。ボケ爺の関連企業がそうだからだが。

 昨夜4時頃から雨は7時にはすっかり晴れて、好い天気で気温も高めだそうだ。つつじヶ丘からは雲一つ見当たらないので、京王線の最後尾の車両に乗り込んだ。例によって、つつじヶ丘を過ぎて、仙川駅辺りから、京王線の路線上一杯に富士山がくっきりと見える。芦花公園駅手前まで、富士山は線路上を追っかけてくる。仕事納めにふさわしい。

 だが、いつもの混雑が嘘の様に少ない。すでに休暇を取って民族大移動の帰省に向かっているのだろうか?今年も長期の新年休暇が勧められているのだろうか。

 今年の損失はこれ以上記憶を思い起こして憤慨しても始まらない。来年以降に向けて明るい話が欲しい。ボケ爺は科学・技術系だからか、科学・技術のニュースに気になり、そそられる。

 世界的に見て。イノベーティブな技術の基盤はかなりの質の可能性がそろってきている。それは、あまりの広い分野だから、世界の進歩を良く分析して、集中と選択をしない限り、全てに手を出すと、資源不足に陥り、すぐに後れを引き起こす。日本がリードできる日本からを期待される技術の実用化に、まい進してほしい。

 再生医療、機械学習AIのロボット化、細胞医療のたんぱく質合成、1/200コストの太陽電池の実用化、すれば、電池は日本が進んでいる蓄電池に集中できる。半導体ではAISoCプラットフォーム化(これは無理か?)その他、磁気材料(超電導エンジン)に期待したいが。如何でしょう。

<読書>

「漱石全集を買った日」山本善行・清水裕也 夏葉社

古本屋を漁る楽しみと読書の楽しさを二人の対話から、それぞれの経験を披露する。新本書ではなく、古本が良いのだと、二人は強調する。古い本意は、何人かの手あかがついて、その経歴がさらに内容の良さが伝わってくると言う。ボケ爺の古書アサリをしようと思うが、暇とカネが無い。家族は死んだときの始末に困ると大反対だ。それより、今持って愛好書をすぐにブックオフに売ってしまえ、と騒ぐ。

 

 

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2019年12月26日 (木)

2019年の最大の損失(その2)

 前のブログで、「最大」と述べましたので、ここでは最大ではなく、その次、となります。言葉の使い方を間違えました。

 毎年の如く、自然災害が多く発生して、年と共に頻繁に起きる様になっている。この損害は、景気の下振れの原因であることには間違いない。特に、今年の台風の被害は、これでもか、と19号で念押しされた。その後も、寒暖差が激しく、ボケ爺の高血圧は安定しなかった、は余分ですが。

 鴨長明の方丈紀の平安時代にも、毎年自然災害から起こる被害で、人々が疲弊していく姿に憂いを抱いていた。それが随筆(?)の基本となっている。その後も、日本では、約100年ごとに自然災害による大飢饉が起こっている。

 それに加えて、安倍政権の長期化からくる政治の疲弊も重なってきている。官僚は安倍首相に忖度する。議事録改ざんは当たり前、不都合がそれ以上だと、記録は廃棄した、と国民を馬鹿にした様な誤魔化し論法に出る。国民もヘキヘキしているのではないだろうか?

 この状態も平安時代の平家の驕りを謳った「平家物語」と瓜二つである。それによる日本の無常が漂って、モチベーションの低下につながり加速している。

 これらの政治は国民を忘れ、政局だけの時代となってしまったのだが、来年も益々強く政局政治が続くことになるのだろう。

<読書>

「哲学者クロサキの哲学超入門」黒崎政男 平凡社新書

哲学は日常の当たり前に疑問を持つ、から始まる。「木は本当に緑なのか」と。生活面、身近な例を例に挙げ疑問を投げかけ、議論を吹っ掛けるこの中身は、改めて、哲学とは、を考えさせる。平易だが奥が深い。これを読みながら、ボケ爺に次のテーマが見つかった。それぞれのテツガクの課題を、「色と形で抽象化しよう」そして、絵画へと結び付けたい。

 

 

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